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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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38.舞台出番

 楽しい時間というものは、それはそれはあっという間に過ぎてしまう。

 そんなことはなかった、とでも置いておきたいところではあったのだけれど、まぁ現実で事実なのだから仕方がない。


 緊張し通しだった葵は、夕刻から目をこすり始め、寝ても良いよと岸姉妹に促されると、初めは申し訳ないからと必死に抵抗もしていたけれど、やがてふわりと心地良いソファに腰掛け静かに寝息を立て始めた。


 程なくして横に倒れ、小動物のように丸まって寝る様に、皆が笑みを零したのは言うまでもない。


「すいません、皆さん。せっかく妹の為にと開いた会だったのに」


 遥さんが葵に代わって頭を下げる。

 間髪入れずにかぶりを振ったのは琴葉さんだ。


「気にしない気にしない。その日その時から祝いの会を開こうって方が、今考えたら葵ちゃんには酷だったろうからさ」


「ええ。まぁ、そうでないと意味がないのはその通りでもあるのだけれど——それは、葵ちゃんの目が覚めてから、改めて実兄の口から説明はして頂戴」


「はい、必ず。して、まことよ」


「え、あ、はい?」


 急な流れ弾に素っ頓狂な声が漏れる。

 事は、葵との仲についてだ。


 ただ、茶化す様子は欠片もない。


「楽になりたかったって訳じゃねえんだ。勿論葵が一番で、それを上回る優先度の物事なんて、そうそうない」


「は、はぁ…」


 何のとこやら。

 首を傾げつつ相槌を打つと、


「ただ——俺も一人の人間で、大学生で、それも男だ。今までは経験したことのない"恋愛"ってやつには、無論興味関心はある」


「……琴葉さんのことですね」


「あぁ」


 なるほど、まぁ言わんとしていることは分かるのだが。


「極力は葵のために動く。葵を一番に考えないといけないからだ。ただ、気付いちまった妹ちゃん先輩のことも、勿論無碍には出来ない。いや、しちゃいけない…と、思う。だから——」


「毎日、というわけにはいきませんが。まぁ仕方のない話ですよね。僕、もう葵の恋人になってしまいましたし。遥さんが私用で不在の折、時間が有れば葵のことは僕に任せてください。なんて、少し格好をつけ過ぎな言葉ですけれど」


「あ——と、はは。先に言われちまった。とどのつまりはそういうことなんだがな」


 遥さんは笑って頬を掻いた。

 申し訳なさそうに、恥ずかしそうに。


「改めて言うが、お前になら葵を任せても心配ないと思ったんだ。だから、俺も少しだけ……ほんの少しだけ、自分の周りのことにも目を向けても良いんじゃないかって」


「やっぱり漢ですね、遥さん」


「褒められると調子に乗るからな。むず痒いからよしてくれ。まぁ、そういうことだ。葵のこと、頼むな」


「ええ。お任せください、とここだけは強気に出ておきます」


「おう。悪いな」


 それは言いっこなしなのだけれど。

 お互い様だし。


 と、そんな話が一段落した折だ。

 一眠り過ぎて目を覚ました葵が起き上がった。


「おぉ葵、起きたか」


「うん……ごめんね、兄貴、みんな。ちょっと寝過ぎたかも」


「そんなことは——」


 ない、と返しかけて。

 僕は、ふと目をやった外が、既に真っ暗であることにようやく気付いた。


 寝過ぎかな。

 苦笑しつつ言ってやると、葵はバツが悪そうに「あはは」と笑った。

 笑って、その後すぐで、


「……っ……!」


 目が合うと、途端に顔が真っ赤になった。

 そうしてそのまま俯き、何だか居心地悪そうな葵。


 ただ、少し可笑しなその様子には、僕だけしか気付かなかったようで、皆首を傾げる素振りすらない様子。

 気のせいだったのか、とは流石に思わなかったけれど、今ここでそれについて触れるのも無粋だと、僕は飲み込んで誰か次の言葉を待って、葵と同じように目を逸らした。


 その先の机上にある、葵へのプレゼントの品々。

 藍子さんは「女の子の最低限の身嗜みですから」と化粧品を、紗江さんはそれらを纏める小さなポーチをプレゼントしていた。


 僕はと言うと。

 そこそこ名のある、ちゃんとしたブランドもののトートバッグだ。

 デザインは勿論、防水撥水と機能性も重視した。


 丁度買いに行こうと思ってたんだ。

 そう言って喜ぶ葵はーー何だろう。

 金額以上のお返しを貰ったような気がする。


「さて——」


 そんな当人が目覚めたとあって。

 ようやく、此度の会に於ける本題へと、遥さんが覚悟の柏手を打った。


「場所を変えよう。ちゃんと許可も取ってる」


「許可?」


 葵が聞き返す。


「ああ。出来ればその会場まで、葵には目隠しをしてもらいたいところなんだが、まぁ危ないからそれはよしておくとして、だ」


 そんな言い分に、益々と表情が曇る葵。

 何か悪いことが起こるのでは、とそんなことを思っている様子ではないのだけれども、少なからず不安要素はあるようで。


「俺は先にいってるから——そうだな。二十分後、皆で来てください。主賓は葵な」


「私?」


「そりゃそうだろ。まだこれは、お前の祝いの席なんだからな」


「そうだろうけど……ねぇ、兄貴。それって、前に紗江お姉ちゃんと話した時にちょっと聞こえた"ヴァイオリン"って言葉と——」


「じゃあな。まこと、任せたぞ」

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