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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
四章 死に行く村
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38 狂気と闇の貴人



 ユーリとシンは、山中で迎えたそうそうたるメンツに、おお、と声を漏らしかけ、飲み込んだ。


 ユーリが知らせを飛ばして八日。先触れの知らせに、落ち合う場所を村から離れた山中に指定したのは、その先触れでメンバーを把握したから。


 その場所に現れたのはカイン率いる聖騎士隊四名。そして、あと一人。


「なんで……国王がこんなとこにいんだよ……」

「シッ、シン。あのおっさんに常識を求めちゃダメだよ。だって宰相様の飼い主なんだから」

「それもそうか」


 肩を寄せ合い、なかなかに失礼な内容をこそこそと会話をしつつも、チラチラと視線を寄せる。その相手は満面の笑みを崩さず二人を見ていた。


 ぴりぴりとした雰囲気がユーリ達を刺していた。二人の一挙一足動に睨みを利かせている。カインはいつもと変わらないが、その他四名の聖騎士隊のメンバーは、どこか微妙に落ち着かない気配を漂わせている。だが現状、その効果は一切現れていないので不憫でしかない。それどころか、お守りご苦労さん、と言わんばかりの、労りの生暖かい視線が向けられ、彼らはますます居心地の悪い思いをしている。最もユーリに至っては、それを理解していながらやっているので、質の悪さが際立っていた。


「内容が内容なんでな、俺が来た。ああ、普通に話してくれて構わんぞ」


 国王――クリストファーの手に握られ、ひらひらと振られる小さな紙。それはユーリが獣人の村に帰るなり書き、鳥の足に結わえ付けていたもの。突然野生の鳥がユーリの肩に止まった、と思っていたが、ユーリのとった行動に、いつの間に鳥を飼いならしていたのか、と驚いたものだ。


 ユーリがシンより僅かに前に出る。


「うん、まぁ助かるよ。カイン聖騎士長や宰相様でも良かったんだけどね、貴方が一番早くて良い」


 一斉にカイン以外の聖騎士達が、剣の柄に手をかけた。


 いくら国王が許したとはいえ、王に向かって許される口の利き方ではない。ユーリという人物を知らない聖騎士達の反応は、当然のことだ。しかし、クリストファーが即座にそれを諫める。


「止めよ。その方に無礼は許さんぞ。魔法使い殿、配下の者が済まない。しかし職務故のこと。寛大な心で許しては貰えんか?」


 国王の言葉に驚く。目の前に生きた伝説がいるのだから仕方がないだろう。


 『魔法使い』とは、その存在は確かに確認されているというのに、普通に出会う事のできない凄腕の錬金術師。彼の構える店に辿り着くことができる者は非常に少なく、巷では彼に許された者のみ、等と言う噂がまことしやかに囁かされている。クーデターの際にもクリストファーを手助けした、とかなんとか。宰相ルルクが、国王さえも一目置くその人物を王室錬金術師にしたくて躍起になっているのは、周知の事実。


 そのような幻の存在と、本当に知り合いとは流石は国王陛下、と聖騎士達は尊敬の視線を向けた。


「勿論かまわないとも。国王が配下に愛されているなんて良い事じゃないか」


 腕を組み、うんうんと頷くが、ユーリの顔を隠すフードがぶれることはない。普通なら奇妙なその事象も、相手が生きた伝説とわかればさらっと納得して流せてしまうという不思議。しかし、主への不敬に思うところがないわけではない。自然と剣呑とした目つきになってしまう。それも踏まえて、愛されている、とユーリは称しているのだ。


 クリストファーは豪快に笑い飛ばす。


「まぁな。何しろこいつ等は簒奪(さんだつ)以前からの付き合いだからな」


 あの激動の時を共に駆けた仲間。そうクリストファーが紹介すれば、成程と納得する。だからこそ、彼らはクリストファーの為にこれほどまでに心砕くように警戒しているのだ。しかし、ユーリはそんな事に興味はない。ひらりひらりと生白い手を振る。


「まぁそんな事はどうでもいいや。行こうか。毎日決まった時間に来てるから、拠点にしている場所も、仲間の数も把握しているよ」

「仲間の数は三人。獲物は剣が二名、弓が一名。問題の場所から北東に歩いて五分程度の場所にキャンプを張っていた。おそらくテントの中に在庫を抱えているんだと思うが、そこの守りがいなくなることはなくて確認はとれていない。ただ、手ぶらで入った実行犯の男が、毒の瓶を手に出てくるところは確認した」


 淡々と報告するシンに、十分すぎる報告だ、とクリストファーは大きく頷いた。


 大切な主君相手に態度を改めない二人に、聖騎士達は苛立ちを募らせるが、その話し方を認めたのが、他でもないクリストファーなので動けない。そんな聖騎士達へと視線を向け、禿げそう、という感想を飲み込んだシンは、そのまま口にしそうなユーリの口を、後ろから押さえた。


 二人が何故そのような行動をとったのか、何となく判るクリストファーは、くっくっと笑いを零しながら二人を眺める。


「ではキャンプの方はお前達に行ってもらうか。私達は魔法使い殿と共に毒を流す現場に行こうか。キャンプの方は彼に案内を頼めるか?」


 ちらりとシンに視線を寄越すが、ユーリはシンの拘束から抜け出すと、首を左右に振った。


「残念ながらシンはあげないよ。どうせ近くまでは一緒に行くんだ。その後は口頭での説明で十分さ。五分程度の道だよ。敵にバレない道くらいは自分達で探して。それくらいの能力はあるでしょう?」


 あからさまに挑発する声。自分とシンを引き離そうとしたクリストファーへ、不快感を示している。しかし、先程から苛立ちを募らせている聖騎士達からしたら我慢の限界。一人の聖騎士が剣を抜き放とうとして、振り向きもしないカインに、後ろ手で剣の柄の先端を押し返す、という神業で止められた。


「カイン聖騎士長がいて、良かったねぇ」


 いつの間にか左袖に右手を入れていたユーリが嗤う。


「こちらは剣を抜いていない。その、腕の中の物から手を離してもらえるか?」

「んんーそうだねぇ、カイン聖騎士長がそういうなら……後学の為、僕が何を持っていたのか見せてあげよう」


 右手がゆっくりと引き抜かれる。その手には試験管が三本。中には透明の液体。それがいったい何なのか、と眉根を寄せる。


「中身は一瞬で気化する猛毒。一呼吸で呼吸困難になり、苦しみ、悶えるのに、死ぬのは一時間後。僕はこの毒に対して耐性があるけど、君達や、君の御主人様はどうかな?」


 弧を描き続ける口元。


 半歩程度しか離れていない場所にはシン。それなのに平然と、気化するという毒薬を使おうとする精神に、味方の被害を考慮しない姿に、ユーリの狂気を知り、聖騎士達は戦慄した。


「僕はね、僕自身が助かる為ならなんだってするよ。だから、気を付けるんだね。今回は僕が自分で選んだけど、僕のローブの下は、全身劇薬と爆弾だらけだ。間違っても素人が衝撃を与えたら……大変な事になるんだよ」

「お前達、覚えておけ。こちらの方と共にある時、この国を思うならば、誰よりもこの方に傷一つつけてはならない、と。ちょっとしたはずみで、王国の半分が爆弾で吹き飛び、その際の爆風で、この国全土どころか、場合によっては周辺国家すらも猛毒が覆う事になる」


 カインからの重々しい言葉に、剣に手をかけていた聖騎士は真っ青になりながら手を離した。


 ユーリの言葉にシンは首を傾げる。


「あれ? お前、頭にもなんか仕込んだのか?」

「うん。この前頭殴られたんで、フードの中にも色々と仕込んでみたよ。僕には効かない気化性の毒薬を、小さな袋に入れてびっしりと。ちょっとした刺激で破れるように細工もしてみた」

「マジ止めて。敵はそんな事知らないだろうが……」

「知らないよ。死なば諸共。僕を殺したければ、自分も、世界も、亡びる覚悟を持てって事さ。大体、人を殺すんだよ? 自分も死ぬ覚悟、自分のせいで大変な事が起きる覚悟、共にしてないと可笑しいだろう?」


 シンからの呆れの視線にも、つーんとそっぽ向く。


 確かに言っていることに一部間違いはない。己の行いには覚悟と責任が伴うものだ。だからと言って、少々過激すぎる。


「はっはっは! 相変わらずやんちゃだな、魔法使い殿は! しかし、そろそろ移動しよう。今日はこれから毒の散布があるのだろう?」


 ユーリの狂気さえも平然と笑い飛ばすどころか、まるで幼い男の子のような評価を下すクリストファーの豪胆さに、尊敬を通り越し、やや呆れた視線を向けてしまう。


「そうだね。張り詰めていた彼らが和んだところで、移動を開始しようか。音、気を付けてね」


 くるりと背を向け歩き出す二人。


 和んでいない、余計緊迫した、という聖騎士達の心の叫びを無視してカインとクリストファーも歩き出した。聖騎士達も慌ててクリストファーの周りを固めて移動する。


 先陣きって歩くシンに続く六名。


「ユーリ」

「ん? 何、カイン聖騎士長」

「前から聞きたかったのだが、重くないのか?」

「重くないよ。毎日着てるからね。聖騎士長だってその鎧、重くないだろう?」

「確かに。脱いだ時は軽く感じるのだがな」

「あ、僕もそれ思う」


 まるで天気の事を話すかのようなとりとめのない会話。


 目の前の危険人物を幼子のように扱う豪胆な主人も凄いが、平然と会話する聖騎士長もすごい、と思わず尊敬する。


 彼らは知らない。カインがポンコツであることを。ユーリの危険性も、一つの個性程度にしかとらえていないという事実を。


 ああ、知らないって幸せだなー、とここ最近何度も感じたことを感じつつ、シンはずんずんと進んでいく。七日間毎日のように足を運んだ場所だ。今更迷う事はない。枯れた大地を音もなく移動する。まるで獣のような音のなさ。狩人であるハンターならではの足運びに、聖騎士達は感心した。聖騎士達だってある程度は静かに移動ができる。しかし、彼らは全身鎧(フルプレート)を身に纏っているので、これほどまで静かに移動できない。


 ただ者ではない、と観察していると更に気づく。一歩一歩足跡を消すように、僅かに足を擦るように歩くのだが、それでも音がない。獣以上だと気づき、戦慄く。


 伝説の奇人の守護を任されるに足る人物なのだ、と感心すると同時に、ある意味一級の暗殺者のような姿に、警戒を抱いた。


 混ぜるな危険、とはこの二人に対して使うのではないのだろうか、と聖騎士達四人の心が一致する。ユーリだけでも危険なのだから、このハンターは排除すべきではないのだろうか、と。


「シンに手を出したら、僕は怒るよ」


 ぼそりと零された言葉。


 聖騎士達の肩が跳ねる。


 ゆったりと足を止めたユーリが振り返った。目深に被ったフードのせいでその表情は見えないが、弧を描く口許は、けして優しいものではない。酷く歪み、不気味なもの。戦い慣れた聖騎士達がひきつり、後退る。


「僕に関して、もう一つ覚えておくべきだ。僕はね、こう見えて生き飽きているんだ。つまらない。だからね、世界の一つでも叩き壊したら愉しいんじゃないかな、と思っている。僕がそれをしないのは、シンがいるからだ。彼が生きている間僕の暇つぶしとして僕を楽しませる。その代わり僕は世界を壊さない。そういう契約だ。よく、覚えておくんだよ」


 ユーリを殺しても世界が滅ぶ。シンを殺してもユーリが世界を滅ぼす。その事を覚えておけ、と言われた聖騎士達は、ヒュ、と息をのんだ。


 顔の見えない奇妙な青年。その狂気は深すぎて、人一人の命と、世界が同じ天秤に乗っている。まるで理不尽という暴力の塊。何故こんな危険な男が存在するのか理解ができない。そして何故、神がこの男に、神の如き錬金術の才能を与えたのか。


「僕の錬金術の腕は、努力の結晶だ。才だなんて単純な言葉で片付けて欲しくないな」


 くつり、と零れたのは狂気に満ちた歪な笑い声。


 聖騎士達の誰一人、口を開いていない。だというのに的確に心に想っただけの事を拾われ、不気味で仕方がない。最初に半歩引いて以来、殆ど目に見える変化は見せていない。僅かに乱れた呼吸も、常人では聞き取れないもの。フルプレートに覆われた聖騎士達の表情が見えることもない。それなのに。


 兜の隙間からぶつける視線だけは隠しようがないからだというのか。


「僕の事を不気味だと怯える暇があるなら、カイン聖騎士長のような鉄壁の鉄面皮を習得しなよ。原因を他人に求めるな。己を高めろ」

「いや、そりゃ無理があんだろ。あの鉄面皮は天然ものだ。努力でどうにかはできねぇよ。それより、そろそろ静かにしな」

「もう着くのか?」

「そうだな。そろそろ騒いでると声が届く。ここからは木の陰に身を隠しながら、な」

「わかった。お前達も仲良くなるのは良いが、任務中だ。じゃれ合うのは止めろ」

「はっ」


 カインの言葉に、違う、という言葉は飲み込み、小声で素早く返事を返すと口を閉ざす。ユーリと話しているとつい忘れがちになってしまうが、自分達が何をしにこの場に来たのかを思い出した。


 切り替えの速さに、優秀優秀、と笑いながら、ユーリは踵を返す。シンと視線を合わせ、頷き合うと、シンの指示に従いながら進む。問題の場所につくと、シンが地面に簡単な絵を描き、別行動となる聖騎士達にキャンプ地へのおおよその道筋を伝えた。


 大体の警戒の距離、鳴子などのトラップ場所を聞いた聖騎士達はすぐにその場所へと向かう。


 そして待つこと三十分。


 沢に、男が現れた――。



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