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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
二章 狼少年
16/85

16 陰に隠れた悪意2



「で? 犯人の目星はついてんのか?」


 シンからの問いかけに、ユーリは緩く左右に首を振った。それに「珍しい」とシンはまたたく。


 大概にして、ユーリがこうべらべら喋る時は、犯人も、その目的も、全てが彼の掌で踊っていた。性格の悪いユーリが、相手がそうとは知らずに高笑いするのを、にやにやとほくそ笑んで待っている。それが常。そして、自分が切り立った崖の上で片足で立っているのだと知らない相手のテンションが最高潮に上がったときに、そっと崖下へと落とすのだ。それも、柔らかなそよ風程度の力で。


 落ちていく絶望に顔を歪めた相手を笑顔で見送る。それがユーリのやり方。その為に常に、どこから得たのか、いつ調べたのか、そう聞きたくなるほどの情報を仕入れ、大事に温めている。


「流石にちょっと情報が足りないね。モルテトーボの飼い主は、錬金術学校に何かしら関係のある錬金術師だろうけど……その飼い主が主犯なのか、もっと別にいるのか……今のままじゃなんの情報もない。ただ、そうだね……少なくとも相手は『国に依頼できる程の高位者』ってのはわかるよね」


 この国のナンバーツーである宰相の直筆サイン入りの依頼書。それをぺらぺらと振りながらにやりと笑う。


 ユーリによりゆらゆらと揺れる紙を眺め、まぁ確かに、とシンは頷いた。


「私の方から宰相殿に話そうか?」

「いや。それだけはやめて。あの人が敵か味方かは知らないけど、僕、あの人に借りだけは作りたくない」


 カインの言葉に重ねるようにして拒否を示す。それにカインは首を傾げた。


 宰相、ルルク・フォン・ベルト公爵。


 茶斑の髪を短く整え、後ろになでつけるようにした男。身長百七十センチメートルと平均的な身長で、細身。灰色の目は実に冷たい光を放ち、銀縁の繊細なメガネと共に彼の知性を強く印象付ける。合理主義者で無駄がとにかく嫌い。


 薄い唇は常に口角だけを上げた笑みを浮かべ、ユーリ曰く、何を考えているのかわからない人物。


 クリストファー国王陛下がクーデター後に宰相に抜擢した、元秘書官。


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、おお嫌だ、と手を振るユーリ。


「あの人に借りを作ったら最後。僕、死ぬまでこの国の奴隷にされる。あの人僕の錬金術を最悪、隣国を滅ぼすために使いそうだから関わりたくない。貸しなら良いんだけどね」

「うむ……否定ができないな」


 ユーリの言葉に思わず納得し、深く頷いてしまう。


 カインの知るルルクは、一方的に休戦協定を破棄し、再び戦争を仕掛けてきている隣国に対し、非常に不愉快な感情を抱いている。そしてそれに、錬金術の力を大いに利用したがっている節がある。とりわけ、この国の誰も足下に及ばないユーリの錬金術を。


 確かにユーリからすれば関わりたくない人物かもしれない、と気づき、宰相に話を聞きに行くことは止めた。


「カイン聖騎士長」

「なんだ?」

「それで、貴方に手を貸してほしい内容だけど、もし良かったら国王陛下と話してみてよ」

「陛下と?」

「この件で、僕が情報が足りなくて困ってるって言っておいて。それだけでいいから」

「? それだけでいいのか?」

「うん、それだけでいい。むしろ他は何も言わないで。陛下に伝えるのは、一、内容は詳しくはわからないけれども、街で不可解な事件が起きている。二、その件で僕を犯人にしたがっている人物、または団体がいる。三、僕は情報が足りなくて身動きできない。この三つ。モルテトーボの事と、宰相が関わっている云々は言わないでね。宰相のさの字でも出したら、あの人、絶対にどこからか聞きつけてくるから」


 いーっと口を広げ、粟立った肌を必死に手でこする。


 そこまで嫌いか、と思わずあきれてしまうが、わかった、とカインは頷いた。


「でもよ、ユーリ。おっさんにそんな大役務まるのか?」

「務まるよ。カイン聖騎士長のポーカーフェイスは右に出る者がいないからね」


 きりっとした表情で即答するユーリに、ああ、確かに、とシンも頷く。カインだけが首を傾げていた。だが二人は、揃って無視をする。


「とにかく頼んだよ、カイン聖騎士長。うまくいけば明日の朝までには色々と情報が集まるはずだから」

「わかった。やってみよう。それでは、邪魔したな」


 動くなら早い方が良さそうだと判断し、カインはさっと立ち上がり、店を出た。


 カランカランと軽やかに鳴り響くベルの音。いつもどおり窮屈そうに扉をくぐったカインの気配が遠のくと、シンは今までカインが座っていた、いつもの自分の席へと移動した。手にしていたピッチャーはカウンターに。


「で? 一網打尽にできそうか?」

「無理だね。今回の僕の勝利条件は、僕が盗賊の烙印を押されない事、それ以上は望めないね。本当に手掛かりがなさすぎる。どうせモルテトーボに僕が関与していないと証明できたとしても、本当の所有者が見つからなければこの件は有耶無耶にされて終わり。見つかったとしても、その人物が全ての罪を被されて終わり。残念だけど、後手に回った以上、僕ができることは殆どないね」


 淡々と説明され、それが事実だと理解できても、納得できない、と口を尖らせるシン。まぁ気持ちはわかるし、自分もそうだ、とユーリは大いに賛同した。


 ユーリは自分に敵が多い事を重々承知している。普段から自分に何かされないよう、あれこれと策を講じていたが、それらを掻い潜り、まさか街を離れている間に仕込まれるとは思わなかった。


 やるじゃないか、と思わずユーリは笑ってしまう。


 自分が張った網はけして穴が大きいものではない。それにかすりもしなかったのだ。自分が敵だと認識しているボンクラ共が知恵をつけたのか、それとも誰かの入れ知恵か。


 可能性としては後者が限りなく高いだろう、と当たりをつける。


「それでシン、明日は来ないでね」

「あぁ? 何でだよ」


 いつだって当たり前のように頼ってきたユーリの言葉に、シンは驚いて目を丸くする。既に頭の中ではあれこれ対策を考えていただけに、納得がいかないのだ。


「今回の件はちょっと危険すぎる。君を巻き込むわけにはいかない。君には守るべき人や場所があるだろう? もし明日僕が失敗したら、この街はモルテトーボに飲み込まれるかもしれないから」

「なら尚更お前がミスんねぇように、俺がサポートするべきだろう?」

「ダメだよ。今回は、本当に危険なんだ」


 珍しく真面目な表情を浮かべるユーリに、それほど危険な事なのか、と眉根を寄せた。尋ねてもユーリは答えない。ついていくと固辞してもユーリは頑として譲らない。君が錬金術師でない以上関わるな、と強く拒絶された。挙句、この話はこれで終わりだ、と追い出すように店の外へと追いやられる。


 確かにシンはハンターで、錬金術師ではない。錬金術に興味もない。


 場所はわかっている。明日、勝手にその場所へ行けばいいか、と溜息零し、立ち去った。


 シンの姿が路地裏へ溶けて消えるまで、店内の窓から見送ったユーリは、汗まみれのローブを脱ぎ捨てる。


 べしゃっと濡れた布として正しい音をたてて床に投げ捨てられたそれは、勝手に動く掃除用具にゴミと判断され、片付けられた。それには目もくれず、店の鍵を閉め、奥の部屋へと移動しながら上着もズボンも、下着さえ脱ぎ捨てていく。素っ裸のまま錬金釜の隣をすり抜け、見落としそうな狭い階段を上って二階へ。その間に脱ぎ捨てられた服は全てゴミとして処分されたがユーリは気にしない。


 二階はユーリの居住区。


 木製の大きな衣装ダンスが一つと、木のベッドに、やたらとふわっふわなベッドマット。真っ白なシーツで覆われている。それに掛け布団が一枚。それだけ。冬になり、寒くなれば錬金術で作られた不思議な七輪が現れる。置いておけば勝手に空気が温まる謎のアイテムなので、寒い冬には重宝するが、夏になると暑いだけなので叩き壊してまた、冬が来る頃に造るのだ。


 衣装ダンスの引き出しからタオルを取り出し、体中を拭くと、そのまま服を着こもうとして、ぴたりと動きを止める。少し思案するように右斜め上空を見つめ、シンに怒られる自分の姿を幻視すると、苦笑しながらタオルと服を手に下階へと降りた。


 キッチンへと移動し、タオルを濡らして身体を拭き、服を着る。


「ああーめんどくせー。ったく。ふざけんなよ。どこの誰だよ。召還石なんてさー錬金術の禁呪だろー。くそっくそっばーかばーか」


 不意にぼやきだす。


「なんだよもー。賢者の石の次くらいに禁呪じゃねーかー。ばーかばーか」


 唇を尖らせ、子供のようにぶちぶちと呟くユーリの横顔は、本当に面倒そう。呟くだけでは気持ちが収まらないのか、親指の爪を噛みだす。


 賢者の石、時の砂時計、召還石。この三つは錬金術最大の禁呪。呪、というが、正確には調合の事である。




 賢者の石。その名は錬金術師を志さない者でさえ知っている、有名なもの。錬金術師が最終目標として掲げる、全ての法則を無視できるという、錬金術の根底を覆す謎の鉱物、と言われている。しかし、その実物を見た者はいない。その存在だけが、古くからずっと書物の中で人々の欲望を掻き立て続けていた。その石さえあれば、山のような金も、不老不死も夢ではない、そうまことしやかに囁かれている。


 その調合の難易度は、人間に到達しえるものではない。魔人と呼ばれる者達でさえ、不可能と言われている。


 第一に、素材の確保の難易度があげられる。これだけは、どの国の、どの本でも、その素材は一貫しているが、その素材は希少性、採取難易度共にマックス。


 第二に、調合時間。全て運よく集められたとして、調合時間は八千六百四十時間。一年、だ。一年もの間、寝食しないで調合できる者などいるわけがない。


 第三に、錬金術師の技量。仮に一年調合できたとして、錬金術師としての技量も問われる。おそらくこの国の錬金術学校では教師、主席、共に不可能と言い切れる。それほどの技量が必要とされるのだ。


 結論として、この賢者の石を調合できた錬金術師は存在していない。存在しうるはずがない、となっている。


 そもそも、錬金術の根底を覆すもの、しかも、どんなものでも調合できてしまう謎のアイテムなんて、この世に存在したらどうなるのか。考えるまでもない。したがって、最終目標と誰もが口にしつつ、誰もがけして調合しない、しようとしないものである。




 時の砂時計。これは錬金術をかじったことのない者には一切知られていないアイテム。錬金術師でさえ殆どの者が知らない。


 名のとおり時に干渉する道具である。砂時計、と言われているが、実際は懐中時計のような外見で、針をどちらに回すかで、過去未来関係なく時を渡れてしまう。


 人間が、時に干渉してしまえば何が起こるかわからない。ただ歴史の改変だけならまだしも、世界そのものが壊れる可能性がある為、このアイテムの資料に関する情報は殆どない。その名前だけが書物に記載されているだけ、という、ある意味賢者の石よりも伝説のアイテムだ。




 召還石。これもあまり知られていないが、非常に危険な可能性を秘めたアイテム。


 調合難易度は低いのだが、その可能性が危険視され、禁呪となっている。


 この召還石による召還は、素材にしたモノによって代わってくる。核となるアイテムに動物の素材を使えば、その動物が、モンスターの素材を使えばモンスターが。そして、人の一部を使えば、使用された人が、ホムンクルスとなって延々と召還される。召還される時間はおよそ二週間。召還されるペースは錬金術師の技量次第。


 ホムンクルスは人工生命体。繁殖能力を持たないが、核となった生き物と殆ど変わらない能力を持っている。それが危険視され、ホムンクルス自体が禁呪となった。何しろホムンクルスは、核さえあれば延々量産出来る。死んでも困らない兵士でも造られたらどうなるか、考えるまでもない。そして、そんな非人道的行為が許されてはならない。




 今回は召還石が使用されたのだとユーリは確信していた。


 モルテトーボなのに、発見されてから一月近く経ってもこの国を覆うほど繁殖していない。そのことがユーリの中で召還石によるホムンクルスの召還である、という確信を抱かせていた。


「学校側も学校側だ。僕に才能があるのを妬む暇があるなら真面目に努力でもしてろってんだ。僕は死ぬ気で努力したんだぞー」


 ぶつくさとぼやきながら乱暴に頭を掻く。


 無気力に近いぼやきは小さく、例え部屋に誰かがいたとしても、その耳に届くほどではない。


 ふらふらと部屋を移動して錬金釜のある部屋まで辿り着いた。


 床に投げ出された小さな小瓶。それをひょいと持ち上げる。


 手のひらで簡単に握りこめる小瓶。その中で乳白色の液体がきらりと光った。


「とりあえず禁呪使ったバカは絶対逃がさない。絶対に」


 珍しくユーリの目に怒りの色が滲んだ。


 ぐっと握りこんだ小瓶が僅かに音をたて、そっと手を離す。幸いにも小瓶に異変は無く、ほっと息を吐いた。


 小瓶を片手に店のカウンター前に置かれた揺り椅子に腰かける。目を閉じ、ゆっくりと揺り椅子を揺らした。


 そのままどれくらいの時が過ぎたか、コツン、と聞こえた音に目を開けば、窓を叩くフクロウ。来たな、と微笑む。


 いつの間にか窓の外が暗くなっていた。ユーリの店の窓からは月は見えないが、店内は薄暗くなっていた。しかし、ユーリは気にした風もなく立ち上がる。カウンター下から人避けの香が入った瓶を取り出し、床へと投げ捨てる。


 手にしていた小瓶はズボンのポケットにねじ込み、静かに店を出ていった。


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