42.笑顔の花咲く演奏後
「さて。改めてありがとな、まこと。お前、そんなに上手かったのな」
葵から向き直って、遥さんが再び手を差し出してきた。
その手を取りながらようやく立ち上がって、僕は恐縮しつつ遥さんの演奏にも改めて賛辞を贈った。
流石は全国経験者。ジュニア大会とは言え、やはりそこには、確かに力があったらしい。
それをどうして、藍子さんが知っていたのかは疑問だけれど。
紗江さんの親友ということだから、何かしらのタイミングで遥さんに関する情報を、少しでも得ることがあったのだろうか。
「流石は漢ですね。遥さん、どれだけかっこいいんですか」
「妹相手に動く兄は無敵ってな。まぁちと恥ずかしくはあるが、そんなもん気にする余裕もないくらい、真剣に必死に動いてたってだけだよ」
「なるほど」
と、そんな会話をしている頃。
舞台下の方では、未だ落ち着きかけている段階の葵が、紗江さんの手に頭を優しく撫でられながら、隠す素振りなく涙を拭いていた。
やっぱり、大好きだなあ——なんて、つい思ってしまう。
葵単身がじゃない。それを構成する、取り巻く周りの環境が。
これだけ温かなものに包まれているなんて。
「さーてと——」
遥さんが口を開いた刹那。
ふと声に目をやったその先で、遥さんは左腕を押さえて言葉を止めていた。
表情には出していないから葵は未だ気付いてはいない様子なのが幸いだ。
「遥さん…」
小声で声を掛けると、にかっとはにかんで直ぐに立ち直る。
手に持ったそれは僅かな震えをも助長するからと、さっさとヴァイオリンはケースに仕舞って、腕は後ろの方で組んで改める。
「ご清聴、感謝です。今はもう、この程度の演奏しか出来ないのですが、楽しんで頂けたのなら——」
「兄貴…」
ふと、葵が呟いた。
何かと目を向ける先では、もう十分に拭えた筈の葵の瞳に、また再び雫が浮かんでいた。
潤んだ瞳で、焦点の定まっていない揺れる視界で、確かに兄を見て、一言。
「世界一だよ、兄貴」
笑顔の花が咲く。