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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
六章 錬金術師
55/85

54 人で在る化物



  長いような短いような、奇妙な時間を、朽ちた施設の中で過ごす。腕を組み、ぶつぶつと呟きながらうろつく姿は、少々、否、大分、不気味だが、アレグロは気にしない。何故なら、ユーリという人物は、そういう生き物だ、という認識をしているから。好きなだけ考えに没頭させ、やがて動き出すその時を待つ。


 しばらくウロウロとその場を動き回っていたユーリは、やがて諦めたように溜息を零した。


「アレグロ、奥に行こう」


 なんて事のないように紡がれた言葉。アレグロの指がぴくりと跳ねた。


■■■■■■■■(あそこを使うのか)?」


 あからさまに嫌悪を乗せた声。


 もしもアレグロの表情が人間のように容易く変わるのなら、不愉快そうに歪んでいた事だろう。けれども言われた側であるユーリはどこ吹く風。そうだよ、と何て事無いように淡々と返す。


■■■■(あそこは)■■■■■■■■(人には過ぎた場所)■■■■■■■■(ではなかったのか)?」


 そうだよ、と再び肯定が返る。


「ちょっと時間がないんだ。だからあそこを使うしかない。大丈夫大丈夫。変な事には使わないよ」


 にんまりとした笑みを眺め、アレグロは嘆息した。


 信用ならない。彼の心情を言葉にするならば、その一言に尽きる。けれども、いくらアレグロが声を上げたところで、目の前の人物が思いとどまるとは思えない。そう、諸々の想いを込めた、溜息だった。


 知ってか知らないでか――ユーリの事だ。当然気づいてはいるだろう――アレグロの方を見ずに歩き出す。


 風化した瓦礫の陰に、隠れるように小さな扉。見落としそうなその扉を開き、奥へ。そこは今までの部屋が広かった分、余計に狭さを感じる。そんな部屋だった。


 中央に設置された平皿。右の壁には人が一人入って尚あまりそうな筒状のガラス製の何か。左の壁には小さな机と、いくらかの機材。


「アレグロ、水頂戴」


 当たり前のように願うユーリに、アレグロは一つ、息を吐いた。


 どうせ何を言っても聞かないのなら、黙って言う事を聞いた方が早い。自分の心も楽だ。そう割り切って水を操る。天井の岩から染み出すようにぽたぽたと垂れてきた水は、やがて雨のように降り注ぎ、ユーリが指定した平皿と、ガラス製の筒に水を満たす。その間にユーリは、平皿から延びる管を、ガラス製の筒から延びるものと接続していく。


 ごぽり、と筒状の中に入った水が音をたてた。それに満足げに一つ頷くと、ユーリは平皿の前へと移動する。


 右側の袖に手を入れ、探る。直ぐに取り出した手には試験管が二本。一本には虹色の液体。もう一本には糸のような何か。


■■■(なんだ)■■■(それは)?」

「髪だよ。落ちてたんだ。これが誰のものか確認しようと思ってね。もし最悪の想定だったら、僕は死を覚悟するね。違うのなら、まぁ大丈夫だろう。最悪は最悪に違いないけどね」


 僕にとっては違うからいい、と平然と宣うクズを眺める。


 ユーリに死を覚悟させる者とは一体なんなのか。の魔神は金髪なので、それではないだろう。だが、この国は銀髪だらけ。その中から既に候補が絞られているのだから、ユーリに近しい場所にいる者だ、という事だけは理解ができる。


 そこでアレグロは溜息を零した。


 ユーリに近しい。つまり、理不尽の権化の同類に他ならない。そんな者達が生きて、ユーリと一戦交えようとしているらしい、という事が理解できる。


 勝算があっての事か、ユーリのように飽きた結果なのかは不明だが、ユーリという化け物を理解しながら喧嘩を売るのだ。相手も、まともな神経ではない事が十二分に理解できる。


 宝玉を持って、どこか別な場所にねぐらを移そうか、などと考えても誰にも文句は言われないはず。そんな奇妙な自信が胸の奥底から沸き上がった。


 ユーリの手が、左側の袖を探る。そして取り出された手には、拳大の真っ青な石。それを、ガラス製の筒状の器具に入れた。直ぐに平皿の前へ。虹色の液体を平皿の中に零し、しばらく待つと、平皿の中の水が虹色へと変わり、ぐるぐると渦を巻き始める。その中にゆっくりと沈められる一本の銀糸。虹色の渦の中で回りながら、やがて沈んで消えた。


 空になった試験管は袖の中へ。代わりに今度は小さな結晶が一つ。


 霧の結晶。以前リーニャに依頼して取ってきてもらったもの。正確には依頼した毒の対価として、取ってきてもらったもの。


 希少性が高く、高難易度の採取素材。それを平然と平皿の中へ放り込んだ。どれほど高価だろうと、どれほど希少だろうと、素材は素材。必要な錬成の際に惜しむような、そんな貧乏性では錬金術師はやっていられない。


 結晶は、小さいながらも渦に抗うようにしばらくは浮いていたが、やがて力尽きたかのように音もなく沈んで消えた。途端、ガラス製の筒状の機材の中に入れていた真っ青な石、神結石が光を放つ。中の水がごぼごぼと激しく音をたてた。


 神結石から肉が溢れ、石を中央に包み込み、やがて一つの形へと変わっていく。


 長い銀髪の、見事なプロポーションの女。それを見たユーリは、なぁんだ、とつまらなさそうに声を上げた。そして、平皿と器具を繋ぐ管の結合を解く。平皿の方はひっくり返し、器具の方は、下方についている謎のバルブを捻れば中の水が排泄された。


 水の中浮いていた女が、ぐしゃりと力なく落ち、糸の切れた人形のように、奇妙な体勢で倒れこむのを、筒状のガラスに阻まれる。


■■■■■■■(これで終わりか)?」

「そうだね。本来なら、この後何かの血を入れる。人間のように百年近く生きるならエンシェントドラゴンのものを、五十年に満たない程度で良ければドラゴンのものを、一週間程度で良ければ人間のものを」


 淡々と説明する。


 今回は血を入れていないので、器だけができあがった。完成させていない以上、崩壊は早い。器具の中で、まるで酸でもかけられたかのように、シュウシュウと音をたてながら崩れていく身体。皮膚が爛れ、肉が見え、やがて骨がむき出しになり、その骨も又、溶けて消える。


 それを眺めていたアレグロは、グロイな、と普通の感想を漏らし、興味を失ったかのように顔をそむけた。


■■■(結果は)?」

「ハズレ。最悪には違いないけど、僕の最悪ではないし、予想の範囲内。帰ったら、この女を殺しに行くよ」


 さらりと返った言葉に、少しだけ驚いたようにユーリを見た。


 ユーリという男は、自ら手を下すことがない。周到に張った罠の中、獲物が自滅する様を眺め、嗤い、肴とする。そんなねじくれた性格。その男が自ら行動を起こしに行く、と宣言した事に驚いた。対してユーリは、己の言葉に興味を持っていないかのように、にんまりと笑っている。


■■(君が)■■■■■■(手を下すのか)?」


 まさか、と楽しげな声が返った。


「僕はそんな野蛮な事はしないよ。シンにしてもらうさ」


 ユーリの言葉に、アレグロは不思議そうに魚眼をぐるりと回した。


 今この場にいない、ユーリのお気に入り。彼はユーリに護衛に選ばれる程度には、そこそこ強い。けれども、最強ではない。普通の人間の枠内に収まった存在。彼がユーリに気に入られたのは、彼が人間だから。


 清濁併せた人の世の在り様を受け入れ、その中で生き足掻く。自分のような超越者や、ユーリのような化け物にはない、『生きた』人間。


 まっとうな思考。時には非情な選択をしつつも、軋む心を持っている。そんな人間の男は、大概女を殺せない。同じ人間の、ならず者を切り捨てる事が出来る癖に、そのならず者が女だと、途端に刃が鈍くなる。幼子や老人だと更に鈍くなる。それがアレグロの知る人間。シンは、その典型的な枠に収まっている。そう、認識していた。


 そうでもない、と突然ユーリが嗤う。


「あの子はあれで、なかなかイイ性格をしているんだよ」


 自分は口に出していない。そんな不満を口にするほど、アレグロはユーリを知らないわけではない。ただ黙って、肯定を示すように溜息を零すだけ。所詮、ユーリに認められた者。真実まっとうなわけなかったな、と己の短慮に嘆く。


 そういえば、とアレグロは声を上げた。


■■■■(君は確か)■■(嫌悪)■■■■■■■■(していたのだろう)?」

「あの人のことかい?」


 そうだ、と肯定する。


 ユーリは言った。


 僕はあの人の事を愛している。けれども同時に、殺したいほど嫌悪している。あの人は僕にとって最愛の錬金術であり、禁忌の錬金術そのもの。もう二度と会わない事を願うよ。


 そう言ったのは随分昔の事。それは変わったのだろうか。今は愛情だけが残っているのだろうか。そう、尋ねた。


 ユーリは笑う。とても優しく。


 変わっていないよ。僕はあの人を愛しているけれども、同時にとても嫌悪している。憎んでいる、と言っても良い。そう、殺したいほどにね。


 そう囁くように告げる声は、夢見る乙女のように、うっとりとした艶を含んでいた。だからアレグロは更に問う。ならばこそ、今回は良い機会なのではないのか、と。その言葉に、ユーリは少しだけ驚いたように首を傾げ、それから、可笑しそうに、口元に拳を当てて小さな笑い声を漏らす。


「君は解っていないな。僕は人間だ、と言っただろう?」


 口元に当てていた拳が離れ、人差し指が一本立つ。


 いいかい、と優しく諭す声。これはおそらく彼の癖だろうな、とアレグロは思う。彼はいつだって誰かに教える立場だ。最早誰かに語る、教える、ということは息をするほど自然な事で、自分のような長く生きるものさえ、彼の前では教え子のような立場。


「人間は、単純だし、その思考を読むのは容易い。けれども、魔人のように純粋で、単純じゃないんだよ。とても、複雑な生き物なんだよ」


 魔人は、無垢な子供のようだ、とユーリは言う。己の望みに純粋に突き進んだ結果至るモノだから。単純に、純粋に、ただただそれだけを欲せば至る。けれどもそれが難しい。生きている以上必要なすべてを切り捨てる、という事をできる者がどれだけいるか、というと、先ずほとんどいない。稀に無意識に至る者がいるが、それは本当に稀。だからこそ、強大な力を手にしつつも、魔人は世界を滅ぼすことがない。その思考さえ切り捨てて力を求めたのだから、思いもつかない、と言った方が正しい。


 己が求めた事を邪魔されることに異常な激情を見せるのも、それ以外の思考がほぼないからだろう、とユーリは笑う。


 対して人間はどうだろうか。人間はたった一つの欲で満足したりしない。たった一つの思考だけで生きていかない。多くを考え、望む。その全てを手に入れる事が出来ないと知りつつ、足掻く。


 言っただろう、とユーリは笑った。


「僕はあの人を殺したい。けれども、失いたくはないんだよ」


 難解な事だ。アレグロはその感想を飲み込もうとして、吐き出した。


 全く以て理解の範囲外。そんな面倒な望みを持ってどうするのだろうか。真逆すぎて絶対に両方を手に入れることはできない。持つだけ無駄な望みを抱える無意味さに、アレグロは首を傾げるしかない。そして同時に確信する。


 人とは愚かだ、と。


 だからこそ理解ができない。何故、ユーリは人間に固執するのか。彼は頭が良い。自分では及びもつかない程。ならば人間の愚かさを理解しているはず。にも拘わらず、あれほど人間に固執するのは何故なのか。彼ほどのものなら、突き抜けてしまえば容易く己たちの領域を凌駕するだろうに。まるで、あえてそこに行かないように、到達しないように、愚かな事をしている。そのような印象さえ受ける。


 ふむ、とユーリは頷いた。そして、アレグロの考えを間違いではない、と肯定する。そして、すぐに間違いだ、と否定して見せた。


 肉体的にも超越者になることは不可能だが、それよりも、ユーリは自身を人間だ、と認識している。誰もが受ける印象は『人間であろうとする化け物』だが、ユーリ自身は、ただ『人間』と認識している。『化け物であろうとする人間』だ、と。そして、その意識の下、動いているに過ぎない。ユーリの中で、そうでなければいけないのだ。


 やはり難解だな、とアレグロは嘆息する。そんな複雑さを持たなければ、もっと気楽に生きていられるものを、と呆れさえする。


■■■■■■■■■(頭が良いというのも)■■■■■(考え物だな)


 疲れないのか、と純粋な問い。それが人間という生き物さ、と容易く返され、自分はつくづく魔人で良かった、と胸を撫でおろす。沢山の欲と複雑な思考を持ったまま、気の遠くなるほど長い時を生きるのは苦しい。生きながらにして死ぬ。そうなった時、呪いをかけた自分はどうなるのだろうか、と考える。


 とても強い呪いだ。


 永久に解く必要がないと思ったから、解呪できない、解呪の方法がない、そんな悪質とも言える呪いをかけた。だから、もしもの世界があったとして、その時の自分はどうなるのだろうと考え、ゾッとする。それを見透かしたように、ユーリの唇が弧を描いた。


 君は、普通の魔人で良かったね。


アレグロ様回終了ー。

次回からはちゃんと物語勧めます。

趣味に走りまくって、アレグロ様回をひっぱってしまった……

いや、正直大分楽しかったです(`・ω・´)

反省はしますが後悔はしません(`・ω・´)


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