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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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2.依頼内容

「バイオリンを弾きたい?」


 休日の大学は、第三多目的室。

 岸姉妹のいない今日、呼び出されて遥さんと二人きりなわけだけれど――


 開口一番、遥さんがそう言ったのだった。


「ご存知ないかもしれないが、俺は昔バイオリン弾きだったんだけどよ」


 桐島さんから聞かされて、実は存じている。

 とは言えず、そのまま流れに身を任せてみた。


「ちっと酷めの腱鞘炎になってしまったのを機にやめて、それからはまったく触ってないんだが――と、そういうことだ」


「葵の入学祝に、バイオリンですか」


「ああ」


「でもまた、どうして自分を傷つけるようなことを? 手紙にもありましたけれど、そりゃあ葵も怒りますよ」


「そうなんだが……」


 どこか煮え切らない様子の遥さん。

 事の重要さを、自身でも理解はしているのだろう。


 桐島さんから聞いた話によると、遥さんの腱鞘炎は自身でも言っている通りに酷いもので、下手をすれば大きな後遺症や新しい症状も伴ってしまうものだ。

 だから、治すのではなく悪化させない道を選び、今に至る訳だけれど――どうして。


「最低限だが親戚からの仕送りもあって、それを補う為に俺がバイトをしている訳なんだがよ」


「ええ、それは前に聞きましたね」


「塾の講師って、こう言っては何だがかなり儲かるんだ。それなのに、葵は自分でもバイトをしている。今は流石にやってないけどな。言いたいこと、分かるかよな?」


 少し考え、


「気を遣って無茶をしている、とか……?」


 僕がそう言うと、遥さんは控えめに頷いた。

 俺はそう思っている、と。


 怪我が原因でバイオリンをやめたのに、以降ずっと葵の為に頑張っている。

 それに気を遣って、申し訳ないとでも思って、葵バイトをしていると、遥さんはそう言っているのだ。


 遥さんのやりたいこととしては、無理にバイトをしているのではない、現在怪我は何ともない、とその二点を伝える為の、一度限りの演奏会を開きたい。

 そういうものだった。


「逝っちまった親の代わりに、俺があいつを守ってやるんだ。助け合いは勿論する。でも、あいつに守られるのは、ダメだ。俺はあいつの親なんだ」


 真剣な面持ちそのもの。

 俺が一人でもお前を護ってやれると、証明がしたいのだ。


「また難しいことを」


「将来的には、お前に貰ってもらう予定だからな。それまでは、俺があいつの親だ」


 何となく、否定はしなかった。

 しかし――


「何ともない、というのは、流石に嘘なんじゃないですか? 患部なのかどうかは知りませんが、貴方はたまに、左手をかばうようにして動くことがありますから」


「……無意識、だな。流石の観察力だ」


「実を言うと、薄くではありますけれど、桐島さんから聞いたことがありまして。だから、気になっていたんです」


「なるほどな……悪かったよ、嘘言って。無茶そうだから、こりゃ依頼も――」


「いえ、それは請けましょう」


 瞬間、遥さんは「は?」と素っ頓狂な声を上げた。

 そこまで意外な発言だったろうか。


「貴方がどれだけ無茶をしようが、僕は関係ありませんから」


「急に辛辣だな、おい」


「だってそうでしょう。僕への依頼は”葵を大学に連れて来ること”です。その後でどうしようが、遥さんの勝手です」


「……憎い言い回しだな」


 我ながらそう思う。

 桐島さんに感化されてきているのかな。


「依頼は請けます。ですから遥さんは、それまでの短い期間だけでも、緩い方法限定で、手のリハビリでもしておいてください。流石に、ぶっつけ本番では最悪な結果になりかねませんから」


「悪いな」


「そう思っているのなら、少しでも善くなる努力をしてください。葵の嫌そうな顔は、僕も見たくありませんから」


「……分かった。さんきゅ」


 遥さんは優しい。そして、とても真面目だ。

 分かった。その言葉通りの努力を、惜しみはしないだろうと信頼は出来る。


 桐島さんが言っていた、遥さんが放った最期の舞台での言葉。


――大切なものが守れなくなるのは困る――


 本当、貴方は(おとこ)ですね。

 僕と一つしか変わらないのに、凄く立派な人だ。


 そうだな。誠二さんの言葉を借りるなら――


 貴方の目的を叶える為に、僕も努力を惜しまないと約束しましょう。

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