53 魔人アレグロ
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等間隔に灯された灯りで、明るい洞窟内。うんざりするほど広く開けた場所で、竜骨を眺めていたユーリが、ゆらりと歩き出した。
竜骨が沈められた穴を迂回して、その先に続く道を歩き出す。特に何を語るわけでもないユーリに続き、アレグロもまた、足を進めた。相変わらずユーリが黙れば二人の間に会話はない。響く足音以外、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた空間。
揺れる炎に、二人の影が揺らめき、まるで静かに笑っているよう。
笑いながらついてくる影を引き連れ、二人は歩く。
岩をくり抜いたような洞窟の壁。それをなぞる白い指先。一定の速度を保って歩いていた足が、ゆるゆると速度を弛め、やがて立ち止まる。
目の前には、朽ちかけた木製の扉。
壁を撫でていた手が離れ、そっと扉にかかる。ふ、と吐かれた息。まるで怯えているようだった。その先にある物になのか、場所になのか。
軋んだ音をたて、木製の扉が開いていく。開かれた先、先程の竜骨があった場所よりは狭いが、そこそこの広さのある空間。ゆっくりと、中へと入っていくユーリに続き、アレグロも足を踏み込む。
元は何かの研究施設だったのだろうか、両側に並ぶ何かの機材。全てが破壊され、砕けたガラスが散らばっていた。どれも長い時間放置されていることが判る朽ち方。それらを見つめるユーリの目に、光はない。
奇妙な沈黙が落ちた。それは先程までの緊張が見える沈黙ではない。心の内から溢れそうな何かを、捨て去ったものを、己の中から見つけないようにしている。その為の沈黙。
アレグロは静かにユーリの後ろに佇む。けして彼の邪魔をしないように。
ねぇ、と不意に声がかかった。ぶれることなく、落ち着いた声。
「■■■?」
「君と出会ったのはいつだったかな?」
問いかけに、考える。
「■■、■■■■■■■■■」
アレグロがユーリと出会ったのは、初めて宝玉を盗まれた時。どれほど昔だったか、既にその頃魔人として寿命を超越していたアレグロに、記憶はない。年を数える、という行為自体、忘れ去った後だったから。
魚人であり、水を守る一族。それがアレグロの一族。宝玉は、一族の中で最も力ある者が受け継いできたもの。アレグロが、魔人として超越者となった日に、受け継いだ。
水龍の宝玉。
汚れた水を浄化し、本来在るべき状態へと戻す。
もともと魚人は水棲の生き物。水が汚れれば、真っ先にその影響を受ける。故に、水を浄化して回る。どこか遠くの場所だから、と放置した結果、取り返しがつかない事になって困るのは己自身。常に世界中を巡り、浄化して回る。
宝玉を持たない者は、汚れの原因を探し、浄化の方法を探し、その過程で汚染された水に命を落とす者も少なくなかった。その為、アレグロが宝玉を受け継いだころはまだ、魚人の総数は少なく、絶滅も心配されていた。
アレグロが水の魔人となったのは必然。
水の魔人であるアレグロと、水を浄化する宝玉。その相性は何よりも良い。誰よりもその力を引き出せる。その力を存分に発揮し、仲間の為、水を守り続けた。水を守る、ということは、仲間だけでなく、全てを守る事。そしてやがて、水の守り神、水神、と呼ばれるに至った。
アレグロがいれば、他の魚人たちが水を浄化しに行く必要がない。人の来ない水底に生きる魚人たちは、その数を緩やかに増やしていった。
慢心していた。
水を守り、神と崇められ、人と魚人に尊敬される。だから、己を害す者はいない。そう、思い込んでいた。
アレグロがミリアの滝の裏にある洞窟をねぐらとした後、時の国王が水神を祀る祠を建てた。それを見たアレグロは、宝玉を祀るに相応しい場所だと思い、置いた。無防備に。宝玉が、人間から見れば、ただの宝石に見える。そんなこと、考えもしなかった。
むき出しの、掌大の宝石。磨き上げられ、美しい球状を保ち、透き通るような透明度。
ならず者たちが放っておくわけもなく、アレグロが水の見回りに出かけた隙に、盗まれた。戻ってきた時には祭壇はもぬけの殻。怒り狂ったアレグロは、呪った。全てを。そして水は病んだ。
澱み、腐っていく水。穢れ、毒を含み、その毒を吸い上げた植物もまた、その身に毒を宿す。空に上がった水は、やがてまとまり、毒の雨となり、地に降り注ぐ。そしてまた空へと上がり、他所へと流れていく。
世界中で沢山の人が、動物が、魔物が、死んだ。それでもアレグロの怒りは収まらない。折角増えたはずの魚人の多くが倒れた。それでもなお、怒りは収まらず、そのまま世界は滅ぶかと思われた。そんな折、ふらりと現れたのがユーリ。
怒り、荒れ狂うアレグロから話を聞きだすと、にんまりと笑った。そして言ったのだ。
今すぐ呪いを止めてくれるのなら、僕がその宝玉を授けてあげよう。
当時のユーリはローブを羽織ってはいなかった。にんまりと弧を描く口。金の髪と銀の目。豪華な色をその身に持つ、不思議な男。
アレグロは、ユーリの言葉に不思議と耳を貸した。
今でもよくわからない。あの時、何故彼を信じたのか。アレグロが語る合間に、幾らかの会話があった。ユーリと交わした幾らかの言葉。気づけば彼を信じていた。
結果的にユーリを信じたのは正しかった。
怒りで曇っていた思考は、落ち着き、クリアとなった。己が今すべきことは、この呪いではない。宝玉を奪った罪人を探し出し、相応の罰を与える事。といっても、もしかしたら既にこの世にはいないかもしれない。そうであれば残念だ。そう思いつつ、水を操る。
結局、水で見える範囲に、宝玉はなかった。代わりに、水神の怒りを買った者の噂を手に入れた。それが本当か嘘かは知らない。問答をしたわけではない。何故ならアレグロは水を操り、音を拾っただけなのだから。けれどもそれで良かった。己の中で決着をつけるのには。
選ばれた生贄。
世界初の、竜鱗症患者。
皮膚が鱗に代わり、周りから化け物と呼ばれ、迫害される。原因は不明のまま時が過ぎ、やがて魚人に変わった。希少種であり、人との関わりのない魚人たち。そんな者としての生活など、人間だったものが知るわけがない。不安と恐怖に発狂し、やがて魚となり、死ぬ。その時まで、静かに見守った。
魚化した生贄がいる場所だけ、浄化を後回しにし、汚染された水の中でもがき苦しむ姿を見ていた。
宝玉を造り、与えたユーリは、アレグロのその姿を眺め、笑う。怖い怖い、と。
「君とは仲良くしたいな」
弧を描く口が紡いだ言葉。あからさまに楽しむ声。
この男は危険だ、と本能が叫ぶ。同時に、この男と敵対してはならない、とも。
目の前の男は、ただの人間だ、と理性が囁く。魔人である己なら一撃で粉砕できる、脆弱な存在だ、と。
相反する意見に、アレグロは本能に従った。
よろしくね、と差し出された手を掴む。そして、咄嗟に振り払った。
握った瞬間に覚えた奇妙な感覚。それは、けして言葉にできるものではなかった。振り払われた手を眺め、不思議そうに首を傾げていたユーリは、やがて、ああ、と声を上げ、笑う。
「ごめんごめん。こっちじゃないといけなかったね」
不思議な言葉と共に、再度差し出された手。同じ右手に警戒し、掴まずにいれば、にんまりと弧を描く唇が問う。どうしたの、と。
じっくりと眺めた。
銀の目を細め笑うその顔は、少々の胡散臭さがあるものの、普通の顔と言える。何故、気持ち悪さを覚えるのか。優しい、とも言えるその顔に、魔人であるはずの己が、気圧され、再びその手を掴んでいた。
あれ以来、ユーリとの交流は続いている。
長く付き合っていくうちに、ユーリの異常性を何度もその目で見た。だからこそ首を傾げたくもなる。アレグロが世界を滅ぼそうとしたとき、何故彼は止めたのか。彼は、世界を滅ぼしかねない存在で、そうする事に戸惑いを持たない者。
問おうかとも思ったが、その時は既に繰り返した会話で、ユーリがろくでもない事を理解していた。尋ねたところでまともな答えが返らないだろうことも。だから口を閉ざす。
そうだ、その後だった、とアレグロは思い出す。ユーリが、突然この場所にアレグロを連れてきたのは。
水中で息をするためのアイテムを使いながら、へたくそな泳ぎで案内するユーリ。水中で息をするのもだが、泳げるようになるアイテムでも造ったらどうだろうか、とちらりと思ったが、懸命なアレグロは口を噤んだ。そもそも魚人から見れば、人間の泳ぎなど、所詮、と言える程度なのだから。
案内されたのは水に沈んだ洞窟。ユーリの、罪の記憶。
「激情のまま滅ぼせば、取り戻すこともできず、懺悔もできない。後悔はやがて己の心を病ませ、殺すんだ」
静かに紡がれた言葉。
それは君の事だろうか、という言葉は飲み込んだ。ユーリの目に、一切の感情がなく、また、己の本能が、この男は己の行動に後悔するような、そんなまともな心を持ち合わせていない、と言っていたから。だからきっと、それは己の為に紡がれた言葉。そう、理解した。
不意に尋ねたくなった。何故、自分だったのだろうか、と。そしてそれは、尋ねたとしても問題ないと思ったから、素直に尋ねた。
にんまり顔のまま、かくっと首を傾げるユーリ。
「君の狂気が面白かったから、かな」
くるり、とその場で一回転する姿は正に道化。
「怒り一つで、己の守ってきたものを見失う。そして、あっさりと世界を滅ぼそうとするその狂気が、とても面白かったんだよ」
あははは、と感情のこもらない笑い声が響いた。
なんて器用なんだろうか、と驚く。音は確かに楽し気なのに、何の感情もない、そう理解できる笑い声など、長く生きてきたが初めて聞いたな、と。
「ここをね、守れる人を探していたんだよ。ここは人の世には必要ないんだ」
「■■、■■■■■■■■■■■■■?」
必要がないのに守る理由が分からない。存在そのものを消せばいいだけのはず。そして、目の前の人物はそれをするだけの力を持っている。何故、しないのだろうか、と疑問を持つのも当然。
ゆるり、と振られる首。
銀の目が、優しく和らいだ。
「バカだなぁ。そんなの、決まってるだろう? 僕の中に残った人間が、愛した人の記憶をなぞりたがってるからだよ」
いいかい、と優しい声が紡ぐ。
「人という生き物は、愛と思い出に縋って生きるんだよ。どれほど辛い思い出の場所でも、行きたくない場所でも、そこを捨てる事が出来ないんだ」
つまり僕は人間なのさ、と頷く顔を眺め、成程、と返す。
「■■■■■■■」
「納得するところはそこなの?」
不満げに唇を尖らせる。それに当たり前だろう、とアレグロは返した。むしろ、ユーリに対して、そこを疑わずにどこを疑えというのだろうか。自身の事も大概化け物だと思ってきたが、ユーリはその比ではない。
理性が囁く。目の前の人間は、ただの人間。己の一撃で容易く粉砕される脆弱な存在。
間違ってなどいない。ユーリの戦闘力はないに等しい。普通に戦えば、ユーリがアレグロに敵うことはない。普通に、戦えば。だが残念な事に、ユーリには普通という概念がない。いや、あるのだが、それは彼にとっての普通で、世間一般の普通には当てはまらない。
まるで理不尽。
己のルール。己の世界。己の常識を掲げながらも人の世に、擬態して生きる不気味な存在。それが、アレグロから見たユーリという生き物。
あらぬ方を向き、ぶつぶつと不満を零していたユーリは、不意にアレグロを見た。ま、いっか、と笑う。
「それで、ここを守ってくれるかい?」
「■■■■■■、■■■■■■■?」
「そうだねぇ。君がここを守ってくれるのなら、また君が暴走したときは、僕が止めてあげるよ。だって君、望んでいないだろう?」
滅ぼす事、と続く。
そして、一つの契約が成った。以来、アレグロは水と共にこの場所を守護している。
「ああ、そうだったね。あの時は大変だったなぁ。水が穢れて、錬金術はあの時、一気に衰退したんだよ。マーレファの研究が世に広まって、彼女が突き進むようになったのは、アレが原因なんだからね」
まったく、と呆れたような声が上がった。それに大変申し訳なく思う。本来水を守る者が水を穢すなど、あって良い事ではない。年を数える事さえ忘れるほど生きたというのに、未熟者だった。
成長とはなかなか難しいものだ、と腕を組む。彼もそうなのだろうか、と魚眼の端に捕らえた。
あの時から変わらぬ、にんまりと弧を描く口。感情のない目。金と銀。魔神ではないくせに理不尽の塊。道化のような仕草。
長く付き合ってきたが、未だに彼が本当に望むものが分からない。彼の事が、わからない。それは自分が未熟だからか、それとも、彼が理解させようとしないからか。おそらくそれは両方で、つまるところ、ユーリ自身が望んでいないという事。ならば、これからも自分はこの距離を保ったまま、いればいいのか、と頷く。
平成が令和になり、黄金な週間が終わりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
最近気づいたのですが、もしや私って根暗ですかね!?><;
穏やかで優しいお話が書きたい、と思っているのですよ。
思った結果がこの作品なのですよ。
自分に大丈夫か、と問いたい……
何故かアレグロまでなんだか酷い人に……!!
大好きなのに……
くっ意味が分からん……
私はいったいどこを目指しているのでしょうか……orz
誰かに教えて欲しいです( ;∀;)




