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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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36.告白

 葵のスマホ、そして僕のスマホで写真を撮り終えると、僕らは遥さんらの待つ部室へと足を運んでいく。

 岸姉妹、藍子さん、紗江さん、そして唯一の身内たる遥さんとの写真も収めたいところではあったが、それはまぁ帰りにでも出来ることだからと、葵の方から「行こっか」と声をかけてきた。


 泣き腫らした目を隠すことなく、葵はゆっくりと歩く。

 その横を歩く僕は、速度を合わせて。


「制服、これで着納めなんだね」


 ふと、気になって尋ねてみた。

 以前二人で歩いていた時、合格発表の日には——なんて話もしていたからだ。


「まぁ、そうなるかな。棄てる予定もあげる予定もないから、別に着ろって言うならそうするけど」


「流石にそんなフェチはないかな。何と言うかこう…高校生の葵じゃなくなるんだなって思って」


「何それ、おやじくさい。まことは女子高生と付き合いたかったの?」


「違うね、大いに違う」


 一つしか違わないけれど、大学生と高校生という垣根があった以上、葵はどうも更に年下に思えて仕方が無かったのだ。

 無邪気で優しくて裏表がなくて、そんな純粋な子、いくつも離れているような気がしていた。


 しかしふと考えてみれば、葵は今度の春から大学一年。それも、僕と同じ大学の。

 対して僕は年が一つ上に上がっただけの大学二年。もう、ただ一つ違うだけの僕らになるのだ。


 見た目、そしてその落ち着きようから、葵はやはりと大人っぽい印象を抱きもするが、その危うさと無鉄砲さと言ったら、やはり目を離さずにはいられない。

 恋人になりたいと願いながらも、どこか妹のようにも思えてしまうからかもしれない。


「ねぇ、葵」


 だから——僕は、自分から声を出してみた。


 人々が集まる正門を越え、今は誰もいない別棟への渡り廊下。

 いつものメンバーには周知のことだけれど、やっぱりギャラリーは居ない方がいいから。

 立ち止まった僕に、何、と応えて葵が振り返る。

 同じく歩みを止めて。


 ふわりと揺れる二つのお下げ。

 四月に出会った時より、随分と伸びたなぁ。


「髪、伸びたね」


「髪? あぁ、切ってないから。理容店って、ずっごくお金かかるんだもん」


「色々と使ったもんね、お金も。夏は鳥取への旅と祭りに、たまにいく食事、秋からはバイトをする暇も無くなって、冬は大勝負と来たものだから」


「結構、貯金してるつもりだったのに。お金ってかかるんだね」


「世知辛いよ、ほんと」


 そんな言葉を零すのも。

 やはりまだまだ、緊張している所為なのかもしれない。


「僕は——」


 続く言葉を出しかけた一瞬間で、僕は色々なことを思い出していた。


 春、葵に尊敬していると好意を示されて。

 夏、人の為に頑張る葵に、ヴェネツィアで僕の方から同じような言葉で返して。

 秋、一人依頼をこなす僕を元気付けて。

 冬——


 まったく、どうして。

 どうしてこうも、この子は優しいのだろうか。


 きっと、邪気がないからだ。

 人を真っ先に疑うようなことをしない綺麗で澄んだ心を持っていて、それすらも疑ったことがないから、葵は人に優しく出来るんだ。


 まったく。

 よくもここまで、僕に付き合って来たものだ。


 今思えば、僕と葵とでは、あまり釣り合うタイプではない気がする。

 大人しく、無口な葵と、割と動き回って落ち着かない、よく喋る僕。

 傍から見れば、あまり恋人らしくは見えないかも分からない。


 だから——だからだ。


 こんなにも、胸が熱くなるのは。


「まこと…?」


 あぁ、この声だ。

 この表情だ。


 透明に澄んだよく通る声に、濁りの一切ない瞳。

 これに助けられて、元気付けられて、僕はこの一年間、色々なことが頑張れたのだ。


「どうかしたの、まこ——」


 もう、胸が一杯だった。

 ただ名前を呼ばれるのも恥ずかしくて、目を合わせているのも顔が赤くなって——目頭が熱くなってきて、僕は咄嗟に葵を抱き寄せた。


 思えば、僕の方からこうして強く出るのは、初めてだ。

 通潤橋では葵の方から膝に頭を乗せて来て、ヴェネツィアでは布団に潜り込んできて、秋には手を繋いで抱擁されたっけ。

 ——結構、大胆なことをしてるな、葵も。


 だから、このくらい——一世一代のこの時くらいは、許して欲しいと願う。


「ま、こ…」


 出切らない声から、行き場のない両手がふらふらとしているのが分かる。


「おめでとう、葵——本当におめでとう…! 良かった、合格出来ていて!」


「え、と…う、うん、それはありがとうなんだけど……ち、ちょっと…!」


 恥ずかしいのだろうか。

 これまで散々、僕はやられてきたと言うのに。


 まぁ、いいか。

 やっぱり、ちゃんと顔を合わせるべきだ。


 強く込めた力を、惜しみながら解いて、僕は葵の両肩に手を置いて向き合う。

 どこか焦点の合っていない目と、仄かに染まった頬が愛おしい。


『お前の方が葵にゾッコンだったな』


 まったく、その通りですよ遥さん。

 尊敬の”好き”だなんて、それだけの筈がない。


「高宮葵さん——」


「ひ、ひゃい…!」


 裏返る声。

 流石に、その期待を裏切るような言葉は持ってこないさ。そこまで馬鹿じゃない。


 人生で初めて——けれど、もう覚悟は決まっている。

 本当は、もうずっと前から好きだったのだから。


 思いは真っ直ぐ、何より単純な言葉で。


「僕は——」


 それだけで全てが伝わるように。




「僕は、貴女が好きだ。だから——どうか、僕とお付き合いしてくれませんか……?」




 言葉を絞り出す瞬間——とっても、喉が痛かった。

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