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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
四章 死に行く村
37/85

36 冬の山中1



 くすんだ空から、チラチラと白く冷たい雪が降る。それは斬るような冷たさを湛え、周囲の熱も問答無用で奪っていく。しかし、それでもなお、幻想的な美しさに、人々の心をとらえて離さない。


 嫌われ者でありながら、愛される不思議な存在。


 吐いた息は白く、シンは寒いな、と独り言ちた。


 空を見上げても、ただただ自分の体温を奪う物体が降ってくるだけで、何一つ面白みはなく、上げていた視線を降ろした。


 高い空から低い大地へ。急激に変わった視界に、一瞬くらりと頭が揺れるが堪える。シンの視線の先には、畑や道端から土を採取するユーリ。彼は採取した土を試験管に入れ、その試験管に別の試験管に入った謎の液体を入れては軽く振る。その内容を確認すると、別な場所へと移動した。


 朝から繰り返される行為。


 正直、彼が何をしているのかシンにはわからない。ただ、全ての行為において、結果に何の変化もない、という事だけは理解できる。しかし、それがなんだと言うのかが理解できない。何しろ、ユーリの表情がぴくりとも動かないのだから。それで良いのか悪いのか、理解できるわけがないのだ。


 いつもどおり、まるで物語の魔法使いのようなローブを羽織り、目深に被ったフードのせいで、見えるのは口許だけ。その口元は調査を始めてからこの方、弓なりににんまりとした笑みを浮かべ続け、一度たりともそれ以外の表情を浮かべていない。


 ユーリが口を開かないので、シンも黙って付き添う。ミーユは調査前にユーリに追い払われた。実家に顔見せておいでよ、という優しい言葉で。一瞬戸惑うミーユだが、護衛は俺がいる、とシンに言われれば、場所も自分達獣人の村だし、とあっさり頷き、実家へと駆けていった。本当は気が散るから邪魔だ、と追い払われたのだと知ったら泣くんだろうな、とシンは遠くを見る。そして、やはり、知らないという事は良い事だ、と頷いた。


 ぼんやりと思考の渦に身を任せていると、ユーリが立ちあがり、移動を始めた。特にシンに声をかける事はない。シンもシンでユーリに何を言うでもなく、ただついていく。二歩ほど離れた位置を保ちながら。


 半日かけ、村中を歩き回り、何かを調査していたユーリは、日が暮れはじめてようやく、シンを振り返った。その口元には不機嫌そうな笑み。


「また錬金術関係か?」

「そうだね。禁呪じゃないけど、人道に悖るね。人為的に土地を痩せさせるなんてさ。僕達錬金術師は土地が潤って生まれる、素材の恵みにあやかる職業だ。そんな錬金術師が造るアイテムで、何故こんな事をするのか……」

「てか、ならなんでそんなアイテムが存在するんだ?」

「本来は薄めて、雑草とかを枯らす為に使うんだよ。触れるのが危険な毒草の排除とかね」


 用途用法は守るモノなのに、とぶつくさ呟くユーリの説明に、一定の理解を示しつつ、やはりそんなモノが存在すれば、悪事に利用されるのだな、と残念な気持ちになった。


 法を作ればその法を逆手に、薬を作ればわざわざ誤った用法で毒薬に、麻酔用の作物を育てれば依存性の高い危険なものに加工する。人間の、悪事へと使われる頭脳と根性には呆れてしまう。


「しかし……もしや、川はあっち側を流れているのかな?」


 白い指が指し示す方角を眺め、この村に来る前に幾度か立ち寄った川の事を思い出す。王国の地形を頭の中に思い浮かべた。たどってきた道、確認した川の流れてきた方角、流れていった方角を照らし合わせる。


 考え、ユーリの指し示す方角へと今一度視線を向けたシンは、首を傾げた。随分とうねるような川なのだな、というのが感想である。それに川を越えた覚えもない。いったいどういう地形なのか、と悩んでしまった。


 シンのその様子に、どうやら通常では有り得ない方角を指示したようだ、と気づいたユーリは、眉根を寄せる。顎に手を置いた。指先で頬をこすりながら思考を巡らせる。


「人工的に獣人達に気づかれずに? いや、それは不可能だ。防音のアイテムは四方を壁で囲まれていないと使えない。あれは屋内専用。地下? それもないな。やはり川があるとしか思えないが……」

「いや、村の奴か、ミーユに聞きゃ早ぇえだろうが」


 ぶつぶつと呟きながら考え込むユーリに、シンは呆れたような視線を向ける。その瞬間、ユーリがびたっと動きを止めた。まるで、油を差し忘れたブリキ人形のように歪な動きで振り返る。


「……。シン、君は偶に真理をつくよね」

「いや、アンタがアホなだけだと思う」

「……」

「……」


 二人の間に微妙な空気が流れ、それを示すように冷たい風が一陣、駆け抜けた。


「アンタ、頭いいけど、バカだよな」


 呆れたような視線と共に静かに投げかけられる言葉。言われたユーリは、ぐぅ、と言葉に詰まった。


「世界はアンタ一人じゃねぇんだぞ? 他に人がいるんだから、そいつらの存在忘れるなよ。ったく。普段はあれだけその辺の人間を駒にしまくってるくせに、突然存在忘れるなんて、相変わらずクズだな」

「うるさいよ。ああ、それにしても、シンにまでそんな事言われるなんてね」


 苦々し気に呟かれる言葉。それに笑ってしまった。


「言われたことあるのか」

「あるよ。僕の奥さんだった人にね」

「へぇー……はぁ!? お、まえ! 結婚してたのか!?」


 ぎょっと見ひらかれる目。そこに、絶対にありえないだろう、とありありと浮かぶ疑念。ユーリは嫌そうにしかめた顔をそむけた。自分でも十二分に理解しているのだ。自分が誰かと夫婦関係になりえるなど、ありえない、の一言でしかないのだ、と。


「えー……と、例の好きな女性か?」

「違うよ。僕の子供を孕んだ人だよ」

「子供!? え!?」


 さらにぎょっとしたような視線を向けられ、ユーリは忌々し気に背を向けた。


「お、お前、子供がいたのか!?」

「いたよ。い、た」

「……そうか……」


 強められた語尾に、ユーリが言わんとしていることが理解できたシンは、一つ頷く。軽く肩を竦め、ほ、と溜息を零した。あからさまに安堵した気配に、ゆるく首を巡らせたユーリが、何、ときつい口調で問う。それにシンはにこりと笑って見せた。


「いや、良くないけど、良かったと思ったんだ」

「何が?」

「え? 子供がお前に育てられなかったことに関して、だ」

「はぁ?」

「いや、だってさぁ、お前みたいな性格最悪の破綻者が親だったら、その子供も高確率でクソな性格になりがちだろう。その子供はお前みたいな親の下にいなくてよかったな、て」


 爽やかなまでの笑顔と共に落とされる暴言。ユーリの唯一見える口元が、これでもかというほどに歪んだ。


「君、本当に最近可愛くないねぇ」

「こえーぞ、その顔」

「人畜無害な僕のこの顔に対して怖いとか、失礼な。僕はいつだってぷりぷりでキュートな顔だろう」

「百辺鏡見直して来い」


 間髪入れず、真顔で返す。それに、酷い酷い、と文句を言いうユーリの姿は、ぷんすこ、と音がたちそうな愛らしさがあった。いや、物語の魔法使いのようなローブを羽織り、顔を隠すフードを被る、不審極まりない姿の青年が愛らしいと感じるなら、その時点で頭の状態を心配すべきだ。しかし何故だか『愛らしい』という表現が最もしっくりくる。


「はいはい、わかったわかった。それで? どうするんだ?」


 余計な事を考えるのを止め、鬱陶しそうに手を払えば、ユーリは喚くのを止めた。思案するように口元に手を当てる。


 まず川の位置を確認したい。決まれば即行動だ。再び村を歩き回り、手あたり次第に捕まえて話を聞いた。


 一日中土を採取し、特殊な液体で調べた結果、西側の土が強い反応を示していた。南東に行くにつれ、反応は薄くなる。そこでユーリは仮説を立てた。村に対して西側に川が流れており、川上から毒が流されている。計算されてこの村周辺だけが枯渇するようになっているに違いない、と。


 しかし、ここに来る前にキャンプを張った川は、東側にあったらしい。ユーリは自分の感覚に自信を持っていないが、シンが言うならば間違いない。ついでに、村人にも確認をとったので、確実に川は東側である。ならば自分の仮説は違ったのかと眉根を寄せるが、村人数名とミーユに確認をとったところ、西側に沢があるのだという事が判明した。


 木板に簡易地図を描いてもらい、翌日、その場所をシンと共に確認しに行く。沢は川程は幅広くも、深くもないが、ユーリがたてた仮説の条件を満たす程度の水量だった。


 袖の中から取り出した試験管に水を入れ、昨日散々試していた謎の液体で変化を確認しているユーリ。正直、シンから見れば、なんの変化も見えないのだが、ユーリは満足げに頷いていた。


「わかったか?」

「うん。この沢で間違いないね。ちょっと辿ってみようか」

「わかった。後ろからついてこい」

「ありがとう、シン」


 愛用の短剣を片手に、先を歩き出すシンに礼を言う。


 シンを雇ったのはユーリだ。当然の行為に、当たり前のように礼を言うユーリ。稀有な雇い主だ、と心から思う。


 護衛として雇われたハンターが先陣を切る事、枝葉を払い道を作る事、獣を狩り、モンスターを狩る事、それら全てごくごく当たり前の行為。どれほど人格者であろうとも、礼を言う雇い主はいない。当然だろう。それらの行為は全て、金を払った対価なのだから。


 シンとて初めからユーリの専属のようなものだったわけではない。駆け出しの頃は、沢山の雇い主と接していた。その結果、金を払ったのだから、と横暴な雇い主の方が多いことは身に染みて理解している。何しろ、多くの雇い主は横柄な態度で、暴言を吐き、少しでも安く上げようと、言いがかりをつけてくるのだから。飯を作ったからと、モンスターや獣といった脅威を取り除いたからと、先の安全を一人で確保したからと、逐一礼を言ったり、褒めてくれるような雇い主はユーリくらい。


 本当に稀有な雇い主だよな、と呆れてしまう。だからシンはいつだってほんの少し笑い、どういたしまして、と返すのだ。


「ユーリ」

「なに?」

「この先に何がある?」


 軽く首を巡らせ問えば、にんまり笑みが返った。


「うーん、そうだねぇ。可能性として、一、人がいる。二、容器がある。三、何もない」


 一本ずつ指と立て、簡潔な答えを返す。それに成程、とシンも理解した。


 ユーリの仮説が正しければ、誰かが上流で毒を流したはず。毒は湧き出す水に薄められ、下流、つまり王国までは届かない。けれども村人たちが言うには、獣人の村は作物がじわじわと育たなくなったという。ならば、繰り返し毒が流された可能性がある。


 ゆっくりと、しかし確実に、大地が痩せていった。冬に向かっていたから気づきにくかったが、この森の手前にあるのは精霊の森。年中季節問わず、多様な植物が採取できる変わった森。たとえその森は、長い王国の歴史において、大飢饉が起きた時でさえ、青々と茂り、実りを与えたという不可思議な森。その森での採取量が極端に減った為、これはいよいよおかしいと気づいたのだとか。


 彼らが別な森に集落をつくっていたら、気づくのが更に遅れただろう。そう、その時は手遅れ、と言ってもおかしくない事になっていたに違いない。偶々、運が良かった。


「しかし呆れたものだ。あの村を潰したいから、と錬金術師に喧嘩を売る真似をするなんて、ね」

「喧嘩?」

「ああそうさ。何しろ、精霊の森はこの国の錬金術師にとって宝だ。あそこは素材の宝庫。僕のようなはぐれでなくても知っている。僕ら錬金術師が、年中錬金術をこなせる理由なんだから」


 錬金術には、水の次に植物という素材を使う。水がなくなれば錬金術はほぼ一切使えない、と言っても過言はないだろう。植物がなくなれば、八割もの錬金術が使えなくなる。錬金術の殆どは薬。人に、自然に、どういった影響を及ぼすかはさておき、その殆どは薬なのだ。薬には水や草花が用いられるのは当然の事。


 ユーリの説明に、シンは、当然の話だな、と頷くしかない。そして、だからか、と納得する。


「ああ、もう。本当に近頃僕をイラつかせる事しか起きないね。こんな事、随分と久しぶりだよ」


 苛立つ声に、笑ってしまう。


「良かったじゃないか。いつも『つまらない』んだろう?」

「良くないよ。僕はね、腹立たしいより、つまらない、のほうが良いんだよ。僕の気持ちを震わせるのは、愉しい、とか、嬉しい、以外はお断りしたいね」


 何を普通のことを、と思わず呆れた。そんな事、どんな人間だってそう思っているはずだ。


「どうせ感じるのなら、良い感情の方が誰だって良いにに決まってる。それでも生きている限りそうはいかねぇもんだろうが。そんな事、お前が知らないはずがないだろう?」

「勿論、わかっているさ。でも、こうも続けて『錬金術師』の逆鱗に触れる事が起き続けるとさぁ、わかるだろう?」

「わかんねぇな。俺は錬金術師じゃねぇ」

「腹が立つんだよ。全てを壊してやろうか、と思ってしまうほどには」

「勘弁してくれ。アンタが本気を出したらマジで世界が滅んじまうよ」


 ぞっとするほど真剣に零された言葉に、シンは肩を竦める。進行を遮る枯れ枝を、短剣で払い落とした。


 地に落ちた枝を足で踏み、地面に沈める。乾いた音をたて、地面の中に埋もれながら折れた枝を、次に通るユーリが更に踏みつぶした。


「いやぁ、でもさぁ、生きることに飽きたら、後は滅ぼすだけじゃない? 何とか保っていたのは僕が人間だからさ。それでも保てそうもなくなったから、君という素敵な相棒を得たはずなのに……今度は激怒させようとするんだよ? これはもう、自分の感情のまま突っ走ってもしょうがないと思わない?」

「思わねぇな。俺は『つまらない』と感じるほど、生きることに飽きたりしてねぇんでな。だいたい、今滅ぼしてどうする? 折角研究すべき内容ってのが見つかったんじゃなかったのか?」

「そうだった! そういえばそうだった! いけないいけない。この研究が終わるまでは滅びてもらっては困るね。あと、君の今後についてもストーカーしないといけないんだし」

「なんだそりゃ」


 明るく響く声に、シンは顔をしかめる。


 途中までは良かったはずなのに、何故突然最後に不穏な言葉が混ざるのか。この男に常識を求めるだけ無駄なのだろうかと考え、そうだ、無駄だった、と思い出す。


 冬独特の冷たく、清々しい空気のように、いつだってすっきりと行きたいところなのに、どうしてこの男との会話は、いつだってもやもやとした嫌な気持ちが残りがちなのか。


 良い奴だが、クソ野郎だな、と心の中でそっと呟いた。



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