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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
一章 呪われた娘
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03 カリオン湖で採取2



 起きろ、と揺さぶられ目を覚ます。


 見下ろすシンに、おはよう、と声をかけ、寝ぼけた頭を覚醒させるために湖に近寄った。


 早朝の湖の水は驚くほど冷たい。もとより冷たいのだが、早朝だと凍る直前のように冷たい。手を差し込んだだけで冷たさに目が覚める。その水で顔を洗い、隣で水筒の水を入れ替えるシンにもう一度おはよう、と声をかけた。


「おう、おはようさん。目ぇ覚めたか?」

「うん。君はいつも早いね。ちゃんと寝てるのかい?」


 ほい、と渡されたタオルを受け取り、ごしごしと顔を拭く。


 採取に来れば、いつだって自分より後に寝て、自分より先に起きているシン。火の番もしたことがないユーリからすれば、不思議で仕方がない。朝起こされた時に、焚き火の火はまだ僅かに燻っていて、シンがユーリを起こす直前まで火が絶えないように調節していたことが解るがゆえに、ちゃんと寝ているのか心配になるのだ。


「問題ないな。俺達ハンターからしたら焚火の火の調節は息をするくらい当たり前にできんだよ。何かしらの理由で消えてもすぐに目が覚める。そういう風に身体が慣れてんだ」


 それくらいできなければ野営はできない。


 城壁の外へ一歩出れば、そこは野生の王国。人間には持ちえない、鋭い爪や牙を持ち、恐ろしい力を持った獣や、モンスターが溢れる場所。彼らは自分達の文化にない火を恐れる。だからこそ、火という手段は、ハンターや旅人にとって、最も容易く、それでいて最も重要な身を護る手段。


 ハンターとして生き続ければ、一年経たずとも、眠っていても火の大きさを判断し、即座に目覚めて燃料を投下することくらい、息をするかのように、誰に言われるでもなくできるようになる。


「ふぅん……ハンターってすごいね」

「そうか? 俺からしたら一度調合を始めたら寝食忘れて何日もかかりきりになれるお前らの方がすごいけどな」

「そうかな?」

「ああ」


 力強く頷かれ、そっかーと照れたように笑う。別に褒めたつもりはないが、素直に嬉しそうにしているユーリに、シンも水を差す気はない。水筒の水を一口飲み、蓋をした。


「おら、とっとと採取して帰るぞ」

「うん。さて、今日はミントの葉を摘んで、家に帰るか。……結局スライム、出なかったね」

「いや、出たぞ」


 あっさりと返った言葉にまたたく。少なくとも自分は見ていないぞ、と首を傾げた。しかし、シンは気にした風もなく、ユーリのカゴに近づき、何やら中身を漁る。あったあったと声をあげ、取り出したのは、水を入れるのとはまた別の瓶。


 スライムは倒すと油が採れる。その油は食用にも使えるので、結構需要がある。その油を入れる瓶を三本、手にしてた。


「お前、気づいてなかったり寝てたりしていたからな。勝手に絞っといたぞ」

「流石シン。スライムの油絞りなんてお手の物だね。瓶三本分ってことは十五匹か。けっこういたんだねー」

「そうだぞ。お前、俺がいなかったら、今頃スライムに窒息死させられているんだからな。気をつけろよ」


 まったく、と呆れたように溜息をつかれ、苦笑してしまう。


 どうにもシンは面倒見の良い性格のせいか、ユーリの事を子ども扱いする。それを悪いとは思わない。例えユーリの方がシンより年上だとしても。その母親でも兄でもいい、とにかく手のかかる自分を、なんだかんだ言いながら面倒を見てくれる彼の優しさが好きだ。けして裏があるわけではないから、真っすぐな優しさが心地よい。


 冬の寒い日に、部屋中を暖かくする暖炉の火のような、厳しい冬が終わり、降り積もった雪を解かす春の日差しのような、そんなほっとする温かさをもたらしてくれる。それがユーリにとってのシンという存在だった。


「あの子も君くらい優しい性格だったら呪いなんか受けなかっただろうね」


 突然の呟きに、何言ってんだこいつ、という視線を投げかけるシン。対するユーリはくすりと笑った。


「言ったろ? あの子は呪いを受けたって」

「ああ」

「多分ね、彼女は水神の宝玉を盗んだんだ」

「水神の宝玉?」

「そう。ここフィンデルン王国の西部にあるミリアの滝の裏に、洞窟があるのは知ってる?」

「ん? ああ、確かフィンデルン王国に水の恵みをもたらす神様が祭ってあるんだよな?」


 そうそれ、と頷きながらタオルで顔を拭いたユーリは、濡れたタオルをカゴへ投げ出し、代わりに小さな袋を取り出した。


 辺りに群生しているミントの若葉を千切っては袋に入れていく。葉に傷がつかないように丁寧に摘んでは、意外と乱雑に袋に放り込むという謎の乱暴加減を横目で見ながら、シンは辺りを警戒する。


 こうやって採取中だろうとも、モンスターが待ってくれたりするわけではない。当たり前のように襲ってくる。ユーリが安心して採取ができるよう、襲ってくるモンスターを倒すのがシンの仕事だ。視界に入ったスライムは即座に狩り殺す。


 プルンプルンの水まんじゅうのような見た目のそのモンスターは、どこにでもいる最弱のモンスター。水まんじゅうの餡のような部分に刃を突き立てれば、それで簡単に倒せる。何だったら成人男性が上から踏みつけるだけで倒せる、そんな雑魚モンスター。サイズは三十センチメートル四方という、掌よりは大きいが、まぁ片足でプチっと踏みつぶせる程度。木の棒さえあれば、子供でも容易く倒せる。


 倒すとでろんと液状ではないが、水まんじゅうのような張りのある姿から、水たまりのような形状へと変化する。手で簡単に持ち上がるそれを絞り布で包み、ぎゅっと絞れば油がとれるのだ。


 その作業を淡々とこなしながら、シンはユーリに続きを促した。


「彼女はおそらくその祭壇に祀られている宝玉を盗んだんだよ。ちょっと前に行ったときに無くなってたからね」

「あー……三週間くらい前だっけか?」


 それくらい前に、ユーリに頼まれ、護衛をしたな、と首を傾げる。それにユーリが大きく頷いた。


「そうそう。あの時中を覗いたらなかったんだよ。それでそこに住んでいる自称水神の魚人がめちゃくちゃ怒ってたから、多分彼女で間違いないよ」

「なんだよ。じゃぁ、宝玉返せばなんとかなるんじゃねぇの?」

「ならないね。宝玉の行方もわかんないし、何より、彼女が反省してないもん」

「なんでわかるんだよ?」


 眉根を寄せて問えば、小さな笑い声と共に、馬鹿だね、君。と言われた。


 ムッとして思わずユーリの方を向く。ユーリは相変わらずミントの葉を摘んでいた。


 彼の腰に下がったそう大した大きさではない袋は、もうすぐ満杯になるだろう。そうしたら採取は終了し、街へ帰ることになる。


「彼女、僕のところにきて言ったろう? 私の病気を治してってさ。僕は何がご入用ですか、としか聞いていないのに。病気に効く薬をください、でも、これこれこのような症状に効く薬はありますか、でもなく、僕に命令してきたんだよ? そんな人間が、反省していると思うかい?」


 ユーリの言葉に、女が店にやってきた時を思い出したシンは、それでも首を傾げた。


「いやいや、命令したっていう程のことか? 切羽詰まってたらアレくらいにならねぇ?」

「彼女は切羽詰まってなんかないよ。その証拠に、彼女はずっと落ち着いていた」


 そうだろう、とユーリに問われ、そうだったかな? と首を傾げる。そんなシンに、ユーリは優しく解説を始めた。


「先ず、僕の店が噂の魔法の店か確認をしていた。己の目で、普通ではありえない現象……僕のお掃除セット君たちを確認して、初めて魔法の店だと認定するくらいには冷静だったね」


 ミントの葉を摘むユーリの手は止まらない。


 紡がれる言葉に、まぁ、確かに、とシンは頷いた。


「それから、僕が何を言うでもなく、助けてくれると聞いたという自分の意見の押し付け、そして、自分を治せ、と命令形で口にすることに何ら違和感も覚えていない様子だった」


 その言葉に、シンはうーんと首を傾げ、唸る。確かに女は「私の病気を治して」と言った。それはまぁ、聞き方によっては命令形にもなるのかもしれないのだが、普通に考えれば『お願い』なのではないのだろうか。それとも、自分自身が少々お人よしなのだろうかと疑問に思ってしまう。


 しかし、ユーリはそんなこと気にせず、続けた。


「大体、僕はちゃんと魔法ではない、錬金術だって言ったのに、彼女聞いていなかった。自分の意見だけで生きている人間の典型的な態度だったよ」


 ふふ、と可笑しそうに笑う声。


 相変わらず観察するのが好きな奴だ、と思わず苦笑した。


 ユーリはまやかし香という不思議な香を焚き、常に店周辺で人々が方向感覚を失うようにしている。その他にも不思議な薬をいくつも使い、店に来る客をかなり限定的にしているのだという。


 シンのように、ユーリに認められた者は、いつでも店に訪れる事が出来るように、そういった香の効果が効かなくなる不思議なペンダントを渡され、いつでも店に辿り着けるらしい。そのペンダントもユーリが造ったのだから、シンから言わせてもらえれば、錬金術は魔法なのだ。


 ペンダントの細かな説明を受け、一応薬のような効果が練りこまれたものらしいという事だけは理解はしたが、それでも魔法のようなものだと認識してしまう。錬金術とは、ある意味一般人のシンからみたらそれほど常識とはかけ離れたものなのだ。


 とにかく、そうして選りすぐった客は、大体が様々な問題を抱えている人間。そして、そういった人間をカウンター越しに接客しながら観察するのが、ユーリの楽しみの一つなのだ。


 研究に行き詰まったり、何日も閉じこもって錬成をした後なんかは、特にそういった傾向にある。


 一度だけ理由を聞いたが、返事は、人間も錬金術のような面白い反応をみせるから、という、シンにはいまいち理解できない理由だった。


「彼女は自分が悪いとは思っていない。あれもただの病気で、薬で治るとしか思っていない」

「治んねぇの?」

「治らないよ。治るわけがない。だって、呪いをかけている本人が解かない限りどうにもならない。それが呪いによる病だよ。僕ができるのは、精々呪いの進行を遅らせるだけ。後は本人が気づくかどうか。錬金術は魔法じゃない。万能じゃないんだよ。いや、万能の薬もあるけど、それは対価を払えないだろうから渡せないね」

「高いのか?」

「高いよ。国王でもようやっとってレベルにね」


 そりゃ、高い、と思わずうなる。


 国王がようやっと、と言われるような薬、その辺の平民が買えるわけがない。そうなると、対価としての代金を払えるレベルで満足しなければならない。しかし、とシンは首を傾げた。


「あのお嬢ちゃん、それで納得するかな?」

「しないね。あのタイプは自分の望みどおりにならなかったら癇癪を起すよ」

「大丈夫なのか、アンタ?」

「え? シンが守ってくれるでしょう?」


 当たり前のように返され、またたく。それから思わず笑ってしまった。


 ユーリとシンの関係は雇い主と護衛。あくまでも街の外でだけだ。それ以外は賃金が出るわけではない。いや、錬成中の手伝いをすれば謝礼が出るのだが、それはこの際は置いておく。とにかく、護衛として働くのは採取で街の外に行く時だけだ。それ以外は勤務外なのだ。にもかかわらず、ユーリはシンが自分を守ってくれると確信している。そしてそれは間違いではないのが悲しいところかもしれない。結局、シンはユーリを見捨てられない。手のかかかる弟のような存在のユーリを可愛がっている。それをユーリ自身が自覚しているのが、微妙に腹立たしくも思えるわけだが。


 奇妙な信頼が嬉しい。


 頼られるのも悪くはない。


 そう思ってしまった時点で負けなのだろう、と勝負事でもないのにそんなことを思う。


「あ、それとも、シンはあの子好みだった? 手心加えた方がいい?」

「いらね。俺は今手のかかるクソ野郎の面倒見るので精一杯だからな。これ以上の面倒事はごめんだな」


 自分がシンに甘やかされている、という自覚を持っているユーリに、精一杯の意趣返しをしてみるが、ユーリは大仰に振り返り、目を見開いた。


「そいつは大変だね! 僕がシンの為に特別な薬でも調合しようか? いやいや、シンにはいつもお世話になっているからね! これくらい無料タダで調合するよ!」

「いらねぇよ」


 そして二人で声を上げて笑い合う。


 ひとしきり笑い合い、ミントの葉で満杯になった袋を腰に回したベルトに結わえつけた。簡単に紐がほどけ、落ちてしまわない事を確認したユーリが、重くなったカゴを背負う。


 いつの間にか、スライムの油は五本になっていた。様々用途で使える油だが、当然錬金術の素材にもなる。こうやって護衛としてついてきた時に入手した油は、全てユーリに所有権がある。ユーリは別に必要な時以外はシンが売りさばいても構わないと言っているが、シンがそれを良しとしない。なにやらハンターとしてのプライドがあるらしい。そう言われては、ユーリも無理に勧めない。ただ、感謝だけを伝える。


「今日もありがとう、シン。それじゃぁ帰ろうか。明日はこの素材を使って調合をしなくちゃね」

「すぐできるのか?」

「んー……まぁ、少し時間がかかるかな。だいたい六時間くらいだよ」

「来ても大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。いつも言ってるけど、あげた合鍵使って勝手に入ってきていいよ。君は店を荒らさないから安心だ」


 それはそうだろう、とシンは苦笑した。


 ユーリの店は錬金術師の店。当然、商品棚に陳列されているものは錬金術関連の物。錬成用の素材から、ユーリが造った謎のアイテムまで様々だ。用途不明なものから、触るな、混ぜるな、危険、まで盛り沢山。本当なら頼まれたって触りたくない。しかし、錬金釜の前から動けなくなったユーリが頼むから、仕方なく取ってくるだけ。それでも保存状態が危なくないようにきちんとされたものしか触らない。もっとも、シンといる時はあまり見えないのだが、あれでいてユーリはもともと几帳面な性格だからか、アイテムは常に丁寧に保存されていて、雑にさえ扱わなければ問題ないよう整頓されている。


「そいじゃ、ま、いつもどおり飯持ってきてやるよ」

「おお、助かるよ。いつもありがとう。あ、できればキッシュは止めてね。僕アレ苦手なんだ」

「マジか? 美味いと思うんだけどな」

「んー……なんかさ、ぼそぼそしてない、あれ?」

「そうか?」

「そうだよ! タルトみたいにしっとりふんわりしてればいいのに! てか、タルトみたいな見た目なのに塩味なんて許せない!」

「お前、ただの好き嫌いじゃねぇか……」

「うるさいなぁ。タルトに野菜や肉が入ってるなんて、僕は認めない!」

「じゃぁタルトみたいな見た目じゃなきゃいいのか?」

「ダメ。絶対ダメ。ぼそぼそした食べ物は、完熟茹で卵の黄身くらい認めないよ!」

「我がままだな。わかったわかった。それならメリルさんとこの焼き立てパンと黒猫亭のシチューでどうだ?」

「それはいいね! 片手で食べられない難点を差し置いても素晴らしい提案だと思うよ」

「はいはい」


 ぱっと顔を輝かせるユーリに呆れながら軽く肩を竦め、街への道を歩く。


 ちらりと確認した空。太陽はまだ朝といえる場所でキラキラと存在を主張していた。荷物の重さを考え、昨日より休憩を多くするべきだな、と考え、街までの時間を計算する。増えた休憩分、当然遅くなる。帰り着くのは門が閉まるギリギリ、夜すぎになるだろうな、とサッと計算したシンは、隣で、いかに黒猫亭のシチューが美味しいのかを延々分析しながら解説するユーリの尻を叩き、少しでも早く帰れるよう努めるのだった。


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