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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
五章 ダモクレスの剣
50/85

49 与えられる試練

おお、今週もブクマが増えてる!

ありがとうございます!

ありがとうございます!

うっかり車の中から外へ向かって、右手を振りながら笑顔を浮かべそうです!



 水も食料も自己負担。食料は干し肉があるが、水は一月も水筒では持っていけない。さて、どうしたものか、と考えるシンに、ユーリはにんまりと笑った。手にした本をカウンターに置き、揺り椅子から立ち上がる。ゆったりとした足取りで、商品棚へと移動した。


 生白く、意外と荒れた指先が、実に緩慢な仕草で一つの瓶に触れる。透明な瓶の中に詰まるは暗い灰色の石。女性の掌で簡単に包み込めそうな、小さな石がぎっしりと詰まった瓶の、石と石の僅かな隙間を埋めるようにみつる水。


豊水石ほうすいせき。一つ容器に入れるだけで、滾々と飲料可能な水が沸く石。水はけして容器の外へと溢れる事はない。一つ銀貨一枚」

「買う。水筒に入れれば良いのか?」


 腰にぶら下げた皮の水筒をポンと叩けば、ユーリは、そうだよ、と頷く。


 なんだよ、とシンは笑った。


「良いもんあんじゃねぇか。なんで今まで教えてくれなかったんだよ」


 君に必要なかったからさ、と笑うユーリに、確かに、と頷く。


 銀貨を一枚支払い、水筒の口をほどき、その中に石を一つ。再び飲み口を嵌め、押さえる紐を縛る。直ぐに水筒が重さを増していく。成程、これは便利だ、とシンは膨らんだ水筒を見た。


「携帯食はどうする?」

「アレは携帯食じゃねぇ。草だ。携帯草」


 顔をはっきりとしかめ、拒絶する。


 ユーリの言う携帯食は、錬金術で加工された、長期保存ができる謎の食べ物。色は何とも言えない黄土色とよもぎ色のマーブル。四センチほどの長さをした棒状。味は、シンが発したとおり、草の味。何とも言えない青臭さと苦み。それに土の香りが広がる。


 携帯食。食、というが、実際のところは毒消し。ただ、小麦粉と毒消し草、その他栄養価の高い薬草の粉末を練りこんだものなので、食事としても問題ない。実際、水とそれだけ食べていれば、栄養失調になることもない素晴らしい栄養食。味さえ我慢できれば、だが。


 まぁそういう反応になるよね、とその昔、騙してシンに食べさせたユーリは笑う。


 悪戯心でほんの一欠けら。それでシンがどういった反応をし、今後どういう反応をするか。ただそれだけを知る為に食べさせた。


 食べ物を粗末にできないシンは、涙目になり、何度もえづきながらも律儀に咀嚼する。そして屍も同然に床に転がった。流石のユーリも憐れに思うほどダメージを受けたシン。しょうがないなぁ、と笑いながら、そっと差し出した飲み物。香りは良いが味が最低な薬湯。香りに騙され、飲んだシンは、もんどりうって白目を剥き、痙攣した。


 よくあの後も仲良くできたものだ、と当時を思い出しても首を傾げたくなる。もしかして彼はそういう嗜好なのかな、と考え、それ以上は微妙に自分が危うくなりそうで止めておいた。


 携帯食は干し肉を自分で準備する、というシンに、まぁそれが妥当だろう、とユーリも相槌打つ。


 揺り椅子に戻り、再び本を手に。


「飯と水は良いとして、後は寝る時か。なぁ、人間って一月半寝ないで生きていけると思うか?」

「さぁ? 僕は錬金術師だ。もともと必要とあらばそれくらいの調合、延々とするけど、常人にできるとは思えないね」

「そういった調合の時、どうやってんだ? 体の慣れか?」

「まぁ、多少はそういった面もあるけど、そうだね、ちょっとした薬を先に飲むこともあるかな」


 錬金術は時間がかかる。調合釜に材料を放り込んではい終わり、ではない。物によっては、何日も延々と釜をかき混ぜる事となる。休憩できるような難易度の低いものならまだしも、トイレ休憩に行く暇どころか、一秒たりともかき混ぜる手を休めることのできない調合だってある。


 錬金術の二つ目の挫折は、そこなのだ。


 一つ目は、専門的な難易度。二つ目は人間、というか、生物として当然の壁。人間が寝食忘れ、湯だつ釜の前に立ち、汗という名で水分を失い続ける作業を、連続で何時間続けられるのか、という話。


 その不可能を可能にする薬がある。


 死人薬しびとやく


 これを服用している間まるで死人のように、汗をかかず、食事も睡眠も必要とせず、トイレに行く必要もない。錠剤型で、一錠で一日の効果。


 だが、この薬はあくまで『抑えている』だけ。薬の効果が切れると、それまでに必要としたもの全てが一気に押し寄せてくる。トイレに駆け込むのが先か、食事を摂るのが先か、その場に倒れ伏すのが先か。


 わりと危険な薬と言える。


 一月半分の空腹とトイレ事情と睡眠が押し寄せるのか、と考え、無理だな、とシンは首を振った。


「まぁ寝ている時に関してはそんなに心配する必要はないんじゃない?」


 軽く笑うユーリに、疑問を乗せた視線を向ける。


 だって、とユーリは本を軽く左右に振った。


「プリンちゃんと熊もいるんでしょ? ハンターがさ、夜中に妙な気配に気づかないなんてある? あと、野営の番はローテーでしょ? ハンターの誰かが起きてる状態でってのは考えにくいよね」


 成程確かに、と頷く。


「つーか、じゃぁ錬金術ってやっぱどうやってんだ? 一人でやるのって無理じゃね?」

「そうだね。難易度の高いアイテムの錬成をする錬金術師は、基本的に同じ技量の者達複数人で行うのが一般的だね。だから学校を首席で卒業した者はその殆どが教師となる」


 そうして技量の高い錬金術師を一所で囲う事で、他よりも質の良い錬金術アイテムを多数錬成し、隣国との戦争を自分達の好みの状態に保ち続けている。攻撃アイテムの実験場として。


 ユーリの説明に、クソッ食らえだな、と戦争被害者でしかないシンは顔をしかめた。


「俺はやっぱり錬金術より、人間のが怖ぇよ」


 それはそうだろう、とユーリはにんまりとした笑みを浮かべる。


 人間がどうにかしなければ、どうにもならない無機物しか産み出さない錬金術。そんなものより、それらを様々な目的で使用する人間の方が怖いに決まっているのだ。本来なら、いくらかのアイテムを禁忌にするのではなく、錬金術そのものを禁忌とするべきなのに、自分達の欲の為に進んで研究しているのも人間なのだから。


 本を開き、視線を落とす。


 ユーリが暗号を解き始めると暇になるのがシン。あまり小難しい本には興味もなく、本日はこれと言ってやることもない。手持ちぶたさにカウンターの本を丁寧に積み上げ、スペースを開けた。いつでもポシェットに入れている、武器の手入れ道具を空いたスペースに置く。腰に下げていた鞘から短刀を抜き、手入れを始めた。


 二人の間に沈黙が落ちる。あるのは勝手に動く掃除道具達がたてる微かな音。時を刻む音。奥の釜が煮立つ音。それから、シンが武器の手入れをする音と、ユーリが本を捲る音。


 いつものように静かな店内。ゆったりと時間が流れていく。


「それ解いたら行ける場所があるんだよな?」


 ユーリはシンが帰る前に言った。君以外には邪魔されたくない。それはシンになら邪魔をされても構わないという事だろう、とシンは手を休めることなく問う。


 そうだね、と視線を上げずに答えるユーリ。


「俺戻るの一ヶ月半後で、それが解けるのは一ヶ月。なら、先に行っちまうのか?」

「いや? ちょっと気になることがあるから、一度アレグロに会いに行こうと思ってるよ。それで間に合わなかったら一人で行くけど」

「アレグロ? ミリアの滝にお前一人で行けるのか?」


 ぐっと眉根を寄せる。


 思わず手入れをする手が止まった。


 視線を向けた先にいる男は、本から顔を上げる事はない。にんまりとした笑みを口元に刻んだまま、淡々とページを捲っている。その男が、スライムかそれ以下の戦闘力しか持っていないのは身に染みて知っている。ユーリという男は、戦闘において逃げ足以外に誇れるところはない。


 彼は確かに錬金術師で、戦闘には役立たず。アイテムを使わせれば戦えるかもしれないが、残念ながら一般的な威力の物を何故か持ちたがらない。というか、この店で、彼の造る物で、一般的に出回っている威力内に収まる物は、シンが知る限り癇癪玉だけ。


「うーん、まぁ大丈夫。君に会う前は一人で行ってたわけだし」


 まぁ確かに、と唇を尖らせる。


 ユーリはシン以外のハンターを――荷物持ちならば雇う事もあるが――護衛として雇わない。ハンターの中でも、シンの前にユーリに雇われた、というハンターはいない。となると、それまでのユーリは一人で採取に出かけていたはず。それでもこの国が死の荒野に変わり果てていないのなら、ユーリには何かしら戦う術があるというのか。


 胡乱気な視線を向ける。


 春夏秋冬、物語の魔法使いのようなローブを羽織り、フードを被っているため、どこまでも生白い肌。けれどもそれで誤解をしてはいけない。錬金術は頭脳だけではできない。全身を使う学問。錬金釜に素材を放り込んだ後、身の丈程の木べらで延々とかき混ぜるのだ。腕と、背筋と、踏ん張る為の下半身が鍛えられる。柔らかいのは腹と頬ぐらいだよな、と思ったときには立ちあがり、手を伸ばしていた。


 白い頬を摘まめば、みょん、と伸びる。うん、相変わらず伸びるな、と何度か縮めては伸ばす。いひゃいよー、と特に気にしたふうもなく上がる声は完全に無視して、堪能した後、不意に手を離した。


「ふぅ、危なかった」


 腹は絶妙な衝撃吸収力を誇る素晴らしい使い心地のサンドバック。頬はクッションにしたら最後、そこから立ち上がることができなくなりそうな弾力と伸び。


 じっと見つめるシンの、不穏な気配に気づき、ユーリは顔を上げた。


「お前の頬と同じ素材でヌイグルミでも作れば、リリが喜びそうだな」


 盲目の、愛しい女性を想い、ぽつりと零される言葉。


 目が見えない分、その他の感覚が鋭い彼女は、当然ながら触感も優れている。そんな彼女でさえ唸りそうな素材だ、と熱い眼差しを向けられたユーリは、頬をひきつらせた。


「ちょ、やめてよ? 僕を切り刻んでも縫い包みにはならないからね?」

「だろうな。縫い合わせても小銭入れにもならなさそうだしな」

「いやいやいや、その前に! 僕から切り離されたら、そこから腐ってなくなるからね!? この感触はあくまでも僕の一部だから保たれてるんだからね!?」


 本を顔の前にかざし、ガードする仕草に、わかっている、と頷きつつも視線は外さない。そうすればユーリは、ひぃ、と小さく悲鳴を上げて縮こまる。逃げるようにあわあわと揺り椅子から立ちあがり、シンから距離をとった。


 まるで小動物のような滑稽な姿に、くく、と堪えきれない笑いが零れる。そこに至り、ようやくからかわれていたのだ、とユーリは気づいた。そして安堵する。この店に駆け込んできた時のシンはひどく動揺していた。思わず信条に反して『錬金術師になるのもいい』等と言いだすほどには。それが今は自分を揶揄うほどには余裕を取り戻している。


 よきかなよきかな、と内心頷く。


 ユーリにとってシンは大切な観察対象。くだらない事でダメになってほしくない。どうせ壊すのなら自分の手がいい、そう思えるほどには。


 そうだ、と声を上げ、にんまりとした笑みを浮かべる。


「気が変わった。やっぱり君は連れて行くよ。絶対に。何があっても。だからちゃんと帰ってくるんだよ?」

「お、おお? わかった」


 突然の言葉に、何の話なのかわからず、それでも頷く。しかし、ユーリの顔に浮かんだにんまりとした笑み。その笑みが、歪んでいることに気づく。そして咄嗟に身構えた。碌なことにならない、と。そう、判断できる程の時間を、シンはユーリと過ごしてきた。そしてその嬉しくない期待は裏切られた事はない。


 警戒するシンに、ユーリは続ける。


 それをもってして、君への試練としよう。


 そう、言い放った声は、愉悦と嘲りにぐしゃりと歪んでいた。



五章終了!


やっと……

やっと五章が終わった……!

もうずっと前からストックなんてないよ!

毎週ヒィヒィ言いながらひり出してるよ!

終わりだけは書けてるのに……

試練ってなんだよ……!

アレグロに会いに行ってどうすんだよ……!

いや、アレグロはこの作品において、私の一押しキャラだけどね(`・ω・´)

出番がいっぱいあってもいいじゃないか、とは思うけどね。


とりあえず、ユーリ君のばかぁあああ!!

いつか痛い目に遭えぇええ!!

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