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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
三章 消えた虎児
23/85

23 この狭い世界の中で2



 店に帰り着くなり、ユーリはフードを取り払った。さらりと綺麗な金糸が揺れる。はぁ、暑かったと呟き、一度閉じた目を開けば灰に近い銀眼。それを横目で眺め、相変わらず豪華な色だな、とシンは嘆息した。


 ユーリの色は人間にとって高価なものの代表。金と銀。この組み合わせも見た事はない。金髪なら海を渡った先の国の色らしく、時折見かけるが、銀眼はユーリ以外、見た事はない。伝説では、フィンデルン王国創設の王が銀眼だったらしいのだが、現在の王家に銀眼は一人もいない。というか、創設の王以外の王族に銀眼がいなかったため、伝説は所詮伝説で、現在は創設の王も銀髪に菫色の目だったと言われている。


 手伝いもしないくせに台所で調理するシンに纏わりつくユーリを、時折あいた手で、邪魔、と押しのけながらかまどにくべた鍋に食材を切っては放り込む。


「そういや、お前のそのフード何なんだ?」

「んん?」

「いや、普通顔の見えない相手なんて不審者だろう? なのに街中うろつく時だけそれ被って……何したいんだ、お前」


 シンの疑問に、ユーリは、ああ! と声を上げた。


「これは特別性なんだ。知り合いの魔人にフードというか、ローブに呪いをかけてもらってるんだよ」


 さらりと言われた言葉に、シンは思わず動きを止めた。ちらりと振り返るがユーリは気にしたふうもなくローブについて説明している。


 魔人の呪いのかかったローブ。呪いの名は『忘却の呪い』


 ローブを身に纏った者に対し、相対者は疑問を抱くことを忘却してしまうという。フードで顔を隠していることになんの不信も抱かずに、そのまま受け入れてもらえるのだとか。


 なんともちんけな呪いだな、とシンは思わず呆れた。


 呪いとは病である。忘却の病。ユーリと言う人物をまともに認識できず、人によっては記憶する事も出来ない。だからルルクがユーリについて調べた時、人々の認識がバラバラだったのだ。


「シンのように僕がアイテムを渡している人間には効かない、弱い呪いさ。あと、自力で治癒する人間もいるね」


 特定の人物、その人数が減れば減るほど呪いは強くなる。代わりに不特定多数にかける呪いは非常に弱い。範囲を広げる分、効果が薄くなってしまうのだ。


 今日、ルルクはユーリが常に顔を隠している事実に気づいた。あれは呪いが――病が治癒してしまった証。面倒になったな、とユーリは呟く。これからルルクがユーリの素性を、顔を、調べようと動き出すのが目に見えていた。そちらへの対策も立てねばなるまい、とこれからすべきことが増えたことに辟易する。


「なぁ、魔人ってのは何なんだ? そんな簡単に知り合いになれるのか?」


 シンが知る限り、ミリアの滝に住む魚人、シン達が撃退した魔人、と既に二人もの魔人にユーリは会っている。その上、取引をしている魔人がいるという。魔人とは超越者。そんなポコポコ降って沸いて会えるモノではないはずだ。そもそも世界に数えるほどしかいないというのが一般的な常識だというのに、何故ユーリはこんな狭い範囲で三人もの魔人に会っているのか。


「魔人は滅多に会えないよ。一つの国に一人二人程度だしね。このローブをくれる魔人とはこの国に来る前からの知り合いだよ。あの人は探求者と呼ばれている。ちょっと研究を手伝ったらご褒美にこのローブをくれるという約束だったんだ」

「手伝ったのか」

「手伝ったよ。居を構えるのにこのローブ、欲しかったからね。あれから必要になったら店に補充してくれる。で、僕がそれを買うんだ」


 ん? と首を傾げた。ユーリの言い分だと、その魔人は店の関係者のような気がする。だが確か、ユーリのローブは『店の者も知らぬ間に存在する謎のローブ』のはずだ。けれども聞いたところでユーリは答えないだろう。線引きされた内側に土足で入り込もうとする真似をすれば、いかにシンとは言え、ユーリはその存在を遠ざけるだろう。いや、遠ざけるだけならまだしも、存在自体をなかったことにされかねない。ユーリの中だけだろうと、現実でだろうとも、それだけはお断りだった。


「なぁ、ローブの呪いってさ、ミリアの滝の魚人じゃダメなのか?」

「アレグロ? いや、ダメだよ。呪いは一魔人一種と決まってる。魔人は己が極めた本分に応じたもののみを扱える。アレグロに使えるのは水の呪いだけさ。これは知識の呪い」


 初めて聞く知識に驚く。超越者ならばなんでもできるのだと思っていた。そう普通に伝えればユーリは笑った。そんなことがあったら、人の世は、魔人の戯れで容易く滅んでいる、と。


 確かに、と頷く。魔人の強さは過去に二度、その身に染みた。魔人に到達できていないカインにさえ勝てないシン。そのカインでさえ勝てない魔人。そんな者に幾つも力があって、戯れを起こされたらたまったモノではない。つくづく一人一つで良かった、と頷きながら、鍋の中身をかき混ぜる。


 ぐつぐつと煮立つ鍋の中、沈む具材が程よく火が通っている。塩で味を調える必要はない。塩辛い干し肉から染み出す塩分で十分だ。一応味を確かめ、問題がない事を確認するとかまどからおろした。後ろでワクワクと覗き込んでいたユーリに押し付け、運ばせる。その間にかまどの火を消し、棚からシチュー用の皿とスプーンを取り出した。


 棚の中の食材をついでに確認し、今度調味料の外に野菜や日持ちするパンを買わないといけないな、と記憶する。


「しーんーー早くーお腹空いたー」

「わかったわかった」


 響く声に、まるで子供だ、と呆れながらも隣の部屋へ移動する。


 丸テーブルの中央には野菜スープの入った鍋。お馴染みの席に座ったユーリがシンを待っている。皿の中にスープをよそい、ユーリにスプーンと共に差し出した。受け取ったユーリはにこにこと笑いながらシンが席に着くのを待っている。自分勝手なユーリだが、勝手に食べ始めることはしない。いつだってシンを待っている。


 自分の分をよそい、シンも席に着いた。


「じゃ、食べよっか。いつもありがとう、シン」

「どういたしまして。つーかお前、俺がチェックしないと、棚ん中、マジで空っぽじゃねぇか。調味料も殆ど切れてんな。今度勝手に買い足すぞ」

「よろしくー。あ、ウマ。美味しいよ、シン」


 木のスプーンを咥えながらもごもごと喋るユーリに、行儀悪ぃなぁ、と自分の素行は棚に上げて笑う。


 椅子の上に片足立てて行儀悪くスープを飲む。干し肉の旨味と野菜の甘み。染み出した塩分で整えられたスープは具を含まなくとも十分な味となる。


 煮詰めて煮詰めて具材の全てが溶けて消えるまで煮詰めたスープは至高、という話をハンター仲間から聞いたな、と思い出した。今度作ってみようかと考え、止めた。固形の具材が溶けて消えるほど長い時間煮詰める、と想像しただけでげんなりしてしまう。どれほど時間がかかるのかわからないが、錬金釜をかき混ぜるユーリの姿を散々見ているシンには、そんな面倒事お断りなのだ。


「それにしても」

「ん?」


 不意に言葉が口をついて出た。特に何か言おうと意識していたわけではない。けれども勝手に口から零れ落ちたその言葉に、ユーリが反応したから取り消すこともできない。仕方なしにシンは続けた。


「下っ端はグール化して切り捨て、悪党は殺された……どういうことなんだろうな?」

「どういうことなんだろうね? 僕を攻撃したいのか、国を攻撃したいのか。どちらにせよ中途半端だ。やり方が荒っぽすぎる」

「だよなぁ。あの女の死体だってお前を脅すためにすらならない。それに、あの暗殺者の仕業ではなさそうだ。あれができるのは怪力の男じゃなきゃなぁ」

「敵は最低でも二人、殺人狂がいるって事だろうね」


 しれっと返ってきた言葉に、シンは真っすぐユーリを見た。


「ユーリ」

「ん?」

「これは誤魔化すな。お前の言う、暗部、とは何だ?」


 強い視線に、困ったなぁ、とユーリは頭を掻いた。何かを考えこむように黙り、皿の中のスープを飲む。誤魔化すつもりではなく、ユーリの中にある何かを、話すために纏めようとしているのだと解った。だからシンはユーリが口を開くまで大人しく待つ。


 二杯目のスープまで飲み干し、ユーリはようやっと口を開いた。


「暗部ってのは僕が勝手に呼んでいる呼び名だ。彼等に名があるのかどうかは知らない。ただ、彼らの存在は基本的に知られていないから、彼らの事を呼ぶ者もいない」


 ユーリが解っているのは、それが地下組織だという事。何を目的として活動しているかも不明。リーダーの存在も不明。いや、いるらしいのだが、ユーリは情報を得ていない。構成員の数も正確なところは不明。ユーリが知っているのは僅か五名。そのうちの一人が先程の女。


 カラミ・スティアの踊り子。


 カラミ・スティアというのは百年ほど昔に存在したキャラバンの名前だ。


 キャラバンとは世界中を巡り、芸や、不思議な物を各地で魅せ、売る商隊の事。


 カラミ・スティアの踊り子は、そのキャラバンで踊りを披露する踊り子。その踊り子の踊りは艶めかしく美しかったと言われている。彼女が一度舞えば、例え夜でも昼の太陽のように煌めいたらしい。人々は彼女の踊りに熱狂し、誰もがこぞって身請け話を持ち出した。そこに男女の枠はなかったらしい。けれども彼女は終ぞ誰のもにもならず、キャラバンと共に生涯を終えた。


 あの女はその服装と、舞うような剣技から『カラミ・スティアの踊り子』と呼ばれている。本人が言い出したわけではないとのことで、ユーリから何か言う事はない。


「キャラバンか……」


 ふと、ユーリは目を細める。


 懐かしい、と口には乗せず、僅かに口を開き、閉じた。


 ユーリはキャラバンの出身だった。とはいえ、両親は知らない。ユーリが『母』と呼ぶ女が、移動中にキャンプを張った森で拾ったらしい。


 母はジプシーとして占いを生業としていた。あの日はその占いに森の中での出会いが暗示され、ユーリと出会ったらしい。燃えるような赤い髪と赤い目の、迫力のある美人だった。キャラバン内では姉御と呼ばれ、男女ともに頼りにされているようだった。


 ユーリの錬金術の才は、母が占いで見出した。与えられた一冊の本。それはただの初級錬金術の本だったが、当時二歳のユーリは毎晩、その本を読んでとせがんだ。彼女はユーリが寝付くまで何度でも読んでくれた。すりきれてボロボロになったその本は、今は本棚に飾られているが、それでも時折ユーリはそれを取り出し、読んでいる。昔を懐かしむようにしながら。


 キャラバンにあった古い錬金釜を使い、何度も何度も実験を繰り返した。ユーリが世界中の錬金術に精通しているのは、キャラバンと共に各地を回っていたから。


 楽しかった。一つ理解するころには十は疑問が浮かぶ日々。毎日毎日錬金術を繰り返すだけ。キャラバンの皆はユーリが作り出す便利なアイテムに感謝し、ユーリが商隊の一員としては何もせずとも、文句一つなかった。それどころか、次々素材を探してきてはユーリに与えてくれたものだ。


 いい日々だったと、今でも思う。


 失われて久しい日々に思いを馳せ、ああ、そんな場合ではなかったな、と思い出す。


「面倒そうな相手だな」

「面倒だろうね」


 ふぅ、と溜息を零す。


 鍋一杯のスープはいつの間にか姿を消していた。鍋に皿とスプーンを放り込み、台所へと移動する。ユーリが自主的に動くのは本当に珍しい。基本的には食事は出てくるのを待ち、後片付けはしない。それらは全てシンの仕事だった。たったそれだけで食費が浮くのでシンとしても文句はない。


 考え込むように黙り込むユーリに、おそらく自分がどういう行動をとっているのか理解していないのだろう、と苦笑する。こうなったときのユーリは声をかけても無駄。というか、声をかけることによってユーリの思考を中断させる方がよろしくないのだとは、長い付き合いで重々承知している。黙ってユーリに任せた。


「地下組織……はぐれの錬金術師……モルテトーボの餌は彼らが? 何のために……」


 ブツブツと呟いているのも無意識だろう。


「錬金術学校と彼らの関りは……? 何故彼がこの存在を知らない? 彼に隠れて? 可能か? いや……」


 言っていることに時折不明な言葉が混ざる。その様子を眺めながら、もう少ししたらきっと爆発するんだろうな、と冷静に分析するシン。その予想は正しかった。突然、あーっと悲鳴を上げ、ユーリが頭を掻きむしる。手についた泡と水が飛び散るが誰も気にしない。どうせ勝手に動く掃除用具達が綺麗に片付ける。そんな事よりもユーリの身体についた泡や、汚れの方が問題だ。


 タオルをとり、頭に向かって投げる。


「へぶっ」

「綺麗に拭けよ」

「あ、ごめ、シン」

「いい。好きなだけ考えろ」

「いや、もういいよ」

「なら行くか?」

「あ、うん。行く」


 ハッとしたように頷くユーリに、やれやれ、と大仰に肩を竦めて見せ、にやりと笑った。


「ほら、お楽しみが待ってるぞ」


 手を差し出せば、にんまりとした笑みが浮かぶ。


 そうだ、その顔こそがユーリだ、とシンは笑う。この、ろくでもないことを考えているユーリこそ、自分が側にいる意味があるのだ。放っておけばなんの楽しみも持てず、人生を生きることをしなくなる。ただ存在するだけになってしまう。それをさせないために自分がいるのだ、とユーリから聞いたことがある。「僕が生きるために君の存在が必要だ」駆け出しのハンターだったシンが、ユーリを気に入るきっかけとなった言葉。


 掴んだ手を引いて外へ出る。


 お前が楽しめるなら、俺は仕事ができてるってことだろうよ、と奇妙な自慢に胸を張る。この関係を楽しんでいるのは、何もユーリだけではない。シンだって、十分に楽しんでいた。


 この関係はユーリ次第だけれども、外から余計な茶々を入れられたいとは思っていない。だから、ユーリの敵はシンの敵。ユーリが怒る相手なら、邪魔なんだろう、と乱暴な思考を巡らせる。邪魔なら排除しないとな、と心中で独り言ち、ああご愁傷様、と顔も名も知らぬ相手を笑った。


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