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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第3章 秋の夜長
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30.衝撃の告白…?

「桐島さんは――」


 ふと、気になったことを尋ねてみたくなった。

 幸い、他の三人は少し離れた隣の席にいる。

 注文したうに丼を頬張りながら、僕は桐島さんに声をかけた。


「はい?」


 顔を上げて、可愛らしく首を傾げるのも、相変わらず。


「桐島さんは、どうして小説を書きたいと思ったのですか? あらゆる才能があったとご両親からお聞きしたのですけれど、それらにの道には行かなかったのですね」


「あぁ、そのことですか。どう話したものか、悩みますね」


 自分のことだというのに、珍しくも言葉を詰まらせる桐島さん。

 口ぶり的には“言葉にしにくい”といった様子だ。


 すると、そのまま何かを飲み込む、あるいは仕切り直しといった風に、もう一口だけうに丼を口に含んだ。

 目を閉じ、うーん、と唸りながらゆっくりと咀嚼し、やがて喉へと送る。


「整いました」


「謎かけですか?」


「ち、違います…! どう話したものかと整理がついたという意味です…!」


「な、なるほど。それで?」


「はい。私、きっと“普通が嫌い”なんだと思います」


 整った、と言っておきながら「きっと」という言い分は如何なものだろう。

 それはきっと、整っていないということなのでは?


 などと食いつくことは、今は不要なものだ。

 それより、普通が嫌いという言葉に、大変興味がそそられる。


「物でもお話でも、私は“創作”というものが好きだったんです。元々あるものを演じる、真似をする、といったことは、楽しくはありますけれど、どうも好みには合わなくて――舞台から、人から、物語から、全て自分の手で作り上げることの出来る“小説”という媒体が、私には一番合っていたのです」


「全てを自分で――」


「えぇ。好まない理由の例えとして、音楽を挙げましょう」


 と言って、桐島さんは右手の人差し指を立てた。


「作曲家でない私のような人間は、元ある有名な曲を弾く他ありません。ではどうなるか。他にそれを弾いている人と、比べられることになります」


「それは、プロとかお金を貰うような――」


「ええ、その通り。比較する必要がない人は、比較対象に上がりません」


 いや、言う通りだ。


 仕事の話をしている以上、それはお金を貰う対象である場合に限る。

 つまり、必ず誰かと比較をされることはあるのだ。


 しかし――それは、どんな仕事をやっていようと、そうなのではないだろうか。

 言ってしまえば作家だって、他人と比較をされなくとも、自身の作品同士で比較をされることは大いにある話だ。

 あの作品よりも完成度が低い、質が落ちた、前の方が良かった、なんて、よく聞く。


 そんなことを考える、僕の頭の中を覗いたかのように、


「自身の物同士が天秤にかけられるのは、別に構わないのです。それは、自分でもよく分かっていることなのですから。自分で認めることも、卑下することも、それは自分だけで作り上げた物だから、いくらでもして構わないのです」


「それは――ちょっと、傲慢じゃないですかね。元あるもので人と比べて、人より上に立って、そうして認められるものだってある。貴女はそれを別に、否定はしていないんでしょうけれど……」


 そう言っている僕の方が、傲慢だ。

 何故かは分からないけれど桐島さんの言い分を流し、自身の意見を押し付けているのだから。

 下手をすれば、この人よりも質が悪い。


「まぁそれもそうですね。以前にも言った通り、見えてしまったからって、それから逃げたわけですから。中身――底の方は、全然成長していないんですよ。子どものままなんです」


 質問が悪かっただろうか。

 何か、琴線に触れてしまっただろうか。


 桐島さんはずっと、何だか晴れない表情だ。


「すいません、変なことを聞いて……忘れてください」


 少し反省だ。

 答えてくれたのだって、嫌々だったかも分からないのだから。


 しかし桐島さんは、すぐにいつものように笑った。

 いつものように、明るい笑みを浮かべた。

 何かを押し殺すでもなく、何かを我慢する訳でもなく。


 気のせい――の筈はないと思うのだけれど。


「気にしないでください。それより――」


 と、話題の方向を変えると、


「葵さんとは、どこまで?」


 ん?


「キスはもうなさったのですか?」


 んん?


 この流れはマズい。

 非常に危険だ。


「ま、前も言った通り、抱き着かれただけで――それ以降は、別に何も…」


 嘘は言っていない筈なのに。

 桐島さんは、そんなことはないでしょうと食いついて来た。


「キスは本当にありませんって…! それに、それ以外のことだって何も…」


「――本当に?」


「疑い深くて且つ残念そうな目はやめて頂きたい。第一、色で分かるでしょう、色で」


「今は透明ですけれど――いえ、やっぱり何か欲しいです…!」


「僕の恋路はご飯のお供ですか…!」


 ダメだ、つい乗り突っ込みが。

 この人がまさか、ここまで人の何かに興味を示すとは――要注意だ。


 と、考えていると。

 僕は少し、またも意地悪な返しを思いついてしまった。

 ここまで聞かれたんだ。おまけに、答えた。

 僕だって、弄る資格は大いにある。


「そういう桐島さんはどうなんですか、恋とか。お付き合いした男性はいるんですか?」


 そう聞くと。

 特に驚く様子も見せずに、はいと答えた。

 

 なるほど。


 ――はい?


「お、お付き合いの経験が…!?」


「ええ、学生時代にお一人だけ」


「そ……そうなんですか」


 それはつまらない。

 つまらなくて、面白い。


 こう言っては失礼だけれど、少しマニアックな気がするな、相手の人。

 容姿はとても綺麗だ。美しいし、どんな服でも似合う。街を歩けば皆が振り返るのが良い証拠だ。

 中身も、僕を弄っていない時はとても優しい。物腰柔らかで、誰とも分け隔てなく接している。


 しかし。しかしだ。

 真っ白かと思えば若干腹黒かったり、淫猥だ何だと僕には言っておきながら、自身ははしたない姿で部屋を歩いたり――


「失礼なことを考えていますね?」


「イ、イエ、ナニモ…」


「片言です。変人だとか淫猥だとか、そんなことを思っていたのでしょうけれど」


「変人だとは――あっ」


「ふふ。油断は禁物、ですよ。私に勝ちたいのなら、冷静でないと」


「それは鎌をかけたって言うんですよ、失礼な。しかし、“淫猥”なんて言葉、ご自身では定否なさらないんですね」


 今更だけれど。


「うーん……そうですね、否定はしません。経験はありませんけれど、人並みには興味もありますよ、人間ですもの」


「そ、そうですか……」


 何だか、凄くいけないことを聞いた気がするのだけれど――それも二つも。

 気のせいということにしておいた方が良さそうだ。


 触らぬ神に何とやら。

 刺激しようものなら、益々の弄りで答えてきそうだ。




 やがてお腹も満たされると、移動を開始しようと、誰ともなく立ち上がった。

 荷物を纏め、名残惜しいうにの香りに振り返りながらも、先を行く。


 味、ほとんど分からなかったなぁ。


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