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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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9.おやすみなさい

 帰ろっか。

 ふと背にかけられた琴葉さんの言葉で以って、僕らはその場を離れて行った。

 手にはきちんと甘い物が。いつもそれだけのものを食べていて、よく太らないものだ。

 

 結局のところ、作るものは僕担当のタルトと琴葉さん担当のジャムしか決まっていない。

 葵の好物たるいちご縛りのものはこれだけで十分だとして、問題は料理系だ。


「まこと君、葵ちゃんと外食に出かけていたりしないのかしら?」


「してるにはしてますけど――葵と僕とで色々と店を探しては行きますが、葵が提案するものはどれもバラバラなんですよ。それがイコール『何でも食べられる』って意味合いなら良いんですけれど」

 

 和に洋に中。何でも食べられて、その度『美味しい』と頬を染める葵の姿なら、これまで飽きる程に何度も見て来た。

 嫌いなものは特にないようで、何かを避けて食べる姿も見たことがない。

 

 参考になると言えば参考にはなる情報だけれど、それが決め手にならないことも事実。

 何を作っても許されるということは、何でもいいなら何でもいいなりに葵を納得させる必要がある。いや、貶すような様子は見たことがないのだが、要は心の持ちようだ。

 何でもいいのなら自然、自身の得意な料理に手を出すのが道理。問題は、その自信に恥じぬ品が出せるか否かなのだ。


「パーティーといえば?」


 と琴葉さん。


「チキン」


「ピザ、ですかね」


 乙葉さんに続く僕の意見は、似たり寄ったりなもの。

 やはり、その辺りのものなのだ。


「チキン、ピザ――小さい鶏肉の乗ったピザって美味しいよね」


「ありますね。食べたことはありませんが。どうでしょう、作ります?」


「あるいは、葵ちゃんも巻き込んで思い思いのって手もあるわね」


「おーさっすが乙葉! 良い提案それ!」


 参加型なら、葵だけ恐縮する様も防げるか。確かにナイスなアイデアだ。


 生地の作り方なら僕が知っているし、琴葉さんはまぁ器用そうだから生地伸ばしの出来るだろう。

 事を盛り上げてくれそうなのは――


「嫌よ、まこと君。私をそんな目で見ないでくれるかしら?」


「誰が卑猥な目か。ピザの生地伸ばしが出来るかなって思っただけです」


「卑猥、とまでは言っていないのだけれど――まぁ良いわ。答えとしては『イエス』ね。昔、琴葉と作ったことがあるもの」


 と乙羽さん。

 名前を出された琴葉さんに向き直って視線を送る。


 曰く、今まだ感覚を覚えているかどうかは無しにして、その当初の手捌きは、初めてにしてはなかなかのものだったらしい。

 加えて、二枚、三枚と作る内、そのスキルは急激な成長を遂げ――という話みたいだが。

 真相や如何に。


 結論としては、まぁそれならばということで乙葉さんも戦力入り。晴れて、盛り上げ役は葵一人になったわけだが、実際のところ、この中では一番器用そうだ。


「ただの料理人たちが集まるみたいですね」


「それはそれで面白くなるわよ、きっと。見た目問題が無さそうだと言うのなら、今度は味問題になるだけよ」


「それが一番怖いのですが」


 肩を落とす僕に、乙葉さんは笑って「大丈夫よ、多分」とフォローというには聊か頼りないレベルのフォローを入れた。


 そんなこんなと道を歩いている内に、一行は最寄りの駅へと着いた。

 僕らは上りと下り。逆方向なのだ。


「色々とありがとうございました」


「こっちの台詞だよまこっちん。好物情報はとっても有益だったよ」


「そうね。やっぱり貴方は頼りになるわ」


 素直に褒められると、また少しこそばゆくはあるのだが。

 それも良いか。


「お疲れ様でした。それでは――」


 ふと聞こえたアナウンスに反応して、背を向けてホームへと歩いていく。

 すると、その僕の背中に乙葉さんが「まこと君」と少しばかり張った声をかけてきた。


 何か、と振り返るも、すぐにはそれも出てこず。

 結局は、おそらく言いかけた言葉ではない様子の挨拶。


「いいえ、何でも。おやすみなさい」


 少し苦くとも、笑顔であるには変わりない。


「ええ。琴葉さんとも、帰路はお気をつけて。おやすみなさい」


 小さく礼をして手を振ると、僕は今度こそホームへと降りていく。


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