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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第1章 少女と思い出の橋、一つの謎
19/129

EX.行先は――

 その日、申告した一時間を優に越えても起きない葵を抱えて車に戻り、キャンプ場に戻ったのは十九時。

 辺りは暗く、これから外で夕食の準備をするのもあれだな、と考えている僕の傍らでは、さっさと車内で準備を始める紗織さんの姿。

 キャンピングカーにはまさかまさかの、簡易キッチンが設けられていたのだ。


 姉妹が手伝って野菜を切り分け、すぐに夕食は完成した。

 コンロに火を点けそれらと肉を焼き、上がったものは中央の机へ。

 しかしここでは椅子も足らないのではないか――といった疑問も、運転席及び助手席が百八十度回転する仕掛けによって解決され、何の不自由もなく夕餉を終えた。


 翌日の帰りの車内では、ぐっすりな葵を置いて、通潤橋で起こった出来事を話した。

 祖父に無事会えたこと、嬉しさからずっと泣きじゃくっていたこと――告白されたことは黙っておいた。

 それらを聞いた岸家の四人は、皆が一様に心底安心したような表情を浮かべていた。祖父の話を聞いて泣けるような姉妹に、懐の深すぎるその両親のことだ。それはきっと、紛れもない本心から来るものに違いない。

 

 行きと同じく十二時間、途中交代で仮眠を取りあう誠二さんと紗織さんの運転で無事帰宅。

 自身の車でやってきていた桐島さんは、道中ずっと後ろに着いたままだった。




 日が経ったある日の小さな依頼を解決した後、僕は桐島さんに尋ねた。

 写真に写っていたものが何だったのか、本当は知っていたんじゃないですか、と。

 桐島さんは少し渋って「予想の範疇でしたけど」と言った。

 通潤橋を映したあのアングル、近かれ遠かれあのようなものが無いのは確実だった。であれば、それは自然に出来た物でない。

 加えて、普通は気付かないような事象だったが、あの写真の右端には切り取った跡、数字と思しき字の端が見えていたらしい。

 ハサミではなくカッターによる切り口なので滑らかにも見えたが、ふと”熊本の隠れた名所”の本の端と合わさった時、僅かだがズレが生じていた。機械によって作られた本と、機械によって作られた写真の端と端が合わないのは可笑しいと。

 写真の上下に少しの余白があったのは、それが昔の縦長携帯電話による撮影を印刷したものであるから。数字のような文字が右端にあるということは、それを横向きにして撮ったから。

 起き抜けに撮ったということで、ならば誰かの――と、その時点で予想はついていたらしい。


 高校に入ってすぐくらいまでガラケーを使っていた僕には、デジカメと違って、携帯電話の写真には日付が映らないことを知っていたのだけれど、印刷時にパソコンなどでそういった処理を施していれば、日付を添付することも可能だったという話を受けて、それ以上反論の余地はなかった。

 元々機械音痴ではあったから、僕が知らないことの方が多いのは言うまでもなかったのに。


 桐島藍子。

 記憶力だけではない。

 切れ者も切れ者だった。




 本格的に講義も忙しくなってくると、バイトも少しではあったがきつくなり始めていた。

 桐島さんは無理をするなと言ってくれるのだが、雇ってもらっているからにはと通っている。仕事がなければ場所を借りて勉強をしているので、決して時間も無駄にはなっていない。

 たまに葵が遊びに来るのだけれど、観光地本を読んでは「借りていい?」と桐島さんに尋ねて持って帰るだけなので、邪魔でも何でもなかった。

 

 バイトと言えば給料話だけれど――成果を残せたか自分では微妙なところだった。それに見合った報酬をと渡された茶封筒には、特別高額というわけではないがそれなりの額が入っていて、正直驚いた。

 

 


 何とか春夏の課程を終え、大学も休みに入った。

 中学や高校と違って、七月も早くから既に休みに入るとは思わなかったけれど。

 

 特に何をするわけでもなく、いつも通り記憶堂に通っては小さな依頼を手伝うか課題をするかといった日々を送っていたある日、桐島さんが「そうだ」と声を上げた。

 聞くや、海外に興味はないか、と。

 無論あるが、それがどうかしたのか。そう尋ねたところ、


――次回作は、海外ものの小説を書く予定をしているのです。その取材に、一週間程度の旅に出ようかと思っていまして。ご一緒、いかがですか?――


 ということだった。

 サークルにも入っていない僕は掛け値なしで付き添いを受けた。

 行先はというと、イタリアは北東部に位置する街、水の都”ヴェネツィア”。

 

 僕こと神前真が、卒業旅行か老後の楽しみか、一生の内に一度は行ってみたいと願っていた場所だ。


 期待に胸を躍らせ、その日の夜は、桐島さんから借りた”イタリアの歩き方”という雑誌を読んで深夜帯まで起きていた。

 写真、紹介文、何度眺めても飽き足らない程に美しい街。

 初の海外とあって言語に不安はあったが、桐島さんが英語は話せるということで解決。

 

 唯一の気兼ねといえば――




 高宮葵も一緒だということだった。


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