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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
三章 消えた虎児
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28 秋の日に君と話そう2



 コップの中で茶から黒へと移ろう様な、不思議な色合いをする液体をぐるりと回す。液体は力のとおり、ぐるりと回り、僅かにコップの縁を舐めた。いくら回しても透明になる事のないその液体の底を覗くように、わざともう一度回し、揺れる液体に口をつける。酸味と苦みが口に広がった。


 シンの淹れるコーヒーは必ずブラックで、けれどそれは、砂糖による甘みを湛えた飲み物を好まないユーリには程よい。冷たいそれを胃に流し込みながら、そろそろ不思議なポットを造らねば、と記憶に留めた。


 不思議なポット。その名のとおり不思議と中の水を沸騰した状態に保つ謎のポット。原理は不明だが、冬場は特に重宝する。いちいちかまどに火をつけ、湯を沸かさずとも、ポットに水を入れ、十分ほど放置するだけで沸騰したお湯が手に入るのだから。年中あっても構わないのだろうが、アレは使用期限がある。およそ三か月。それを過ぎると中に水を入れても温まらなくなる。造るのに時間がかかるので、その都度造りなおすのは正直骨が折れるのだ。なのでユーリは絶対に必要な時期にしか造らない事にしている。


 明日から十月。少しずつ朝晩が冷えるようになってきた。しかしまだだろうな、と一人頷く。せめて妖精の樹に生った実が熟れるまでは必要ないだろう。そう一人完結し、ふと、視線を感じて顔を上げた。


 カウンターに肘をつき、その手に顎を乗せたシンが見ていた。何が面白いのか、口角を上げ、じっくりとユーリを観察している。


「今日も美味しいよ。ありがとう、シン」

「どういたしまして。ポンコツは口もつけなかったがな」


 にやりと笑う顔は怒っているわけではない。今はいない人物をからかう表情。


 こうなってたな、と顔の左右に手を置き、そのまま正面に差し出す姿に、ユーリも笑って頷く。それ程の事なのだと互いに理解しつつ、あえてその事を笑う事で自分達の余裕を取り戻していた。


 余裕が戻れば視野も広くなる。シンは自分の分に口をつけつつ、つい先程まで自分もああなっていたのか、と反省した。


 何も起こらない中、何か起こるのでは、と気を張り詰め続け、何もなければ落胆する。気を張るのは悪い事ではないのだが、期待をしてはいけないのだ、と己を戒めた。起こらなければ起こらないでかまわないではないか、と。


「潜ったのか?」

「どうだろう? まぁ、僕ならしばらくは潜るね」

「その心は?」

「モルテトーボイベント失敗、グールイベント失敗、暗殺も失敗、成功したのは精々ゴミの切り捨て。厳戒態勢並に警戒されている中動くなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。あえて難易度高くしてどうするの? 失敗したくてやってるようなものでしょう? まぁ相手がマゾなのか、驚くほどの阿呆ならやるかもしれないけどね。僕なら、やらない」


 ユーリの説明に、確かに、とシンは頷いた。


「お前は、やらないだろうな。でも、相手はお前じゃない。それならどうだ?」

「どうにも。僕は万能じゃない。そんな事わかるわけがない。ただ、さっきも言ったけど、このタイミングはない。動くならせめて宰相、の警戒が解けるのは無理だろうけど、騎士達の厳戒態勢が消えるまでは動かない方がいいね。ああ、いや……派手な陽動で殺気立ってる騎士達を動かしといて、という事なら有り得そうだね。相手の所持戦力が分からないと判断がつかないな」


 白い指がカツカツとカウンターを叩く。


 滑るように口から出てくる言葉に、その内容にシンは少しだけ考え、投げ出した。どう考えてもシンの範疇を越えている。相手が見えない状態で何をどうすれば良いのかまるで分らない。自分より遥かに優れた頭脳をもつユーリがあれほど悩んでいる。それなのに自分程度が考えてわかるわけがない。そう結論付けた。


 獲物が解らない状態で張る罠をいくつかは知っているが、それはあくまでも知能の足りない獣やモンスター相手のもの。人間相手に通用するかと問われると、今一つ自信がなかった。


「逃げるかな?」

「逃げるだろうね。でも、そうだねぇ……今回は、それを許そう」

「つまり」

「次回はない」


 にっこりと微笑む口許。けれども目は一つも笑っていない。強い怒りの炎が灯ったままだ。


 これは詰んだな、とシンは肩を竦める。


 ユーリは絶対に相手を逃がす気がない。むしろ追いかけて、追い詰めて、叩きのめす気しかないようだった。こうなったら止まらないだろうとわかっている。そういう男だから。相手がこのまま全力で逃げても、ユーリが諦めて止まる事はない。


「俺はどうする?」

「シンはこのまま。ミーユが来てくれたらお願い事をしようと思ってる」

「いいのか?」

「いいよ。てか、そうじゃなきゃダメ。僕が一番危険だからね。護衛はシンじゃなきゃダメ。他なんてありえないね」

「狙いはお前なのか?」


 まるで確信を持ったかのような言い方に、シンは首を傾げるしかない。ユーリは何もわかっていなかったのではないのだろうか、と。それにユーリは首を傾げ、いかにも納得がいっていない、と言わんばかりの表情を浮かべた。


「第一の狙いは僕。なんでかわからないけど、相当僕を恨んでるみたいだね。どうしても僕を悪党にしたうえで殺したい。そういう強い意思を感じる。僕が嫌悪する禁呪まで使用して挑発してきた」

「あの死体は?」

「あれは要らなくなったものを処分しただけ。処分ついでに趣味に走ったんだろう。あの死体も僕用だ。モルテトーボの件で失敗したらグール化の主犯に。それも失敗したら殺人鬼にしたてあげようとしたんだろう。で、それも失敗したらあの男が詳細に記していた紙きれを使って『我が神』とやらに強制的に仕立て上げようとした。実に用意周到に準備している。まぁ、宰相のおかげで全部崩れたわけだけど」

「あーマジでイレギュラーだったのか、宰相」

「みたいだね」


 はぁ、と溜息を零したユーリは、コーヒーに口をつける。そして次の説明に移った。


 ユーリの見解では敵はこの国を潰したいわけではなさそうだった。その証拠にモルテトーボはホムンクルス。期限付きの命。場所も下水道に押し込めて、しっかりと飼いならしていた。ユーリもやったが、あの場所は毒を散布しやすい。あの程度のモルテトーボ、多少腕がある錬金術師であの場所なら、等しく毒殺可能だろう。召還石を造れる錬金術師アラン、いや、レドフォードなる男を使い捨てにするほどだ。より有能な錬金術師を抱えている、と考えて間違いない。囲われたモルテトーボ程度、容易く根絶やしにしただろう。


 グール化した件だが、街中にモンスターが出たとして、グール程度ならば一般人には難しい相手だろうが、ハンターならば狩れる。だいたい街中ならば騎士団がいる。貴族騎士の多くは役に立たないが、平民騎士は実力派ばかり。ハンターが出払っていても彼らが出払う事はない。一般人かそれ以下のユーリさえ死ねばいい。その意思が透けて見えた。


 場所もわざわざ南城門付近のみを使っている。あそこはユーリが調べた限り半分近くが隣国の間者で構成されていた。それらはグールパウダーによりまとめてグール化し、カイン率いる騎士達が掃討したと聞いている。


 相手が打ち出した策は、ユーリを罠に嵌めて汚名をかぶせつつ殺害する事。そして、隣国の間者の掃討。この二つの為のもの。つまり、相手はこの国は守りたい。けれども、何があってもユーリだけは最低な死を迎えて欲しい、そう考えている、と判断できる。


 何故そこまで恨まれているのだろうか、と考えるが、相手の打ち出した策を考えれば考えるほど、ユーリにはそんな人物に思い当たりがなかった。


 錬金術学校の関係者ではないのはわかる。何しろあの学校は自分にとって都合の良い王しか求めていない。ならば頭が良く、意のままにならないクリストファー国王の失脚を願っているはず。だが、ユーリを狙う策は国王に及ばない。いや、頭の悪い彼等なら、それを使って王を糾弾するかもしれない。だが彼ら程度の頭の出来ならば、あれほど執念深い策を打ち立ててはこないだろう。まだ二つ目くらいまでならば可能性を考慮したが、三つ目でその可能性を外そうかと考え、四つ目で完全に外した。ユーリにとって彼らはその程度なのだ。


 貴族も同じ理由で排除した。


 商人は考えたが、これも排除した。先日の竜鱗症の女の関係でかなり大きな商人が複数捕らえられた。その報復を考えたのだが、彼らは未だに保釈されていないどころか、国王により、反逆者として国内全域に御触れが出された。水神の宝玉を盗み、水を腐らせ、国を滅ぼそうとした盗賊として。もしも保釈されてもこの国には二度と入れないだろう。


 国民の為に立ちあがったクリストファー。国民からの人気は絶大だ。保釈されない方が彼らにとっては身のために違いない。そんな彼らが動けるわがなく、また、モルテトーボの件は日にち的に仕込むことがかなり難しい。


 この国で表立って敵対してくるような相手は潰した。そうなるとますます敵の影が遠のいていく。

 表に出ると決めた時、この国で自分に敵対する可能性のあるものはあらかた調べた。調べて調べて調べ尽くして、その上で自分の周りを固めるよう動いてきた。その甲斐もあって現在はシンをはじめ、信頼に足る友人と知人を数名、得ることができた。


 敵対して問題ない程度のものなど、近寄れないようにあれこれ策をめぐらせ、結果、不思議な魔法の店が誕生。今の今まで順調だった。何故、今、なのだろうか。ユーリが表に出たのは十年以上前。その頃はシンや友人知人はいなかった。ユーリを狙うのならその頃が最適のはず。友人知人に更には手駒が揃っている現在を選ぶより、余程楽だと思うのだが、何故。


 相手も準備していたのだろうか、と考える。その可能性は無きにしも非ず。ユーリが味方を増やしていたように、相手も味方を増やしていた。そう考えるのもありかもしれない。だが、何かが違う。何か奇妙な違和感を覚える。その違和感が打ち立てた可能性を否定していた。


 いつの間にか空になっていたコップをカウンターに置き、代わりにカインが手を付けなかったコップをとると一口、中身を口にする。


「悩んでるな」

「うん。なんだろう。すごい違和感」

「どんな?」

「うん。良く判らないんだけど、相手が望んでいることが解るのに、相手の顔が見えない。まるで、背中合わせか鏡合わせの状態だなって」

「……実際、そうなんじゃね?」

「え?」


 シンからの言葉に驚いて顔を上げる。しかし、シンは不思議そうに首を傾げた。


「お前がそう思うなら、そうなんじゃね? 相手と背中合わせか、鏡合わせ中なんじゃね?」


 だって、お前がそう思ったんだろう、となんてことない様子で紡がれた言葉に、ユーリは数回まばたいた。シンの言葉を何度も口の中で転がす。そうして思考を巡らせ続け、ああ、と笑った。


「流石はシン。ありがとう」

「おう」


 にんまりと刻まれた口元に、目が自然と細まる。


「わかったのか?」

「わかったよ。敵は僕だ」

「あ?」

「僕の敵は僕だってことだよ。さて、どうしてどうやってそうなったのか。うん、不思議だ。実に面白いね。これはこれは、生きてみるものだ。ありがとう、シン。おかげで楽しくなりそうだよ」


 ユーリの言葉にシンは眉根を寄せた。甚だしく不愉快な気持ちになる。


 ユーリが楽しむ。生き甲斐を覚える。良い事だ。良い事のはずだ。生きながら死んでいるようなユーリなのだから。そういった感覚を、感情を覚える為にシンはユーリと一緒にいた。だが、それが、その相手が自分ではなかったことに不快感を覚えている。心のどこかで、それを成し得るのは自分だけだ、という自負があったからかもしれない。子供じみた独占欲。プライドが傷つけられた。


「どうしたの、シン?」


 にんまりとした笑みが問う。わかっているくせに敢えてシンに言葉にさせようという意地の悪さ。だからシンは口にした。普段なら絶対に口にしない言葉を。


「兄貴が取られた気分だ」

「え!? 言っちゃう!? いつもの『なんでもねぇよ』はどこに行ったの!?」


 驚いたように揺り椅子から立ち上がるユーリ。放り出したコップは床に落ち、割れた。広がる黒い液体も、飛び散る破片もあっという間に勝手に動く掃除用具達が片付ける。


 これじゃぁ嫁ってからかえなくなる、と頭を掻きむしり嫌がる姿に、やってやった、と満足して口元を歪めた。


 勝手に先に行ったユーリへ一矢報いた。ざまぁみろ、と笑いを零す満足げな姿に、チクショウ、とユーリが頬を膨らませる。その姿は兄というより年下の弟で、けれども彼は紛れもなく自分より年上。だから、兄、と言った。弟と言えばユーリは甘えてくるから。彼の手を潰すためにも敢えて兄、と言ってやった。そんなこと、ユーリからすれば稚拙な策で、看破されていると解っている。それでも一矢報いて尚且つ釘を刺す為に、恥を忍んで口にした。


「あーぁあ……あんなに小さくて可愛かったシンが、すっかり可愛くなくなったよぉ」


 わざとらしいほどわざとらしくさめざめと泣く真似をするユーリに、シンは軽く肩を竦める。


「いつまでも十四だと思うなよ」

「わかってるよー……わかってるさ。君は年を取り、大人になったんだってね」

「なら良いんだよ、お、に、い、ちゃん」

「ぐぬぅ。弟って言ってくれれば甘えてあれこれお願いできたのに。妙に知恵をつけやがって」

「何年お前と一緒にいると思ってるんだ? お前が自分にかけてる制約くらい気付くぞ」

「くぅーっ可愛くない! ちぇっちぇっちぇーっ!」

「情けないぞ、お、に、い、ちゃん!」

「えぇい! 止めろ! お兄ちゃん言うな! 僕は君みたいな弟をもった覚えはないぞーっ」


 両手を上げ、むがーっと怒ったフリをする姿に笑い、自分の分のコーヒーを口に含む。口腔に広がる酸味と苦みに、そうか、これが解る年になっていたんだな、と改めて思った。まだ孤児院にいる頃、これは神父だけの飲み物だった。子供たちはこぞって飲みたがったが、誰もがその苦さに顔をしかめ逃げ出した。そのうち誰かが言い出した。アレは大人の男の飲み物だ、と。実際は大人も子供関係ないのだが。それでも自分達には飲めず、唯一の大人の男だった神父だけが飲める飲み物。短絡的な思考は子供の特権。そう考えても仕方がない。


 コップの中で揺れる、茶から黒へと移ろう様な、不思議な色合いをする液体をぐるりと回す。


 ハンターになりたての頃は格好をつけていた。いつからこれを美味しい、と感じるようになったのだろうかと考えるが、思い出せない。


 そうか、七年か、と笑った。


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