35 君は理不尽2
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昨夜、じっくりとローストされた兎の肉は、今朝、ユーリが起き出す前にじんわりと温め直された。暴力のような香りの中、シンが起こすより早く、涎を垂らして起きだしたユーリとミーユ。情けない顔の二人に、呆れながら顔を洗うように告げるシン。
既に温められた具のなくなったスープと、兎の肉を恨めし気に眺め、二人は川で顔を洗う。
「にゃっ冷たい!」
「くぅっ目が覚める!」
今は十二月。川を流れるのは凍る直前の冷たい水。ミーユはしっぽをぶわっと逆立て、ユーリは肌を粟立たせながら、何とか顔を洗った。
香りの暴力に悩まされ、なかなか寝付けなかった二人だが、寝不足による睡魔は一瞬で吹き飛ぶ。二人揃って「あー」と何とも言えない声を上げながら、焚火の前へと戻ってきた。
ぱちぱちと燃える火に手をかざし、身体を温める。その一連の間に、シンは全員の器にスープをよそい、切り分けた兎の肉を葉でクレープのように包んでいた。相変わらずの手際の良さに呆れるしかない。
「うぁーやっと食べれるにゃー」
「ほんとー。お腹空いたねー」
「なんだお前ら、朝から腹が減ってるなんていいことだな」
うんうん、と満足げに頷くシンは気づいていない。昨夜の香りの暴力に、今朝の香りの暴力事件のせいで、二人がこれほどまでに空腹を訴えているのだ、とは。そんなシンを二人で仲良くジト目で睨み、言っても仕方がない、と言わんばかりにあからさまなためいきを零した。
シンには色々言いたいが、シンが作った料理に罪はない。そして美味い。文句を言ってへそでも曲げられては大変だ。胃袋を掌握されている二人は、いそいそと食事を始めた。
具のないスープはさておき、早速昨夜から自分達を悩ませていた肉にかぶりつく。じゅわりと口腔に溢れる肉汁。昨夜しっかりと煮込まれ、歯を立てればほろほろに崩れていく豆や一口大の肉。じんわりと広がる、シンプルながらも素材の良さを引き立てる塩味。そして、臭みけしのため、適度に使われたバジルとタイムの爽やかな香り。
くぅっと二人同時に声を上げ、悶えた。
欲を言うなら、兎の血とワインを煮込んで作ったソースや、他の野菜があれば最高なのだろうが贅沢は言わない。言えない。野外でこれほど美味い料理を食べられるのだから、文句が出るわけがない。
出された分をもりもりと食べる二人を横目に、シンは早々に食べ終えると、余ったローストから肉を削ぎ落し、一人分ずつ葉に包んだ。昼はこれで済ます予定だ。
骨は穴を掘って埋める。スープは余らなかったので、鍋と器を洗い、ユーリが背負うカゴに投げ込んだ。これらすべて、本来ならミーユが率先すべきなのだが、気づかず美味い朝食にふやけていた。
まだまだガキだな、と苦笑しながら声をかける。
「ミーユ、テント片付けろ」
「にゃっ! はぁい」
お腹を抱えて、満足げにさすっていたミーユが、ぴょこんと立ち上がる。テントの設営片付けは力仕事だが、ミーユはハンター。野営用の簡易テントならば、一人でもそれなりの速度でできる。
中に残しておいたマントを回収し、放り出すと、てきぱきとテントを片付けるミーユ。ユーリもそれを手伝う。二人の様子を確認しつつ、シンは焚火を消し、ゴミを捨てるために掘った穴を丁寧に埋めた。それから放り出されたマントを畳む。
二人がかりで丁寧に畳まれたテントに、マントと綺麗に洗った鍋を結わえ付け、一つの荷物とする。
「ありがとう、シン」
「おう」
コンパクトになった荷物を背負い、礼を言えば、短い返事と軽く上がる手。特にそれ以上の会話はない。一行はミーユの案内で、ミーユの故郷を目指す。
ミーユの故郷である隠れ里に辿り着いたのは、予定通り、街を出て七日目だった。
右を見ても左を見ても、猫耳猫尻尾の獣人達。屈強そうな男の、つるりと禿げあがった頭にもぴこぴこと動く耳。尻の辺りにぶら下がる尻尾。うん、可愛くない、と呟く正直すぎるユーリは、とりあえず横腹を肘でつついて黙らせる。
「にゃーん! 皆ー! 今帰ったにゃー!」
「おう、ミーユ!」
「ミーユちゃんじゃないか」
「元気にしてたか?」
「お、ちょっと見ない間に背、伸びたか?」
「ミーユねーちゃん、あのねー」
わらわらと近寄ってきた村人たちに、あっと言う間にミーユは埋もれ、消えた。子供も大人も関係ない。まるで家を出ていた娘が帰郷した、そんな様子の村人たち。
成程、とシンは頷く。ユーリが言っていた意味がよく理解できた。
どこを見ても知り合いしかいない。そうなると、『慣れ』が生まれる。そうユーリは言った。つまり、村が一つの家族のようなものなのだ。そして、見てわかるほど、ミーユは愛されている。誰からも甘やかされ、可愛がられているのが一目瞭然だった。
確かにこんな環境なら、無意識のうちに甘えが刷り込まれているのだろう。身内として接するのも考え物だな、とシンは己の意識を改めた。自分が、孤児院の子供たちにとって、ここの大人のように接していないとは言えない。なんだかんだ言って、けして突き放せない。失敗を許してしまう。
寛容は正義であり、時に毒となるのだと、理解した。
そして成程、と苦笑してしまう。
どうやらユーリが本当に苦言を呈している相手が、シン自身であることに気づいたのだ。ミーユへの教育はそのついでのようなもの。
ついつい目にかけた相手を受け止め、受け入れ、甘やかしてしまうシンに、それが他人の為にならないのだ、と教えてくれた。それはシンの度量の広さであり、甘さで、他人をダメにするところだ、と。
確かに、と頷くしかない。何しろ、今目の前に――人の陰に埋もれているので、正確には目の前、ではないが――確かな実例がいるのだから。
「悪かったな」
「いいとも。それはある意味君の美徳でもある。だけれども、君は少し、自分の味方でさえ、時に疑い、突き放す事も覚えるべきだよ。そうでなければ、いつか、大切なものを失う事になる」
重々しく紡がれた言葉。常、飄々と語る口から零れたとは思えない程の声に、シンは思わずユーリの方へと首を巡らせた。まるで物語の魔法使いのようなローブ。顔をすっぽりと覆い隠したフードで、その横顔はうかがい知れない。けれども、笑っていないのだ、と何となく思った。
「まるで、お前自身が経験したかのような重みだな」
「そうとも! 僕は君より年上だからね。君と違い、沢山の事を経験してきた。敬い、こびへつらい、感謝しながら年長者の言葉に耳を傾けたまえ!」
ぐるん、と勢いよく振り返るユーリの顔、その口元にはにんまりとした笑みが浮かんでいて、シンは口をへの字に曲げてしまう。どうやら、自分の先程の感覚は誤りだった、と。最近シンからの反撃が多かったせいか、どうにかからかおうとあれこれ画策されていたようだと気づく。
だからって説教と同時にもってくるな、と悪態吐きたくなっても、誰もシンを責めないだろう。何しろ、耳に痛い説教をもらったあとだ。神妙に相手の言葉を受け止めたって当然。それを見越して敢えてぶち込んでくるのだから、ユーリがいかに性格が悪いのか知れるというものだ。
「言っただろう、時に疑え、と」
唐突に真面目な声が聞こえる。
一瞬遠くを見ていたシンは、慌ててユーリを見た。その口元に、先程までのにんまりとした笑みはなく、真面目に引き結ばれている。
「悪ぃ。……なかなか難しいな。確かに、お前の言葉には色々含まれていて、考えはするが、お前が俺の不利益を振りまいてくる、とかは疑いにくい」
「そう言う事だよ」
「成程」
慣れからくる甘え、とは恐ろしいな、と顔をしかめる。これは確かに、ミーユの事は言えない。
「君の育った環境は、ここと似ている。あの孤児院は温かすぎるんだ。立派な父である神父。君を守り、君が守る兄弟ともいえる子供達。獣人の村と、あの孤児院は同じだ。君たちはもっと他人を知り、他人を信じ、他人を疑い、他人を切り捨てる事を覚えなくてはならない」
「お前もそうだよな」
「僕?」
シンの言葉に、不思議そうに傾げられた首。シンが何を言いたいのか、本気で理解できない様子に、思わず笑ってしまう。
「俺にとっちゃ、お前が寄越した空間も、温かすぎたんだよ」
「そう?」
「そうだな。あんな、冬の暖炉前のような空間、ずっといたらそんな事考えられなくなって当然だぞ」
「ふむ……。僕は特に君を甘やかした覚えはないけれども……君が勝手に甘やかされ、つまらない、取るに足らない存在になってもらっては困るなぁ」
顎に手を当て、試練でも与えようか、と勝手且つ物騒な計画を立て始めるユーリに、シンは肩を竦めた。
「勘弁してくれ。お前みたいに頭が良い奴に、無理矢理試練を与えられるほど、こっちは暇してないんだよ」
「君が暇だとか暇じゃないとかどうでもいいよ。僕にとって重要なのは、君が僕にとって興味深い対象かどうかという一点のみだからね」
実に勝手な言い草だが、シンは気にしない。というより、言われたその内容は、まるで当然のように聞き流した。
シンはユーリが自分をどういう風に認識しているか、理解している。だから今のような冷たい言葉も、軽く聞き流せてしまうのだ。聞き流すというより、受け入れている、ともいえる。受け入れ、軽口さえ叩けてしまう。
「試練への情熱は錬金術で消化しとけよ」
「じゃぁ君への試練は僕の錬金術の研究に付き合う事にしようかな」
「げっ! 勘弁してくれよ。俺ぁハンターだぞ。錬金術師になるつもりなんてこれっぽちもねぇんだからな」
親指と人差し指を、殆ど隙間がないほどまで近づけ、ユーリに突き付けるが、彼はにんまりとした笑みを浮かべた。その笑みを見「あ、これは碌な事にならないな」と達観したような目をしてしまうほどには、見慣れた笑み。
ユーリの白い手が、シンの肩に置かれる。意外と荒れた手は、けして柔らかくはない。けれども、普通に考えれば鍛えたシンよりも力強いはずもない。それなのに、けして振りほどけない力強さをもって、肩を掴まれた。
「ソースの件、逃がさないよ。君の意見、是非とも詳しく聞きたい。これを機に、どうだい?」
「断固拒否する」
間髪入れずに断るが、肩の手は外れない。それどころか、ますます力が込められた。最早ミシミシと、人体でしてはいけない音が聞こえだすのではないのだろうか、と不安になってくるほどだ。
「錬金術師も悪くないよ。素材集めも含め、殆どの作業は力仕事だ。身体がなまる事はない。街で手に入らない素材の方が多いから、外に行く機会は多い。それに何より、ハンターの護衛より、錬金術アイテムの納品依頼の方が、遙かに実入りがいいよ」
「断固拒否する」
確かに錬金術アイテムの納品に関する依頼料は実入りが良い。それこそ、シンの本来の護衛料よりも高値のものがゴロゴロとある。金を儲けたければ、錬金術師になった方が手っ取り早いだろう。
金を儲けられる錬金術師になれば、ハンターとして儲けられるようになった者より、遥かに人から尊敬され、求められる。その名声は国が放っておかない程だ。だからこそ、人々は夢を見て錬金術学校に通う。そして、現実に打ちのめされるのだ。
現実に打ちのめされた者の大半は帰ることもできず、そのままハンターに転職する。何しろ体力だけは一人前だ。けれどもハンターは錬金術師になるよりいばらの道。今まで城壁に守られ、命の危険にあった事のない体力馬鹿たちは、外へ出て、己の身一つで戦う現実にも打ち負かされ、泣く泣く誰も知らない田舎へと引っ込んでいく。
所詮、何事も楽できる程の金を稼ぐのも、誰からも尊敬され、羨まれる名声を手にするのも、一握り。
シンは己が錬金術師に向いていないと知っている。ユーリのように錬金術に興味がない。錬金術がどれだけ発展しようと、大切な者達に還元されれば良いが、そうでないのなら興味を持てない。そんなものをわざわざやってみようとも思えない。
大体シンは、ハンターは天職だと思っている。神父が何を思ったのか知らないが、与えてくれたのは一振りの剣。そして、一冊の剣術の本。幼いシンが、何かを守る為に最も容易く手に入れた『力』
師はいなくとも、己の才能だけでここまで来た。それは一人で錬金術を覚えたというユーリと同じ事。だからこそ、ユーリならこの感覚を理解している、と知っている。
「ああーこれでもダメかー! どうやったら君、こっちに引き込まれてくれるの?」
案の定、ユーリはあっさりと引いた。
肩を掴んでいた手が離れていく。
「無駄だってわかってて、よく言うな」
「無駄だと思えることにも意味があるものなんだよ、シン。うーん……やっぱり君は少し経験が足りない。近々試練を考えないとダメかなー」
「勘弁してくれ」
ユーリが何をしでかすか予測がつかないシンは、うんざりしたように顔をしかめる。しかし、ユーリは意見を曲げる気はないようで、にんまりと微笑んだ。
ああ、面倒になったな、と見上げた空はくすんでいて、明日にでも雪が降りだしそうな程冷え込んでいる。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
本年もゆるゆる頑張ります。
どうか生暖かく御見守りください。




