05 聖騎士カイン2
ひとしきり笑った後、睨むシンにごめんごめん、と軽く詫びながら再びアイテムを木箱に詰める。木箱が満杯になってようやく、シンにカウンターに運ぶように頼んだ。
六十センチ×四十五センチ×三十センチ程度の箱に、ぎっしりと詰め込まれたアイテム。三分の二は爆弾で、残りが回復薬。
爆弾と傷薬と何か適当に、という内容だったが、火薬性の爆弾と、氷結性の少々変わった爆弾の二種類を入れたので、他はいらないだろうという判断だ。
ブルグ平原ではキラーラビット、ラットマンという小動物系の大したことのないモンスターが多いが、キラーパンサーのような獰猛な中型のモンスターや、ワイバーンのような飛行系大型モンスターとの遭遇率が意外と高い。おそらく、ブルグ平原に集団で暮らす、野生のヤギがいるためだ。このヤギのミルクは栄養が高く、また、チーズの材料として人気が高い。ハンターへの依頼で万年上がっているくらいだ。
城壁の中で人間が飼うヤギと比べ、非常に濃厚な味わいのミルクの為、王国民は無理にヤギを捕らえたりしない。そうなると、戦う術を持たないヤギたちは、肉食のモンスターたちの良い餌となってしまう。その為、例え戦争中だろうと、王国屈指の騎士達が定期的に討伐隊を組み、ヤギの保護を心掛けている。カインが赴くのは、これである。
ユーリはカインが戦うであろうモンスターに合わせて、アイテムを選んだのだ。
カウンターに置かれた木箱の中身を再度確認する。
今回ユーリがカインの為に用意したのは、ポーション二十五本、爆弾ニ十個。
ユーリの造るポーションは、どこのアイテム屋に置かれているものよりも効力が高い。欠損さえしていなければ、死に直結しない殆どの傷はたちどころに癒える。ポーションの相場は銀貨五枚だが、ユーリのものは金貨一枚と、相場の倍の値段がする。それでも遥かにお買い得だと言われるのだから、その効果は推して知るべし。
また、爆弾は水にさえつけなければその威力は衰えることなく、こちらも通常以上の火力を誇る。中距離以上離れても、爆風に騎士が吹き飛ぶ、と悪魔的威力を見せつける一品だ。
氷結性の爆弾は珍しいアイテムで、投げた先で衝撃を受けると、そこそこ広範囲を氷で覆うという、乱戦には不向きだが、距離さえあれば意外と使えるもの。こちらの爆弾は初めて渡すものだったので、簡単に取り扱いについての説明をする。
内容に納得を得、代金をもらったユーリは、思い出したようにカインを見た。
「そうだ、カイン聖騎士長。今度の二十七日は暇?」
「二十七日?」
突然の問いに、首を傾げるカイン。
「十二日後なんだけど」
「勤務だな。城の警備をしていると思う」
「王都の見回りに変更できない?」
「まぁ、可能だとは思うが……何故だ?」
「その日、僕の店に盗賊が客としてくるので、どうにかしてください」
「ふむ……明確な罪状が明らかならば動けるが、そうでないなら無理だな」
「ああ、それは向こうが勝手に喋ると思うから大丈夫」
「そうか。二十七日、私は偶々街の警備をし、君の店の前を巡回するような気がするよ」
「そうですか。国王の警備と街の警備、何かと大変ですが、頑張ってください。騎士の皆さまが頑張ってくださるから、私達市民は安心して暮らしていけます」
にっこりと微笑むユーリに、カインはそうか、と頷いた後、不意に笑った。
万年表情の乏しいカインの、珍しくはっきりとわかる表情に、シンはげ、と気味悪そうに顔をしかめ、ユーリは軽く首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや。君は来るたびに何かしらの問題を抱えているな、と思ってね」
「まぁそういう客を選んでいるからね。カイン聖騎士長だってそうだったでしょう?」
「ああ。あの時は世話になったな」
カインがユーリの客となったのはほんの三年前。
その頃は隣国リリウム王国との戦争が今よりも激しく、連日戦争で死傷者が出ていた。国も民も疲弊しているのに、両国ともに引けない状態となり、泥沼化。この国の騎士として、戦争を終わらせることのできない自分の不甲斐なさに、嘆くカインが迷い込んだのがユーリの店だった。
今と変わらず、ユーリの店に入り浸るシンと、カウンターで本を読むユーリ。
三年前はまだ一般騎士だったカイン。
騎士の鎧を身に纏い、何かに誘われるように入ってきたカインに、二人はちらりと視線を寄越し、ユーリはにこりと微笑み、シンは特に興味なさそうに視線をそらした。
望みを叶える不思議な錬金術師の店がある、という噂は知っていた。それがここだとは知らず、けれども、穏やかに話しかけてきたユーリに、導かれるまま自分の悩みを打ち明け、どうすれば解決するのか、解決させるには自分は何をすべきなのか、尋ねる。
普段のカインなら有り得ない。
騎士として、守るべき市民へ迷いのある姿を見せるのは言語道断。しかも戦争への不満を口にするなど、絶対にあってはならない。それなのに、何故か、初めて会ったはずのユーリに、シンという他の市民もいる中、口にしてしまったのだ。
その時ユーリは一つのアイテムをカインに売った。それは嵐の力を秘めたアイテムだという。次出兵する際は、それを持っていくと良いと助言した。
半信半疑のままそのアイテムを持っていったカインは、非常に後悔する事となる。何故なら、そのアイテムはカインが戦場に辿り着くと同時に、勝手に発動したのだ。
突然両軍を激しい嵐が襲う。死傷者は出なかったものの、両陣営ともに兵器が破壊されたり兵糧が吹き飛ばされたり、と甚大な被害を被ることとなった。結果、両軍ともに壊滅状態となり、戦場の完全撤退を余儀なくされた。そして、受けた被害の大きさに、長く争い続け、余力のなかった両国は、一時的とはいえ、休戦協定を結んだのだった。――昨年撤廃となり、再び小競り合いが始まったが。
戦争に莫大な資金を投資してきたにもかかわらず、全てが無駄となったと解ったとき、怒り狂ったカイン。人々が豊かになると信じて戦ってきたのに、ただ辛い記憶しか残らなかったのだから仕方がない。
怒りのまま、ユーリの店に殴り込んだ。
そんなカインに、ユーリは変わらず穏やかに微笑みかける。そして、言ったのだ。
「貴方は民の為に戦争を終わらせたいと言った。だから僕は望みどおり戦争を終わらせた」
そんなのは詭弁だ、と怒鳴るカインに、呆れたように声を上げたのはシン。
「アンタの言い分は国の言い分だ。民の言い分じゃない」
「何?!」
「嘘だと思うんなら、ちゃんと民の声を聞いてみな。本当にアンタが民の事を思うなら、きちんと民の声を聞いてから、結論を出すべきだぜ」
しっしっと追い払われ、怒りは収まらないものの、シンの言葉もまた、民の声の一つ。仕方なくカインは引き下がった。
その後、街を歩き、連日聞こえてくる民の声に驚く。どれもが戦争が終わったことへの安堵。大切な人の命が奪われない事への安堵。そしてあの嵐は、重税を課し、終わることのない戦争を続けた国王へ、神が怒ったのだという噂がまことしやかに囁かれていた。
先の見えない戦争の利益より、今まさに終わってくれたことを喜ぶ声が遥かに大きかったことに驚く。
ずっと民の為だと思って戦っていたカインは、『民の為に戦う』という事が、どういうことなのか、その時初めて深く考えた。
民が求める『民の為に戦う』という事は、民の危機を救う事。戦争がなければ重税は課されない。民にとって大切なのは日々の生活。日々の生活を守る戦いの方が、遙かに重要なのだと気づかされた。
カインの言い分は国の言い分。
『戦争に勝てば民が豊かになる』
それは確かに国の言い分で、勝ったところですぐに民に還元されることは何もない。殆どの利益は貴族や大商人のもの。そして、彼らから献上品をもらう、国王のもの。
自分の曇った目に、淀んだ考えに気づいたカインは、深く反省した。そして押し掛けてから一月後、ユーリの店を再度訪れ、深々と頭を下げたのだった。
その後、あのアイテムが発動したのを気づいたのは、所持していたカインだけだったが、あまりに不自然な嵐に、国と癒着して戦争を支持し、戦場を新しい錬金術アイテムの実験場にしていた錬金術学校の教師達が、騒ぎ始めた。はぐれの錬金術師は、この国にはユーリだけで、すぐにユーリの関与が疑われた。
もともと錬金術学校を出ていないはぐれ者であるユーリ。しかも、天下の錬金術学校を首席で卒業した者より遥かに優れた腕を持っている。錬金術学校の者としては、学校の必要性云々や、地位の優位性に関わる為、何かと罪人にしようと画策していた。
当然今回の事もあくまでも『疑わしい』というだけだが、彼らはでっち上げの証拠でユーリを首謀者と断定した。
慌てたカイン。
自分が相談したばかりにユーリが咎人となってしまう。
慌てて自分が知りえた詳細を伝えに来たが、当のユーリはシンの淹れた茶を飲みながら、酷くつまらなさそうに笑っただけだった。代わりに答えたのはシン。
「心配ないぞ、おっさん」
「お、おっさん……? 私はまだ二十五だが……」
初めて呼ばれた呼び方に戸惑う。しかし、シンは気にしない。軽く肩を竦めた。
「俺は十八だからおっさんで十分だろ。で、おっさん。アンタが気にする必要ないぜ」
「し、しかし……」
「大丈夫だって。つーか、アイツらのやること無駄どころか逆なんだよ」
「逆?」
「ま、アンタは必要ないっつーか、この件に関しちゃ全くの役立たずだから、とりあえず気にせずいつもどおり過ごしてな」
いつぞやと同じように、しっしっと追い払われ、戸惑いながら店を後にする。
シンが何を言っているのか、ユーリが何故あれほど落ち着いているのかわからないカインだったが、何もできないのは事実で、そわそわと日々を過ごすこととなった。と言っても、基本的に表情の変化が乏しいカイン。傍目には普段と何も変わらない。誰からも怪しまれることなく一週間を過ごした。
一週間後、錬金術学校の教師達から直訴された国王が、あの嵐は神の怒りなんかではない。ユーリの錬金術によるものである。民に負担だけをかけることとなったのはユーリのせいだ、という内容の御触れを出した。
強制的に罪人と言われたユーリ。だが、やはり彼は動かない。シンもまた、動くことはなかった。動く必要がなかった、というのが正しい。
カインが、あれは自分のせいだと声を上げるより早く、というか、お触れが出てすぐ、民が声を上げたのだ。
ユーリ万歳、と。
長く続く戦争への不満。重税を課すばかりで、搾取するだけの国王への不満。不満が溜まりに溜まっていた民衆は、不満の原因である戦争を終わらせる事態を引き寄せたユーリを、英雄と呼んで歓迎した。
民衆の心はユーリの下へと集まり、民の現状を憂いていた王子が、これに乗じてクーデターを起こした。民の為の正義というものを自分なりに見つけていたカインは、王子についた。そして、嵐が起きた理由も全て話し、もしも責任を取る必要があるなら、自分が責任を取るつもりである旨を熱く訴える。
王子は誠実なカインの態度に痛く感銘し、クーデター成功後、国王直属、つまり自分直属の聖騎士長へとカインを抜擢した。戸惑い、辞退しようとしたカインに、責任を取るのならば、死ぬまで民の為につくせ、と命じて。
以来、カインは国王の剣という称号の名を持ちつつも、国王の側に自分はあまりおかず、国民の生活を守る為に剣を振るっている。
王国内のモンスター討伐。盗賊の捕縛。酔っぱらいの取り締まり。国民の不安になるモノの排除を己の使命と信じ、日々を過ごしている。そのきっかけをくれたユーリを尊敬し、あれ以来何かと頼りにしていた。また、ユーリが自分を頼ることがあれば、己の立場を最大限生かしながら手を貸している。
「三年か……あっという間だな」
「そんな風に言ってると、更にあっという間に老けるよ」
「それは困るな。まだまだやれていなことが多いんだ。隣国とは相変わらず仲が悪い。今は小競り合い程度で済んでるが、もう二、三年経てば、また大規模な戦争になるかもしれないしな」
「困ったもんだね。平和に過ごせないものかなー」
「まぁ無理だろ。前国王はやりすぎたからな」
つまらなさそうに呟くユーリに、呆れたように肩を竦めるシン。
シンが言葉を発すれば、ユーリは楽しそうに笑った。
「シンはいつだって現実的な意見だねー。まぁ正しいし、否定する気はないけど……もうちょっとこう……夢や希望に溢れた意見はないの?」
大げさなジェスチャーで肩を竦め、首を振る。
そのわざとらしい姿に、今度はシンが大げさに嫌味な笑みを浮かべた。
「ハン。俺はハンターだからな。物事を正確にとらえることが身に沁みついてんだよ」
まぁ厭味ったらしい、と笑うユーリは、シンとそう変わらない青年に見える。普段のつまらなさそうな表情とは随分と印象が変わる。
キャッキャッと軽口を叩き合う二人を眺めていたカインが、口元に手を当て、うん、と一つ頷いた。
「お前達はやはり二人で一人なんだな」
「あん? 急にどうした、おっさん」
「いや……ユーリはシンがいないとつまらなさそうだし、シンはユーリがいないと他に興味がなさそうだからな。やはりお前達は夫婦なんだな」
うんうん、と頷くカインに、シンはぐっと口をへの字に曲げた。
「あのさぁおっさん! そこは夫婦じゃなくて友人で良くねぇ? なんで夫婦なんだよ!」
「む。そうか。友人。確かにそれでいいな」
「オイオイ。流石ポンコツだぜ……おっさん、アンタ友人いないの?」
「……ああ。そう言えば親しいと言える者は身近にいないな」
「げっマジかよ……」
冗談、いや、軽口のつもりだった。それがあっさりと本人により肯定されてしまい、顔色を変える。地雷か、と焦った。しかし、それも一瞬。不快そうに顔をしかめた。だが、当のカインは特に気にせず、淡々と続ける。
「武を磨くばかりで、特に必要としたことがなかったからな。友人と呼べるような存在はいないな」
「あーそうかい! そうやってずっと一人さみしくやってな、ポンコツ騎士」
続けられた言葉にムッと眉根を寄せ、背を向けるシン。
急に怒り出したシンに、カインは首を傾げた。どうした、と声をかけるが、シンは振り返ることなく、煩わしそうに後ろ手に手を払うだけ。カインは困惑するが、ふふ、と零れたおかしそうな声に振り返れば、カウンターに肘をつき、手に頬をのせたユーリが楽しそうに笑っていた。
「カイン聖騎士長。シンも僕もね、とっくに貴方と友人だと思ってたんだよ。だから、貴方からの友人はいないって言葉が悲しかったんだよ」
わかってあげて、と笑うユーリに驚き、ほんの僅か、目を見開いてシンを見る。視線を受け、シンはちらりとカインを振り向いた。
「すまん、シン。その、お前達とは年も離れているし、友人になれるんだと知らなかった」
「本当にポンコツだな、おっさん。あのなー、友人になるのに年齢なんて関係ねぇんだよ。ったく。そのアホといい、おっさんといい、本当に手のかかる奴らだよ」
「む。すまん。……なんというか、お前は友人というより母親だな」
「うおいっ!!」
褒めたつもりなのに全力のツッコミが入り、首を傾げるカイン。ぶふーっと響いた声に驚けば、ユーリがカウンターをバシバシ叩きながら笑っていた。
普段は穏やかで、声を荒げることのないユーリが、ゲラゲラと大きな声を上げて笑っている。しかも、顔を真っ赤にしてカウンターを叩きながら目に涙を浮かべている。こんな珍しい事があるのか、と自分の乏しい表情が変わるという珍事を棚に上げ、驚いた。いや、棚に上げているのではなく、真実気づいていないだけかもしれない。
軽く瞠目し、それからゆっくりと首を傾げた。
「ユーリ、どうした?」
「いやいやいや。やっぱりシンって皆のお母さんだなーって思っただけだよ」
ぶふふふ、と堪えきれない笑いを零しながら手を振る。
「ん? シンは皆のお母さんとはなんだ?」
「うるせぇよ、ポンコツ! 変なとこに食いつくな!」
「いやーあのねぇ……」
「お前もだアホ! 黙ってろ!」
羞恥に顔を真っ赤にして立ち上がり、慌ててユーリの口を塞ごうとするが、カウンターの分リーチがあるユーリが軽やかに避ける。
「シンってね、面倒見がよすぎてさ、教会に併設している孤児院に寄付したり、子供たちの面倒を見てるんだよね。その他にも新人のハンターの面倒を見たり、その辺の子供たちと遊んだり、ととにかく面倒見が良すぎてね、二つ名が『皆のママン』なんだよ!」
「てっめ!! 余計な事を!!」
「いーじゃんいーじゃん! いーことじゃん! それだけ慕われてるってことだよ!」
捕まえることできず、あっさりと暴露されたシンが、怒りに身を震わせるが、ユーリは気にしない。その様子を眺めながら、成程、と一つ頷くカイン。それから再び首を傾げた。
「皆の、という事は、やはり俺の母でもあるわけだな」
「お前、もう黙れ! このクソポンコツ騎士がぁああっ!!」
むがーっと怒りの地団太を踏むシン。
楽し気に笑うユーリ。
うむ、良い友人を得たものだ、と一人満足げに頷くカイン。
年甲斐もなく、年下の青年と騒ぐ楽しさに、久方ぶりに心躍らせ、これからも彼らの友人であろう、と一人ひっそり心に誓った。