46 バディ
掃除用具達が勝手に動き回って片付ける店内は、常に塵一つない。いつもどおり、半分以上指定席と化している丸椅子に腰かけ、カウンターに置いた肘。その先の手に顎を乗せたシン。久方ぶりにカウンターに設置している揺り椅子に腰かけて、店主然と店番をしているユーリ。
普通に考えれば、いつもと変わらぬ光景。けれども、シンは違和感を覚えていた。
原因はユーリ。
まだ彼にはスープの研究が残っていたはず。だというのに、何故そこに座って、読み飽きたという本を眺めているのか。
声をかけようかと口を開きかけ、何を言えばよいのかわからず、口を閉ざす。そうしていくばくかの時間が過ぎた。
「つまんねぇのか?」
不意に口から零れた言葉。口にしてからしまった、と顔をしかめる。しかし、一度口から出たものは、形は残らなくとも消えはしない。だから開き直ってユーリからの答えをまつ。
「つまんない」
「どうしたよ?」
答えたユーリは本から顔も上げない。ただ、ひどくつまらなさそうに、微笑んでいた。それは、普段浮かべるつまらなさそうな笑みどころの話ではない。それより、遥かにつまらなさそうで、そして、危険な微笑み。
不穏な気配に、これは不味い、とシンは軽く視線をユーリへと向けた。
「僕的にね、期待をしていたんだ。でも、それが裏切られたんだよ」
深い溜息。
「あーぁあ……所詮、アレも僕が選ばなかったものかぁ。あんなありふれた結論にしか辿り着けないなんてね。ちょっと考えればわかりそうなものを……あぁ、もっと普通じゃない事を期待したのに、残念」
「俺じゃねぇの?」
「違うよ。でも、今ちょっと、僕はとてもつまらない」
歪な微笑みは、そのままユーリの心情を表す。
そうだろう、とシンは頷いた。ユーリが生き飽きている事を知っている。生きることの価値も、目的もない。随分以前に、世界が色あせて久しい、とぼんやりと口にしたユーリの表情に浮かんだのは、遊び飽きた子供のように無だった。まるであれを彷彿させる笑み。
思わず、シンは音をたてて椅子から立ちあがる。
「にゃーん! ただいまにゃーん!」
ユーリ、と咄嗟に声をかけようとすると同時に、派手な音をたてて開く扉。アンティークゴールドのベルが、開け方に不満を訴えるようにカランカランと音をたてた。しかし、その所業をした人物は、ベルの訴えは軽やかに無視し、スキップするような足取りでカウンターに近寄る。
どさっと音をたて、担いでいた袋がカウンターに置かれる。
「やぁ、ミーユ。おかえり」
「ただいまにゃ! 依頼の本にゃー! で、こっちが本のあった場所のメモにゃーん」
はい、と渡される質の悪い小さな紙。
「あと、これにゃーん」
ユーリが紙を受け取ると、次いで、本が一冊渡される。それにシンもユーリも首を傾げた。カウンターに置かれた袋の中に本が入っているはずなのに、何故これだけ別なのか。疑問を持つなという方が無理な話だろう。
「これ、地下牢にあったにゃーん。次いでだったから持ってきたにゃ」
「地下牢? あの館に地下牢何てあったか?」
ミーユの言葉に首を傾げたのはシン。
あの館は調べ尽くされた廃屋。地下牢があったとは聞かないし、駆け出しに毛が生えた程度の頃、シン自身も肝試しに行ったが、地下牢どころか、地下が存在しなかった。散々探し回り、家具もあれこれ動かしてみたから間違いない。
完全に不審な物を見るような目をするシンに、ミーユは地下牢を見つけた経緯を話す。そしてその内容に、シンもユーリも呆れた視線を寄越した。
なんてことはない。
あそこは猫の獣人であるミーユにとっては、ただの朽ちた家。褪せた調度品達も、普通の人間が見れば、それなりに雰囲気を出すものだが、ミーユから見れば雲の上の世界を妄想できる玩具。ご機嫌であちこちふらふらしていた。その結果、足元への注意を怠り、腐った床を踏み抜いた。ハンターにあるまじき失態である。
とにかく、落ちたその先が地下牢。
不思議な事に、地下牢には地上へと戻る為の階段等出入り口がなく、おそらくそれがあったであろう場所には、叩いても、その先が埋まっていることが分かるご立派な壁。さほど広くない地下牢は左右に五こずつ、計十。その全てに人骨があった。館主か誰かは知らないが、相当な強い意思を以て、地下牢に入れた者達の死を願った事がわかる様相だったという。
本は、全ての牢を確認して回った際に、見つけたもの。誰かが外側から投げ込んだことがわかる位置にあったらしい。何故なら、その地下牢の骨は壁際に縫い留められ、本にはけして届かない位置だったのだとか。
とりあえずユーリが言っていた本と同じ装丁だったので回収。その後、階段がないので、踏み抜いた天井を見上げ、獣人ならではの身体能力で帰還。
この時ばかりは自分が猫のような身軽な獣人であることを両親に感謝した。そう語るミーユに、ユーリもシンも確かに、と頷く。
もしもミーユがただ人なら、一人で館に赴き、帰るすべのない地下へ落ちたその時点で死亡が決定する。踏み抜いた天井を見上げ、囚われたまま死亡した事が分かる人骨に囲まれ、飢えて死ぬ未来しかないのだから。
「もう二度と足元確認は怠らないにゃ!」
「そうだな」
普段から気をつけろ、という言葉を飲み込み、シンはミーユの頭を撫でる。
済んでしまったことは仕方がないのだ。それよりも、ミーユが無事に戻ってきたことの方が大きい。反省し、次に生かそうとすることが大切なのだ、と自身を納得させる。
「普段から気を付けてないからだよー」
そしてそんなシンの心を読んだかのように声をかけるユーリ。円滑に人と人の関係を続ける気配のない言葉選び。
ああまずい、とシンが青ざめる。ユーリが、本当に飽きていて、現状ただの薄氷の上ではなく、ひび割れた薄氷の上で駆けずり回っているような状態なのだ、と理解した。
ユーリの気分次第で世界が亡びるというのに、誰がこの気分屋をつついたんだ、と見も知らぬ相手に怒りさえ覚える。未だ自分は愛しい女に告げていない。救えていない。未練しかないんだぞ、この野郎、と内心口汚く罵る。
「本当にゃ! 反省したにゃ! きっとシンもユーリと同じこと思ってるにゃ!」
シンの思考を切り割くように、ミーユの真剣な声が響く。
いや、思ってなかった。むしろ今、忘れてた、その言葉を飲み込み、曖昧な表情を浮かべてミーユを見る。ミーユは声のとおり、真剣な表情でシンを見ていた。
「シン、アタシ、結構長くハンターやってて、中堅ぐらいの気持ちでいたにゃ。でも、それは全然アタシの傲りだったにゃ。アタシは駆け出しか、それに毛が生えた程度のハンターでしかないにゃ」
「お、おう」
そうだな、と頷きそうになるのを何とかこらえる。流石にそんなはっきりとダメ出しをしては、ミーユが傷つくだろうと配慮した。
先程きつい一言を放ったはずのユーリが何も言わない事に不信を抱き、ちらり、とユーリへと視線を向ける。ユーリは突然のミーユの意識改善に、にんまりした笑みを浮かべ、成り行きを見守っている。その笑みに、シンは安堵した。酷くつまらない表情ではなく、これから何が起きるのか、いや、起きることはわかっているが、どのような結果になるのかを楽しみにしているようだったから。
とりあえず、直近の危機は回避されたようだ、と一息つく。と、ミーユが深々と頭を下げ、右手を差し出してきた。
「アタシ、立派なハンターになりたいにゃ。シンにもっとハンターとしてのあれこれを教えて欲しい。シン、アタシとバディ組んでください!」
「え、無理」
即答。
考えることなく、脊髄で反応していた。
ぶふぉっとユーリが噴き出す声が聞こえる。けれどもシンは気にすることもなく、再度、無理、と言い切る。
バディ、とは、その名のとおり。ハンター同士が相棒となり、共に生きる事。これが『何があっても恋愛対象にならない者同士』ならただの仕事仲間というだけなのだが、恋愛対象となる可能性のある者同士だと、意味が変わる。将来を含め、共にある事となる。バディを組んだ者達は寝食を共にし、ほぼ四六時中共にある。そして、バディを示す証を目に見えるところにつける習わしがあり、それを着けている者は『そう言う事だ』と周りが判断する。どんなに本人たちにそのつもりがなかったとしても、気が付けば外堀は埋められ、いつの間にか既成事実ができあがっている。
その気がないのなら、組んではいけない、バディ。それはハンター達の間で語られる標語でもある。
「なんでにゃぁああ!! アタシ、シンに目一杯尽くすにゃ! だから、だから、アタシとバディ組んでにゃぁあ」
「いや、無理」
半泣きになりながら土下座と五体投地の間のような姿になるミーユ。しかしシンの返事は変わらない。変わるわけがない。それを知りながら、にやにやと楽し気に眺めるだけのユーリに、シンは若干の苛立ちを感じる。
立ちあがり、カウンターを越えると、ユーリと肩を組む。
「俺、こいつと組んでるから無理」
「えぇえ!? ユーリ、ハンターじゃないにゃ!?」
「別にバディ組むのはハンターじゃなきゃなんねぇなんて決まりはねぇ」
「で、でも、ユーリは顧客にゃ!」
「顧客兼、バディだ。なぁ、相棒?」
ニヤリ、と笑ってユーリを見る。そうすれば、こんなときばっかり、と厭そうに顔をしかめるユーリ。それに満足する。
「はいはい、そーだよ。シンは僕の相棒さ。誰にもあげないよ」
「なんでにゃ! ユーリはバディ必要ないじゃん!」
「いや、よく考えて、ミーユ。シンはね、外に出れば戦えて、錬金術師の採取に付き合えるくらい知識豊富。帰ってくれば、家事全般こなせてしかもご飯が美味しい。男だとしても嫁に欲しいランキングで常時上位に食い込むんだよ? てか、常に三位以上なんだよ? 誰が手放すと?」
真顔で言い切るユーリ。その説明の中に含まれた聞き捨てならない言葉に、思わずユーリを見る。それににんまりとした笑みを返すユーリ。ミーユがあっさり流しているところを見るに、知らぬは自分ばかり、と理解する。
ユーリの言葉に、ピンと立っていたミーユの耳と尻尾がしんねりと垂れていく。
「うぅぅ……無理にゃ……誰だって絶対手放さないに決まってるにゃ」
それで納得するんか、というシンの心のツッコミは誰にも聞こえない。若干一名気づいている人間がいるのだが、その人物には期待はしていない。やや遠くを眺める。自分のハンターとしての価値って何だろうか、とぼんやりと考えていた。
死んだ目で中空を眺めるシンを放置し、ユーリは続ける。
「わかったら諦めて。僕はシンを誰かに譲る気はないよ」
強い意思に、がっくりと肩を落とし、それでもミーユは未練がましく何度もシンへと視線を向ける。しかし、シンは応えない。応えるわけにはいかない。やがてミーユは諦め、依頼達成料金を受け取ると帰っていった。
ミーユが帰るとシンは組んでいた肩をほどき、ユーリは手渡されたメモを広げる。
「ユーリ」
「ん?」
「機嫌は直ったか?」
「どうだろうね。これが済んだら、君との契約を終えるかもしれない」
「……そうか」
「終えないかもしれない。それは未だわからない」
「なぁ、何が起きてるんだ?」
「とても面倒な事だと思う。今なら何も知らないまま逃げることもできるよ」
どうする、とかけられた声。
シンはユーリを見下ろす。そして、成程、と理解した。
ユーリは望んで、シンを厭って、手放すわけではない。この世界に本当の意味で飽きて、シンというストッパーを捨てるわけでもない。何か、途轍もなく面倒な事にシンが巻き込まれることを厭って、手放そうとしているのだ、と。
やれ、甘いことだ、と思わず口元が歪む。しかし同時に、わかっていない、と怒りが立つ。
ユーリとシンの間に築いたものは、シンが思うよりも低く、ユーリが思うよりは高い。砂の城のように脆く、塗り固められた厚い岩壁のように堅牢。
わかっていない、と二度心で思う。そして、ユーリの頭を軽く叩いた。
「おい、アホな事言ってねぇで、解説しろ。その本に何があるんだ?」
「乱暴だなぁ、シンは。それにアホだね。僕から手放してあげるチャンスだったのに」
「ハッ! もう一度言うぞ。アホな事言ってんじゃねぇ。お前が俺を手放したくないように、俺もお前を手放す気がねぇんだよ。契約、忘れてんじゃねぇぞ、アホ」
にぃ、と口の端を上げて笑えば、ユーリは一瞬驚いたように気配を乱した。しかし、それはすぐに消える。にんまりとした笑みを浮かべ、そうだね、と頷くその姿に、少し前の危うさはない。それを確認し、シンは軽く息を吐いた。
終わらない……
初めは三章くらいの予定だった……
次は六章の予定だった……
なんか、六章じゃ終わらない気がしてきた……
……どうしてこうなった!!!!
全部ユーリ君がいけない気がする!(`・ω・´)
いつかユーリ君には痛い目にあってもらおうと思った!(`・ω・´)




