42 だって僕達男の子
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台所に準備された巨大なタライ。本来なら、洗濯に使うそれ。そこに鍋一杯分の沸きたつ湯が流し込まれる。そして、水道から汲んだ冷たい水を加え、温度調節がされた。
人肌より僅かに熱い。
普段ならぬるめでも良いかもしれないが、今は冬。室内はユーリの造ったアイテムのおかげで常に温かく、忘れがちだが冬なのだ。湯冷めして風邪でもひいては面倒。冷めやすいぬるめの湯よりも、少し熱めの方が良いだろう。
タライの半分ほどに湯を準備しつつ、木の桶一杯分の、タライの湯よりも少し熱めのお湯を準備する。それが終わるとすぐにタオルを三枚持ってきた。
やる気なく椅子に座ったまま眺めていたユーリを立たせ、まるで物語の魔法使いが着ているようなローブをはぎ取る。中に来ていたシャツとズボンも下着ごとはぎ取った。始終されるがままのユーリ。そのままタライの中に突き飛ばされる。
タライの中の湯を使い、石鹸で乱暴に頭を洗えば、ぎゃーとかわーとか、何とも言えない悲鳴がユーリからあがった。しかしそれもポーズのようなもので、実際には何とも思っていない事を知っているシンからすれば、気に留める内容ではない。まるで孤児院にいる子供たちにそうするかのように、ワシワシと豪快に頭を洗った。
何度も繰り返し洗い、何とか泡立つほどに綺麗になった頭についた泡を洗い流すと、ぶひ、と何とも言えない声を上げて、顔の水気を手で払うユーリ。その間の抜けた声に、シンも思わず気の抜けた笑いを零してしまう。
桶の中の綺麗な水にタオルを浸し、硬く絞る。それに石鹸をこすりつけ、泡立てると、ユーリの背へと滑らした。その背は白く、染み一つない。
年中ローブを着ているせいで、日に焼けることのない白い肌が、赤くなるほど強い力でガシガシと音が立つほど擦る。ひと月分の汚れを落とすためだ。ユーリが「痛い」と悲鳴をあげようが、気にすることなく手を動かす。
背中をこれでもかというほど擦り上げ、タライの中でユーリが撃沈してようやく、シンはタオルをユーリに渡した。
「全身ちゃんと洗えよ。俺は着替えとってくる」
「うぅぅ……酷い……僕もうキズモノだよ」
「綺麗にしてやったんだろうが。感謝しろよ」
めそめそと嘘泣きをする姿に呆れつつ、台所を後にした。
研究室の奥にある階段から二階へと上がる。ユーリの居住区であるはずのそこにはベッドが一つとタンスが一つ。それ以外何もない。小さな窓にはカーテンさえない。物の溢れた下階とは違い、物のなさすぎる、まるで誰も住んでいないかのようなその部屋の、タンスの中から着替えを取り出し、台所へと戻る。
台所には、タライの中から逃げ出し、身体を拭くユーリ。
「あ! お前!」
「げっ早いよ、シン!」
素っ裸のまま逃げ出そうとするユーリの首根っこを、がっしりと掴む。その顔に浮かぶのは、怒りを押し隠す笑み。
「おうおう、俺ぁ孤児院でお前みたいなクソガキを風呂に入れまくってきたんだ。考えることも解ってるし、やらかすことも解ってんだ。そんなに俺に入れられたいか? 大の男が、孤児院のガキのようによぉ」
「や、やだぁ、シンちゃぁん……そ、そんなに僕とお風呂に入りたいのぉ……?」
えへ、と引き攣った笑みを浮かべるユーリを、シンは怒りの微笑みのまま、無言でタライの中に沈める。ごぼぼ、と汚れたお湯が泡立つが気にしない。
一度しっかりと沈め、大人しくなったユーリが自分で体を洗うのを監視する。
「ったく。余計な事に時間つかわすなよ」
「ちぇー。別に僕だって風呂嫌いなわけじゃないんだよー」
「お前は烏の行水すぎんだよ」
別段ユーリは風呂嫌いではない。それはシンとて知っている。というか、理由を聞いてはいるが、常に全く同じ服装をしている男なので信じがたいが、あれでいてユーリは身なりを気にする。外に出る時はそれなりに気を付けている。といっても装飾をどう、とかいう話ではない。ローブの裾が汚れていないか、袖がほつれていないか、といった類だ。
一度からかい混じりに尋ねた事がある。その時のユーリは笑っていた。
人の第一印象は見た目から。自分の在り様に疑問を抱かない呪いがかかっているが、それとこれは別。疑問を抱かないと言っても、汚れ切ったローブ、すり切れた袖口。何だか良く判らない染み塗れ。そんな姿の男がへらへら笑って歩いていたら不気味だろう、と。
なんだ、自分の見た目が不気味だと認識していたのか、とその時は笑ってすました。
基本、ユーリは家にこもる時にだけ、ずぼらになる。そう、それはシンが手を焼くほど。それはシンがこうして店に通うより前からの事だ、とユーリに聞いているので、性格らしい。それに関してシンが突っ込むことはない。何しろ外と家で態度が変わる者がいることは、わりと普通の事だからだ。その変わりようが、問題になるようなものでなければ、それでいい。
ユーリのそれは、ただずぼらになる、というものなので、大した問題にはならないだろう。こういった『○○が嫌い』系は、孤児院育ちのシンにとっては慣れた手合い。扱いなれているのだ。
「おう、風呂入ったら出かけるぞ」
「えぇー? どこにー? なにしにー?」
「依頼だ。依頼相手は黒猫亭の旦那。依頼内容は新しくハンター通りにできた店の敵情視察。まぁ要は新しい店で飯食ってこい。味の品評頼む。食事代は旦那持ちってことだ」
「それ、シンだけでよくない?」
「ああ、依頼を受けたのは俺だ。だけどなーちょっとなぁ……俺一人じゃ入りにくいんだよ……」
嫌そうにひそめられる顔。ああ、とユーリは納得した。
こうしてシンが嫌がる時、その店は『シンが苦手な物を取り扱う店』もしくは『どちらかと言うと女性向けの内装(料理を出す)の店』『女性客が異様に多い店』のいずれかだ。
贅沢を知らないシンは、意識高い系が理解できない。「これにこの値段?」とぼったくり感を感じ、どうしても敬遠しがちとなる。当然、そういった系統のものへの情報が疎い。その点ユーリは、何故だかは不明だが、高い安い、女性向け男性向け、一切の垣根を持たない。どんなものでも的確に、その物に沿った評価を下せる。
更にシンはモテる。顔はまぁまぁ良い方で、性格も悪くない。懐に入れた相手には少々お節介だが、細々と気は利くし、けして恩を着せたりしない。手先が器用で、ちょっとした料理もできる。堅実な生活をしつつも、孤児院のバザーの時のように特別な時に惜しむことはない。ハンター歴が長いのに浮ついた噂が一度もない。
永らく戦争をしていたフィンデルン王国において、親がいない、孤児院育ちというのは大した問題ではない。となれば、シンがそれなりに好物件であることは理解に苦しくない。
本人にその気がなくとも、女性が放っておかない。そしてその女性の多くが積極的なタイプ。女の武器を使用して既成事実を作るのも厭わなかったり、付き纏った挙句、異常な精神の強さで、断られても、冷たくあしらわれても前向きに、自分に都合の良い解釈をする。そんな、どうにも一般的に厄介なタイプに好まれやすいシンを、女性の多い場所に放せばどうなるか、それなりに想像に難くない。本人はこれをカモられている、という認識なのだが。
様々な理由から、ユーリを連れ出そうとするシン。最早ユーリの察しも良くなるというものだ。
ユーリは呪いの力でローブ姿でも他者に疑問を覚えられない。そして本人曰く嗜み、シン曰く女性好き、な性格な為、女性に囲まれても平然と会話ができる。ちょっと下心を見せつつ、けれど失礼にならない程度。パワフルな女性も、やたら精神的に強い女性も、悪い気にならず、会話を楽しみ、帰っていく。素晴らしきかな、防波堤。
ユーリからしてみれば、シンという餌の下、女性と楽しく会話できる合法的な時間。きっちりと汚れを落とし、いそいそと身支度を整えるとシンと共に件の店に陣取った。
店は、通りに面した壁がガラス張りで、随分とお金をかけたな、とシンは目を丸くする。
ガラスが高いか、と問われれば、正直高い、と言える。ユーリの家にいると忘れがちだが、庶民の家や店でガラス窓というものは殆どない。ユーリの場合は、錬金術を用い、ガラスを産み出す術を持っているので、後は加工してもらうだけらしい。それだけで費用が全く異なるのだとか。そもそもユーリ自身が実際のところは金持ちなので、ガラス窓であったとしてもなんら問題がない。
慣れないシンからすると、店内に腰を落ち着けた状態で、通りを歩く人間から見えることに違和感を覚える。しかしユーリは、防犯的にはどうかと思うが、宣伝としては悪くない、と褒める。
色鮮やかに盛り付けられた料理、可愛らしいスイーツ。それらを外から見た者は惹きつけられ、店内に足を運ぶだろう。外から見られている人間は、他人の目が気になり、早々変な行動はとれない。上品な客が多く見えることだろう。
そう説明するユーリに、シンはさほど興味なさげに成程、と頷いた。
店の戦略などどうでも良い。こうおしゃれで、無駄に女性客が多い場所は、できるだけ早く退散したい。その欲求を隠すことなく、さくさく注文していく。
運ばれてきた料理を、ユーリと半分ずつ分け合って食べつつ、料理がなくなるまでに次の料理が運ばれてくるよう、テンポよく注文を繰り返した。
大食漢の二人。次から次へと運ばれてくる料理を、難なく片付けていく。特に会話もない。しかし、ふと窓の外を見たユーリがにんまりと笑う。
「ねぇねぇ、あの子、胴回り七十の胸囲八十五とみた」
「ああ?」
ちょいちょい、とフォークを持ったままの指で示された先へと視線だけ向ける。丁度反対側の通りを一人の女性が通り過ぎていった。フードに隠されたユーリの視線がそれに伴って動く気配。
シンはゆっくりと首を左右に振る。
「胴回り六十五の胸囲八十」
「ええー?? 胴回り七十だと思ったんだけどなー?」
「ありゃぁ中に防具を着けてる。お前の言ってるのはその分の厚みだ」
「ああ、そっかー」
むぅっと口を尖らせ、この場所がハンター通りであることを思い出す。
ハンター通りにしてはおしゃれで、上品ぶった客の多い店にいるせいか、つい忘れていた。南の目抜き通りならば、とぶつぶつと呟くユーリの視線が、次の相手を探して、うろうろと揺れている気配がする。
「あ、じゃぁ、あの中ならどの子がいい?」
またもフォークを持ったままの指が指し示す。その先には五人の女性。それぞれちがったタイプで、仲間なのか知り合いなのかは不明だが、仲良さげに話している。
視線に気づかれない程度、一人ずつ確認する。
灰銀の髪を一本にまとめ、高く結い上げた女性。すらりとした長身で、手足は長く、シャツにズボンという無駄のない服装。その上に革製の鎧を身に着け、腰には細い長剣。
銀色の髪を短く切りそろえた少女と女性の中間程の女性。まだ僅かに子供のような丸みを全体に帯びており、全員の中でも少々背が低い。スカートとズボンを組み合わせたような服装に、鎖帷子。武器は短剣。
明るい赤茶の髪を左右に高く結わえた女性。少々釣り目気味で、気の強そうな雰囲気を受ける。胸当て、女性でも持ち易い短めの槍を手にしていた。
宵闇のような紫紺の髪を刈り上げた女性は、一番背が高い銀髪ポニーテルの女性より頭二つ分も背が高い。おそらくユーリ達よりも高いとわかる。厚みも二倍はありそうな筋骨隆々と言った体だ。乳房というよりは筋肉の塊のような胸に、鉄の胸当て。両手で握る大剣をぶら下げている。
最後は灰銀の髪を緩やかな三つ編みにした女性。垂れ目気味で、一番大人しそうな雰囲気。革の鎧に弓を持っている。
全員を確認したシンは、淀みなく答える。
「三つ編みの子だな」
「あー成程。確かにシンはああいうタイプ好きそう」
穏やかそうでー可愛くてー、と続けながら大きく頷くユーリ。答えはわかっていながらも、シンは問う。
「で、お前は?」
「うーん……スレンダーなあの子はアレの時滅茶苦茶乱れてくれそうだしぃ、幼そうなあの子は僕色に染め上げたい。あの釣り目の子は『別にそんなんじゃないんだから』とか言ってくれてギャップにウハウハできそうだし、シンのお気に入りの子は意外と積極的そうでエロ可愛い。そしてあの大きなおっぱいの彼女は、抱き締められたら癒されそうだよね」
「つまり?」
「皆可愛い! 余裕で抱けるね!」
にんまりと浮かぶ笑み。
きっと顔が見えていれば、渾身のドヤ顔が見れたんだろうな、と呆れる。
会話内容を聞いてしまえば、白昼堂々何という会話をしているのか、という話だが、実は二人ともに小声で、殆ど口も動かしていない。余程注意深く二人を見ながら読唇術を使って、それでも半分以上はわからないだろう。しかも、フードを被ったユーリはさておき、そこそこ容姿の整ったシン。おしゃれなカフェで、綺麗な食事を、一口は大分大きいが、わりと綺麗な所作で食べる。視線は口許よりもシン自体にいくだろう。
二人の残念な会話は、誰にも聞かれることなく続いていった。
あるぇー……おかしいな……?
予告と違う感じになった……
なんか思いつくまま指が勝手に……
いや、でも、だって、彼等も普通の男の子だと思っただけなんですよ!!
多分!!




