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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
一章 呪われた娘
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04 聖騎士カイン1



 カリオン湖戻ってきたシンは、一度宿に戻り、いくつかの寄り道の後、ユーリの店へと向かった。


 ユーリの営む錬金術の店は、ユーリが産み出す不思議なアイテムの効果を幾つも重ねがけされ、普通の人間にはまともに辿り着くことができない。そこに辿り着くには、ユーリが重ねた条件を満たし彼の『客』になる者。もしくは、彼が来店を許可し、とあるアイテムを授けた者のみ。


 シンは慣れたように道を歩く。右手にはパンカゴとシチューの入った片手鍋。左手で扉を押し開け、中へと入る。


「飯持ってきたぞ、ユーリ」

「ああ、シン。ごめん。五分くらい待って」


 すぐに返事が返るが、どうやらユーリは錬金釜の側から離れられないらしい。


「奥で勝手に準備してるぞ」


 一声かけ、錬金釜のある方とは逆の場所にひっそりと存在している扉を押し開け、奥へと入り込んだ。


 窓も何もない狭い部屋。扉横のランプは手で擦るだけで、不思議と明かりがつく。少し明るくなったその部屋の、中央にポツンと置かれた丸テーブル。そこに、パンカゴとシチューの入った片手鍋を直に置く。身軽になったところで、その部屋から更に扉続きの奥の部屋へ。そこがこの家でシン以外誰も使わない小さくて狭いキッチン。小さなかまどが一つと、シンクのみ、という実にシンプルな造り。壁に掛けられた棚には食器とコップが四つずつ。滅多に来客のないユーリの店だが、それでも顔なじみは何人かいる。にもかかわらず、コップも何もかもなかったので、シンが勝手に持ち込んだ。


 ユーリは、紙で包まれたサンドウィッチを片手で食べながら、殆どの時間を研究室でもある錬金釜のある部屋で過ごす。客がくると手を休め、応対する。それが基本的な行動だったので、誰かをもてなすなど考えていなかった。シンと知り合い、シンが入浸るようになり、少しずつ家具が増え、今では来客にも対応できるようになったのだ。と言っても、やはりユーリが何かするわけではなく、殆どシンが勝手に茶を入れ、顔なじみとなった者と話に花を咲かせるだけなのだが。


 そんなわけで、なんとか揃っている食器の中から、スープ皿とスプーン、コップを手に戻ってくる。テーブルの上にそれらを適当に並べ、再びキッチンへ。水差しに水道の水を入れ、シチュー用のレードルと一緒に持ってくる。これで準備は完了だ。丁度良く、ユーリも部屋にやってきた。


「ごめんごめん。丁度材料を入れた時だったんだよ」

「大丈夫なのか?」

「うん。後は六時間、時々混ぜればいいだけだからね」


 やっぱり料理だな、という感想は飲み込み、古ぼけた椅子に座る。


「ほれ、さっさと食おうぜ」

「うん!」


 ユーリも席につき、皿にシチューを、コップに水を注いだところで食事が始まる。


 パンをちぎり、シチューに浸して食べる。


 メリルという四十を少し過ぎた恰幅の良い女主人がつくるパンは、ふわふわとして、少し甘みのあるパンだ。外はパリッとしていて、ほんの気持ち程度まぶされた塩が、中の柔らかくて甘い部分と程よいハーモニーを奏で、王国一と言われている。一個銅貨二枚と、少々高めだが、それでもシンはパンと言えば必ずこれを買う。それほど安定して美味い。


 黒猫亭はハンター達行きつけの店。安くてボリューム満点。その上どの料理も基本的に平均以上の味なのだ。この街では、肉体労働をするものも含め、外食が基本の者の多くが、世話になるといって過言ではない。シンも通って既に数年が過ぎている。そんな店の一番人気メニューがシチューだ。


 牛乳たっぷりで真っ白なクリームシチュー。野菜はごろごろと大きめにカットされてはいるが、それも腹にたまるように、というのと、外に出ると干し肉ばかりのハンターたちの健康を考え、沢山の野菜をとれるようにという考えからだからありがたい。滅多に牛の肉は入らないが、代わりに兎の肉がごろごろと入っている。これは、普段からこの店に世話になっているハンター達が、お礼を含め、森で定期的に狩っては差し入れしているからだ。勿論、シンもそんな中の一人。ユーリの護衛で出かけついでに、一、二羽狩っては差し入れる。一人が一羽でも、そんな人間が二十人三十人ともなれば、それは相当な量だろう。しかも、ハンターの多くが下処理をして持ってくるのだから、使わない手はないというわけだ。おかけでこのシチューはいつだって沢山の野菜と、それに匹敵する肉がごろごろと入っていて、大食らいの者達でも満足できるのだった。


 一杯が普通の大人で満腹、もしくは残すような量で、その場で食べれば銅貨一枚。持ち帰りでも自分で容器を準備してくれば、同じく銅貨一枚。容器がない場合は、銅貨二枚。使い捨て出来る容器とスプーン付きでもらえる。切羽詰まったその日暮らしの、駆け出しハンター達には至れり尽くせりのありがたい店だ。


 そんな二か所のパンとシチュー。旨くないわけがない。


「あーやっぱりメリルさんとこのパン最高!」

「黒猫亭のシチューも安定してんな」

「こういうのが魔法って言うんだと思うよ」

「違いない」


 気分よく軽口を叩き合いながらあっという間に平らげる。


 片手鍋いっぱいのそれが一人前のシチューで、それを二人で分け合ったのだとしても、普通の人間なら十分な昼食になる。それなのに、パンだってそれなりに大きなサイズで、普通は二食に分けるそれを、それぞれ一つずつ食べたのだから、ハンターという肉体労働を基本とするシンはともかく、ユーリもなかなかの大食漢であることが解る。


 食後の水を飲みながら、満足した腹部をゆっくりと撫でる二人。


「ふー食べた食べた」

「食ったな。……昼飯どうする?」

「んー……今はお腹いっぱいで考えられないなー」

「だなー」


 笑いながら食べ終えた食器を手に、キッチンへ向かう。流しに放り込み、蛇口をひねった。直ぐに水が出てくる。


「この水道って画期的だよね」

「昔は井戸水汲んで、甕に溜めて、それを使ってたんだからなぁ。よくこんなの思いついたよな」

「建築ってのは三十年もあれば百年分くらいは進歩するらしいからね」

「そんな進歩するのか?」

「いや、僕は大工じゃないから知らないよ。ただ、大工のリリオさんがそう言ってたんだよ。この前君が酔っ払って壊した棚を修理しに来てくれた時に」

「へー」


 ヘチマを乾燥させたたわしと、錬金術で作った石鹸を使って手際よく食器を洗う。そんなシンへ大仰に溜息をつくユーリだが、自分の食器をそっと後ろからシンクに投げ込むだけで、手伝おうとも、自分で洗おうともしない。


「そういう感想? 少しは酔って暴れてすみません、とかないの?」

「ないな。普段から俺に迷惑かけっぱなしのお前が言わないのに、なんで俺が言わなきゃなんないんだよ」

「ちぇー」


 べっと舌を出され、ユーリは唇を尖らせた。しかし、その顔は楽し気で、ただシンとの会話を楽しんでいるだけだと解る。


 軽口を叩き合いながら、シンは洗い物を済ませ、濡れた手をぴぴっと払った。それに適当だなぁ、と笑いながらも、特に注意する気も、タオルを差し出したりもしないユーリ。


 二人で店に戻る。


 シンはいつものように本来なら来客用の古ぼけた椅子に腰かけ、カウンターにひじを置き、手に顎をのせた。ユーリは奥の錬金釜の前へと移動する。身の丈程の木べらで釜の中身をぐりぐりとかき混ぜた。かなりの重量だろうに、慣れたように体全体を使い、しっかりと腰を落として混ぜている。


 しばらくするとカウンターへと戻ってきた。


 特に二人の間に会話はない。


 シンはぼんやりと勝手に動く掃除道具を眺め、ユーリはカウンター裏にある本棚から分厚い本を取り出し、自分用の椅子に腰かけて読み始める。


 パラ……パラ……と時折ユーリが紙をめくる音以外、特に音はない。勝手に動く掃除道具たちは意外な事に、大きな音をたてることはない。


 掃除道具を眺め、あれ、便利だなぁと眺めながら思うが、特にほしいとは思わない。何故ならシンはハンター。持ち家はなく、宿屋暮らし。荷物は基本自分の身一つ。後は武器をいくつか。その武器も、一番使う短剣は常に腰に下げているから、他の武器がなくてもさほど困らない。他の物は盗られる心配がないという理由で、ユーリの店に置いている。結局片付ける場所はどこにもないので、ユーリの掃除道具は便利だと思うが、必要としない。


 不意に扉が開き、来客を知らせるベルが軽やかな音をたてた。


 ちらりと扉に目を向けたシンだったが、すぐに興味をなくしたかのように視線を外す。


 来客は窮屈そうに扉をくぐった。


 高さ百八十センチメートル、横幅八十センチメートルとわりと一般的な扉だが、そこを高さも横幅も窮屈そうに入ってくる男。


「やぁ、こんにちは。カイン聖騎士長」

「うむ。邪魔するぞ」


 ずっしりとした重低音。女が放っておかなそうな涼やかな見た目に反し、腹にずしっとくるその声。そのギャップと、この国では他に敵う者がいないという強さ。そして、浮いた噂一つない未婚者で、現在この国一番の旦那にしたい男と呼び名の高い人物。ちなみに、仕事一筋過ぎて一番彼氏にしたくない人物でもある。


 身長二メートル。がっしりとした体に、いつもなら聖騎士の鎧と呼ばれる、国王専属部隊である証でもある特殊な鎧を身に纏っているが、非番だったのだろうか。今日はシャツとズボンというラフな格好をしていた。おかげでいつもよりも余計にその体躯を感じてしまう。


「ああ、シンもここにいたのか。お前達は相変わらず仲がいいな」


 カウンター前に座るシンに気づき、よく見ないと気づけない程ほんの僅か口角をあげるカイン。それにシンは何を言うでもなく、軽く片手を上げただけの挨拶をした。


「そりゃぁシンは僕のお嫁さんだから、仲いいに決まってるじゃん」

「ム? お前達はそういう関係だったのか。それは知らずにすまなかった。結婚祝いは何がいいだろうか?」

「おい、そこのポンコツ騎士。そこのバカの戯言をいちいち真面目に受け取んな」


 本気で尋ねてくるカインに、うんざりしたように突っ込むシン。それにカインは首を傾げた。


「何? 嘘なのか? ユーリ。嘘は良くないぞ」

「嘘じゃないよー。僕はこうして一生懸命口説いてるんだけど、シンのガードが固くてー」

「そうか。私はお前の恋路を応援した方がいいのか?」

「だからそこのクソポンコツ騎士! そこのバカの戯言にいちいち耳を貸すんじゃねぇっ」


 くっそ、常識人は俺だけかよ、とカウンターに拳を落とす。


 このちょっとぼんやりとした姿からはあまり想像がつかないが、カインはこれでも本当に一騎当千の騎士で、その名を聞けば戦争中のリリウム王国の兵士が出兵を嫌がる程なのだ。


 強さ的にも、立場的にも、本来ならこれほど無礼な態度のとれる相手ではない。しかし、公の場でない限り、カインがシンを咎めることはない。また、シンが公の場でカインと会う事がないので、なんの問題にもなっていない。


「シンは相変わらず口が悪いな」

「おーおー俺だってちゃんと話すべき相手ならもう少しまともに話すわ」

「私は聞いたことないぞ」

「つまりそういうことなんだよ。わかれよポンコツ」

「ム?」

「つまり、シンはカイン聖騎士長とは仲良しだって認識してるんだよ」

「成程。それは気づかずにすまなかった」

「……もういいわ」


 諦めたように溜息をつき、くるりと二人に背を向けるように座り直し、ひらひらと手を振る。これはもうこれ以上の会話をしないぞ、というシンのアピール。少し遊びすぎたかな、と笑いながら、ユーリはカインを見た。


「それで、カイン聖騎士長。今日は何が入用なのかな?」

「ああ、今度モンスター討伐遠征に行くからな。爆弾を少々と傷薬も欲しいな。あと、何か良いアイテムがあれば、それも準備してほしい」

「ふぅん? いつどこに行くの?」

「来月だ。今回はブルグ平原の方に行く」

「じゃぁ王国の北西の方か」

「ああ」


 それなら、とカウンターに本を投げ出すと立ち上がり、商品棚へと移動する。


 所狭しと並べられた商品の中から、慣れたようにアイテムを取り出した。あっという間に抱えるほどになったそれを、両手で抱き込むユーリに、シンが呆れたように空の木箱を手に近寄る。


「ユーリ。おっさんの依頼の時には箱もってけ」

「あ、シン。ありがとう」


 ほれ、と箱を差し出され、ユーリはその中に、腕の中のアイテムを次々放り込む。そしてそのままシンに持たせ、更にアイテムを選別していった。荷物持ちにされたはずのシンは、特に気にした様子もなく、大人しく箱を抱えている。


 ふむ、と口元に手を当てたカイン。


「やはりお前達は結婚しているのか。シンは良い妻だな」

「黙れ、そこのクソポンコツ騎士」


 唐突な一言に、ぶふっと噴き出すユーリ。シンは額に青筋浮かべ、抱えた木箱がぎしりと音をたてた。


 低い声はシンの怒りを表しているが、カインはそれに気づかない。


「いや、シンは男だから妻ではなく夫か? だとするとユーリが妻? いや、ユーリも男だから……この場合は夫同士となるのか?」


 真面目に考えだすポンコツっぷりに、シンの手の中の木箱がメキメキと音をたてる。木箱だけでなく、歯までぎりぎりと音をたてていた。


 とりあえず殴りたい衝動はあるものの、腕に抱えた木箱に、既にアイテムが入っているので投げ出すことができない。もし空で投げ出せたとしても、シンではカインに一撃を入れるなんて、夢のまた夢。それくらい、カインの戦闘能力、身体能力というのは高い。


 けして勝てない化け物相手に苛立ちを募らせつつも、何もできないシンは、心の中でもう一度、このポンコツ野郎、と悪態ついた。


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