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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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4.送るついでに

「琴葉さん、家ってどっち方面でしたっけ?」


「方面って言うか、最寄りから一駅隣だよ」


「わざわざ電車で――すいません、ちょっとそこまで琴葉さん送ってきますね」


 そう言うと琴葉さんは、悪いからと断ったけれど、桐島さんが「よろしくお願いしますね」と応えると、渋々といった様子で飲み込んだ。

 小さなショルダーバッグ意外に荷物はなく、自分の肩に掛けると、最後に挨拶だけして記憶堂を後にする。


 出掛け、開口一番「悪いね」と言われた。

 何となく、女性を送るのは男性の領分だと思って――と冗談めかして言ってはみたものの、裏がないと言えば嘘にもなる。


 乙葉さんがいないのはアレだけれど、琴葉さんがいるのなら、話しておかなければならないことはあった。


「依頼――というか、お願いでしたっけ。まぁどっちでもいいか。桐島さんのことですけれど」


「ふぇ?」


「いや、ふぇ、じゃなくてですね。何でグミなんか食べてるんですか、さっきの申し訳ないテンションは何処へやってしまったんですか」


「まぁまぁそうカリカリせずに。ほれ、一個あげるから」


「……いただきます」


 溜息交じりに、貰ったそれを口へと放り込んだ。


「どう? 最近人気の固いやつ。お気に入りなんだ」


「美味しいです――いえ、そうじゃなくて。ですから、桐島さんのことですよ。秋頃、お二人から受けた相談の」


 そこまで言うと、ようやく「あぁ」と生返事。

 本当に覚えているのだろうか。


 ままよ。

 事後、その旨を綴ったメールも送ったことだから、そうそう忘れはしないだろう。

 返事として『本当に良かった』とも書いてあったわけだから。


「あれ以来、桐島さんに変わったことは――と言いますか、あの一件で全て綺麗になったようで、来年のあの時期からは、もう同じようにはならないと思います」


「そっか」


「ええ。いつも通り、楽しそうに僕を弄っては笑って、たまに真面目に依頼をこなして、小説を書いて。頼れる普通の大人になりました」


「良いなあ、弄ってもらえるの」


「他人事だと思って。ちょっと餌があれば、すぐに噛みついて離さないんですから。大変なんですよ?」


「いいじゃん、藍子さんなら」


 どれだけ好きなのだろうか。


 別に僕だって、悪い気はそれほどしない。

 しかし、流石にものには限度というものがあるのだ。

 とは言え、僕の疲労を分かってくれる人は、おそらく誰もいないのだけれど。


 少し歩いて会話が途切れると、琴葉さんが、どうせ暇なら、パーティーで何をするかちょっと考えてみようかと言い出した。

 お互いに忙しいので、時間を有効利用するのには賛成だ。


「まず、食べ物は必須だよね。食事っていうよりかは、お菓子とかスイーツ」


「いいですね。買います? 作ります?」


「勿論作る! これでも、結構腕には自信があるんだよ」


「……へぇ」


「え、まこっちん疑ってる?」


「いえいえ。ちょっと、何かが悲しいと言いますか」


 桐島さんは料理にスイーツ作りが得意。

 葵も、以前どちらも何度も作ってくれた。


 ちょっと不器用というか、失礼ながら抜けてそうに見える岸姉妹に関しては、何か出来ないことがあると思っていたのに。


「そういうこと。残念ながら私、料理は全然しないけど、お菓子作りだけはよくするのよ。ちなみに乙葉はどっちも苦手よ」


「変なバランスですね、相変わらず」


 姉、あまり活躍の場がないのではなかろうか。


「私は行動派、乙葉は頭脳派、みたいなバランスかな」


 通潤橋の折には、割とどちらも頭を使っていなかったような。

 言うと怒られるから口にはしないけれど。


 お菓子類を琴葉さんに任せるとして、では他には何をしようと話は進む。


 飲み物、何か祝いの品に、部屋の飾りつけ。

 色々と案は出たけれど、そういえば、葵の好みをあまり知らない。

 あれだけ一緒に居て、色々と言葉も交わして、食事にも出かけたりしていたのに。


「まぁ、それはあとで聞けばいいんじゃない? サプライズではないんだから、バレたって問題はないよ」


 遥さん個人の行動に関しては、完全にサプライズでなければならないのだけれども。

 それは今は、考えなくてもまだ大丈夫か。


「まぁ、そうですね。家庭教師のバイトもありますから、その折にでも――」


 と、言いかけたところで。

 琴葉さんが立ち止まり、思わず僕も数歩先から振り返った。


「さっき、葵ちゃんも藍子さんも料理が上手って言ってたけど?」


「え、ええ、はい」


「食べたの、葵ちゃんの手料理。それに、家庭教師って」


 ぷるぷると肩を震わせる琴葉さん。

 何か琴線に触れるような発言をしただろうか。


 ――なんて心配は、杞憂に過ぎず。

 少しして琴葉さんが発した言葉は、“羨ましい”の一言だった。


「あの可愛さで料理も出来るんだ、完璧じゃん。食べたの? 家にまで行って? 良いなぁ」


「桐島さんだけでなく、葵にもご執心とは。忙しいですね」


「桐島さんは尊敬対象、葵ちゃんは愛でる対象!」


 分からなくもない。

 いや、寧ろ大いに同意さえ出来る。


「何作ってもらったの?」


「えっと――ルーじゃない、スパイス類で作るガチカレーとか、小腹に簡単なおつまみとか、クッキーとかですかね」


「結婚しちゃえば?」


「それも悪くはないですね。あの手料理は、本当に美味しかった」


「……恥ずかしくないの?」


「え? 何が――」


 何が恥ずかしいって。

 しまった。遥さんの悪ノリに素で答えるのに慣れてしまって、たった今ぱっと飛び出た衝撃的な単語への耐性がなくなってしまっていた。


「――リセットで」


「私が証人です」


 何という事でしょう。

 頭を抱えて座り込んでしまった。


 すると、少し何かを考え始める琴葉さん。

 やがて僕に呼びかけると、


「まこっちんって、結局葵ちゃんと付き合ってるの?」


「また唐突ですね」


「いやさ。ほら、ヴェネツィアだっけ、から帰ってきた後、どこまで進んだのって聞いたら、その時はまだ付き合ってないって。でも、手料理に家にと進んで、まだ付き合ってないの?」


 当然のように聞かれても困る。

 以前にも言ったけれど、僕も葵も、とりあえず受験が終わるまでは、その類の休戦協定を結んでいる訳だ。

 だから、それまではその方向への進展はない。


「ふむふむ。つまり、言葉ではちゃんと『好きだ』って伝えてるわけだよね?」


「それは……えぇ、まぁ」


「あらあらー、ちょっと楽しくなってきちゃった」


 段々とギアの上がっていく琴葉さん。

 逃げることは――不可能なようだ。


「なんてね。あんまり意地悪しちゃ可哀そうだし」


「それはもっと前の時に言って欲しかった……」


「まぁまぁ、そう肩を落とさない」


 落としてはいない。

 反論しようと立ち上がると、


「でも、まぁ――」


 短く置いて、


「葵ちゃんがまこっちんに惚れるのも、その逆も、分かる気がするなぁ」


 と。


 僕が葵に、ならまだしも、葵が僕に惚れる理由が分かるって、一体――

 聞けば、


「藍子さんのお兄さんの一件、難しい、厳しいって言ってたじゃない?」


「ええ、まぁ。それなりに、ですけれど」


「それなりにでも、そんな忙しい時に、まこっちんは私たちのお願いも聞いてくれて、ちゃんと事後に連絡も忘れずにくれた。そんな、周りを常に気遣って漏れがないところ、とっても素敵だと思うよ」


「……喜んでいいものなんでしょうか?」


「せっかく褒めてるのに。でも残念、褒めてはいるけど、私がまこっちんに惚れてるわけじゃないからね」


「聞いてないですよ」


 女の子に惚れられて嬉しくない訳はないけれど、今言われても、困ってしまうだけだ。

 葵への返答にも支障が出る。


 と、不意に琴葉さんが僕の腕を引き、顔を近付けてきた。

 何事かと慌てる僕に、実は、とそっと告げる。


「さっき記憶堂で言ったこと、嘘なんだよ」


「記憶堂で?」


「だ、だから、ほら……ハルが気になるってことの意味」


 そういえば。


「好きなんですか?」


 問うと、慌てて僕の口を塞ぎにきた。


「ストレートに言わない…! 恥ずかしいでしょ…!」


 人は散々辱めておいて、その言い草はどうだろう。


「さっきの意味で気になるっていうのは本当。でも、そういう意味で気になるっていうのも、実は本当なんだけど…」


「指示語ばかりで分かりにくいですけど――なるほど。それを、どうして僕に?」


「な、流れで…?」


 僕に問われても。


「協力してくれとか、そういうんじゃないんだけど……何となく。ちょっと、ハルのことが気になってて」


 乙葉さん的に言えば、憂い反応をするものだ。

 ノリ良い男勝りな琴葉さんにも、乙女の側面があったとは驚いた。


 しかし、遥さんをか。

 分からなくもないな。僕が女で、遥さんと同じ天文部にいれば、確かに惚れているかも分からない。

 人当たりがよく、裏表もなくて、真面目で、丁寧で、おまけに顔も良い。

 そんな人、ずっと一緒にいれば、そりゃあ惚れもする。


 しかし、だ。


 遥さん的には、琴葉さんのような女性に惚れられて嬉しくはあれど、付き合うかどうかはまた別の問題な気がする。

 冗談めかして言ってはいたけれど、将来的に葵を僕が貰うまでは、俺があいつの親になるんだと語る目は、真剣そのものだった。


 今は――しばらくは、葵が一番だ。


「ハル、彼女とかいるのかな?」


 琴葉さんが呟いた。


 いない、とは思う。

 それこそ、今は葵が一番だから。

 作って、それに呆けて、葵を放っておくなんてことは絶対にしない。


「――なんてね。ごめん、変な話しちゃって。忘れてね」


「僕が証人です」


「ぐぬぬ…!」


 自分がやったのと同じ返しをしてやると、歯ぎしりして悔しそうな琴葉さん。

 ちょっと、面白いな。


「お、覚えてても面白いものじゃないよ…!」


「遥さんと一緒に居るところを、面白がれます」


「意地悪だ…! そんなに黒くなかったよ、まこっちん!」


 師匠譲りだ、諦めてください。




 やいのやいのと激しく言葉を飛ばし合って歩く内、僕らは最寄りの駅へと辿りついた。

 広場に差し掛かったところで「ここまでで良いよ」と言うと、琴葉さんはそのまま駅の方へと歩いていく。


 何となくその後ろ姿を眺めて見送っていると、不意に振り返って、


「さっきの話、乙葉にも教えてやるんだから! だからまこっちんは、ハルにだけは言わないように! 送ってくれてありがとー!」


 そんな言い分に、僕は手を振って応える。

 すると、琴葉さんは何やら満足気な表情を浮かべて、小走りに駅へと向かった。


 さて遥さんにメールでも――なんて。

 そこまで黒くは、なってないつもりだ。


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