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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
三章 消えた虎児
29/85

29 僕らの在り方



 騒ぐユーリは放置し、三人分のコップを片付け、ユーリの為に夕食を作る。買い込んだ野菜の中からトマトを五個とキャベツを一玉取り出した。トマトのヘタをとり、自前のナイフで一口大にカットすると鍋に放り込む。キャベツは二分の一玉を残し、残りは氷嚢袋へ。火を通すことで縮むことを考慮した一口大にカットして、やはり鍋へ。


 保存箱の前へ移動すると、麻の袋から干し肉の塊を取り出すと子供の一口大よりも小さく砕いて鍋に入れた。


 かまどに火をつけ、鍋をくべる。その後コップ一杯分の水を足して、煮立つのを待つ。浮いてきた灰汁を取り除き、味を確かめた。入れた干し肉の量が少なかったのは自覚している。直ぐに塩をつまみ入れ、味を調えた。


 旨い、と一人納得すると考える。いつもなら豆だ。豆を入れればボリュームが増え、大食漢の二人は満足する。だが豆は先日も食べた。わがままを言うようだが、連続するのは好ましくない。いや、そんなわがままを言うのはユーリであってシンではない。


 自分は放っておけば何日も食べない、もしくは何日でも同じものを食べる。そのくせシンが作ったり、買ってくれば、あれこれ文句を言う。やれ、豆はこの前食べた、パンが続くのはつまらない。ただの塩味は飽きたから他の味にしろ。


 どこの暴君だこの野郎、と一度頭を叩いた事があったが効果はない。へらへら笑って何一つ堪えていないことが解る態度を貫き通す。結局、それが育ち盛りだったシンの為だと気づいてからは何も言っていない。


 何が食事はバランス良く、だ、ばぁか、と笑いながら保存箱に突っ込んだ麻袋の一つを漁る。その中からフジッリと呼ばれる、螺旋状の長さ三センチメートル程度のパスタが入った紙袋を取り出した。茹で時間を確認し、そう言えば水の量が少ないのか、と肩を落とす。さてどうしたものかともう一度考え、とりあえず噴き零れそうになっていた鍋をかまどから降ろした。火を消し、鍋がもう一つあればなぁ、と無駄な事を考える。結局諦め、バケットをスライスして皿に盛りつけた。


 つい先程まで悩んだり警戒したりしていたはずなのに、もうその事を忘れていた自分に気づいたシンは、ふ、と笑った。


 その必要が簡単になくなったのはユーリが何かを掴んだから。少々不愉快な事はあるが、そこはさておき、ユーリが色々と考えがまとまったのなら、自分はただユーリからの指示を待つのみ。指示を聞き、後は動くだけ。それで全てが終わるのだから楽なもんだ、と肩の力が抜けた。ただそれだけ。


 キッチンにやってこないユーリに聞こえるように声を上げる。


「ユーリ、飯どうする!?」

「んー。もーちょい後がいー」

「りょーかい」


 やっぱパスタじゃなくてよかったのか、と安堵しながら鍋に蓋をする。パンは上から清潔な布巾をかけた。


 店に戻ればユーリの姿はない。錬金釜のある部屋を覗けば、そこにいた。


「忙しいか?」

「大丈夫だよ」

「何やってるんだ?」

「準備だよ準備~」


 にへらっと笑うその顔に、首を傾げながらユーリの手元を見た。


 陶器のすり鉢の中には干からびた蛾。蛾。蛾。とにかく蛾。いくら虫が平気なシンも、これにはさすがに顔をしかめた。


 気持ち悪ぃ、と正直に口元を歪めて嫌がるシンに、だよね、とユーリは笑いながら磨り潰していく。原型がなくなり、元が何だったのか不明なほど粉々に砕いて粉状にしたものを小瓶に詰めた。


「なんだ、それ」

「これは麻痺の粉だね。正確な名称は毒蛾の鱗粉」

「鱗粉? 蛾、そのまんまだったぞ」

「でも見た目的には鱗粉ぽくなっただろう?」


 小瓶を揺らせばさらさらと何のひっかかりもなく動く粉。茶の粉の中に、所々黄の粉が混ざっていて、明らかに通常では使わなさそうな色合いをしていた。コルクで栓をされたそれを投げ渡され、しげしげと中身を確認する。


「あれ? これは釜にいれねーの?」

「だってそれで完成だもん。入れる必要、ある?」

「え? 錬金術って何でも釜に放り込むんじゃねぇの?」

「いや、潰すのが嫌なら釜に入れるけど、僕平気だからね。自分で潰すよ」

「いいのか?」

「いいんだよ」


 不思議そうなシンにユーリは笑う。


 錬金術は本来、様々な器具を使用し、自ら調合、抽出等々をこなして物質を新たな物質へと変化させる学問だ。しかし、錬金釜と原初の火という謎のアイテムがそれらを不要としている。そう言った諸々の過程を、変化に必要なエネルギーを、釜の中に放り込めば、かき混ぜるという行為と、時間で賄ってくれる。これにより、複雑な知識を持たずとも錬金術によるアイテムを作成できるのだ。もっとも、このことを知っている者は殆どおらず、基本的に錬金術師は釜と火がないとアイテムを造ることはできない。


 ユーリだって昔はそうだった。ある時偶々、自分で混ぜ合わせたらどうなるのか、と興味を持った。興味を持ったら一直線。後はやるだけ。保存用の容器を用意し、材料を延々あの手この手で混ぜ合わせ、釜で作った完成品に近い形状になる方法を探った。初めは何度も失敗を繰り返し、様々な書物を読み漁り、遺跡に描かれた古代文字を解読し、ようやく至った現実。それが、錬金術は本来正式な機材さえ揃っていれば、錬金釜と原初の火がなくても製作可能という事実。


 しかし、残念ながら機材の殆どが現存していなかった。古文書や壁画から何とか解る物は特注品で作ってもらったりもしたが、多くは復元できず、結局錬金釜頼りのため、ユーリも進んで誰かに教えることはない。ただ、手元にある機材を用いて自ら作れるものに関しては、釜に入れてかき混ぜる労力と、消費される時間。己で調合した際の労力と時間を秤にかけ、より楽な方を選ぶだけだ。


「これ、釜だと何時間?」

「十八時間だね」

「え!?」


 さらりと返された内容に驚く。思わず手にした小瓶を落としかけ、慌ててしっかりと握りなおした。そんなシンに、笑っちゃうだろう、とユーリは肩を竦めて見せる。


 間違いなく笑ってしまう内容に、なにやら錬金術の理不尽を見た気がした。


「変な学問だな」

「そうだね。本当にそう思うよ」


 笑いながら次の素材を取り出す。次に取り出されたのは黒色の石。


 蛾を潰したすり鉢は、部屋の隅、錬金術の為に用意された狭い水場で、中和剤と石鹸で丁寧に洗われ、蒸留水を使って濯がれた。清潔なタオルで綺麗に水気を拭きとる。作業台に戻ると、白い布の上で金槌を使い、黒色の岩を軽く砕いて小さくしていく。ユーリ程度が軽く振り上げた金槌で、容易く割れる石。強度はさほどないようだった。


 砕いた石は綺麗に洗われたすり鉢の中へ。そして先程の蛾同様、さらさらの粉になるまで丁寧に磨り潰される。


「それは?」

「火薬。君も良く使うでしょう? 僕の爆弾を分解して、中身取り出して」

「あーあれか」

「まったく! 僕の素敵な爆弾を分解して中身だけ使うなんて、本当に酷い奴だよ、君は!」

「いや、お前の爆弾威力ありすぎなんだよ」


 頬を膨らますユーリに、シンは苦笑する。


 ユーリの造る爆弾は本当に危険なのだ。一般的に販売されている爆弾と同じだと思うと、絶対に大変な目に遭う。下手をすると甘く見て自分の五体を不満足にしかねない。恐ろしすぎて気軽には使えないのだ。


 カインに普通に売っているが、彼もユーリの造る爆弾と、一般の爆弾の違いは理解しているので問題ない。


 一応、この店にはハンターが常備している程度の爆弾もあるが、ユーリはそれらを好まず、採取の際に準備するアイテムとして選んでこない。結果、戦闘の際に渡された爆弾はそのまま使用されないのだ。大体がシンの道具袋にしまわれ、後ほど分解、罠等に再利用される。ユーリからすればそれは爆弾に対する冒涜らしく、しょっちゅう文句を言われる。言われたところでシンが改める事はない。今までも、これからも。


 粉末状の火薬はすり鉢から小瓶へ移され、コルクの栓がされる。


 作業台から離れたユーリが棚から次の素材を持ってきた。液体の入った三角フラスコが二個。何か黒っぽい塊が一個。液体の一つは虹色で、もう一つは透明なものだった。


 黒っぽい塊がそのまますり鉢に入れられる。


「あれ? 洗わねぇの?」

「ああ、これは殆ど同じ用途のものだからね」

「そんな適当で大丈夫なのか?」

「平気平気」

「意外に大雑把でもいけるのか?」

「んー物によるんだよ。今から造るのも火薬だからね。前のは粉末状、今回のはペースト状。今回はこの後粉末状のとペースト状のものを練り合わせるからこのままで平気」

「へー」


 黒い塊は擦り棒でトントンと叩かれると、少し形を変えた。まるで硬すぎる粘土のようなそれに、透明な液体が少し注がれてはまたトントンと叩かれる。少しずつ少しずつ引き延ばされ、けれどもフラスコ全部の液体を以てしても未だ硬い粘土状。今度はそこに虹色の液体が少しずつ注がれていく。


「それ、なんだ?」

「これは中和剤。本来なら結合しない素材同士を結合させる不思議な液体。ちなみにさっきのは、シンが良く使う蒸留水とは違う蒸留水」

「なんだ、それ?」

「んー。蒸留水ってのはね、二種類あるんだ。一つは飲み薬等人体に入れても問題のない物を造る時に使うもの。もう一つは火薬や毒薬のように人体に入れてはいけないものを造る時に使うんだよ」

「じゃぁ火薬が二種類あるのは?」

「火薬はね、粉末はまぁ普通の爆弾に使うね。今造ってる方はちょっと特殊な……威力がヤバい奴に基本的には使うかな」

「おい?」

「大丈夫大丈夫。今から造るのは小さな癇癪玉だから。殺傷能力は……一個ならそんなにない、と思う、うん。余程運が悪くない限り、うん。目くらまし程度だよ、うん」


 嘘だな、と溜息を零す。


 運が悪くなくとも、人体の急所に向かって使えば助からない程度の威力は出るのだろう。一般的には問題のないものだろうとも、造っているのはユーリだ。可愛らしい効果など期待できない。


 ゆっくりと叩くような動作も、虹色の液体が注がれるたびに練るような仕草に変わっていく。フラスコの中身が全て消えた頃には、少し硬めのペースト状になっていた。そこに先程の粉末状の火薬を練りこんでいく。柔らかくなった粘土は僅かに硬度を取り戻し、擦り棒を回すたびにニチニチと音をたて、抵抗した。


 粉末が完全に見えなくなってようやく、ユーリは動きを止める。作業台の横にひっかけてある、紙袋の束から二枚取り、引き出しから五センチメートル四方の紙の束とティースプーンよりは少し大きめの陶器のスプーンを取り出す。


 陶器のスプーンですくい取った粘土状のそれを、紙袋をかぶせた手で丸めては紙の上に置いていく。それは、何度かユーリに渡されたことのある、普通の爆弾よりは少し、威力が低めの癇癪玉。


 あれか、と一人納得する。


「いつも俺が使ってるやつか」

「そう。シンが普通に使ってくれる数少ないやつだね。後は乾かして蝋でコーティングしたら完成」

「これ、手で丸めてたんだな」

「そうだよ。どうしたの?」

「いや、よくこんな綺麗な球状にできるな、と思って」

「あー……まぁ、慣れだね。僕だって昔はへなちょこだったからね。そりゃぁもう歪なものばかりだったよ。やっぱりさ、飽きるほど寝食忘れて延々やり続けたって過去があるから、今があるんだよ」

「はー、やっぱ俺には無理だな、錬金術。俺、ハンターに飽きる事なさそうだしな」


 会話をしながらも直径二センチメートルの球状は次々と作られていく。大きさも、形も、一つもぶれることなく、おそらく綺麗に重なる、そう断言できるそれに、シンは呆れて首を左右に振った。


 尊敬と呆れを滲ませる声に、ユーリは笑う。


「いいんだよ、シンはそれで。シンにはシンの生き方があるんだから」

「まぁそうだな」

「でもまぁ、もしハンターに飽きたらいつでもおいでよ。僕が立派な錬金術師に鍛え上げてあげる」

「断る」

「即答!? しかも一刀両断!? 酷くない!?」


 あげる、の『る』に被せるように返された言葉に、流石に瞠目する。どう考えても今の流れなら「あー……」とか「いや……」とか、間合いを含んだ少々の困惑を滲ませてからの断りが妥当のはず。なんて可愛げがないんだ、といつの間にか近寄り、後方から覗き込んでいたシンを見上げた。対してシンは至って真剣な表情を浮かべている。


「たとえハンター業に飽きたとしても、ハンター業を続けられなくなったとしても、いや、天地がひっくり返ったとしても、錬金術師は、ねぇ」

「ないの!? 天地がひっくり返っても!?」

「ねぇ。錬金術師だけは」

「だけは!?」

「ああ、だけは」


 きっぱりはっきりと拒絶され、飽きていようとも愛している錬金術を否定されたユーリは肩を落とした。


「うぅ。酷い。なんで?」

「いや、もしなるんなら、家政婦とかのが楽しいからな」


 掃除洗濯料理に阿呆の世話までなんでもできるからなぁ、俺、と笑ったシンの顔を、ぽかんと口を開けて見上げ、それから声を上げて笑った。


「確かに。シンのような甲斐甲斐しい家政婦は引く手数多かもね。タンスの中から靴下も探せない阿呆がこの世にはいるから」

「ああ、いるなぁ。一度着た服を全部ごみに捨てるから、タンスの中が空っぽになって、靴下探して泣いていた阿呆が、な」

「いやぁ、あれは酷い奴だよ、本当に」

「まったくだな。あんなの、並の家政婦じゃ相手してやれねぇんじゃね?」


 まったくだ、と頷くユーリの手がようやく止まった。机の上には直径二センチメートルの黒い球がニ十個、並んでいる。


 僅かな乱れもない正確無比なそれを眺め、すげぇな、と感嘆の溜息を零した。


 手にした紙袋を外し、ポンと投げ捨てれば、勝手に動く掃除用具達がたちまちに攫い、片付ける。それに見向きもせずに擦り鉢と擦り棒を片付けるユーリを見て、ユーリの家政婦になった自分を想像した。容易く想像できるわりには、多大な違和感を覚える。


 この未来も有り得ないな、と笑いながら、片付けも終わり、食事にしようと騒ぐユーリと共に、キッチンの方へと足を向けた。


 自分達はこれで良いのだ。その思いを胸に。


 錬金術師とハンター。雇い主と護衛。友人であり、一種の家族。二人を言い表す言葉は様々で、そのどれもであり、どれでもない。ユーリとシンの関係は単純で複雑。だから楽しいんじゃないか、と笑ってしまう。そして、その楽しい関係に石を投げ、乱した存在の為に、今は静かに牙と爪を研いで待っていようと決めた。飢えた獣のように鋭くなるように。そうして指示を受けて相手の喉笛にかみついた時、どれほどの高揚を覚えるのだろうかと考えると、それだけで子供のようにわくわくした気持ちがせり上がるのを止められない。


 知らず知らず上がる口角を、別な笑みにすり替え、いつもどおりに接したところで、きっとバレているのだろう。けれどもそれでよかった。きっと目の前で同じ笑みを浮かべているから。結局そう言う事なんだな、と満足して笑った。


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