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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
三章 消えた虎児
21/85

21 闇からの便り



 計算されていない緩急のある態度に、ほだされそうな自身の今後を心配しつつ、ユーリは一つ、溜息をつくことで気持ちを落ち着けた。


 ぐるりと辺りを見渡す。その眼が床に落ちる何かを見つけた。途端、いつものつまらなさそうな表情。立ち上がり、移動すると突然しゃがみ込み、白い手で拾い上げた。指につまむようにして持ち上げられたそれは、赤黒く汚れた髪。ユーリの視線がゆっくりと流れていく。そして、ぴたりと止まった。薄暗い闇の中、朱に汚れたそれの、元の色。白銀。


「髪、ですか?」

「そうだね」


 後ろから覗き込むルルクに、冷たく頷く。


「ここの住人のものでは?」

「違うね。ここに住むのは茶髪の親子だった」

「茶髪? 隣国の色ではないですか」


 ルルクの眉尻が大きく跳ねあがる。


 隣国リリウム王国。その国に住む生粋のリリウム人は、茶髪、赤茶の目という特徴を持っている。フィンデルン王国の者は生粋ならば灰銀の髪、菫色の目。長い歴史の中、血は混じり、どちらか片方の特徴しか持たない者、どちらの特徴も持たぬ者、数多いるので一概にどうとは言えない。それでも、茶色、と聞けば即座に隣国を思い浮かべるほど、この国ではリリウム王国は忌諱されていた。


「そうだね。だって、彼らは隣国の間者だ。ああ、いや。あの母親は、だね。それから、グールになった彼らもだ」


 どこからその情報を得ているのか。宰相であるルルクでさえわかっていなかったのに。確かに、茶色の髪や赤茶の目を持つ者は隣国の関与を疑う。しかし、だからといって、その色で冷遇してはならない。全てがそうだと決めつけて調べるわけにいかない。水面下で秘密裏に、静かに調べていた。その報告に上がっていない間者の存在。


 何かがおかしい。


 初めて気づいた。城の中に入りこんでいる可能性を。そして同時に、何をそんな馬鹿な事を、と否定する気持ちが湧き上がる。あってはならない。有り得てはならない。そんな危険な場所に、現在国王は一人。ルルクがカインを連れてきたから。


 そこまで考え、更に嫌な思考に陥る。カインは本当に味方なのか。目の前の錬金術師はどうなのか。確証がなく、押し寄せる不安に、無意識のうちに胸元をぎゅっと固く握りしめるルルク。


「ルルク。王の周りに気を付けた方がいいよ」

「え……?」


 突然の言葉に驚き、ユーリを見た。にんまり笑顔がルルクを見ている。その顔に、思わず顔をしかめた。あの笑顔の時は絶対に何も教える気がない。そのくせ、ただただ気になる単語を投げつける。


 王の周り、とは何のことだ、と考えるが思い当たらない。いや、思い当たりが多すぎて思い当たらない、とも言う。


 国王クリストファーは、簒奪の王。休戦協定締結直後におきたちょっとした騒動に乗じ、前王を弑した。カインとルルクはその頃からクリストファーに仕えている。


 民の為、と嘯き、その実は貴族や商人たちが儲け、そのあぶく銭が懐に入るという悦楽に憑りつかれた前国王。彼の王は、国が、民が、疲弊するのを無視して目先の欲の為だけに生きた。その結果、民に、息子に見放されたが、まぁ、仕方のない事だと思う。


 息子であるクリストファーは、十五歳まで王妃に育てられた。実にまっとうに。残念ながら王妃は病で死んでしまったが、それから九年。国政をないがしろにする国王達に代わり、必死に国を保っていたクリストファーは王に失望し続けた。


 ルルクはずっと見てきた。たった十五歳の成人したての、まだ子供でしかないクリストファーが、父王や父王に媚びるだけの官吏たちに代わり、王子、王太子として必死に働くのを。ルルクはずっと、ずっと尊敬していた。細く小さい肩に重圧を乗せ、俯くことなく真っすぐに前を見、民の為に奔走する姿を。


 そうして流れた十数年の月日。突然の休戦協定。クリストファーがどれだけ奔走しても前国王がひっかきまわし、けして終わらすことのできなかった戦争のあっけない休戦。それをもたらした一人の錬金術師。


 当時、その名は既に知られていた。


 魔法使いとまで呼ばれる錬金術師。この国唯一にして、自称どの国よりも優れた錬金術師育成機関である、錬金術学校の学長をはじめとした、誰も足下に及ばない錬金術師。彼等にとってユーリはどこまでも鬱陶しい存在。自分達が至高と信じる彼らの、遙か及ばぬ高みに立つ、未だ年若い青年。


 認められないのならば消してしまえば良い。戦争に介入した反逆者として。そんなくだらない思惑は逆に彼らの首を絞めた。


 民の怒りを買ったのだ。戦争を終わらせた英雄に何をする、と。


 なかなか派手に暴動が起きた。その時クリストファーは国庫を開き、民に武器など物資を差し出した。そして、信頼できる官吏や兵士と共に民側に付いた。十五の時からずっと民の為に努力してきたクリストファーの評判は良い。あっさりと受け入れられ、そのままクーデターとなった。


 民の期待を背負い、国王達が気づいて反撃するよりも早く攻め込み、国王を弑した。


 そんな経歴から、クリストファーの敵は多い。主に貴族、商人、錬金術学校関係に。折角の甘い汁の供給源を断ってしまったのだから。


 錬金術学校はその規模と経営陣の愚かしさのせいで、素材の調達、器具の調達維持等、何をするにも金がかかる。一貴族の寄付程度では賄えない程。その為、基本的に国から予算が下りねば立ち行かない現状があるからか、表立って逆らう事はない。しかし、クリストファーを引きずり降ろし、自分にとって都合の良い王を立てるのを虎視眈々と狙っているのは丸わかりである。隙を見せるわけにはいかない。早々に王室錬金術師の位から錬金術学校の校長を外した。以来、その座は空白のままである。


 怪しい。


 貴族たちは貴族達で、クリストファーに己の娘を嫁がせ、子を成させようとしている。いや、実際には子はクリストファーのものでなくても構わない。娘が嫁いだという事実さえあればいいのだ。嫁いでくれさえすれば毒殺なりなんなりでクリストファーを殺害。娘には誰の子でも良いから孕んでもらい、それをクリストファーの御落胤、と公表する。そして、その子供を己の傀儡にする予定なのだ。そんなわけで、クリストファーは自国から嫁を迎える事が出来ない。


 戦争ばかりしていたフィンデルン王国。戦争の火種が燻ったままの隣国。しかもクリストファーは簒奪者。そんな王へ自国の姫を嫁がせようという他国はない。結果、三十四歳になった現在も、クリストファーは独身のままである。


 怪しい。


 商人たちは戦争の為の物資を大量に買い込み、国に売りつけていた。前国王には見栄えだけは立派で、金のかからない物を献上して機嫌をとっていた。そうして金を巻き上げ続けていたのに、次の稼ぎだと大量に買い込んだ直後に休戦協定の締結。丸ごとの大損。更に、幾人もの商人が王室お抱えから出入り禁止になった。そして、先日の商人たちから依頼を受けたという盗賊の一件。


 怪しい。


 怪しすぎる者が多い。


 ユーリが袖口から試験管を取り出し、手につまんだ髪をその中に入れる。コルクで蓋をし、また袖の中へ隠した。


「ユーリ。貴方はクリストファー陛下の敵ですか? 味方ですか?」


 ルルクの問いに、ユーリがつまらなさそうな微笑みを浮かべた。


「……今は敵ではないよ。ただ、僕は僕の味方だ。それ以上でも以下でもない。もし、国王陛下が僕の敵となるなら、僕は戸惑いなく敵対する」


 当たり前だろう? そう言った声はとても静かで、とてもおぞましかった。


 ルルクは初めて気づく。この青年は冷たい。己以外を信じていない。彼の中では白か黒の二種類で構築され、そうでないものはいない。存在していない。ゆっくりと振り返ったユーリに、ハッとした。


 何故、自分はユーリなどと言う得体のしれない存在を信頼していたかのように思っていたのか。この、物語の魔法使いのようなローブを身に着けた、顔の見えない(・・・・・・)相手を。


 そう、何故忘れていたのだろうか。今もずっと目の前にいたというのに。


 ユーリはいつだってフードを深くかぶり、ルルクが見るのはつまらなさそうに弧を描く口許だけ。髪の色も目の色も知らない。カインから報告を受けたこともない。


 どこから来た、どこの出身者か。髪の色も目の色も見たことがない以上、本人が語らねば知りえない。あの漆黒のローブが、全てを隠している。


「こぉらユーリ。いきなり素を見せんなよ。宰相の奴ビビってんぞ」

「ふっふふ……ごめんごめん。だってさぁ……あんまりくだらないこと聞くんだもん。僕、これでも宰相の事は買ってたからね。なぁんかがっかりしちゃってさぁ」


 呆れたように声をかけたシンに、ユーリが厭な笑い声を返す。キヒヒ、と歪に歪んだその嗤いに、ユーリの狂気が見え、ルルクはほんの僅か、足を後ろに下げた。それは半歩もいかない程度だが、確かな後退。怯えの、恐れの証。クソが、と心中で吐き捨て、微かに乱れた呼吸を一瞬で整える。


「ほぉ……天才錬金術師殿が私を買っていてくださったとは……私もあなたの事は買っております。これを機に、是非、王室錬金術師になって、馬車馬のごとく働いてくださったら私としてもありがたいのですがねぇ?」


 にっこりと微笑みを浮かべれば、途端に顔をしかめられた。


 解せぬ。という言葉が脳裏をよぎる。少なくとも睨みつけたわけでも、厭味ったらしい笑みを浮かべたわけでもない。何故心から微笑みを浮かべたら顔をしかめられるのか。失礼な男だな、と眉根を寄せたとしても、けしてルルクは悪くないに違いない。


「んんー……なんというか……一瞬で元の宰相に戻ってしまったよ……何故だ?」

「そりゃぁ宰相が人間だからだよ」


 首を傾げるユーリに、再びシンが呆れたように声をかける。


 ふむ? と顎に手を当て、僅かに思案するユーリ。しかし、すぐにその口元にはにんまり笑みが浮かんだ。


「成程成程。やはりいいね。いいよ」


 うんうん、と一人頷く様子に、訳が分からないルルクは訝しんで首を傾げ、わかるシンは苦笑いを浮かべた。


「ほら、続けるぞ。何かわかったか?」

「そうだねぇ……わからないからこそ、逆にわかった、かな」


 まるで謎かけ。


 シンは腕を組み、首を傾げた。ルルクは眉根を寄せ、視線だけで続きを促す。


「犯人は暗部だね。綺麗すぎる。そう、まるで何も痕跡が残っていない。これだけの事をするのには相当な時間がかかるはず。けれども騒ぎの場にいたこの家の子供は普通だった。という事は、この惨状は少年が家から出た後、僕たちが訪れるまでの間」


 そうだね? と問われ、二人に異論などあろうはずがない。頷く二人に頷き返したユーリは続ける。


「しかし、この家に辿り着いた時、流れた血も、鍋の中身も、床に染み、乾いていた。この量が乾くには相当な時間がかかる。死体から血が流れなくなっているのもそうだ」


 そうだろう? と問われ、これまた異論などあるはずがない。再び頷き返した二人に、ユーリはまた一つ頷き、続けた。


「考えるに、犯行は最低でも早朝、少年が家から出てすぐ、と言ったところかな? そうじゃないと間に合わない。手練れでもここまでの惨状にするなら一時間はかかる。その一時間でここまでして、でも自分の形跡は残していない。僕の知る勢力の中で、これができるのは暗部だけだねぇ」


 ぴくり、とルルクの眉尻が跳ね上がった。


 今、ユーリは聞き捨てならない台詞を吐いた。『僕の知る勢力の中で』と。彼の知る『勢力』とは何の話か。先程言っていた王の周囲の話か。


「色々、さ」

「ッ」


 突然耳元で囁かれ、びくりと身体を跳ねさせる。


 いったいいつの間に移動してきたのか。いや、そもそもいつ立ったのか、ルルクの肩に手を置き、覗く口許に浮かべる歪な笑み。まるでルルクの思考を読んだかのような言葉。


 気味が悪い。


 正直な感想を乗せてユーリに一瞥をくれた。例え、心を乱されたという事実が相手にバレているのだとしていても、平然とした顔を崩さない。滑稽と笑いたければ笑えばいい。それが、ルルクが氷と呼ばれる所以なのだ。宰相としての矜持を前面に押し出した。


「で? 貴方の言う暗部、とは?」

「後ろの人に聞いたら?」

「っ!?」


 さらりと返った言葉。慌てて振り向けば、入り口のところに一人の女。


 長い灰銀の髪。目元を赤い布で隠している。毒々しいほどの赤を引いた唇が、優雅に弧を描いていた。出るところはしっかりと出て、引っ込むところはきっちり引っ込んだ美しい肢体に絡みつくような金の装飾。装飾にはところどころ血のように赤いルビーがちりばめられ、白い肌にやけに映えていた。


 まるでどこかの踊り子のように布の面積の少ない、というか、大事な部分さえ隠れていれば良い、と言わんばかりの衣装。腰に回したベルトモドキの金の装飾から左右に垂れるホルダーには、少し反り返ったような刀身をした短刀が収まっている。


「気づいてたの? なかなかやるじゃない、坊や」


 ねっとりと絡みつくような声が、赤い唇を割り、滑り落ちた。


「私は組織の中でも最も気配を消すのが得意なのよ。ご褒美にキスでもしてあげましょうか?」

「遠慮するよ。触れただけで即死する死の接吻なんて、ね」


 軽く肩を竦めるユーリに、女はゆらり、と動いた。気配だけが冷たく澱む。その気配に、シンは素早く移動し、ユーリを己の背に隠した。


「君のその口紅、女暗殺者が良く使う手だね。グロムの毒。美しい緋色に魅入られて口付けたら最後、一瞬であの世行きだ。残念ながら僕はそんな死に方はごめんでね」

「あら? じゃぁどんな死に方がご希望?」

「君の目的は僕を殺す事、という事だね」


 にんまりと笑うユーリに、女は微笑みを返した。


 シンは既にユーリを背に庇うように立っている。ルルクは警戒をしているが戦闘は得意としない。というか、この場にいる誰も、女以外武器を所持していない。シンの武器もルルクの武器も、先程のグールとの戦いで使用不能となり、捨ててきた。ユーリはもとより武器を持たない。持ったところで使いようがないから。


 まずいな、とルルクは顔をしかめる。


「残念だったね。君の中では、僕とシンの二人だけでここに来る予定だったんだろう? 宰相は殺せないよねぇ」


 くけけ、と響く笑い声に、女の顔から微笑みが消える。


 ゆったりと広がるユーリの両腕。ユーリが動かす度、ぴらぴらと広い袖口が揺れ、合わせるように片足上げる姿に、小馬鹿にされているのが解る。


「宰相に見られたまま僕を殺すのもいただけないよねぇ~」

「ユーリ。無駄に相手を挑発するな」

「無理無理。だってさぁ……その人とんだ無能なんだもん。おかしくって」


 警戒をにじませたままの声で諫めるシンに、ユーリはきゃらきゃらと神経を逆なでするような厭な笑いを零し続ける。


「私が、無能……?」


 女の手がぴくり、と動く。ユーリはそれに嗤ってみせた。


「無能だね。だって、君は僕に気づかれてしまった。もう、それだけで計画は崩れていると言っても過言ではないだろう? たかだか錬金術師でしかない僕程度に気づかれるような暗殺者、無能と言わずして何と言うのさ」


 今まではあくまでも堪えきれず、零されていた笑いが変わる。


 あっはっは、と響き渡る笑い声。シンは苦笑を浮かべた。その、一見しておかしそうでいて、その実、何の感情もこもっていない笑い声に。わざわざ目の前の女を挑発する為だけに道化を演じるユーリ。わかるけどな、と呟く。


 人が、最も感情を表すのは怒りの時だ。その時が最も読みやすい。そうユーリが自分に話したのはいつだったか。確か、まだシンが駆け出しだった時だったな、と思い出す。あの時ユーリは言っていた。相手の事が解らないのなら、解るようになればいい。その為には相手の思考を知れ。それが、理解への第一歩だ、と。


 相手を理解する。相手の狙いを読み解く。相手の情報を引き出す。その為だけに、相手を怒らせる。


 面倒な奴だよ、と思わず溜息を零した。


「宰相様を殺せない、宰相様に気づかれてはいけない、秘密裏に僕を殺せ。僕とシンはほぼ一緒にいるから、シンもついでに殺せ。そう言われてるんだろう? でももうできないよねぇ。どうするの? 自分の無能っぷりを認めて、上司様に泣きつくの?」

「黙れ!!!」

「黙らない」


 歪んだ笑み。楽しそうに零される笑い声。その奥で光る眼が、女を捕らえている。


「さて、カラミ・スティアの踊り子さん」

「な、何故……それは、我々しか知らない呼び名だ……」

「何故でしょう?」


 にんまりとした笑みを浮かべ続けていた口元が、ぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべる。動揺した女は、恐怖を覚えた。目の前にいるのは何なのか、疑問がよぎる。今まで沢山の人間を見てきた。殺してきた。それが仕事だったから。何も考えた事はない。疑問を抱いたこともない。ただただ殺すだけ。上から命令のあった人間を淡々と。


 女は初めて疑問を抱いた。自分が対峙している相手は何なのだろうか、と。上は何故、この得体のしれない者をああも嫌悪し、執拗に殺害命令を出し続けているのか。既に両手では足りない回数、この任務が達成されず、任務に赴いた者が消息を絶っている。


 もしや、と嫌な予感が胸中を巡った。


 この任務は、組織にとって不要となった者を切り捨てるための任務だったのではないのだろうか。そこまで考え、否、と心を強く持ち直す。何故なら女は今までの任務で、一度たりともミスは犯していない。常に完璧な仕事をこなし続けていた。今この瞬間までは。そう、この任務にあたった他の者達とて、素晴らしい腕を持った者ばかりだった。そんな彼らが任務を失敗するたびに、上司は怒り狂い、荒れに荒れた。自分達の能力を信頼していたとしか思えない。


 思考の迷路へと陥りかけた女の耳に、特殊な音が聞こえる。それは上司からの撤退の合図。


 歯噛みした。何も出来ず、無様な姿を晒しただけという結果を以て帰還する事に。


「帰らなくていいの? 今の、撤退の合図だろう?」

「き、こえた、というの……!?」


 化け物、と思わず呟いてしまう。あの音は、訓練したものにしか聞こえない、そんな特殊な音。それを、たかだか一介の錬金術師が聞き分けたのだから。


「……貴方が危険なのはよくわかったわ。……我らに仇為す者、呪われなさい、永遠の業火にその身をやつしなさい」


 呪言を吐き捨て、暗闇に溶けるように消える。


 気配さえ残さず消えた女。シンはちらりとユーリに視線を寄越し、ユーリがつまらなさそうに頷くのを確認すると警戒を解いた。


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