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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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3.相談

 季節はまた一つ巡り、冬になった。

 肌を刺すように冷たい風が、否応なしに誰も彼もを襲って吹き抜ける。


 先日、地元の母と姉からメールが来た。

 冬休みになったら、また葵を連れて遊びに来い、と。

 受験だからダメだ。そう言うと「じゃあ、それが終わったら祝いに」と。

 まったく。どうしてこう、軽いノリなのだろうか。

 いや、僕とて、葵がもしも受からなかったら――なんて考えはしていない。あれだけの容量の良さに元々の頭脳をもってすれば、僕よりもいい成績であの大学に受かれよう。


 しかし、そういう問題ではないというか、何となくあそこには連れて行き辛いというか。

 またぞろ、姉さんに質問攻めにされること間違いない。

 いっそのこと、葵だけ送り込んでやろうか。


 と、それは半分冗談としておいてだ。


 新しい依頼として、遥さんからの申し出を受けた訳だけれど。

 合格発表の日、当日まで、動こうにも動けないとは。

 少し、暇が出来てしまったな。


 課題もないし、記憶堂でパソコンを開く用事もない。

 とは言っても、依頼がないとは限らないので、行かない訳にはいかない。


「寒……」


 コートにマフラーとしっかり防寒し、僕はアパートを出た。




 もうすっかり見慣れてしまった構えだけれど、薄っすらと雪化粧をした記憶堂は、また新鮮なものだった。

 白に覆われた少し古ぼけた色合いが、不自然にマッチしている。

 

 そういえば、いつかに言っていたオープン、クローズの札――本当にないんだな。

 今更ではあるけれど、まったく人が悪いよな。


 等と思いながらも、勝手知ったる店の扉をゆっくりと開けた。


「おはようございます、桐島さん。今日は――って」


 奥部屋へと続く扉を開けると。

 そこにいたのは、こちらもよくよく見慣れた人影だった。が――

 どこか、様子がいつもとは違う。


「琴葉さん、ですか――今日は乙葉さんと一緒ではないんですね?」


「やほ、まこっちん。ちょっとね。個人的に、藍子さんに相談があって」


「依頼ではないんですか。すいません、来てしまったので、差し支えなければお聞かせ願えますか?」


 そう言うと。


「え……!? っと――それはちょっと、恥ずかしいかな」


 と、乙女の恥じらい。

 なるほど。恋の相談か。


 これは、とんだ無粋な真似をしてしまったようだ。


「うーん……まぁ、でもまこっちんなら大丈夫かな。人の秘密、そう易々と話す人じゃないでしょ?」


「他言無用とあらば、誰にも言いはしないと約束しますが……聞いておいて何ですが、あまり話したくない内容なのであれば、無理には聞きませんよ?」


「ちょっと緊張してるだけ、大丈夫、大丈夫」


 そう語る目は笑っていませんよ。


 と、そうは言ってもだ。

 その奥でずっと、桐島さんがにやにやと不敵な笑みを浮かべていることが気になって仕方がない。


「何か?」


 我慢ならず、ついぞ尋ねてしまった。

 すると桐島さんは、いつものように「ふふふ」と笑って誤魔化した。


 疑問符を浮かべつつも琴葉さんへと向き直ると、何でも、今まさになかなかいいところまで話していて、そこへ僕がやってきたものだから、中途半端に恥ずかしいままなのだとか。


「すいません。なら――っと。着席しました。続きをどうぞ」


「ま、まこっちん、ちょっと意地悪になってないかな?」


 琴葉さんにまで言われてしまうとは。

 やはり、桐島さんの影響を――


「えっと、ですね……」


 控えめに一拍置くと、琴葉さんは少しずつ話し始めた。


「唐突に言うとですね。ハルが気になって仕方がないのです」


 ――なるほど。


 これはまた、良い意味で面倒な場面に出てきてしまったらしい。


「そこ、そういう意味じゃないから…!」


「え…? っと――遥さんが好きだって――」


「その気になるじゃないの…! えっと、何て言うかね、最近ちょっと、様子がおかしいのよって話」


「なんだ、そういう……」


 なんだってこともないのだけれど。

 自分で自分のことを、失礼な奴だなと思ってしまった。


 曰く。

 聞いたことを噛み砕いて言えば、今までは従順な奴隷だった遥さんが、最近では「嫌だ」とはっきり断り、且つあまり一緒には居てくれないのだとか。


 心当たりがあり過ぎる。


 しかし、参った。

 秘密の保持云々という話が出てしまった手前、件の話をする訳にもいかない。

 ここは出来るだけぼかし、嘘でない範囲の説明を。


「その理由なら、僕知ってますよ」


「本当…!?」


 がばっと身を乗り出し、至近距離。

 近い近い。


「お、落ち着いて落ち着いて…! 近いですって」


「あ、と、ごめん……それで、その理由って?」


「ええ。葵の受験が近いのはご存知ですよね。それの事で頭が一杯で、ちょっと悩み事もあるようで」


 嘘は言っていない。

 どうだ。


 桐島さんは――どっちですか、それ。

 笑みを崩していないのは。分かっているからなのか、これが嘘でないと思っているからなのか。


「そっか、葵ちゃんの。なんだ。なら良かった、安心した」


「安心って、何をです?」


「いやね。たまに会うその短い時間の間で、よく左手を気にしてるんだよ。ぐっぱーいてみたり、回してみたり」


「そ、それは……」


 何なのでしょうね。そう返そうとした時。

 桐島さんの表情が、更に悪戯なものへと変わった。


 やはりか。

 僕が一瞬思考したことで、何か隠しているのだろうと踏んでいて、それでいて敢えて触れなかったのか。 本当に、いい性格をしているよ、貴女。

 

 ――そうだ。


 嘘でない範囲だと言うなら、


「実を申しますと――」


 こういった方法も、悪くはないのではないだろうか。

 幸い、と言っていいものやら怪しくはあるけれど、葵自身、岸姉妹にはまた会いたいと言っていた。


「葵の合格発表の日、パーティーをしようという話を考えてまして」


「パーティー?」


「ええ。遥さんについての詳細は、すいませんけれど語れないのですが、それが原因です。そこで、です」

 

 悪知恵っぽくて気は引けるけれど、結果、遥さんの気持ちも、少しは紛れよう。

 勝手な判断けれど。


「パーティー、乙葉さんも桐島さんも巻き込んで、皆で色々と考えませんか? 手伝うという名目なら、怪しまれずに観察も出来ます。それで、困ってそうだったり無理してそうだったら、助けてあげると。如何でしょう?」


 悪くはない筈だ。

 琴葉さんは遥さんを監視出来、乙葉さん的には葵の晴れ姿を存分に拝める。

 遥さん的には――そう。葵を呼ぶ口実が、作りやすくなる。

 よりわざとらしくなく、より自然に、より効果的に。

 嘘でなくパーティーを開催すれば、心も痛むまい。


「良いね、それ! そのハル自身の理由っていうのは気になるけど――ううん、楽しそう!」


「決まりですね。とりあえず、遥さんに一報入れておきます。断りはしない筈ですから」


「分かった――って、ごめんなさい藍子さん、解決しちゃった」


「構いませんとも。それに、何だか私まで巻き込まれてしまっているようですけれど――楽しそうですから、良いとしましょうか」


 ああ。これは後から、色々と聞かれるトーンだ。

 遥さん、本人のあずかり知らないところで、すいません。


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