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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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10.こんなところで

 一歩でも二歩でも、振り返るだけでなく戻っていれば、あるいは聞けたやも知れない言葉。

 自惚れだとは我ながら思うが、乙葉さんはあの時、件の告白に関する何かを言いかけたのではなかろうか。

 口止めでも追随でも、何でも。

 でなければ、今まではずっと素っ気ないと思っていた彼女の、一度も呼び止められたことはなかった乙葉さんからの言葉に、説明がつかない。


 勘違いならそれでいい。

 ただ、もう二度と、それを聞ける日は来ないだろうと思う。


「はぁ…」


 存外と深く漏れた溜息は、時間の割りに静かな車内に溶ける。

 反響もせず、ただ響くのはタイヤの五月蠅い音だけ。虚しいものだ。


 しかし。

 あの言葉の真意は置いておいて、人生で二つ目の告白というのは、やはりと嬉しいもので。

 冷徹だと思えば思いやりもあって、且つ大人の女性感漂う美人な乙葉さんからの告白など、回数云々を抜きにしてもそうそう味わえるものではないだろう。

 謎の優越感。

 思い出すと顔が――


「にやけていますよ?」


 いやいや、流石にそれは。

 公衆の面前でにやける程、僕も緩んではいないし馬鹿でもない。


「真さん?」


 ともすれば、追随しない方が正解だったのかもしれない。

 なまじ振った側の人間としては、あそこで敢えて足を踏み入れる必要はなかったのだ。踏み入れて、もし地雷を踏み抜きでもすれば、僕も琴葉さんも、何より乙葉さん自身が、それはそれは想像を軽く超えて来るようなダメージを負っていた訳で。


「真さんってば」


「人違いですごめんなさい――って、桐島さん…?」


 眼前にはこくこくと頷く小さな顔。


 驚いた。

 素直に驚いた。


 いつだったかから、桐島さんが僕のことを名前で呼ぶようになって来てはいたが、よもやこれほどまでに自然と、不自然な呼び名を口にしてこようとは。

 露とも思わなかった。

 桐島さん、神前さん、と呼び合う仲が普通で、それを違いにわざわざ超えようとはしていなかっただけに、異常とも呼べ容状況である。


「浮かない表情、というよりは、寧ろ浮いた――浮ついた表情をしていますね」


「さらっと吐かれる毒は痛いものですね。珍しい、電車なんて」


 装いも、どこか他所へ行くには地味なものだが、かと言っておめかしをしていないという程でもない。

 休日のお出かけ、といったくらいの丁度良いラフさ。


「少しばかりお買い物を。真さんは?」


「礼のパーティーについて、岸姉妹と」


「なるほどなるほど。何か進展はありました?」


「少しは。それよりも後退が危うい…」


 ついそんなことを零すと、桐島さんは首を傾げ、はっと気が付いて狼狽える僕を見て目を輝かせた。

 逃げ場無し。

 まぁ、この人になら話しても問題はないだろうけれど。






「なるほどなるほど」


 かいつまんで一通り話すと、桐島さんは小さく頷いた。

 茶化すでも持ち上げるでもなく真剣に来てくれはしたが、それはそれで何だか恥ずかしいものはあるのだけれど。


「理由もさることながら、その対象が真さんとは。意外、と言っては失礼でしょうか」


「同じことを自分でも思ってます。まぁ葵の時もそうだったんですが、何れも僕に思いを寄せるようなタイプじゃない気がしてならないんです」


「おとなしめ……読書少女や寡黙な子、といった辺りが釣り合いだと?」


「こればかりは好みの問題ですかね。今はもう葵が好きになってしまってるのでアレですが、貴方のタイプはって聞かれたら、僕は迷わず”文学少女系”だと答えてしまいます」


「乙葉さんも近いものがありますが、あの子の場合は、正確だけイメージの反対側ですからね。ズバッと物事を言いきったり切り捨てたりする辺りが」


 そう。そうなのだ。

 勝手なイメージで大変失礼だとは分かっているが、乙葉さんのような場合は、一つのきっかけでころっと変わるか、そうでなければずっと男の一人もいないような――というイメージなのだ。

 イメージはあくまでイメージ。仮説でもないただの妄想なのだが、それを無しにしても、乙葉さんのような人が僕に、なんて、それこそあまりイメージが付かない。

 

 と、不意に桐島さんが口元に手を添えてクスリと笑った。


「乙葉ちゃん、そういう子だったんですね」


「と言うと?」


「はっきりと物事を言えるタイプの子って、実は恋愛には臆病だったりしません? そこを、流れでも”好きだった”って言えることが、ことあの子に於いては少し意外だったもので」


 それは僕も思っていたことだ。

 ただ、言葉にすると何だか失礼で、且つ彼女からの告白を無碍にしているようで、思ったとてどうにも出すことが出来なかった――いや、そも振っている時点で一度無下にはしているのだけれど。


「まぁ、随分と前から真さんたちのことはご存知なのでしょうし、断られても納得はしているでしょう。ちゃんと伝えられて、ちゃんと理解も出来て、ちゃんと割り切れる。それがあの子ですから」


「だと良いんですけど……」


 正直なところ、それが一番疑わしくはある。

 桐島さんの口にした言葉を借りても、恋愛に臆病だとするならば、その反動によるダメージも相当なものになりそうなものだ。

 

「少し、羨ましいお話ですね」


「何がです?」


「異性から、それも素敵なお二方からの告白だなんて。生まれてこの方、そういった経験がないものですから」


「それは意外――いえ、おかしな話ですね。世の男性には皆、見る目がないのでしょう」


「あらあら。それなら真さんも見る目が、ということになりますが?」


「揶揄わないでください。仮に僕が貴女に気があったとしても、こんな状況でそれをさらけ出すような愚行は働きません」


「むむ、それはちょっと傷つきます」


 しゅんと眉根を下げる桐島さん。

 いつもの落ち着いた雰囲気からは大人な印象しか受けないのに、こういった反応の良さは、まさに喜怒哀楽のはっきりしている子どもそのもの。

 ギャップの愛らしさに見た目の高レベルさ――と考えてみれば、手を出さないのではなく、誰も手を出せないのかもしれない。

 

 ともすれば芸能人を越えていそうなものだもんな。


「ふわぁ……と、すいません」


「寝不足ですか?」


「えぇ、まぁ。少しばかり目を閉じますから、駅に着いたら起こして頂けるとありがたいです」


「構いませんよ」


「ありがとうございます。それでは」


 ふわりと微笑むと、桐島さんは宣言通り瞳を閉じた。

 横目に見ても、改めてまつげも長くて――いかんいかん。


 あと何駅だったかな。

 とりあえず、僕は最後まで起きておかないと。

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