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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
五章 ダモクレスの剣
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47 紡がれる物語



 それで、とシンはユーリを促す。


 カウンターに積まれた本。それはユーリがわざわざミーユに依頼して、持ってこさせたもの。小豆色よりも暗い色をした表紙に、金の装丁が施された本。錬金術師が書いた本。開いてみても、普通の本にしか見えないそこに隠された暗号。それを紐解けば、何が現れるのか。


 それはただの好奇心ではない。それはユーリを知る為に必要な事。


「行きたい場所があるんだけどね、行き方を忘れてしまったんだ。もしもの為に保険をかけておいて良かったよ」


 にんまりと笑う口元。


 メモを眺め、一冊の本を取り出す。生白い指が、ゆっくりと本を開いた。


「邪魔になるか?」

「ならないよ」

「店番は?」

「要らない。ああ、でも、鍵を閉めてくれないかな? 君以外に邪魔されたくないんだ」


 わかった、と頷き、扉へと向かう。専用の南京錠を、扉の上部と下部にかける。これでもう、アンティークゴールドのベルは鳴らない。


 時を刻む音、勝手に動く掃除用具のたてる微かな音、隣の部屋から聞こえる、錬金釜がたてる音。静かな部屋に響く音に、いつもと変わりはない。


「ユーリ」

「ん?」

「それ、どれくらいかかる?」

「うーん……解き方を忘れてしまったし……多分一月くらいかかると思うよ」


 ユーリの言葉にシンは、マジかぁ、と呟き、頭を掻いた。そして、うーん、と唸りながらカウンターに置いた手に、頭を乗せる。


 店番が必要のない一月、となると、シンの稼ぎがなくなる。先月はまだ店番と、研究の手伝いという仕事分の稼ぎがあったのだが、一月無収入となると、少々厳しい。蓄えがないわけではないが、できれば使いたくない。


「丁度指名が入ってんだけど、行ってもいいか?」

「いや、君の仕事でしょう。なんで僕に聞くの」


 呆れたような声。向けられた視線に、シンは少々困惑気味の視線を返した。


「それがな、帝国までの護衛なんだ。往復に一月と半分くらいかかると思う」


 成程、と理解した。


 シンとユーリは、ミーユから逃れる為に吐いた嘘のように、バディを組んでいるわけではない。あくまでも雇用者と労働者。かといって、専属の関係であるわけでもない。互いの暗黙の了解的な感じで、ほぼ専属のような状態なだけ。仕事がなければ他所で請け負う。しかし、長期間側を離れるとなると話は変わる。


 ユーリとシンは、バディでも専属でもない。けれども、一つの契約に結ばれた関係だ。その契約内容的に、長期間側を離れる際、シンは必ずユーリに許可を求める。例え、よそで仕事を受ける原因がユーリにあったとしても。


「指名なの?」


 ユーリの眉尻が跳ねる。


 二人の関係は有名で、シンに指名が入ることは多々ある。『魔法使い』と懇意になりたい者達が、辿り着けぬ店の場所を求め、紹介を求め、シンから取り込もうとするのだ。しかし、その多くは『ユーリから依頼を受けている』という名目で断られる。また、運よくシンが仕事を受けたからと言って、取り込まれる事はない。依頼者と護衛以上の会話を一切持つ事はない。


 現在、時期的に『取り入る』為ではなく『ユーリへ打撃を与える』為の可能性が高く、ユーリは警戒する。既にユーリにとってはどうでも良い事となっているのだが、少し前に、青の教団を二国から完全排除した。


 帝国側はユーリが直接何かしたわけではないのだが、きっかけはユーリだ。


 ミーユからの依頼をユーリが受けた結果、二国で青の教団は完全排除された。しかも、昨日街中で聞こえた噂話の中で、帝国が獣人を保護する法律を打ち立てたという話があった。その結果、奴隷となっていた獣人も解放されたのだとか。


 青の教団、青の教団と仲良くして利益を得ていた者、奴隷商人、奴隷を買った金持ちは一様に打撃を受けた。


 元を正せば、帝国に所属する青の教団の人間が、王国――つまり他国で国家間問題に発展するような事をしでかしたのが原因だが、そうならないのが人間。


「ああ。他に爺さんと姐さんが指名されているみてーだな」

「爺さんと、姐さん……ああ、熊とプリンちゃんか」


 ユーリの脳裏に、既に髪が何色だったのかもわからぬ見事な白髪ながら、鉱山夫よりも立派な体躯に、熊のごとき厳めしい顔をし、豪快に笑う男。それから、右目を眼帯で覆い隠し、ある意味ハンディを背負っておきながらも、それを微塵も思わせない見事なプロポーションをした美女が浮かぶ。


 どちらも謀り事を好まぬ、さっぱりとした性格。ハンターらしい豪快な性格ながら、仲間への気遣いを持っている。腕も、シンよりも遥かに優れたハンターだ。シンを預けるのに申し分のない相手。そう判断したユーリは、一つ頷く。


「いいかい、シン。食べ物には十分注意するんだよ。飲み物もね。それと、お腹を出して寝ないようにね」

「わーってるよ。ったく、お前は何でいつも人の腹を心配するんだよ」

「そりゃぁ、昔、僕が一人で暮らしていた頃大変な思いをしたからだよ」


 一人でいた頃、森の中で見つけた珍しい木の実を食べ、あたった事もあれば、水にあたった事もある。城壁内なら自宅に常備している薬で何とかなるが、外ならできない事もある。その時の記憶から、ユーリはシンに常に一定以上の薬を持たせている。


「薬の補充は?」

「あー……ポーションが三本、胃腸薬、痛み止め、解熱剤、酔い止め、解毒剤……他も問題ねぇな」


 身体を引き起こし、腰に下げたポシェットを開く。ポーションを入れた隙間に差し込まれた細い木製のケース。蓋を開ければ、そこには細かく仕切りが入っている。そこに三つずつ錠剤や、既に包み紙に小さく包まれた粉薬が整然と入っていた。


 中を覗き込んだユーリも一つ頷く。


「うん、大丈夫そうだね。干し肉とべっ甲飴は?」

「持ってる。……お前は心配性の母親か何かか?」


 まるで子供にするように確認する姿に、呆れて半眼を寄越せば、にんまりとした笑みが返った。


「君に何かあったら僕が困る」

「そうだよな。お前はそういう奴だよ」


 自分本意を隠しもしないユーリに、心の底から疲れたような、呆れたような声を絞り出す。そしてこの話は終わりだ、と言わんばかりに、カウンターに積み上げられた本を無造作に手に取った。


 中を開けば、物語。時間潰しには丁度良さそうなので、そのまま読み始める。そうすれば、ユーリも手元の本へと視線を戻した。


 シンが手にした本は、勇者と呼ばれる青年が、仲間と共に、魔王と呼ばれる人間の敵を倒す冒険物語。実にありふれたその題材。これのどこが暗号文なのか、と首を傾げながら読み進める。


 文字は孤児院で覚えた。けれども本を読むという習慣はなかった。まともに本を読むようになったのは、ユーリの店に入り浸るようになってから。店番の暇つぶしに、極々稀に本棚の本に手を伸ばす。といっても、ユーリの店にあるのは錬金術に関するものばかり。読んだところで内容を理解することはない。だから大概武器の手入れで時間を潰す。


 だから、本を手にしたのは気紛れ。


 積み上げられた本が、暗号になっていると言われたから興味を持っただけ。開いた本があまりに普通で、少々がっかりする。


 現実的な夢しか持たないシンは、物語にのめりこむことはない。本の中で、主人公がどれほど奮闘しようが、感想は、ふーん、で終わる。少し考えればわかるような裏切りに気づかず進めば、バカなの、コイツ、と読む気も失せる。結果、特に内容を理解しようともせず、何となく文字を目で追ってページを捲る、という動作に集中していた。


 その手がふと止まる。


「なぁユーリ」

「ん?」

「こういうのって、違う世界って設定なんだよな?」


 手にした本を指さし、首を傾げたシンに、ユーリは視線を向けた。その手の中の本を見、ああ、あれか、と納得し、頷く。視線だけで先を促した。


「違う世界なのに、どうして文字や言葉が同じなんだ?」


 シンから飛び出した疑問に、一瞬間を空け、ユーリは笑った。子供か、と。


「いいかい、シン。ファンタジーってのは空想って事だ。空想って事は、好きに想像できるんだよ」


 まるで小さな子供に話しかけるように、優しく紡ぐ。


 空想の世界の神は作者であり、作者が望めばそれが全て。作者がその世界に存在する、と言えば、それが当然なのだ、と。


 空想の世界だから理が違って当然。この世界にないものがあっても問題ない。だからと言って、この世界に存在するモノが存在してはならないというルールもない。そう言えば、シンは首を傾げた。違う世界なのに、と。


「じゃぁ聞くけどね、違う世界だから存在してはならないって誰が決めたの?」


 そう問えば、シンは答えを持たない。返答に窮して眉根を寄せる様子に笑いながら、ユーリは続ける。


「ねぇシン。シンなら、言葉や文字が全くの想像のものと、基本的な部分が同じであるもの。どちらの物語がとっつきやすい?」

「そりゃぁ、同じもの、か? 別物だと、言葉や文字を理解する必要があるし、説明文がだらだら入って読みにくそうだしな」


 ユーリの本棚に収まった、錬金術の専門書たちを眺める。アレは物語ではないが、専門用語だらけで、その世界を知らないシンからしたら、謎の言葉で覆いつくされ読む気も起きないものだ。錬金術師を目指す者達が、辞書を片手にあれを読むのだ、と聞いた時には、錬金術師は何か、どこか違う生き物なんだな、と感想を持ったほどには。


「つまりそういう事だよ。こういった娯楽本なんて特にそうだけど、読んでもらわなくちゃどうしようもないんだからさ、少しでも読み手が理解しやすく書かれるものなんだよ」


 ユーリの言葉に、成程、と理解する。


「というかね、シン。基本的に今君が持っているような娯楽本なんて、難しい事を考えず、頭を空っぽにして読めばいいんだよ。もっとこう、命の大切さとか、友情とか、何か訴えたいような本ならまだしも……僕、それ、ただ暗号の為に書いたから、あんまり真面目に読まれても困る」

「これ、お前が書いたのか?」

「そりゃぁ、暗号書いたの僕だからね」


 にんまりとした笑みに変化はない。


 シンは手にした本に視線を落とした。


 どこにでもある題材。とくに変哲もない、山あり谷ありの紆余曲折の果ての大団円。いたってシンプルで、けれども求められ続けるもの。どこにどう暗号が隠されていたのか、わからなかった。そんなきちんとした本を書いたのが、目の前の胡散臭い男だというのが納得いかず、思わずユーリを見る。


「お前、何でもできるんだな」


 シンからの正直な感想に、ユーリは、そうでもない、と首を振った。ただ、文章を書くのは錬金術師には必須なだけ。


 錬金術師とは、本来研究者だ。新しい錬金術を発見したら、世の中に紹介するために論文書く。一つでも世の中に認められればそれだけで――延々と研究を繰り返すタイプの錬金術師ならば、十や二十発表したところで、困窮した生活から抜け出すことはできないが――平民なら普通に一生食うに困らなくなる。


 自分の功績を認められたいなら、いかに周りの気を引くのかを考える。そうなればやはり、研究内容は勿論の事、論文の文章にかかってくる、と言っても過言ではない。


 その説明を受けたシンは、意外そうにまばたいた。


「お前でもそういう願望あるんだ?」

「昔はね。今はもうどうでもいいや」

「お前の見つけた錬金術ってあるのか?」

「沢山あるよ。新しく発見したものや、元々あった錬金術を見直し、無駄を削ぎ落し、新しく定義したものもある」


 つまらなさそうに紡がれた言葉に、ふーん、と返事を返し、再び本へと視線を戻した。


 古城から持ってこられた本。その古城の最後の主となった貴族は、錬金術師だったという。ふと、首を傾げた。


「お前、貴族だったのか?」

「違うよ。僕は彼の領主じゃない。そこに連なる何かでもない。木を隠すなら森の中。錬金術師が書いた本を隠すなら、錬金術師の本棚の中が最も不自然ないから、こっそり混ぜたんだよ」


 そういや、何度かユーリの依頼で古城まで護衛したな、と思い出す。そしてその度、ユーリは書庫にこもっていた。今更、そういうことか、と理解した。そして思い知る。これだけ長い間一緒にいるのにもかかわらず、自分はユーリという人物について何も知らないのだ、と。


 ここ最近、繰り返されるソレ(・・)に、胸の辺りに靄がかかるように気がした。


 手にしていた本をカウンターへと戻し、立ちあがる。


「今日は帰るわ」

「あ、そう? 気を付けてね」

「おお。護衛の依頼は三日後だし、また明日な」


 ひらりと手を振り、扉の鍵を開け、出ていった。


 静寂を突きつけるように、アンティークゴールドのベルが軽やかに鳴る。その音に耳を澄まし、余韻を楽しんだユーリは、再び本へと視線を戻した。


 意外と荒れた指先で、ぱらりぱらりとページを捲る。そうしてさほど時間が経ったとは思えない頃、激しい音をたてながら、扉が開かれた。


 扉を壊さんばかりの勢いに、アンティークゴールドのベルが、ミーユの時以上にクレームを入れるように音をたてる。しかし、転がり込むように店内に入ってきた人物は、それどころではないような形相を浮かべていた。



最近ゲームが楽しくて仕方がない。

一日中釣りをしている。

大物が連れた時の達成感にドはまり。リアルでは地球ばかり釣るせいかもしれない(笑)

あ、あと、リアルでアクアリウムとかできないからかも。

べ、別に、文章が思いつかないからって、逃げてるんじゃないんだからね!

とか言い訳しながら今日もこれから釣りしてきます(`・ω・)


……折角のエイプリールフールに、なんの関係もない話題をぶち込んでみる、トドの残念感……orz

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