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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
一章 呪われた娘
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02 カリオン湖で採取1



 カリオン湖についてすぐ、寝床の準備を始めるシン。


 既に辺りは夕やみに飲まれ、真っ暗だった。持ってきた道具の一つ、ランタンの光を頼りに、薪となる枝を集め火をつける。それからその辺りに自生している身の丈程ありそうな巨大な葉を、短剣で切り落とし、重ねて寝床を造る。その間にユーリは夜行性の湖蛍の雫を採取していた。


 湖蛍はこの夏の時期、湖周りにふよふよと漂う虫。直径三センチメートルほどの真っ白い毛に覆われた白い毛玉で、薄水色に発光している。これを瓶に捕らえて五分後に逃がすと、代わりにほんの少し、薄水色の液体が残る。これが湖蛍の雫だ。僅か一グラム程度の雫。これが五匹分。


 雫を集めている間に、百グラムの液体が入る瓶にカリオン湖の水を汲んで蓋をする。シンには良く判らないが、ユーリ曰く、錬金術において水は最重要な素材。どんな水かによって、作成するアイテムの効能が変わってくるらしい。そして、カリオン湖の水と、歩いて片道十日ほどの場所にあるシルギア山にある洞窟を潜った先にある地底湖の水が、特に効果の高いアイテムを造れるのだとか。


 ここカリオン湖は、シン達が住むフィンデルン王国の王都から最も近いからか、かなりの頻度で採取に付き合わされる。一度荷車に山ほど積み、腰が抜けそうなそれを、五人がかりで押して帰ったこともあるが、その三日後に、もう一度同じ量を採取しに行った時には、流石に悲鳴を上げた。


 引きこもりのユーリだが、材料採取の時はやたらと元気だ。荷運び用に屈強な男を雇い、率先して荷車を押す。本来なら護衛のはずの男達も、支払いの良さに文句ひとつ言わず荷車を押すのだ。


 今日は荷車がなく、背負ってきたカゴだけなので、そんな量の水の採取はない。瓶十本分を採取し、カリオン湖の採取が終わった。後はミントの葉だが、こちらは早朝に摘み取る。今日できる採取はもうない。


「終わったか?」

「終わったよ」


 カゴに瓶を詰め込むユーリを横目に、焚き火近くに腰掛け、腰に下げた水筒の中身を口に含む。中身が少なく、たった一口でなくなったことにむぅ、と呻くと立ち上がり、カリオン湖の水を水筒に入れた。


「シン、干し肉食べる?」

「食う」

「投げるよー」

「やめいっ!」


 手を伸ばせば届くほど近寄ったシンに対し、何故か大きく振りかぶるユーリ。思わず突っ込んでしまう。


「はー……お前、普段店から一歩も出ないくせに、なんだって採取の時はそんなテンション上がってんだよ」

「だって外だよ。野外! 素材の宝庫だよ! これが興奮せずにいられないよ!」

「あん?」

「このフィンデルン王国は錬金術師にとっては理想だね。隣のリリウム王国と戦争さえしていなければ尚最高なんだけどね。とにかくこの王国は質の良い素材の宝庫なんだよ。僕達錬金術師は腕もあるけど、素材の質によってもアイテムの効果に差が出る。この国の素材なら、ギリギリ卒業程度の腕の者でも、主席と似たような効力を出せる。それくらい質が良いんだ」

「へぇ~……」

「ム? 興味ないね」

「ああ、ねぇな」


 へっと笑えば、君が聞いてきたくせに、と唇を尖らせるユーリ。


 シンは一日の大半をユーリといるため、一般的な人間よりも錬金術に詳しい。だからといって錬金術に興味があるわけではない。錬金術師になりたいと思ったこともない。ただ、ユーリとの会話のきっかけに使っているだけにすぎない。


 唇を尖らせたままのユーリから干し肉を受け取り、がじりと噛みつく。


 きつい塩味。硬い肉。


 あー顎が鍛えられる、とぶちぶち零しながら細かく噛み砕いていく。時折水筒の水で口の中に水分を含むのを忘れない。干し肉は噛めば噛むほど肉の味が染み出し美味いのだが、きつい塩のせいで水分をこまめに取らないと口の中が痛くなってしまう。ただでさえ、その硬さで顎が痛くなるのに、口の中まで痛くなるなんて誰だってお断りだろう。


「はー……干し肉ってもう少し食べやすくならないかなー」


 硬い干し肉に苦戦しているユーリがむぅっと呻く。


「錬金術でどうにかなんねーの?」

「なるわけないでしょ。君、錬金術をなんだと思ってるの?」

「うーん……なんでもできる不思議な学問?」

「バカ。そんなわけないだろう」

「でも料理も錬金術の一つなんだろう?」

「まぁ確かに錬金術は台所から生まれたっていってる奴らもいるけどね……僕はあくまでも素材を釜に放り込んで、アイテムを造るくらいしかできないよ」

「俺からすりゃ、それで充分不思議な話なんだけどな。なんであそこにほいほい物突っ込んで、かき混ぜたら全く違う形状のアイテムが手に入るんだ?」

「錬金術の不思議だね」

「それを知りたいんだよ」

「残念ながら誰にも解き明かされていないよ」

「魔法?」

「違うね」


 軽く肩を竦められ、何だ違うのか、と溜息を一つ零す。


 シンからすれば、錬金術は十分魔法的要素を含んでいるが、ユーリが言うには、物質同士が混ざり合い、特殊な反応を起こしているだけなのだとか。理解のできない者からすれば十分魔法だよ、とぼやけば、それは思考の停止にも等しいね、と笑われた。


 先程も言ったが、シンには錬金術に対する興味がない。錬金術師であるユーリが、そういうもんだ、と言えば多少不思議でも、ああそうかい、と納得する。納得するというか流す。そんなシンに、ユーリは錬金術の才能がある、と何度もスカウトをしているが、根無し草のその日暮らしな狩人ハンター生活が性に合っているシンは断り続けていた。


「それで?」

「うん?」

「なんであの嬢ちゃんの病気を進行させたいんだ?」

「ああ、あれは病気じゃなくて呪いだからだよ」

「はぁ?」

「あの子はね、誰かの恨みを買ったんだね。相手の大切な何かを盗んだか、壊したんだろう」


 ユーリの説明にほーん、と気のない返事を返しながら、葉で作った寝床に軽く寝そべって干し肉を噛む。


「呪いってのは魔法とは違うのか?」

「違うよ。呪いってのは思念の執念が渦をなし、降りかかるもの。霊とかと一緒で証明はできないけれど、確かに存在する力だね。魔法とは少し定義が違う」

「ふぅん? なんか良く判んねーもんだし、俺みたいなのからしたら錬金術も呪いも魔法の一種のような気がするけどねぇ」

「それは聞き捨てならないなー。呪いなんて病気みたいなもんだよー。不確定事象の魔法と一緒にしないでほしいな。錬金術に至っては単なる学問だよ!」

「へいへい」


 もーっと声を上げるユーリに対し、シンは気のない返事を返す。そして干し肉を咥えたまま、ごろりと完全にあお向けに転がった。


 木の葉の切れ目から、夜空が見える。


 濃紺の空には、ちかちかと輝く白い星々。


 頬を擽る風が、土と草の臭いを運んでくる。


 この自由な時間が良いんだ、とシンは心中で呟いた。


「あーまた興味をなくす!」


 完全に意識を他の事へと向けているシンに気づいたユーリが大声を上げ、シンは思い出したようにユーリを見た。


 にやり、と笑う。


「だって興味ねーんだもん。いいんだよ。全部夢のあるもんってひとくくりでさ。俺みたいなめちゃくちゃ現実リアルで生きてるハンターからしたらさ、全部夢のある不思議なもんだよ」

「じゃぁそんな現実ばかりのハンターはやめて、夢のある錬金術をしよう!」

「しねーよ。お前の手伝いで金稼ぎしてる分で十分生きていけるしな」


 めげないユーリに呆れながら、ゆるりと手を振る。そうすれば、ユーリが唇を尖らせた。


「でもやってること、全然ハンター(狩人)じゃないじゃん」

「ああ、別にハンターってのは通称だからな」


 ハンターとはあくまでも何でも屋の通り名。護衛や採取、討伐の依頼等、合法的な仕事を請け負うものをハンターと呼ぶ。その他、街では暮らさず野外で獣を狩りながら生活をしている者もハンターと呼ばれている。違法的な事をするものは盗賊と総称されている。当然、その多くは街中に入ることは許されず、洞窟などで暮らしているので、野外生活のハンター達はこれと間違われないように苦労をしているらしい。とにかく、無法者と差別化するためにハンターと呼ばれているだけなのだ。その実は、殆どゴロツキと変わらないのが悲しいところかもしれない。


 主な生活範囲は酒場兼宿屋と武器屋やアイテム屋がある、通称ハンター通り。酒場兼宿屋ではハンター向きの依頼を取り扱っており、マスターが仲介屋をしている。勿論、顧客から直接依頼をもらう事も可能で、その場合は仲介手数料が引かれないので、依頼者は安く済み、ハンターは普段より儲ける。幾度か依頼をこなし、信頼関係が築けた場合のみ、互いで話し合い、直接交渉となる。だが、滅多な事で専属契約は行われない。それは、ハンターがあちこちへと旅をし、常に決まった場所にいるわけではないからだ。


 より良い依頼を求め、より良い環境を求め、ふらふらと旅を続けるのがハンターの本分。勿論、拠点ホームと定めた街や村があっても、依頼をこなすためにも長期間不在であることもある。ハンターとは意外と扱いづらい職業でもあるのだ。


 ユーリとシンの関係は珍しくも専属のようなものだが、あくまでもシンの方がユーリの店に押し掛けているからこそ成り立っている。


「はー君は錬金術師に向いてるんだけどねー……僕の説明を素直に受け入れるところとか」

「ヤダよ。ねちねち釜に素材放り込んじゃぁかき混ぜる生活なんて。俺はこうやって気楽に護衛したり、採取の手伝いしてる方が好きなんだよ」

「だよねー。シンは野生の鳥だからね。籠に入れたら魅力もなくなるだろうねぇ」

「なんだそりゃ」

「そのままの意味さ。君は飼い殺せないってことだよ」

「はは。ちげーねー。閉じ込めたらその檻ぶち壊して外にいっちまうな」

「シンを捕らえる檻なんて、ドラゴンを捕らえる檻よりも頑丈じゃなきゃダメそうだねぇ」

「俺、そんなに凶暴か?」

「え? 自覚なかったの?」


 きょとん、と互いに顔を見合わせ、それから同時に噴き出す。


 静寂に覆われているはずの夜のカリオン湖に、昼の太陽のように明るい、二つの笑い声が響き渡った。


「んだよ、ひっでーな!」

「酷くない、酷くない。僕はちゃんと君を理解しているんだよ」


 けらけらと笑い合い、最後の欠片になった干し肉を口腔へと放り込んだ。口の中に塩味が広がる。


 噛むほどに広がる肉の旨味と、それを押しのけるほどの塩みに顔をしかめ、水筒に口をつけた。


「ふぅ、やっぱ干し肉はスープにしねーとつらいな」

「だね。硬いし塩辛い。全く、保存食でかさばらないからと言って、よくこんな保存方法を思いついたものだよ」

「いや、保存方法に問題はねぇな。問題は食べ方だ。やっぱお前、料理も覚えろよ」

「嫌だよ。僕は錬金術以外しないんだ。料理は君ができるから僕には必要ない」

「おい。だからよぅ、勝手に人をお前の人生の中に組み込むな」

「無理だね。だって君は相棒だろう?」

「お前が勝手に言ってる、な」

「酷いなぁ」

「酷くねぇよ。俺は至極まともな事しかいってねーぞ」


 手ごわいなぁと呟きながらユーリも葉の上に寝そべる。


 ごわごわした葉の感覚が苦手だという者は多いが、ユーリもシンも、この野性的なベッドが意外と好きだ。自然を満喫している、自由だという気持ちにさせられる。それぞれ方向は違うが自由に生きる者同士。こういったところが妙に気が合い、こうして仲良くやっていられるのだろうな、と考える。


 見上げれば生い茂る木と、満天の星空。あー綺麗だなと一人ごちれば、そうだね、と返る声。


 一人じゃないということを実感する。


「ねぇシン。錬金術師にはならなくてもいいからさ、僕の専属ハンターにならない?」

「嫌だね」

「どうしても?」

「ああ」

「じゃぁ仕方ない。それなら嫁においでよ」

「ふざっけてんのか!」


 しれっと返された言葉に思わずがばりと起き上がる。


 拳を握るシンに、しかしユーリは寝ころんだままへらりと笑った。


「ふざけてないよ! この前性転換の妙薬ができたんだ! これなら問題ないだろう?」

「アホかお前は!」

「アホとは失礼な!」

「アホじゃなきゃバカだよ! 何作ってんだ!」

「いや、作りたくて作ったんじゃなくて、失敗の産物なんだよね。でもまぁ、シンを専属にするなら丁度イイかなって!」


 てへっと笑うユーリに思わず引き攣る。


「怖ぇえよ、お前……マジでぶっ飛んでて怖ぇえよ……」

「そう? シンがなかなか頷いてくれないからだよ」

「なんで俺を専属にしたいんだよ」

「えー? だって、シンは料理できるし、店に入り浸ってるから、店の中のものって僕よりどこに何があるかわかってるし、だらしない僕の身の回りの世話ができるし、僕に愛想つかさずいてくれそうだし、あと、何より信頼できるからね」

「俺はお前ン家の家政婦じゃねぇぞ?」

「違った?」


 この野郎、という言葉は辛うじて飲み込み、額に青筋浮かべる。


「とっとと寝ろ、ボケ。そんで明日の朝一に採取を終えるぞ」

「はいはい」


 少し低い声に、これ以上は本気で怒られるな、とあっさり引く。けれども怒ったところで、シンはけっして愛想を尽かさない。何だかんだと世話を焼く。だから自分に気に入られているのだと、この青年は気づいていないんだろうな、とぼんやりユーリは考え、目を閉じた。


 リンリンと虫が奏でる軽やかな演奏と、ホゥホゥと合いの手のように聞こえてくるフクロウの声を聞きながら、ゆっくりと意識を落とした。


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