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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第3章 秋の夜長
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32.巧偽拙誠を望む

 とは言え、時間がないのも事実だ。

 こんなタイミングしか計れない現実の中、しかしそれが写真撮影中の時間のみ、ということなのだから。


 しかし、聞かないわけにはいかない。聞かなくてはならない。

 どうして僕が動いたのか。

 どうしてご両親に尋ねることをしなかったのか。


 どうして、それを皆に知られてはいけないのか。


 隠す必要がある程に重要なことを抱えているのに、どうしてこうして皆でやってきたのだろうか。

 神妙な面持ちで返答を待つ僕に、修二さんは少し口を開きかねていた。

 そうしてしばらくお互いに無言の状況が続くと、ここではやはり駄目だ、と言葉を遮った。


 しかしそれは、今はやっぱり話さない、ということではなく、


「ちょっと神前さんと飲み物を買ってきます」


 とりあえずの場所を変える為だった。


 先導する修二さんの後を追い、隣に着いて、修二さんの方から言葉が出て来るのを待つ。

 しばらく歩いて、後ろでの三人から姿が見えない辺りまで来ると、ようやく「さて」と切り出しがあった。


「あの屋敷のことから話しましょうか」


「屋敷――あの家ですか?」


「ええ。神前さんは、楠からどのような紹介をされましたか?」


 させたのは修二さんか。

 紹介をされたか否か、と問わないということは、修二さんがそれをさせたのだな。


 つまり、あの屋敷に初めて僕が行った時から、その実ヒントは隠されていたというわけか。

 僕が楠さんからされた紹介は――大輔さんが現在の家主で、それは向子さんの夫が亡くなった折、故あって譲り受けたものなのだと――


 訳……?


「引っかかる点があったようですね」


「えっと、まぁ――いや、待ってください、それが…?」


「ええ、理由です」


 その言葉を最後、またしばらくは無言の歩み。


 屋敷を譲り受けた理由――向子さんの夫が亡くなった”訳”と関係があるというのは、一体どういう意味なのだろうか。

 どうして、それが修二さん一人しか知らない事実とされているんだ?


 モヤモヤと心地の悪い感覚が胸を満たす中、僕らは随分と歩いて来た。

 そうして、宣言を嘘にしない為に自販機まで辿り着き、二人分の缶珈琲だけ買って、すぐ傍らのベンチに腰掛けた。

 プルトップを捻る音も、どこか鈍い響きを残す。


 そして一口含んですぐに飲み込むと、修二さんは訥々と語り始めた。


「不思議な――そう、まるで運命とも呼べるような、残酷なカラクリとも呼べるようなおかしな話は、確かに存在するんですよ」


 そんな切り出しに、僕はつい表情を曇らせてしまった。

 それを見てすぐに「失礼」と目を伏せ、事の詳細を追っていく。


「写真の頃は、私たち兄妹が、まだ互いに小学生の時分でした――」


 当時、ここ礼文島に来ていたメンバーは”六人”。

 大輔さん、小夜子さん、修二さん、桐島さん――そして、向子さんとその夫だ。

 久しぶりに家族全員が揃える機会とあって、旅行に出たのがここ、礼文島。理由は、向子さんとその夫が、大のウニ好きということで、日本一美味しいと謳われるここに来てみたかったのだとか。


 食事を終え、満足な表情を浮かべる夫妻を眺めながら、さて帰路に就こうという手前で、最後に記念写真を撮っておこうという話になった。

 大草原で一枚。

 海辺で一枚。

 前もって撮っておいたウニ料理と一枚。

 そして、澄海岬で一枚。


 最後のそれは、家族皆で撮ったものと、あの、僕が見た二人だけの写真。


 二人で映っているそれを撮ったのは、向子さんの夫――名を、勇夫(いさお)

 自由に動き回れるだけの体力がちゃんとあって、自分の足でこの礼文島へとやって来ていた。

 

 と、ここまで聞けば、ただの温かい家族のお話である。


 しかし。


「事故でした。崖が崩れ、私たちが皆、落ちてしまったのです」


「皆…!?」


「はい。両親に祖父母、僕、藍――六人とも全員が、落ちて負傷しました」


「そんな……」


 全員――それも、ご老体含めてだって…?


「ひ、被害は……?」


「ええ。祖母向子が重体、両親は幸いにも打撲程度、今は治っておりますが、私は骨折、藍は頭を打ちましたが、現在の状態の通り、大事には至っておりません」


 全員、生きている。

 大輔さんは現役で大学教授、小夜子さんも何もなく、向子さんはそれが理由で車椅子だけれども命に別状はなく、修二さん、桐島さんもこの通り。


「藍に”あれ”が出始めたのは、丁度その頃でした」


 あれ――共感覚。 

 事故原因で覚醒したものだったということか。

 昔は何もなかったのですが、と言っていたのは、なるほどそういうことなのか。

 伴った障害がないのではなく、それ自体が後遺症、障害か。


 四月、桐島さんに尋ねた、足の違和感。

 昔からあると、そう言っていたあれも、その時の後遺症。


 しかし、そうであるならば。


「失礼ですけれど――勇夫さんは…?」


 聞くと、修二さんは伏見がちに言った。


 亡くなった、と。


 理由は、子ども二人をかばった所為なのだそうだ。

 すぐ目の前にいた修二さんと藍子さんを両腕に抱きかかえ、胸の内へとおさめ、最低限の衝撃で済むようにと自身が下敷きになり、二人を護った。


 そして、意識半ばで見たその光景を脳が拒絶し、四人がその一部の記憶を失ってしまった。


 四人――唯一人、修二さんを残して。


「思い出してしまった時の苦しみは、想像出来なかった。だから、医者には私から頼んで、死因が”寿命”ということにしてもらいました。無理を通して通して、何とか」


「寿命……」


「えぇ。母が呟いた”不思議な感じ”というのも、きっとそれなのでしょう。どこか、穴があるような感覚……やはり、無理があったようです」


「隠していた、ということですか――とても責められるような理由ではありませんけれど、やっぱりちょっと……悲しいことですね」


 一人、その光景を鮮明に覚えていて、それがあまりに酷なものであったから隠して、抱え込んで。

 想像なんて出来ないくらい、苦しいものであろう。


「では……どうしてわざわざ、依頼の内容を”ここに来たい”と? 下手をすれば、思い出してしまいます」


「ええ、思い出しますね、きっと――でも、良いんです。私は今日、ここにそれをする為にとやって来たのですから」


「どういう――話すつもりだったということですか?」


「いつまでも隠し通せるものではありませんから。どんな傷を負わせることになるかは分かりませんが、流石に私も、少し限界だった……自分勝手な言い方をしますと、ちょっとだけ、楽になりたかった――事故死とはいえ、祖父の最期は”かっこよかったんだ”って、無駄に死んでいったのではないって、伝えたかっただけなんです…」


「修二さん……」


 それで、依頼が僕のところへと来たのか。

 桐島さん本人は勿論、それが家族全員に及ぶものなのだとすれば、自然、尋ねる訳にはいかない。

 

「両親から説明はあったでしょう、今回のこの件について」


「ええ。記憶堂について調べ、僕の存在を知り、都合が良かったから――と」


「その説明を両親にするよう申し付けたのは、私なんです」


「……と、言うと?」


「辻褄が合うようにするのは大変でしたが。私が考えた、と隠し、両親が説明しているように話せと。結果的にはこうしてバレてしまっていますが、その段階から見破られようものなら、そもこれは成就していなかったでしょうから。怪しまれて断られて、はい終わり、となりましょう」


 葛藤の末、ということですか。

 僕はすっかり騙されてはいたけれど、しかしご両親は――きっと、薄々ではあるけれど、勘付いてはいた筈だ。

 理由はこう話せ、こう話すな、という指定なぞ、秘密があることを吐露しているようなものだ。


 頭が良い人は、嘘を吐くのが下手な面がある。


「それで――」


 と、僕が口を開きかけた時。

 重なって、背後から同じ言葉が耳を突いた。


「それで――か」


 振り返ると、そこには写真撮影をと残っていた筈の三人の姿。

 瞬間、修二さんの眼鏡の奥にある瞳が、大きく揺れた。


「それでか。家にあるアルバムに、家族の集合写真が一枚もないのは」


「……父さん」



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