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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第1章 少女と思い出の橋、一つの謎
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13.前日

 せっかくの良い雰囲気を自分で壊した乙葉は、琴葉と連れ立って風呂に入っている。

 いつも姉妹揃って入っているとお母様――改め紗織さんが言っていた。たまになら分からなくもない気もなくはないが、年頃の女の子が毎日一緒にって、普通なのだろうか。

 双子で仲が良いからといった理由もあったり?


 と、僕はつい余計なことを考えてしまう。

 それはいつものことなのだけれど、今回は少しばかり理由が違うと言うか。


「すー…すー…」


 僕の布団全域を占領し、子供のように幸せそうな顔で寝息を立てているのは葵。

 そしてここは、その葵が使わせてもらっている双子姉妹の部屋ではなく、僕の借りた空き部屋だ。

  

 風呂へと向かう際に琴葉さんが葵も一緒にと誘ったみたいなのだが、うちの風呂はそんなに広くはないという乙葉さんの言葉の元、客だからと遠慮をして残ったのが葵だった。

 何度も出入りをするのも失礼だからと、葵になりに少しばかり気を遣って部屋に一人。

 しかし、何をするわけでもないが自分の家と全く異なる環境にソワソワして、ついに耐え切れなくなって唯一余った話し相手である僕の元へとやってきたというわけだ。


 環境が違うだけで落ち着かないからと話し相手を求めて来たというのに、こいつは。

 僕の存在全否定とまで言えてしまいそうなくらい、ぐっすりと眠ってしまっている。


「すー…うぅ…」


 無防備にくしゃっとなった髪に、何となく手が伸びてしまった刹那、葵の口元、目元――顔全体に至るまで、まるで幽霊や尋常ならざるものにでも直面したかのように歪んだ。

 自然、僕は手を収めて葵の様子を伺った。


 両腕を枕の代わりにして横になって、背中をやや丸めて足は胸元に寄せている。

 髪が乱れているのは、やって来て手短に説明をした矢先、半ば倒れるように躊躇いなくこの体勢に移行した所為だ。

 食事をした後で眠くなったのか、あるいは話疲れて眠くなったのか。

 いずれにしても、相当深い眠りについてしまっている。


 これは二人が戻って来てもそう簡単には起きてくれそうにないと踏んで、せめて髪くらいは整えておいてやろうと、断念した行為を再び実行する。

 と、艶やかな髪に触れた瞬間、葵の身体がビクンと震えた。

 不味かったのだろうかとも思ったが、すぐに安心したような寝顔に戻って、身を委ねるように寝息を立て始めた。

 触れたままだった手の平で、長い髪をなぞっていく。

 後ろ髪、横、そして前に差し掛かった時だ。


「ん……おじい、ちゃん…」


 呟きと同時、葵の双眸に薄っすらと雫が浮かんだ。

 零れないようにとそれ以上撫でるのを止めて手を離したが、雫は馬鹿正直に重力に従い、頬を伝って布団に溶けた。


 おじいちゃん、か。


 想像も妄想も自由である夢の中にあっても、葵はそれほど強く、再開を望んでいるのだな。

 自身の身体に鞭を打ってまで思い出を残そうとしてくれた、大切な祖父との再会を。


 ちょっとした覚悟と思い入れが感じられて、僕は最後に頭をひと撫で。

 もし起きていたら、ただの罵声では済まされないだろうな。


 しかし、ショートパンツで足を折るとは不用心もいいところだ。

 これはもうマイペースではなく無頓着。

 ブランケットを被せて風邪と何かの予防に努めてやった。


 と、手を離したところで、一応置いておくと用意してくれた小さい机に置いていたスマホが、着信を知らせるバイブ音を鳴らした。

 開けると、差出人は桐島さんだった。


「そういや、ずっとこいつにかかりっきりで……店の方のバイトはいいのかな」


 今になってアルバイトという立場とともに、これが現在の仕事であることを再認識。

 本文の方に目を移す。


『夜分遅くに失礼します。こんばんは。こちらは、日曜予定でした別件が本日中に片付いてしまって、明日は暇になりそうです。葵さんは元気にしておられますか?』


 業務連絡ではなく、ただの世間話とは。


 桐島さんがメッセージを寄越すのは、決まってお堅い業務連絡的文面ばかり。

 スクロールして履歴を表示してみれば――うん、どこどこに何時、といった内容のものしかない。


『こんばんは。夜は少し冷えますね。明日一日、とは……ごゆっくりされてはどうですか?』


 と返信。

 すぐにそれに対する返事が返って来た。


『それもそうなのですけれど、家にいると結局いつも通りになりそうな気がするのと、外で特別何をする気も起きないと言いますか……』


 ならなぜメッセージを送って来た。

 とは聞けず、それはまた困りましたね、と無難な返事。


 すると返ってきたのは、明日こちらに合流するといった旨のメッセージだ。


『えっと、そういえば話していなかったのですが、こちらにはとある家の親御さんが……明日も、その人たちに送ってもらう予定で』


『あら、そうだったのですか。ところで、そのご家庭というのは?』


『え、えっと、双子姉妹の娘さんがおられる、岸という苗字です』


 と送ってみれば。


『あ、なら大丈夫そうです。そのおうちには少々縁がありますから。神前さんの方から、合流する旨だけお伝えください。現地で落ち合う形なら迷惑にはならない筈ですから』


『え? はぁ、了解です』


『では、頼みますね。あ、あと、簡単な予定だけ教えて頂けたら助かります。私は自分の車で参りますので。キャンピングに七人は乗れませんからね』


 と。

 ちょっとした縁って、一体何があったのだろうか。

 岸家がレンタルするそれが六人乗りだと知っている――いや、把握できている関係性とは。


 子どものように穏やかに眠る葵に釣られて睡魔に負けてしまわぬ内にと、すぐに立ち上がってリビングへ。部屋を出る際、なるべく物音を立てぬように気を付けながら。


 桐島記憶堂店主、桐島藍子という人物が現地で合流する――と、言われた通り簡単な内容で説明をしたところ、名前を出した時点で二人が目を少し見開き、次いで合流すると言ったら喜んだ。

 ごく限られた一部の人に有名だという話だったはずけれど。

 何があったのか「随分頼もしい助っ人が入ってくれるんだな」と褒め讃えられている。

 果たして、言質では役に立ってくれるのは――信用は誰よりもあるのだが、自分で『これ以上は役に立ちそうにない』と言っていたからなあ。

 強力な助っ人であることにかわりはないのだけれど。


 それから、頼れる追加要素が増えるという話が纏まる頃、双子姉妹が帰還した。色味だけ違うお揃いの寝巻を着込んでの登場だった。

  

 葵ちゃんは? と聞かれたので正直に「緊張感に負けて僕の部屋で寝ている」と伝えるや、今日はそっとしておこうという結論に至り、ご両親はまだ少しやることがあるからと僕が先に風呂を頂くことに。

 着替えを持って脱衣所へ。

 丁寧にも備え付けてあった鍵を閉めて、浴室へと赴く。

 見た目には明らかな美人であるあの二人の後とあって――湯船には浸からず、シャワーだけで済ませた。


 脱いだ諸々を纏めて部屋に戻ると、葵は体勢すら変えずまだそこで眠っていた。

 それ程までならそっとしておこうと、毛布だけ持ってリビングへ。二人に事情を説明し、ソファを借りてその日を追えた。




 熊本まで、車では十二時間程かかるらしい。

 それを見越して深夜帯に起床。努力を惜しまないというのは、文字通りの意味だったようだ。続けでそこまでの長時間運転させてしまうのは、何だか今更ながら申し訳ない。

 僕たちには車内で寝れば良いと言ってくれたが、なら貴方はどうするのかと問うや、紗織さんも運転が出来るから、いざとなれば交代して仮眠を取れば良いとのこと。

 合宿免許取得を既に済ませているから僕も運転は出来るのだけれど、ゆっくり休んでくれていいとの二人からの厚意。

 ありがとうございますと共に、すいません。


 と、そんな中、葵の第一声は「お風呂忘れた」だった。

 忘れたというか、それすらお構いなしに眠っていたというか。

 ともあれ、まだ少し時間はあるからと紗織さんの厚意で夜遅くシャワーを借りることに。

 これで全員、一応身体の汚れは落とせたということだ。


「――っと、こんなものか。余ってる荷物はあるかい?」


「なーい」


「ないわ」


 と、口々にそれぞれの持ち物が積まれていることを確認し、返事。

 それを受けて誠二さんが頷くと、車内へ。


 時刻は午前二時。

 いよいよ、本来の目的に向けての出発。

 カーナビは取り付けていないという話なので、せめてアプリのナビで役に立とう。


 そう意気込んでいた僕も、ものの一時間で夢の中へと旅立っていた。

 


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