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水色シアン

翌日は雨だった。

夏の雨は冷えて良いとか言うけれど、短時間であるならばそれは逆効果でしかない。"暑い"が"蒸し暑い"へとランクアップするだけで不愉快度が増すだけなのだ。その点について言えば昨晩から降り続いているおかげで暑さは随分とマシになっていた。

今日も今日とて僕はやっぱり暇だったのでどうやら彼女との約束は守れそうだ…


途中、僕の靴下が濡れてきた頃にようやく僕は10時に図書館で待ち合わせをしていたのだと思い出す。なんの考えもなしに彼女の家に向かっていた。

現在時刻は8時30分。そして、雨が降っているのなら空気の入れ替えは難しいと気がつく。


「ともかく行ってみるか」


憂鬱な気持ちを振り払うようになるだけ明るく僕は声に出して再び歩き出す。


ーピンポーン


僕はやっぱり振り払えなかった憂鬱を引きずり、インターホンを押す。


「いらっしゃーい」


僕が予定時間より早く、予定場所でもない家に来たにも関わらず 待っていたかの様に彼女は玄関のドアを開ける。

僕が宅配便の人だったらどうするつもりだったのだろうと少し気になるが長くなりそうなので割愛。



「さて、何はともあれ掃除をしよう」


持ってきた予備の靴下に履き替え僕は言った。


建物が死んでいるのか、絵が死んでいるのか、空気が死んでいるのか、あるいは全てなのか。

いずれにせよ部屋が汚いので掃除というのは避けては通れない手段だった。


「しかし一軒家に一人暮らしなんて羨ましいよ」


黙っているのも気まずいので僕は適当に話題を振る。


「母さんが金持ちだからねー父さんも母さんも仕事してるの見た事ないよ」


「それ金持ちってレベルじゃないだろ!?」


働かなくても生活できる?聞いたことがない。

5億円宝くじでも当たったのだろうか?


「私はそれが普通だと思ってたからさ、よく分かんないんだよ。それに母さんは働いてみたいって言ってたよ」


贅沢な願いだ。一体どれくらいの人が"働きたくない"と思っていることか…


「じゃあ君が絵を描いているのは趣味?」


「罪滅ぼしみたいなもんだよ」


ただでさえ重く苦しい空気が更に重くなった気がした。どうやら地雷を踏んだらしい…

話題を変えないと、


「君が私の絵を見て"悲しい"って言ってくれて少しだけ救われたんだ。"上手い"とか"上手"とかそんな言葉じゃなくてさ」


「………」


僕が何も言えずにいると、嫌味じゃないよ!と手を振って訂正した。別にそういう意味で黙っていた訳じゃないけれど…


「そういえば君はどうして図書館に通ってるの?」


と彼女が聞いた。


「実は僕大学生なんだけど、行く意味を失ったと言うか何というか…」


まるで答えになっていない、と我ながら思うが彼女も僕がどうして通うかなんてさほど興味がなかったらしく僕が大学生である事に驚いたらしい。


「ええ!大学行く人って崇高な理念とか持ってるんじゃ無いの?」


「そんな人は滅多にいないんじゃ無い?みんな行くから僕も行く。あの子が行くから僕も行く。そんな程度だよ」


「友達が芸術大学に行ったんだけど そうなのかな…」


少し残念そうに彼女は言った。


「うーん 難しいな、芸術大学がどんなところか知らないし僕のイメージ的にはそれこそ崇高な理念なきがするけれど、美しいものを生み出したい、造形を極めたい云々」


「ちなみにその子の名言」


そう言って彼女は作業の手を止め、椅子の上であぐらをかき右手で頬杖をついてこう言った。


「いいか?人という字は人と人が支え合ってる。なんて言う奴がいるがよく見ろ!人"が"人を支えてるんだぜ 何でか知らねえが入って字も人"が"人を支えてる あと ん って字もよく人と間違うよな」


こんなものが名言ってどんな人だよ…最後に至っては人が人を支えるから完全に遠ざかっている。


「ず、随分とユニークな人だな」


折角作業を中断してまでモノマネを披露してくれたようだがあいにく僕はその人を知らないので微妙なリアクションになってしまう。


「ま、嘘なんだけどね。そんな友達居ないし」


そんな事を言って彼女は何事も無かったかのように片付けを再開した。


「ビックリした 嘘かよー…って嘘かよ!?さっきの手の込んだモノマネは何だったんだ?」


いわゆるノリツッコミと言う奴だ。

人生で初めてのノリツッコミをこんな風に披露するとは思わなかった。一生披露するとは思ってなかった。


そんなバカな事をしていた所為で随分と時間がかかったが見違えるほどに部屋が綺麗になった。


散らかっていた絵は綺麗に並べられ、散らかっていたカップ麺の残骸はゴミ袋に纏められ、散らかっていた服は綺麗に畳まれ、散らかっていた……以下省略。


何一つ散らからず、チリ一つない空間は息を吹き返したように思えた。少なくともこれで明日からは気持ちよく来られそうだ。


「明日も…か」


無意識のうちに彼女と約束を交わしたわけでもないのに僕は"明日も"なんて考えていた自分に少し呆れる。


「明日は私がご馳走するよ 今日の、と言うより今までのお礼を込めて。」


「え?あぁ、ありがとう」


虚をつかれて僕は酷く無愛想な返事をしてしまった。

にも関わらず彼女はにっこりと笑って


「明日も8時30分に待ってる」


とVサインを僕に向ける。

僕はVサインを返すかしばし考えた後結局"うん"とこれまた無愛想な返事をして家を出た。

馬鹿馬鹿しくて……

いや多分、僕は嬉しかったんだ。


何が嬉しかったのか分かるほど僕は自分と言うものを知らない。彼女の手料理が食べられる事かも知れないし、明日も呼んでもらえた事かも知れない。そもそも誰も知らない。


帰り道に僕は傘を忘れた事に気がつく。

どうやら雨は止んだらしく、ふと空を見上げると満天のとまではいかないが都会にしてはそこそこ綺麗な星がキラキラと瞬いていた。

彼女にも見せてやりたいな なんて腑抜けた事を考えながら僕は家に帰った。





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