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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
四章 死に行く村
32/85

31 錬金術師の依頼2



 それで、とミーユは小首を傾げた。


 ミーユの故郷までは、片道五日かかる王都北東に広がる精霊の森を越えた先にあるのだとか。精霊の森からさらに二日ほど歩いた森林地帯に、ひっそりと存在している。


 いくらフィンデルン王国では獣人は国民と数えられようとも、そうは思わない人間は存在していた。人間に近い見た目でも、絶対に人間とは違う見た目。能力も人間より秀でた物を持つ者が多いのに、その数は人間より遥かに少ない。


 畏怖する者、忌避する者、危険視する者、様々だ。


 そんな中でも、もっとも危ない集団がいる。青の教団と呼ばれる、人間至上主義のかなり過激な集団。


 人間以外の種族は下等生物。人間の為に働かない限り、生きる価値もない。人権も存在せず、口答えも、視線を向けることさえも許さない。それらができない者は不穏分子として殺してしまえ。そう説く教団。


 獣人たちを奴隷とする、隣国リリウム王国のような国には沢山の支部を持ち、あちらこちらでその教えを広めている。その為、民衆はその教えに染まっているところがあった。そして、フィンデルン王国にも少数ではあるが、その考えを支持する者もいる。ただ、法律で獣人たちが保護されているため、教団の支部自体はない。また、その教えを表立って支持する者は、却って国王の定めた法に違反する危険人物、と見なされ、罰を受けることとなる。


 表立って何かする者はいないが、陰で動く者がいないわけではない。争いを好まない獣人たちはフィンデルン王国でも、ひっそりと隠れるように村をつくる傾向にあるのだ。


「アタシたちは別に人間達を何とも思わにゃいから、ユーリ達を連れてくの問題ないにゃー。すぐに行けるかにゃ?」

「ごめん、ミーユ。出発は明日にしてほしいな」

「いいにゃ! なら、明日、東の城門前で待ち合わせにゃ!」

「時間はどうする?」

「アタシの故郷まではそこそこ遠いし、できるだけ早く着きたいから朝の八時でいいにゃ?」

「わかったよ。それじゃぁ、明日の朝八時、東の城門前で」


 頷くユーリに、ミーユはにっこりと嬉しそうに笑うと、入り口付近で手をぶんぶんと大きく振り、店を出ていった。カランカランと軽やかな音に合わせて、チリンチリンと可愛らしい音が微かに聞こえ、遠ざかる。


 それで、とシンはユーリに顔を向けた。


「青絡みか?」


 青、とは青の教団の俗称である。彼等は自らの名を持たない。けれども皆揃って青のバンダナを腕に巻く。その姿から、いつからか青の教団、と呼ばれるようになった。そしてそれは、次第に略化され、現在では青、と呼べば青の教団を指す。


「さぁ?」


 苦笑する。


「あのね、シン。僕は万能じゃない。全知全能ではないんだよ? 突然何か言われて、その全てを知っているわけないじゃないか」


 優しく諭す声に、シンは疑う視線を向けた。


 ユーリが全知全能でない事は理解している。それでも、それを疑う程度には彼は万能だ。王国のあらゆる場所に目と耳を持ち、恐ろしいほどに情報を集めている。この国で、彼より情報を持つ者はいないのではないのだろうか、と真剣に考えるほどには。


 情報は武器だ。


 どんな時でも情報を持ち、それを上手く使うものが生き残る。そして、その道の誰も近寄れない程の場所を歩くのがユーリ。そう、シンは信じている。だから、彼が言えばそれを信じて即座に動く。


 シンの視線にユーリは軽く肩を竦めた。


「信頼してくれるのは嬉しいけど、流石にまだわからないよ。行ってみないとね」

「そうか。行けばわかるのか」


 その時点でおかしいんだ、という言葉を飲み込む。行った程度でわかるのなら、ミーユとミーユの故郷の獣人達は既にどういうことかわかっているはずだ。しかし彼女たちはわからず、こうしてユーリを頼っている。つまり、そういうことだ。そこまでの情報を持っていて、後は己が目で確証を得ようとしているだけ。


 この王国で、彼が知りえない場所はないのだろう、と再度理解した。全てを知らずとも、九割以上を知っている不気味な男。


「別に、不思議じゃないよ」


 不意にかかる声。


「僕だって君と一緒に、僕一人でも、街に出る。街に出れば沢山の情報が入ってくる。人々の口に戸は立てられないからね。後はその中から正確な情報を抜き出すだけだよ。僕だけじゃなく、誰にでもできることなんだ」


 できねぇよ、と呆れ顔を向けた。


 ユーリの耳目は国民一人一人。彼らが世間話で零す話題の全てが情報だというが、夫の悪口から物の流通まで、その話題は様々。その中から正確で、重要な情報を抜き出すのは不可能に近い。それを容易く行うのだからある意味気味が悪い。しかし気味が悪いのも突き抜ければ尊敬に代わる。


「無理無理。それができねぇから世の中は凡人が溢れるんだよ」


 ひらりと手を振る。口元は楽し気にゆがめられている。悪戯心がふんだんに含まれた視線が向けられ、ユーリは笑った。応えるように大げさに肩を竦め、溜息を零す。口元には相変わらず楽し気な笑み。


「人は誰しも特別になる力を持っている。開花のタイミングは人それぞれ。そこで努力するか否かの差。思考の停止は死に等しい。自らを凡人という人間は、勝手に限界を定め思考を停止させただけの、自ら凡愚に成り下がったクズなのさ」


 嫌味ったらしく紡ぐ声。わざとらしいほどの笑みに、シンは噴き出す。


「んだよ、お前。滅茶苦茶嫌な奴じゃねぇか」

「あ、酷いなぁ! 君がこの言葉を望んだんじゃないか!」

「ああ。だがお前が言うだけでここまで嫌味っぽくなるとはな」


 けらけらと二人の笑い声が店内に響く。


 静寂に愛された、静寂を求められた店内では珍しい光景。それでも二人にとっては珍しくない事。ひとしきり笑い合い、それで、とシンはユーリを見た。


「古城の方はなんなんだ? その本、なんかあるのか?」

「錬金術におけるこの表紙の本は、その全てが暗号化されたものなんだよ」

「へぇー。あそこの領主だった奴は錬金術師だったのか?」

「そうだよ」


 不思議そうなシンに、ユーリは、有名なんだけどなぁ、とぼやく。確かに、錬金術師の間では有名な話だ。普通、貴人はわざわざ錬金術を学ばない。腕の良い錬金術師をお抱えにする方が、労力が必要ないから。そんな中、錬金術の本を出す程錬金術の腕を持った領主となれば、変わり者として大変有名だった。


「で、今更お前が錬金術書になんの用なんだ?」

「錬金術書には用事はないよ。僕が用があるのは『錬金術師が書いた本』だよ」


 ん? と首を傾げる。シンは、錬金術師が書いた本なら錬金術書だと思っていたが、ユーリの言い方では違うように聞こえる。


 素直なシンの様子に、ユーリは笑った。けれども何かを伝える事はない。ユーリが伝えない以上、シンがそれ以上を求めることはしない。


「俺が用意するものはあるか?」

「そうだね……リーン神父に旅の無事を祈るようお願いしといてよ」

「お前、神とか信じてないだろう?」


 冗談めかして言われた言葉に、呆れたような半眼を向ける。そうすれば、大仰な仕草で、わかってないな、と笑われた。その、妙に癇に障る動きに、口がへの字に曲がる。


 ユーリという男は時折奇妙な注文をする。その多くが理解不能で、何かの思い付きのような言動。突然会心の一撃のような、劇的変化をもたらすこともあるが、何も起こらない事も多く、シンには理解ができない。それでもユーリがにやにやと笑っているので、何かしらあるのかもしれない、とついつい言われたとおりに動いてしまう。


 今回は神父に祈りを捧げて欲しいという依頼だが、それでいったい何が変わるのか。神を信じないユーリだ。絶対に祈りが目的ではないはず。探るように視線を向けても、ユーリの余裕の笑みは崩れることがなく、結局諦めるのはシンの方。


「わかった。神父(親父)に安全祈願の祈りを頼めばいいんだな?」

「そうそう」


 にんまりと笑いながら肯定を示すユーリに、首を傾げつつも、わかった、とシンは頷いた。


「んじゃ、明日、朝八時に東城門前か? こっちに荷物持ちに来た方がいいか?」

「はは。そうだねぇ、お言葉に甘えようかな?」

「わかった。じゃぁ、八時前にこっちに寄るわ」

「よろしく」


 ああ、と頷くと、足元に置いておいた箱を持ち上げる。きちんと五つ入っているのを確認して、じゃぁな、とユーリに声をかけて店を出た。


 店を出たら唐突に身に纏わりつく空気。肌が粟立つ。ふ、と吐いた息は白く、無意識にぶるりと震えた。なんとは無しに空を見上げ、夏とは違い、はっきりと見える。まるで届かないその高さに、眩暈を覚えた。


 微かに感じられる香りに、もうすぐ雪が降るな、と気づく。


 止まっていた足を進め、広場でふと足が止まった。シンの視線の先には一本の樹。年中青い葉を茂らせるその樹に一枚の葉もなく、夏の終わりの頃にちらほらと見られた、いずれ実りとなるであろう存在も姿を消している。鳥でも食んだのだろう、とすぐに興味を失った。


 裏路地から抜け、石畳で綺麗に整備された道を歩く。ユーリの店から北に抜ければ、東の教会通りに出る。慣れたように道を歩き、すぐ近くの教会に足を運ぶだけ。


 参拝者の為に開かれた門から堂々と中へ。門から教会へと続く僅かな道の左右に整えられた花壇。本来なら、そこに植えられた愛らしい色をした花は、来訪者の目を楽しませるはずだが、今はその花壇も物寂しい。暖かくなれば再び人々の目を楽しませるのだ、とわかっていても、質素な教会を尚いっそう質素に見せていた。


 礼拝堂の木製の扉を軽く手で押し、中へと踏み込む。中へ入れば、目の前に建てられた厳かな神の像と、その後ろに広がるステンドグラスに、無意識に神を称えたくなる、そんな尊厳な教会に、ああ、と思わず溜息を零した。それは慣れ親しんだ空気への安堵であり、神を信じないシンさえも、神を称えたくさせる雰囲気への感嘆でもあった。


「おや、シン。いらっしゃい」


 神の像の前に立ち、見上げていた初老の男性が振り返る。シンを確認すると、穏やかに微笑んだ。


 歓迎されている。穏やかな笑みだけれども、それが他の参拝者に向けるものとは僅かに違い、嬉しそうだとしっているシンは、咄嗟に理解し、思わず口元を弛めた。慌てて引き締め、ほんの少し、拗ねたような表情を浮かべ、近寄る。それがポーズで、甘えているのだと知っている神父は、ほんの僅か、目を細め、親愛の情を更に濃くさせた。


 可愛くて愛しい我が子を見る目。だから、シンは素直に子供らしくなる。二十一にもなって、親に甘える子供も何もないのだろうが、それでもシンは神父の前では成人前後の子供のようになってしまう。それは、成人して直ぐに孤児院を出、少しでも大人になろうと背伸びしたせいかもしれない。あの頃甘えられなかったので、今頃甘えているのだ。


「これ、持ってきた」


 真っすぐに近寄ると、ぶっきらぼうに言いながら、抱えた箱を神父に押し付ける。その中を見た神父は、ああ、と頷いた。


「いつもありがとう、シン」

「ん」


 年を取り、皴の増えた手が、癖のある銀髪を撫でる。慈しむように優しく。それに素直に嬉しそうに笑う顔は、シンを実年齢よりも幼く見せる。無防備なその表情に、神父の目に灯る慈愛の色が、ますます強くなった。


 頭から手を離し、箱を受け取る。


「皆も喜ぶ。今日は顔を見せていってくれるのかな?」

「ああ。その予定だ。でもその前に、祈りを捧げてもいいか?」

「勿論だとも」


 神父はけして拒絶しない。それは、職業柄でもあり、シンの父親としてでもある。


 いつだって優しく受け入れてくれる神父に、シンは僅かに微笑み、その前に片膝をついた。顔の前で手を組み、頭を下げる。


 神に向かって、ではなく、神父に向かって、シンは願った。突然土地が痩せ、恵みがもたらされなくなった獣人達の事。ユーリが請われ、その地に行く事。その護衛でシンもついていくことになった事。その旅の無事を祈って欲しい事。それをユーリも望んでいる事。


 淡々と口にすればするほどユーリが望んでいることが分からない。何を望んでこんなことを頼んだのか。だんだんと「ついでになんとなく、えへっ」とでも言いだしそうなユーリの顔が脳裏をよぎり、僅かに怒りを覚える。そして、何となくだが、それが正しいのではないのだろうかと思えてきた。


 ユーリはその行動のあらゆるところに策を巡らせる。相手を選び、言葉を選び、伝える内容を選ぶ。そうして自分の望むように周りを動かすのだ。その全てに何かしら意味があるわけではない。全く意味がなく、ただ何となく、ユーリが楽しみたいから、無駄に動かすこともある。今回もその一環のような気がしてきた。


「わかりました。ユーリと二人で行くのかな?」

「いや。あと一人、ハンター仲間のミーユって奴とも行く。そいつの故郷らしいんだ。案内してくれるってさ」

「そうですか。では、貴方方三人の旅に、幸あらんことを」


 シンが膝をついた時には箱を置いていた神父は、下げられた頭に手をかざし、常套句を紡ぐ。これでユーリからの依頼は達成した。シンは感謝の言葉を返すと組んだ手をほどき、ゆっくりと立ちあがった。


「それじゃぁ俺、チビ達の所に行く」

「ならこれは貴方が持っていった方が喜びます」


 持っていってください、と渡された箱を受け取り、シンは一つ頷いた。箱を手に、教会を出ると、孤児院の方へと足を向ける。慣れた場所だ。迷いなく足を向けた先からは、子供たちの明るい声が響いていた。


 シンが孤児院にいた頃から明るい場所だった。今より遥かに貧しかったが、けして心の貧しくなる場所ではなかった。それはきっと、神父が神父だったから。彼がいたから、子供たちは子供らしくあれたのだろう。そして、そんな神父の下で育つことができた自分自身がとても幸運だったのだ、とシンはつくづく感じる。


 相変わらず飾り気のない質素な建物で、子供の数はあの頃より少なくはなっていない。それでもあの頃よりも健康的な体躯をした子供が増えた、と思う。それは、シンが寄付をしている分もあるが、それよりも遥かに大きな寄付をしている存在がいるからだ、とシンは知っている。


 にんまり笑い、滅多に客の来ない、売れない店を経営しながら、仲介屋に上がる依頼を全てこなすことで莫大な資金を築く錬金術師。彼は思ったよりもこの街に深く根を張っているのだ、と思い知る。根と言っても病ではなく、その傘で旅人を日差しや雨から守り、時折自然の恵みを与える大樹の如く。冬でも枯れることのない枝葉の傘は、まるで妖精の樹のようだ、と思った。アレは実りを与える樹ではないが、青々と茂り、まるで繁栄を誓うかのよう。それのようだと思わせる何かをもつ男。


 気づかれないように、押し付けることもなく、静かに国に恵みをもたらす男。そんな存在に引き合わせてくれた神父に、そっと心から感謝した。小さく呟かれた感謝の言葉を、陰で聞く者がいたとは知らずに。


 微かな声はすぐに騒々しい子供たちの声にかき消され、後には残らない。その陰で、ぎちり、と壁に爪を立てる音もまた、残る事はない――。



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