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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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7.いちごタルトと甘酸っぱい何か

 後日、また僕は天文部部室にやってきていた。

 葵の好物を伝えたところ、作戦会議的な何かを開きたい、などという漠然とした返信が来たためだ。


「なるほど、いちごか…」


 腕を組んで珍しく真剣に悩む琴葉さん。

 むむむ、と先程から、あれも違うこれも違うと、猫型何某のように案を消していく。


 乙葉さんも同じ室内にいるのだけれど、いつも通り、文庫本の頁を捲るばかり。そういうところは、桐島さんそっくりである。

 

「一つはタルトにしようかな。手間はかかるけど、女の子には喜んで貰えるだろうし」


「作ったことあるんですか?」


「ないけど、ネットで――出来るかな?」

 

 僕に尋ねられても――といった呆れは、こっちに越してきてからもはや彼女の代名詞となってしまっているな。

 どうしよっかな、と唸る琴葉さん。

 言い出しっぺがこれでは、進むものも進まないな。


「怪しいのなら、タルトは僕がやりますよ。昔、姉があまりに所望するんでホワイトデーに――何ですか?」


 ものすごく見られている。

 ふと目が合ってしまえば、それは聞かずにはいられない。


「いや。まこっちん、スイーツとか作れる系男子なんだって思って」


「あぁ、一部だけですよ。言った通り、姉が作れとやかましいものばかり」


 言うと、琴葉さんが是非レシピを教えてくれと頼み込んで来た。

 別に断る理由はないのだけれど――そこに裏はないだろうな。

 ままよ。


 あらかじめ溶かしておいたマーガリンに卵黄を加え、そこにふるった粉と砂糖を混ぜる。それを捏ねてまとめて冷蔵庫で冷やし固め、タルト用の型にバターを塗ってオーブンで三十分。

 水あめに砂糖、ホワイトチョコを溶かしたものに食紅等の着色料を薄く加えて花形に形成。

 最後にクリームチーズとゼラチンを混ぜ合わせたものをタルトに乗せて広げ、好みでトッピング。


「祝いというのであれば、花形はバラが良いかもしれませんね」


「ほへぇ…」


「何を呆けた声を出してるんです?」


「いやね。一家に一台まこっちんって思って。お嫁さんに来てくれない?」


「またこの人は。この間、遥さんが――」


「わーわーわー…!」

 

 急に騒ぎ散らす琴葉さん。

 何事かと思って見守っていると、不意に首根っこを掴まれてそのまましゃがまされてしまう。

 

 一拍遅れて気が付いたのは、彼女が誰にも言うな、と言っていたことだ。

 遥さんにやや気があるけれど、それは周知されたくないのだと。


 すいません、すっかりと忘れていました。

 どちらかと言うと、これまで散々弄られてきたことへの復讐心と言いますか、それを若干と楽しみ始めている節があったと言いますか。


「乙葉には絶対ダメ。何かやだもん」


 ひそひそとドラマでよく見るような光景。


「何かって。いっそ知ってもらって、応援でもしてもらえば良いんじゃないですか?」


「やだ。絶対やだ」


「せめて返答は正確に」


 これは何を言っても「やだ」の一点張りだろうな。


 何故か僕が折れて、恐る恐る文庫本を読んでいる乙葉さんの様子を窺う。

 気付いていないのかそのフリをしているのかは分からないけれど、とりあえずはいつも通りに集中しているらしい。


 これでバレて琴葉さんが弄られでもしたら、後々被害を被るのは僕の方だったろうから、セーフと言えばセーフと喜んでも良い場面である。


「気を取り直して二種目目!」


「切り替え早いですね」


 肩を竦める僕は無視。


「ジャムを作ろう! 持って帰って貰って、ハルとも一緒に使えるし。家族仲が深まるのは良いことだし」


「ジャムって簡単に作れるものなんですか?」


「うん。へたを取ったいちごにグラニュー糖とレモン汁を混ぜて寝かせて、こまめに灰汁を取りながら煮込むだけ。ざっくり言うとね」


「へぇ。流石、自称するだけのことはありますね」


「ふふん! 良いお嫁さんになれるって褒めてくれてもいいのよ」


「まぁ、琴葉さんなら事実なれそうですけど」


 いつも楽し気に明るいけれども他人のことは気遣えて、料理も出来て。

 容姿だって悪くはない、個人的には寧ろ良い方だとは思うから、てっきり引く手数多だと思っていた。


 当の琴葉さんは、僕の言葉は予想だにしなかったのか、まんざらでもなさそうに照れてもじもじとしてしまっていた。

 それは似合わない。似合わないよ琴葉さん。


 すると、僕が心の中で突っ込みを入れたすぐ後で、ようやくパタンと本の閉じる音が耳を打った。

 向けた視線の先には、薄く開かれた目でこちらを見る乙葉さんの姿。


「まこと君は葵ちゃんにご執心だものね。その後、上手くいってるのかしら?」


「だから僕の名前は――って、合ってる。失礼ですが乙葉さん、調子の方は?」


「私の方が質問していたのだけれど。まぁ、答えとしては少し熱っぽいといったところかしら。身体のだるさはないから、こうしてやって来ているのよ」


 それは心配だ。

 倒れられでもしたら、一大事である。


「休養した方がよくありませんか? 自前のブランケットもあることですし、そちらで少し横になられていても構いませんよ? 僕らのことは気にしないで」


「あら。なら、失礼してしまうわね」


 素直に頷くと、会話も早々に切り上げて、乙葉さんは畳敷きの空間へ。

 倒れ込むようにして横になると、ロングのスカートがふわりと――ダメだ、見ては。


 もぞもぞとブランケットをかぶると、乙葉さんはそのまま動かなくなった。

 相当に疲れていたのか消耗していたのか。


「元気もないのに、よく僕らの仲について聞いて来たものだ。恐ろしいったらない」


「聞こえているわよまこと君」


「聞き流してくれると助かるんですが。と、まぁ良いか。どうしてそこまで聞きたがるんです? しんどいなら、弄るより休んで欲しいところです」


 そう言ってやると。

 乙葉さんは意外にも熟考して、やがてその旨を訥々と語り始めた。


「葵ちゃんのことが大好きだなのはあるのだけれど――私、まこと君もとてもいい人だと思うもの。葵ちゃんには釣り合っているし、相性も良さそうだし、応援しているの」


「――それは意外でした。まさか、乙葉さんが僕に対してそんな評価をしてくれていたとは。何と返したら――」


 言いかけた時だ。

 今度は僕の言葉が届いていなかったのか、制するようにして言葉を重ねて来た。


「実はね。私、君に好意があったのよ」


「――へ?」


 一瞬、彼女が何を言っているのか、何を言われているのか、頭が追い付かなくなってしまった。

 すると、フリーズした僕に、琴葉さんが代わって耳打ちしてくる。


 曰く、乙葉さんの言っていることは事実。

 今までに何度か、実は、本当は、と相談されたこともあったらしい。


「でも、何で――いえ、こう言うと失礼なのは分かっていますけれど、それしか言葉が浮かばないので…僕と貴女は、あまり言葉も交わしていなければ、姿を合わせたことも少ない。それで、どうして僕に…?」


「人の為に一生懸命になれる人って、とっても素敵だと思うの。自分とは関係ない人の、自分とは関係ない用事の為に、自分の時間を使う。それって、とっても勿体ないとは思わない?」


「――言われてみれば」


「それを、文句ひとつ言わず、加えて自ら進んで動くんだもの。まこと君って、とっても素敵な人よ」


 彼女はそう括って、首までかけていたブランケットを頭までかぶって籠った。


 僕は言葉を失った。

 冗談で普段から聞く琴葉さんが、あるいは――という可能性なら、無い訳ではないのだろうが、まさか事実ほとんと話した事のない乙葉さんに、そんな風に思われていたとは、露とも思わなかった。


 しかし――しかしだ。

 僕には葵がいる。自惚れでも妄想でもなく、彼女の方から好意を寄せられていて、同時に僕も彼女を好きになってしまっている。

 乙葉さんからの言葉は、素直に死ぬほど嬉しい。けれど――


「――すいません、乙葉さん。僕は、葵が好きです」


「……知っているわ。何を勘違いしているのかしら? 言ったでしょう、好意が”あった”と。それに、応援していると。…紛らわしい解釈を、しないで頂戴…」


 震えている。

 文字通り、タオルケットに包まれている肩が、声が、震えてしまっている。


 一世一代の告白――だったのかは分からない。

 けれど、普段は毅然としてお堅い彼女のことだ。軽いテンションだとか、流れだからとか、そういった理由で放った筈はない。

 それが彼女にとって、意味あったものであることは確かだ。


「……すいません。お言葉は、とても嬉しく思います」


「勝手に纏めるんじゃないわよ…ばか」


 ばか、か。

 散々と好き勝手に弄られて来たけれど、彼女は暴言やその類の言葉は口にしなかった。

 ふざけて「ばかね」とも、呆れて「あほらしい」とも、言ったことはなかった。


 ばか――ばか、か。

 確かに、ばかだ。


「少し眠るわ。ブランケットを取りでもしたら、許さないから」


 取りませんよ。少なくとも――


「……うっ…うぅ…」


 貴女の、その嗚咽が収まるまでは。



 



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