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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
四章 死に行く村
34/85

33 教育と反省と2



 キラーラビット五体を縄で縛り上げたシンが戻ってくると、ミーユは大きく目を見開いた。ユーリが言う通り、複数体のモンスターが近寄っていたのだ。自分が倒したのを含め、六体。もしも全員から不意打ちで襲われたら、ミーユ一人では太刀打ちできない。シンがいるので勝てはするだろうが、ユーリが危険に晒されるのは間違いないだろう。ケガする危険性が非常に高い。ユーリが言っていた意味を正しく理解し、なおいっそう青ざめた。


 現在ミーユはユーリに雇われたわけではない。そんな事考える必要はなかったが、もしも、と考えれば、先程の話と合わせ、己の浅慮を反省せざるをえないのだ。


「シン、ごめんにゃー。シンが鈴を外せって言ってたの、ちゃんと取り合わなくてごめんにゃ。反省したにゃ」


 耳をぺったりと倒し、髪の毛の中に隠し、尻尾を体に巻き付けてしょんぼりと肩を落とすミーユ。その尻尾に鈴はない。自分が周辺を警戒しに行った間に、よほどユーリに絞られたのか、と苦笑する。


「ああ、わかったならいいさ。それよりもう少し進もうぜ。まだこの辺りじゃキャンプは張れねぇ。どこか水場近くで、見通しが良いところ、案内してくれ」


 ぽんぽん、と軽く頭を撫でれば、ミーユはぱっと顔を上げた。


「任せてにゃ! いい場所があるにゃ!」


 これ以上迷惑はかけない。そう決意した表情を浮かべ、力強く頷く。その様子にシンは首を傾げた。自分があれだけ言っても聞かなかったのに、いったいどんな話をすればここまで素直に言う事を聞いたのか、と。


 ミーユに案内され、先へと進む。


 二時間ほど進むと、ミーユは不意に道をそれた。しかし、シンもユーリも何かを言う事はない。彼等の耳に水の音が聞こえていたから、ミーユが希望した場所へ案内しているのだという確信があった。


 二人の確信どおり、ミーユは開けた川辺に案内する。拓けた、と言っても結局のところ四方は森に囲まれている。しかしそれでも、シン達がテントを張る場所への襲撃は、姿が見えるようになってニ十歩は走らなくてはならない。それほどの距離ならば、ハンターの二人なら矢が空を切る音に反応し、一般人かそれ以下でしかないユーリの下へと辿り着くよりも早く、叩き落せる。


 希望どおりの場所にシンは感心し、ユーリはにんまり笑みを浮かべながら背負ったテントを降ろす。普段ならテントはシンが背負うのだが、今回は採取目的ではない為、いつもユーリが背負うカゴがない。その為、ユーリが背負っていたのだ。


 さくさく進みすぎるミーユに、シンが何度か代ろうかと言ったのだが、ユーリがこれを拒否した。シンの体力に不安を持っているわけではない。テントを頼んだところでユーリ自身の体力が保たない、そう判断できるほどの速度だった。したがって何かあった時、シンの動きを阻害するテントを、背負わせたくなかっただけ。別名『僕動けないから、シン頑張って』らしい。そう言われた時、シンが顔をしかめたのは言うまでもない。


 てきぱきと淀みのない動きで、シンがテントを張る。その間にユーリが岩を円状に並べ、ミーユが薪を拾ってくる。岩を円状に並べたユーリは、携帯用の鍋に川の水を汲んだ。足元の岩に足をとられるように、よてよてと時折躓きながらも、鍋に汲んだ水を零すことなく戻るユーリ。そうこうしているうちに、ミーユが一抱え分ほどの薪を腕に、戻ってくる。


 ミーユが焚火を起こす準備をしている間にテントを張り終えたシン。縄でぐるぐる巻きにしただけで、未だ生きているキラーラビットの血抜きを始める。


 鞘に入れたままのナイフで頭部を叩き、キラーラビットを昏倒させると、手近な木の枝に両足を括りつけ、逆さに吊るした。喉元を掻ききれば、勢いよく血が噴き出す。後は血が止まるまで放置するだけ。これを五度。


 生きたまま捕らえた全てのキラーラビットが、近くの木の枝に吊るされている。そして、静かに死へと向かっていた。ある意味、何も知らない街人が見れば、精神衛生上よろしくないような光景のような気がしないでもない。しかし、ここに居るのはハンター二人と、自分で採取に行く錬金術師が一人。つまり、野外の生活に慣れた者達である。誰も気にする事はない。


「ミーユ、火が熾せたらこっちの見張り頼む」

「任せてにゃ」


 振り返ったシンに、既に焚火の火を熾していたミーユが笑う。焚火の番をユーリに任せ、素早く太い木の枝に上った。血の臭いに引き寄せられた獣やモンスターが近づかないか、弓に矢をつがえ、森を警戒する。


 ミーユは弓使い。ナイフや剣も扱えるが、第一武器を弓としている。弓使いは剣を第一武器とするハンターよりも、遥かに攻撃力が劣る。その代わり、遙かに広範囲を見通す能力に長けているのだ。そのせいもあり、鈴をつける危険性を理解していなかったのかもしれない。とにかく、ミーユの本気を出した警戒範囲は、第一武器が短剣のシンを遥かに凌駕する。しかもハンターになる前から森に隠れ住むタイプの一族出身だった為、木々の陰、背の高い草の陰に隠れたモノさえ、見落とさない。


 安心してミーユに任せると、さりげなく回収していた、ミーユが射殺したキラーラビットの解体を始めた。丁寧に皮をはぎ、腹を切り開くと中身を全て取り出す。中身がなくなり、ぽっかりと空いた空間に岩を詰め込み、川に沈めた。本来ならば殺して直ぐにしなければならない行動だ。今更行ったところで臭みが消えるとは思えないが、それでもしないよりはマシか、とやってみた。


 取り出した内臓は、シンの腕と同じだけの深い穴を掘って、全て埋める。


「シン、もうすぐ血抜き、終わるにゃ。そっち持っていくかにゃ?」

「おう、頼む」


 流石に所詮は兎。普通の小動物に分類されている兎に比べて大きいとはいえ、多少、と言える差程度。あっと言う間に血が抜けきったようだ。後は皮をはぎ、内臓を捨て、川で洗うだけ。血抜きが終わり、ミーユと共にさくさくと処理を行う。そんな二人を横目で見ながら、ユーリは袖から取り出したアイテムをごそごそといじっていた。


 ユーリの手にあるのは、シンからすれば見慣れたもの。モンスターや肉食獣等、人に仇為すモノを警戒するアイテム。複雑な工程を経て、起動させなくてはならず、また、それを造れるのは腕の良い錬金術師のみ。当然高額となり、市場に出回っていても、余裕のあるハンターしか買う事が出来ない。そんな貴重なアイテム。それを中堅の上程度の実力しかないシンが見慣れているのは、やはりユーリが雇用主だからだろう。遠出や、少々危険の多い場所へ採取に行くときは必ず使用される。


 しばらく無言でいじっていたユーリは、ようやくアイテムが起動したので、シンに声をかけた。


「しーんー。クラッパーオッケー。どこに置けばいい?」

「あー、そうだな。じゃぁテントから五歩、森側に置いてくれ」

「んー」


 言われたとおりにテントから五歩、離れた場所に置く。


 アイテムは十メートル四方の警戒をする。その距離で近づくモンスター又は肉食獣があれば音をたてる。その音がまるで木製の鳴子のような音をたてることと、複雑な工程から、パズルクラッパーと呼ばれている。正式なアイテム名はモンスター探知機なのだが、なんの面白みもない名前のせいか、今では錬金術の書物でさえ、パズルクラッパーと書かれていた。


 これで警戒はほぼ必要なくなる。後は焚火を絶やさない事だけ。


 肉の処理が終わったミーユとシンが、それぞれ三体ずつの肉の塊を手に戻ってくる。既に頭なども落とされており、後は調理するだけ。


「今日は何食べるの?」

「串焼きとスープだな」

「えー、シチューがいいにゃー。兎の肉はシチューに限るにゃー」

「そう? 僕は兎はステーキがいいな。だってシチューは黒猫亭のがあるじゃん」

「どっちでもねーよ。スープだ。シチュー作るには牛乳とか色々足んねーよ。ステーキは串があるから我慢しろ」


 勝手な事を言い合うユーリとミーユに呆れる。


 そもそも荷物に牛乳のようなかさばるうえ、日持ちしないものは組み込まない。当たり前だ。旅をする者にとって『荷物』というものが、どれほど己の命運を分けるのか、理解していない者から死ぬ。それほど重要なものだ。


 フィンデルン王国で旅をするなら食料は最小限にする。何故なら現地調達が可能なものだからだ。森も川も豊なこの王国では、獣が多い。モンスターだって食べることのできるモンスターの方が多くなっている。その為、肉は持たず、水は最小限にするのが一般的だ。野菜は乾燥させた豆。他にもかさばらず、水分さえあれば腹も膨れる乾パン等が多い。肉を狩るのが面倒、時間がない、有事の際を考慮、と言った理由で非常食代わりにべっ甲飴と、僅かな干し肉を持つ。そして、味付け用に塩、コショウ。たったこれだけで基本的に食料関係は終わりだ。


「ミーユ。この辺香草あるか?」

「あるにゃ。採ってくるにゃ?」

「ああ、頼む。コイツは香草焼きにしねーと流石に臭ぇからな」


 ひょい、と持ち上げられる川に沈めた塊。一応、シンの手により、冷たい川の中で丁寧に洗われたはずのそれを見ると、ミーユは納得し、行ってくるにゃ、と森の中へ入っていった。


 さほど遠くない場所にミーユがいることを確認しつつ、大きめの石と、少し太めの枝を組み合わせて作った即席かまどに、焚き火から火を分け、ユーリが水を張った鍋をくべる。ナイフで、肉をミーユ(女性)の一口サイズに合わせて切り落とし、放り込んだ。


「よう、ユーリ」

「何、シン?」


 袖から乾燥した豆が入った袋を取り出したユーリが、首を傾げる。


「どうやってアイツを説得したんだ?」

「ああ、君はハンターとして信頼できないから、護衛として雇わないんだ、と言ったんだ」

「よく怒らなかったな」


 流石にぎょっとしたようにユーリの方を振り向く。それにユーリはにんまりとした笑みを返し、肩を竦めた。


 豆の入った袋をシンに渡す。


「彼女、素直だからね」


 シンにもわかりやすく答える。


 もしもミーユが、ただの人間なら、こうはいかなかった。短慮をおこし、激怒し、ユーリに持ち掛けた依頼を、自ら破棄。その場で引き返すことになったかもしれない。そうならなかったのは、ひとえに彼女の性格。そして、シンにはできず、ユーリにできた理由もまた、彼女の性格だった。


 ミーユは良くも悪くも『田舎者』なのだ。


 この国では基本的に『田舎』とは、村で形成されており、右を見ても左を見ても友人知人、親戚、同じ一族の者僅か数十名で構成されている。隠れ住む獣人の村は全て『田舎』に該当するのだ。


 どこを見ても知り合いしかいない。そうなると、『慣れ』が生まれる。生まれた『慣れ』を否定するつもりはない。慣れにより他人を信頼する。信頼をされれば悪事が減る。悪事が減れば、当然、平和になる。平和を形成した者同士は団結する。こうした循環で『田舎』は王国から遠く、兵士や騎士がいなくとも、騒ぎが起きることがない。代わりに、王国に対してこれといった感情がなくなってしまう。更に、『昨日と変わらない今日』『今日と変わらない明日』を乱す、所謂『よそ者』に、非常に警戒し、敵対心を持ってしまう。


 大概の田舎はこれが適用されるが、獣人だけは違った。彼等は敵対心だけをごっそり失くしてしまった種族なのだ。


 敵対心がなくなるとどうなるか? 『甘え』の中に生きることになる。ミーユがシンの言葉に耳を貸さなかった理由はここにあった。


 シンは誰もが認める『皆のママン』つまり、お母さん、のような立ち位置。


 普通、親というものは、時に子を甘やかし、時に諫める。子はそれらを受け入れ、反抗し、育っていくものだ。そう考えれば、ミーユはシンの言葉に耳を傾けるべきだったのだろう。しかし、残念ながら彼女は『獣人の田舎者』だった。要するに、身内のような相手には『甘え』が前面に出てくるのだ。


 獣人の村でなら問題ないだろう。何かあったとしても、彼らは『仕方がない。これからまた頑張ろう』で済ませてしまうから。村総出でそう考えてしまうのだ。何が悪かった、という反省がないのだ。ただただ起こってしまった事を受け入れるだけ。そんな中で育ったミーユが、シンに何かを言われても、悪い事をしているのだ、という認識を持てるわけがない。


 説明の途中で鍋の準備が終わり、鍋の番を任されたユーリが、レードルを鍋の中に差し込む。シンは串の準備に、と幾本もの枝を真っすぐになるようナイフで削ぎ整え、先端を尖らせていた。


「要するに、獣人というのは、身体だけ大人になる、永遠の子供なんだよ」


 どこか呆れたように笑いながら、ユーリは鍋をぐるりとかき回した。


 既に肉に火は通り、豆も膨らんでいる。灰汁も一通り取り、やることと言えば、底にある肉や豆が焦げ付かないようにすることだけ。シンは隣で一口サイズにカットした肉を、先を削り、尖らせた枝に突き刺しては、焚火の周りに刺していた。


「つまり、俺はアイツに舐められていたってわけか」

「まぁ、乱暴に言ってしまえばそうだね」


 笑うユーリに、憮然とした表情を浮かべるシン。これでもミーユの今後を、獣人の今後を、気にかけていただけにショックなのだ。


 そんなシンを知っているユーリとしても、ミーユの態度は好ましくなかった。だから、あれほど平然とミーユを傷つけたのだ。心を抉る言葉を投げかけ、己の愚かさを突きつける。けれどもそれも完全な悪意ではない。ミーユの成長を期待して、だ。だからシンもとくに苦言を呈したりせず、成程、と頷くに留めた。




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