表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
89/129

5.好き

 人間なんていうものは、往々にして自分勝手な節のある生き物だ。


 自分の欲の為に行動する。

 他人の得の為に損をする。


 良くも悪くも勝手に選択をして、そこに認められるか認められないか、結果論として周りの評価がくっついて来るものなのである。

 誰かから認められないと存在出来ないのが、人間の生き方なのだ。


 ――と、引用したのは、桐島さんの処女作である『二十一』の冒頭文。

 ふと思い出して、頭の中で何度か噛んでみたのだけれど。

 学生時代に新人賞に応募して、それが当たって、晴れて作家になった桐島さん。普通の人ではないとずっと思っていたけれど、今思ってもやはり普通の人ではない。

 学生の頃からこんなことを考えていたなんて。


「変わってるのに変わってないし、よく分からない人だなぁ、相変わらず」


 ふと呟いたのは、本日の業務はないぞと言われ、記憶堂から帰って来た自室。

 滅多に車も通らないここの通りは、静まり返っていた。


 昼寝でも。

 そう考えていた矢先、不意にスマホが着信の音楽を鳴らした。


 表示されていた名前は葵。

 そういえば、こうして電話がかかって来るのは久しぶりだ。


「もしもし? どうしたの?」


『あ、えっと――うん。ちょっと、用事が』


「だろうね。でなけりゃ電話はない。何?」


『夕飯。久しぶりに、どうかなって』


 それは嬉しい誘いだった。

 ここのところ、僕ではなく葵本人が忙しそうにしていたものだから、そういった機会にはあまり恵まれていなかったのだ。


 僕は当然、二つ返事でオーケーした。

 それを受けた当の葵は、喜び、跳びはねたか何かをしたようで、どこかに足の小指をぶつけて悶えていた。


 大丈夫かと問うと、大丈夫だ、とか細い声で返って来た。

 まぁ、明らかな骨折や血さえ出ていなければ問題はないだろうけれど。


「ご飯って、今晩?」


『う、うん。えっと、私の家で』


「手料理か。それは嬉し――」


『えっと、ごめん…! 作るのは、兄貴だから…』


 ――ジーザス。




 そうして招かれた訳なのだけれど。

 本当に、遥さんが包丁を使っている。

 それも、かなりの手際だ。


「驚きました。何のケミカル実験室かと」


「言ったろ、何でも出来るスーパー人間だって」


 初耳です。

 しかし――なるほど。

 これは琴葉さんが惚れるのも、やはりと頷けるな。


「それはそうと、突っ立ってないで座れよ。葵、茶出してやってくれ」


 無言で頷き、とててと歩いていく葵。

 何だか少し生き生きとして見える。


 いや、それもその筈だ。

 土曜日たる今日、遥さんはいつもならバイトに行っている時間なのだから。


「祝日ってんで、今日は休みなんだ。だから、久しぶりにこうして俺が作ってるわけだ」


「なるほど。だから、葵も嬉しそうに見えるんだ」


「……そんなに? 私、嬉しそうに見える?」


「というか、楽しそうかな」


 オフの時、いつもは猫のように丸まってのろりと動く葵だけれど、今日は少し俊敏というか、足取りが軽いように思える。


「ちょ、ちょっとだけだよ。でも、やっぱり兄貴は家族だから。一緒に居る方が、楽しい」


 少し俯きがちに。

 良いことではないですか、遥さん。


 微笑ましいそんな空間にも、空気を読んでか読み間違えてか、遥さんはお道化て「聞いたかまこと!」と。


「俺と一緒が良いってよ、葵のやつ。んだよ、やっぱりブラコン抜けてねぇじゃんかよー、可愛いやつめ!」


 どっちが。


「い、一緒ってそういう意味じゃないから…! 自惚れ禁止…! 兄貴は料理に集中して!」


「はいはいっと。まぁ何だ、そういう意味じゃあ、葵はまことと一緒がいいもんな」


 その一言に、場が凍り付いた。

 僕としても、また葵としても、何となく嫌に引っかかるフレーズだったからだ。


 どうしてこの人は――やはり後者。この人は、要所要所で空気を読めない人だ。


「も…………」


 小さく、葵の口から音が零れた。

 残る二人の視線が集まると、首を大きく振って一言。


「も、もう兄貴公認でいいし…!」


 深呼吸。


「私は、まことのことが好き――!」


 ――ジーザス。


 空気の読めないレベルは、どうやら兄妹でそう差はないらしかった。

 そこに一人残された僕の心も、少しは考えて欲しい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ