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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
六章 錬金術師
56/85

55 決別



 するべきことも終わり、さて帰るか、とアレグロを見たユーリ。何を思ったのか、にんまり笑みのまま首を傾げる。そして、店まで送ってくれてもかまわないんだよ、と堂々と口にした。それを聞いたアレグロは、心の底から呆れたような溜息を一つ。濁流で押し流して送ってやろうか、と割と本気で口にした。


 ミリアの滝からフィンデルン王国王都まで、徒歩で片道十日。その距離を、濁流で押し流す。そんな事をして人間が生きていられるわけがない。ユーリは、アレグロからの提案を、謹んで辞退した。


「酷い話だと思わないかい? 僕の事をいったい何だと思ってるんだろうね!」


 唇を尖らせ、茶を飲むユーリ。その正面に座るリーニャは、堪えきれない呆れによる頭痛に、額を押さえつつ、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。


 ここは教会。リーニャの私室。


 いつものようにふらりと現れ、茶を強請る。そしてそのまま居座ってぶちぶちと文句を連ねるユーリ。一月近く前に散々恐怖体験をさせた相手にとる行動とは思えない。まるで今までと変わらない姿に苛立ちを覚えて、いったい誰に文句を言われようか。否、誰も言うまい。


「ユーリ。貴方は何しにここに来たんですか?」

「お茶飲みついでに愚痴を言いに。だってシンいなくてつまんないんだもーん」


 へらへらと笑いながら、悪びれる様子一つない。


 シンが戻るまで、後五日はある。けして暇ではないし、まだやることは残っている。それでも敢えていつもどおりに振舞う。それもまた、ユーリのやるべきことのひとつだから。


「つまらないなら、答え合わせ、とやらをしてはどうですか?」


 溜息をつき、額に当てていた手を膝上で組む。けして足を組み、瞬時に動けないような態勢をとることはない。その様子を眺め、優秀優秀、と一人楽し気に口許を歪めるユーリ。


「やーぁだよ。答え合わせは陛下もいるところでって決めてるからね」


 手にしていた茶器を置き、ひらりひらりと振られる白い手。それを眺め、リーニャは本日何度目かわからない溜息を零した。そうすれば、幸せが逃げちゃうぞ、と鬱陶しい揶揄が飛んできて、額に青筋が浮かびそうになる。慌ててふ、と短く息を吐き出し、心を落ち着け、優しい神父の仮面を被る。ユーリ相手に感情を見せる事こそ愚かしい事はない。


 ほんの一瞬の速さで感情をかくしたリーニャに、やはり楽し気に優秀だなぁ、と呟くユーリ。


「ねぇリーン神父」

「はい、何でしょうか?」

「子育ってどうすればいいのかな?」

「はい?」


 今度は何を言われるんだと身構えたリーニャは、突然の言葉に目を見開き、固まった。折角平静に保ったはずの意識は、思考を停止させる。対して、言った側であるユーリはかくりと首を傾げて腕を組んでいた。まるで自分が口にした言葉が、当然のような振舞い。


 咳払いを一つ。心を落ち着けると、リーニャは、何故そのような質問に至ったのか、理由を問う事にした。


「いやね、今後を考えたら、自分で育ててみるってのもありかなって。それで、シンみたいになればいいなって思うんだけどね、どんなに想像してみても、僕が一から育てたら、絶対可愛げのある子にはならないと思うんだよ」


 真面目腐った声で告げられた内容に、思わずリーニャは、確かに、と深く頷いてしまう。


 ユーリという不気味な生物に育てられた子供。ああ、駄目だ駄目だ、と慌てて首を左右に振った。それこそ自称保護者から、奪い取らねばならない案件だ、と真剣に考え、おや、と首を傾げた。


「貴方、子供がいたのでは?」


 確かそんな話を聞いたような気がする、と己の記憶を探る。


「いたけどさぁ、僕が人格形成に携わった子は、大分残念な性格になったんだよね……まともな子って、既に性格がある程度定まった子だけだったよ」


 肩を竦め、ゆるゆると首を左右に振る様子に嘘はない。だからこそ、リーニャは嫌そうに顔をしかめた。先程想像した、不気味な生物に育てられた子供、それが実在するという事実に。そして、そんな者に育てられた子供は、反面教師にでもしない限り、どんな酷い性格なのか。ユーリにさえ、残念と表現されるような子だ。どう考えてもまともではない。それが、最低でも一人、世に解き放たれている、という内容に、顔をしかめざるをえなかった。


 それでね、とユーリは続ける。


「シンはとってもいい子じゃない? その他の孤児院の子も殆どいい子達ばかりだ。君は何か、子育ての秘訣ってやつを知ってるんじゃないかって思ってさ」


 己の育てた子供を良い子だと褒められ、悪い気はしない。緩みそうになる頬の筋肉を叱咤し、何とか平静を装う。


 そうですね、と顎に手を当てた。


「特にこれと言ってはないですよ。普通に子供をよく見、子供を理解するよう努め、子供がこうでありたいと願う、そんな人間であるように努める。それが一番ではないでしょうか?」

「変だなぁ。僕、そうしていたつもりなんだけどね?」


 貴方は基本が普通から外れています、との言葉は飲み込み、曖昧に微笑む。


「ちなみに、どういう子になったんですか?」

「僕の事が大好きな子だよ」


 間髪入れずに返った答えに、リーニャは首を傾げる。それの何が悪い事なのだろうか、と。


 子供が父親を大好き、などとは、世間一般的に言えば、世の父親の理想ではないのだろうか。自分とて、常にそうなれば良いと思いつつ、接している。それなのに、何が不満なのだろうか。


「ああ、違う違う。そういう可愛らしい感じじゃないんだ。病的なまでに、僕の事が大好き、なんだよ」


 ふ、とフードに隠されたユーリの目が、遠くを見た気がした。


 ユーリの記憶にいる娘の一人。幼い頃からユーリに師事し、錬金術を学んでいた。大変優秀な娘。既に大人であるユーリと違い、子供ならではの柔軟な発想、想像。天性の才能。錬金術師としての逸材。ユーリ基準でとても可愛がった。


 いつからだったか、思いついてはユーリを実験台にし始めたのは。ユーリに毒の耐性があるのは、彼女のせいで間違いはない。毒薬だけならまだしも、既成事実を作ろうと、そういう薬を仕込まれたこともあった。


 懐かしくも、一秒たりともけして気の抜けない日々。できることならもう二度と、あの日々を繰り返したくはないな、とぼやく。


 話を聞いたリーニャは、何とも言えない表情を浮かべた。


「ええ、まぁ、何と言えばわかりませんが、貴方、間違っても一線は越えていませんよね?」

「……君も僕の事、なんだと思ってるの? 大体、僕にだって選ぶ権利くらいあると思うんだけど」

「それは女性に失礼ですよ」


 女性だけでなく、僕にも優しく。権利を、と訴えるユーリの声はまるっと無視する。


「いったいどういう風に接していたらそうなったのですか?」


 少なくともシンから聞く限り、目の前の男は女性に対してスムーズに接せられたはず、と首を傾げる。


 多少の下心は――神父としてはどうかと思うところもあるが――相手の女性を不快にさせず、寧ろ気持ちよく楽しくさせるのなら、まぁ悪い事ではないはず、と納得している。ユーリ自身、踏み込まれないように、女性に深入りさせないようには気を付けている、とも聞いている。それは過去の教訓からで、自分が知る以前は違ったのだろうか。そんな疑問が首をもたげた。


「錬金術の才能があったから、錬金術を教えた、くらいかな? 基本的に食事も含め、自分の事は自分でするよう言ってたし。別に晴れた日にピクニックに行こうとか、そう言った関りは持ったことがないな」

「では、どういう環境だったのですか? 母親は一緒に住んでいたのですか?」

「残念ながら死んでね。僕が一人で育てたよ。森の中の一軒家だったから、いつか街に一人立ちさせて、他人と接せられるようにしなくちゃ、とは思ってたけど」


 成程、とリーニャは頷いた。


 一つ屋根の下。頼るべき存在の親はユーリ一人。いかに凡庸な顔立ちとは言え、近くにいる異性がただ一人。ユーリから見ても才能がある、と評価されるような錬金術の腕。きっと、ユーリは可愛がったのだろう、とリーニャは理解した。


 シンから聞いている。ユーリは、気に入った相手を甘やかす傾向にある、と。おそらく、才能のある子供も可愛がったに違いない、とリーニャが判断するのも当然。基本的に自分の事が自分でできるよう躾けられた子供。けれども、さりげなくユーリは手を貸したに違いない。


 親であり、師であり、自分とは異なった存在。ゆるゆると、精神の成熟に合わせて、異性というカテゴリーに収まっていった。


 難しい問題だ、とリーニャは眉根を寄せる。


 これが、同性なら問題はなかったのかもしれない。けれども運命とはままらないもの。誰が悪いわけでもない。強いて言うのなら、選択肢がたった一つの環境で、そうなるほど無自覚に甘やかしたユーリだろう。


「まぁ、結論を言えば、やはり貴方が悪いのでしょうね」

「えぇー? 僕?」

「ええ。いつか、ではなく、初めから、街に住んでいれば良かったんですよ。そうすれば、選択肢は多方向へと広がったのですから」

「嫌だよ。僕、あの頃研究者だったもん」


 子供の生活環境より、己の錬金術環境、と宣う男に、若干の苛立ちを覚える。じゃぁ親になるなよ、という言葉が喉の奥からせり上がりかけ、何とか飲み込んだ。


「なかなかにクズですね」

「うわぁ、いい笑顔で酷い暴言」

「すみません、本音が堪えきれませんでした」


 神父の柔和な笑みを浮かべ、うっかり飲み込み切れずに零れた本音。口をへの字に曲げたユーリに、真顔で答える。そうすれば、真実本音だとユーリは即座に理解する。そして唇を尖らせた。


「ちぇー。僕だって好きでなったんじゃないやい。でも何言っても怒られそうだから逃げよー」


 ごちそうさま、とまだ少し茶器に中身が残っているまま、立ちあがる。当然今の言葉にも怒りの説教でも聞かせてやろうか、と口を開きかけていたリーニャは、それに溜息を零す。


 どうして目の前の子供のような大人が、親になったのだろうか。神は子になんの試練を与えようとしたのか。そう、考えてしまった。


 悩むリーニャを尻目に、じゃぁね、と一声かけ、ユーリはそそくさと立ち去ろうとする。扉に手をかけようとしたところで、扉が開いた。この教会の扉はいつから自動になったのか、等とくだらない事を言うよりも早く、ごつりと額にぶち当たる。


 ぎゃ、と短い声を上げ、額を押さえたユーリ。


「ごめんなさい、おと……っ誰!? あ、アンタなんでここに!!」


 上がる声。聞き覚えのあるそれに、フードの上から額を押さえていたユーリは、相手を見た。


 ちょっと勝気な釣り目。可愛らしい顔立ち。しかしそれも嫌悪に歪められていれば、魅力は半減と言ったところか。


 慌てたようにリーニャが席を立つ気配。ユーリはにんまりと口元に笑みを浮かべた。


「やぁ、チコ。久しぶり」

「なんでアンタがココにいるの!? 出ていきなさいよ!」


 まるで全身の毛を逆立てた猫のよう。今にもフシャーと聞こえてきそうな姿に、ユーリは思わず笑い声を零した。


 チコ、とリーニャが声をかけるが、間に合わない。


「悪魔が教会にいて良いわけないでしょう!? シンだけじゃなくてお父さんにも取り入ってるの!? 何が目的!?」

「んー、今日はお茶を飲んで、愚痴を聞いてもらうのが目的かな」

「ふざけないで!」

「いやいや、これが本当なんだよー」


 興奮して今にも掴みかかりそうなチコ相手に、ユーリはへらりへらりと笑いながら、気の抜けた声で返す。そうすれば、チコがますます興奮するのを知っているから。


 しかし面白い、とフードに隠された目を細める。


 チコは、自分と一つの契約をした。あの夜会った彼女は、昼とは違い理性的に会話ができていた。しかし、初めて会った時と言い、今と言い、まるで別人のよう。無論、昼夜で性格の変わる人間がいないわけではない。けれども、これはそれではない。


 キーキーと暴言を吐き散らす様子をじっくりと眺める。


 警戒の色を濃く映す目。怒りと興奮に上気する肌。流れるように暴言を吐き出す口。チコ、とリーニャから名を呼ばれても、聞く耳を持っていない。初めて会った時もそうだったな、と思う。そして、成程、と笑った。


「リーン神父。君は、なかなかに罪深い。そうか、成程。ここはその為、でもあるんだね?」


 確信を持った声。リーニャは答えない代わりに、顔を歪めた。


「何が贖罪だ。こんな罪深い真似をするなど、君は、神にでもなったつもりか?」

「全ては、陛下の為です」

「ああ、知っているよ。君の、大好きな陛下の為だ。それもまた、君の生き方だろう。でも、そうだね。やっぱり君は、要らない」


 背を向けたまま優しく告げる。その声にリーニャは、ぐっと口を引き結ぶ。


 まるで物語の魔法使いのようなローブは、背中越しの感情を全て覆い隠し、リーニャにはユーリの正しい感情を読み取る事が出来ない。けれども、何となく予感はあった。もう二度と、ユーリがこの場を訪れる事はないだろう、と。


ラストエリクサーのような希少性の高いアイテムは、最終ボス相手でも、裏ボス相手でも使用できない、超ド級の勿体ないお化けに憑りつかれているトドです。

皆さん、おはようございます。こんにちは。こんばんは。おやすみなさい、良い夢と良い悪夢を。


えーっとですね、今回、どうにもネタが出なくて、ブロックを積んで家を建てるゲームで、ユーリ君の店を建てたりしてました。

だが残念。

私は豆腐建築士。

最早ドヤ顔で胸を張って宣言できる豆腐建築マイスター。

理想の思い描いているものと遠くかけ離れた謎の物体が出来上がりました。


誰か、頭の中に思い描いているものを、三次元的に表現できる技術をください( TωT)

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