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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
六章 錬金術師
52/85

51 水の魔人

トドの身に、感想などと神の恩恵のような素晴らしいものを頂けると、全身から汁が出てしまうほど嬉しいものです。

頭の中にあんこがぎっしり詰まったパンの、頭部変更後ぐらい活力が沸きます。

感想を下さった皆様、本当にありがとうございます。

ありがとうという言葉では言い表せない程、感謝しております!



 思い出してしまえば暗号も容易く、答えが分かっているので謎解きの暇つぶしにさえならない。調合をしようにも、今は入用の物がない。さてどうしたものか、とユーリはつまらなさそうに本を投げ出した。


 何となくこういった結果に行きつくことは予想していた。だからこそ、先に行ってしまおうか、とも思っていた。けれども、ユーリは宣言した。何があってもシンを連れて行く、と。


 さてどうしたものか、と再び考える。


 シンが戻るまでぐだぐだするのは時間の無駄。時間は有限で、有効に活用すべし、というのがユーリの信条。


 仕方がない、と溜息を一つ。少し早いがアレグロに会いに行こうと決めた。


 そうと決まれば準備をしなくてはならない。立ちあがり、商品棚から必要な物をとる。癇癪玉、ポーション、毒の入った小瓶、と手にとっては袖の中へと突っ込んでいく。しばらくすると満足げに商品棚から離れた。


 いくつかの小瓶が突っ込まれたはずの袖に、変化はない。


 ゆるりと踵を返し、カウンターの下に手を入れる。ごそごそとあさり、目当ての物を手に掴むと、引き出した。それは腰紐にでもぶら下げる事の出来そうな、小さな香。常に掃除される店内にある為、埃を被っている、ということはないが、長く使われていないことがわかる。


 蓋をあけ、中を確認すると、ローブの腰のあたりに巻いた紐に結わえ付ける。錬金部屋に放置しているカゴから、水筒と携帯食を入れたポーチをとると、腰に回した。採取するつもりは微塵もなく、カゴは背負わない。一人での移動なら、わざわざテントを張らないからテントも持たない。


 いつもより随分と身軽な姿。


 薄い紫色の液体が入った瓶をカウンターの下から取り出す。それをポン、と店の床に放り投げれば、当然、瓶が割れ、ガラスが飛び散った。液体の代わりに薄紫色の気体が立ち込める。


 人避けの香で店内を満たし、準備はできた。


 割れたガラスは、勝手に動く掃除用具があっという間に片付ける。


 扉をくぐり、外から鍵をかける。フードがずれていない事をしっかりと確認し、ふらふらと歩き出した。


 まるで魔法使いのようなローブを身に纏い、口元以外を隠すようにフードを被った奇妙な男。それなのに、大通りに出ると、ふらりと人の間に吸い込まれる。誰にも視線を向けられることなく、ごく当たり前のように馴染んで消えた。


 そのまま城門を潜り抜け、ミリアの滝へと向かう。


 街道をそれ、森の中を、道なき道を歩くその足に迷いはない。どう考えても歩きにくそうなその服装で、慣れたように歩いて行く。裾一つ、自由に伸びる枝葉に当たる事はない。


 かすかな物音一つなく、ゆらゆらと歩く影。


 ふと、その足が止まる。視線の先にはスライムの群れ。袖口から取り出した癇癪玉を一つ。一瞬の早技で火をつけ、投げつける。それなりの速度をもって投げつけられたそれは、目標地点に着火すると同時に爆発した。


 けして小規模とは言えないけれども、爆風に戸惑うほどでない。けれどもいくつも組み合わせ、同時に爆発すれば辺りが吹き飛ぶ。そう確信できる程の爆発。


 癇癪玉、という名に惑わされた者は、けして未来を歩くことはできないだろう。その威力を前に、スライムは全て消し飛んだ。後に残るのはすすけた跡だけ。そして、共に吹き飛ばされた、元は草木だっただろう消し炭が、ぼろりと崩れた。


 一瞥もせず、歩き去る。


 フードから覗く口許は、弧を描くことがない。ただつまらなさそうに歪んでいた。


 茂みから現れた口の避けた狼。襲い掛かる為に既に飛び掛かっていた。しかし、届かない。顔面に当たり、砕けた試験管。そこから飛び出した液体が当たった瞬間、狼の顔は溶け落ちた。


 断末魔すら上げることなく、地に落ちる。


 やはり一瞥もない。


 まるで何事もなかったかのように歩みは止まらない。


 不意に、ああ、と短い声があがったかと思うと、生白い手が腰にぶら下がった香入れに触れた。こん、と拳で叩くと、不思議な事に急に辺りに香りが広がる。途端、今まで狙うようにユーリの周りにいたモンスターたちが、逃げ出した。


 魔除けの香。


 モンスターが嫌がる臭いを発し、遠ざける。ただし、人間やただの動物には効果がない。


 持ってきたアイテムは野生動物や、ならず者用。無駄に使用してしまったことに、ユーリは面倒くさそうに一つ、舌打ちした。


 ミリアの滝は片道十日。初手のミス以外、これと言った何かがあるわけでもなく、単調な日々を繰り返し、辿り着く。


 それなりの幅の、立派な滝。水と大地の恩恵に生い茂る森。雄大な景色。まさに壮観。もっと街から近く、安全な場所ならば人々の憩いの場となっただろう。けれども、ユーリはそうならなかったことに感謝する。何故なら、人がいないからこそ、錬金術の素材が集まるのだから。


 滝の裏を覗き込む。


「アレグロー。いるかーい?」


 声をかけるも、滝裏の洞窟は静まり返っていた。


 どうやらいないらしい、と判断すると、香入れを軽くたたく。それだけで臭いが消えた。フードから覗く口許がゆったりと弧を描く。先程までのひんやりとした雰囲気は消え、いつもと変わらぬ、どこかつまらなさそうな、けだるそうな雰囲気になった。


 しょうがないなーと呟きながら洞窟内部に足を踏み込みかけ、突然の衝撃に顔面から地面に突っ込んだ。


 べぶっと情けない声を上げて倒れたユーリ。その上で飛ぶキラービー。魔除けの香の効果が切れると同時に、突進してきた。滝の音に羽音が消され、ユーリは気づかず、まともに体当たりを受けたのだ。


 慌てて起き上がり振り返る。しかし、時すでに遅し。飛び掛かる水スライム二体。そして、毒針を構えるキラービー五体がいた。


 咄嗟に袖に手を入れるも、持っているものは爆薬と毒薬。そんなものをこの場で使えば、目の前の脅威を退けられたとしても、その後、住処を荒らされた、アレグロという名の怒れる魔人に殺されるのが目に見えている。


 現状、打つ手なしのユーリは、情けなくもひぃぃと悲鳴を上げた。


「ぎゃーーーーっアレグロっアレグロぉおおおっヘルプっヘルプったぁーすぅーけぇーてぇえええっ」


 あばばと声を上げつつ、無様に逃げ出す。転がるように洞窟に入るが、宝玉が鎮座する祠と、アレグロが出入りする、地下水脈と繋がった水たまりがある程度の、狭い場所。あっという間に追いつかれ、追い詰められるのは当然。


 ユーリの脳内に最悪な未来がよぎったその時、水たまりがバシャンと跳ね上がった。そして塊が飛び出す。飛び出した塊は、目にも止まらぬ速さで着地と同時に地を蹴り、ユーリの横を、拳が真っすぐに突き出した。


 べちゃり、と音をたてて飛び掛かっていたスライムがはじけ飛ぶ。次いで、拳が下がり、駆け抜けたユーリがいたその場所に、足が振りぬかれる。風圧にキラービーが吹き飛び、壁に当たり、粉砕された。


 くるり、と宙に浮いた身体を回し、着地する。ユーリよりも低い背。洞窟の入り口から入る光にきらりと煌めく濡れた肌。びちゃり、と音をたてながら、振り返った。


■■■■(すまない)■■■■■(遅くなった)

「ああああアレグロぉぉおおっ」


 人間の言葉を正しく発音できない魚頭の魚人に、一も二もなく飛びつくように抱き着く。濡れた衣服がローブを濡らしていくが気にも留めない。水棲の生き物独特の、人が好まない香りも、気にならない。普通の人間ならば聞き取れないその言葉を正確に聞き取り、頬ずりさえする。


 抱き着かれた方のアレグロは、身長差から、腰を曲げて胸にすり寄るユーリの頭を、ぽんぽんと撫でる。


 水かきのある手。鱗に覆われた肌。魚頭。抱き着いてくる者より低い身長。どこにもいいところがないはずなのに、やけに女がときめきそうな行動。


 しばらく頬ずりをするユーリの好きにさせ、落ち着くとそっと身体を離した。


■■■(それで)? ■■■■■■■(何かあったのか)?」

「あー色々聞きたいのと、確認かな?」


 確認? とアレグロが不思議そうに魚眼をぐるりと動かした。それにユーリはゆっくりと体を離し、うんと一つ頷く。


「ねぇ、この国の民で魔人が産まれることはありえるのかな?」

■■■■■(ありえない)■■■(それは)■■■■(君が一番)■■■■■■■■■(理解しているだろう)?」


 淀みなく返る言葉。そうだよね、とユーリは腕を組んだ。


■■■■■■■■(ありえるとしたら)■■■■■(引き継いだ)■■■■■■■■(紛い物だけだろう)

「ああーやっぱそうかー。それはあるのかー」


 パシン、と額を片手で叩き、天井を仰ぎ見る。それでもユーリのフードは乱れない。魚眼をぐるりと動かし、それを眺めていたアレグロは、すぐに興味なさげに視線を外した。どうせあの調子ならば、ユーリはぶつぶつと独り言を繰り返し、自身の思考がすっきりとなるまで考えに没頭する。それが分かるほど、アレグロとユーリの関係は長い。


 洞窟の端にある、自身が出入りする水たまりに近寄る。ユーリの声に押される形で水の中から飛び出した。辺りには水が散っている。アレグロが手をかざせば、飛び散った水はうねり、自ら水たまりへと帰っていく。


 水の魔人であるアレグロの力の一つ。それをじっと見ていたユーリは、ゆっくりとアレグロへと近寄った。


「うーん、流石は水の魔人。水の操作なんてちょちょいのちょいだね。ねぇ、例えば、その力が紛い物として引き継がれたとして、どれくらいの事が出来る?」

■■■■■■■■■■(大したことはできない)


 即答。


 魔人の力は絶大。容易く唯人が御せるものではない。何らかの理由を以て引き継いだとしても、それはあくまでも紛い物。


 例えば、アレグロは水を自在に操ることができ、水に関する呪いを扱える。では、紛いものではどうか、と言えば、先ず、呪いは一切使えない。これは人の身では耐えきれない衝撃があるらしい。魔人本人達からしてみれば気づかない程度らしいが。水を操る事は多少引き継げるらしいが、残念な事に手足のように自由自在ではない。所詮紛い物は紛い物。そう言い切れる程度の些事しかできない。それでも、唯人でしかない者から見れば、それは魔人と勘違いするほどだという。


 説明を受けたユーリは、成程、と頷く。


 フードを取り払い、豪華な色を持ちながらも凡庸な顔をあらわにした。銀色の目がきらりと輝く。にんまりと弧を描く口許と合わせてみれば、彼が楽しげな表情を浮かべているのだと、人は思うだろう。だが、長い付き合いのアレグロは、彼が怒っているのだ、と知っている。それも深く、強く。


 魚頭なため、人間のように表情の変化のないアレグロ。彼も、彼と同じ種族の者も同様。そんな中、相手の顔色を判断する目を培ってきた彼の、見る目は確かだ。


 涼やかな銀の目に灯る怒りの炎。


 水の魔人であるアレグロは、己に強力な呪いをかけた。それは、水と同じだけの寿命を得る、というもの。だから、彼はとても長い年月を生きている。これからも生きていくだろう。水と同じだけ、ということは、水がある限り、彼の寿命は潰えないのだから。


 肉体がなくならない限り、ほぼ死なない彼は、沢山の者を見てきた。人も魔物も、様々な者を。まだ年若い頃は、興味本位で水脈をたどり、地底湖に住む竜を見に行ったこともある。


 文明を持ち、進化を続ける人間と、動物と同様な魔物達。その衝突は繰り返され、度々様々な危機があった。国が滅ぶ危機、魔物が滅ぶ危機。その過程で、世界には様々な食物連鎖があり、人が滅んでも、魔物が滅んでも、あまりよろしくないのだ、ということを学んだ。しかし、そういう次元ではないのだ、と魚眼の端にユーリを捕らえる。


 雑魚モンスター相手に、アレグロに泣きつく。そんな男が、真実世界の命運を握っている、といって、どれほどの命がその事実を受け入れるだろうか、と考える。そして、受け入れないからこうなったんだろうな、と銀色の奥に灯る怒りに嘆息した。


 深海よりも深く、マグマのように熱い怒りの炎。


 魔人である自分さえ、死を覚悟する。まるで魔神のように理不尽な存在。それが、ユーリという錬金術師。彼を殺そうと思って殺せる者などいないだろう、とアレグロは確信している。何しろ、ある意味魔人の中でも理不尽な類であるアレグロでさえ、本気で彼と袂を別とうとは思わない。


 誰が彼に喧嘩を売り、彼を怒らせたかは知らない。ただ思う。余計な事をする阿呆もいたものだ、と。


 にんまりと描いていた弧が、ゆったりと歪んでいくのを眺め、ああ、世界が滅ばないといいな、と無責任に思った。


きゃー!

アレグロのターンがきたー!

うっかりウチワとかに名前書いて装飾してペンライトと一緒にフリフリしながら応援したい今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

平成最後のアップとなりました。

次回は令和になるんですねー……

何だか時の流れを強く感じます。

まぁ、平成が終わろうと、令和になろうと、トドの人外好きは治りません( ー`дー´)キリッ

来週もアレグロ様のターンです。多分。

むしろずっとアレグロ様のターンで良い気がする!


なんてトドの願望はさておき、物語は少しずつ進んでいるはず……

もうしばらくお付き合いをお願いいたしますm(__)m


猫田 トド

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