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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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33.大一番

 とりあえずは図書館を出て、大学を後にした。

 学生の影こそ増えはしなかったけれど、ずっとあそこに居座り続ける訳にもいかなかったからだ。

 とは言え当てがある訳でもないのだけれど。

 遥さんは遅い時間だが塾、すっかり弱り切ってしまった紗江さんは藍子さんに任せて。


 僕は、葵を家まで送っていくことにした。


「女の子一人は危険、だなんて。ちょっと格好つけすぎだよ」


「せめて口元を整えてから言いなよ。肉まん買ったの、誰だったかな?」


 ふわふわ、もぐもぐといった擬音まで聞こえてきそうな程、隠す素振りは微塵もなく食べ続けている葵に尋ねた。


「勿論まこと」


 勿論なのか。

 別に構いはしないけれど。


 双方共に長年抱えて来た、もやもや。

 それを解消——出来たのかどうかは定かではないけれど、きっと、問題と言えるような何かは完全に無くなったらしい。

 この自然な笑顔が、何よりの証拠だ。


 紗江さんが放った、別れ際の「おやすみなさい」も、一切の含みがなかった。

 もう、大丈夫だ。


 さて。

 此度までの三つの仕事を終えて分かったことが、一つだけある。


 僕は、必要なのだろうか、ということだ。


 春。

 当初は初対面の女の子であった葵からの依頼。

 最初は能面のように表情のない子だったけれど、その内に秘められていた事情を知り、その心に触れて、僕は彼女の力になりたいと思った。

 そうして動いて、動いて、動いた結果。

 葵は、自分で答えを見つけてしまった。


 夏。

 ヴェネツィアでの一件。

 葵が初めて”友”と呼べそうだと語った少女の幽霊、リル。

 依頼と言っていいものやら怪しくはあるが、その頼みは一つ、葵と何か一つ進展すること。

 それに対して、僕は何とか告白という形でアタックすることに成功はした。

 けれど。

 リルに何か——どうにかしてやれたことは、これと言って何もない。

 一人、話をして、また話を聞きに行った葵。観光をしようと言い出した桐島さん。最期、置手紙を残したリル本人。

 そして、花を手向けた葵。


 秋。

 藍子さんの実の兄、修二さんからの依頼。

 写真の場所を突き止め、またいつかそこへ行きたいのだと。

 色々とあったが、端的に言えば——これと言って何も出来ていない。

 藍子さんへの発破は意味を成さず、どちらかと言えばそれすら利用され、ご両親は薄々と勘付いていたそれを確証に変え、その場その限りであっという間に納めてしまった。

 岸姉妹からの頼みだって、ただ見ていれば分かったことだ。

 その火種となった出来事が解消されてしまった以上、以降に起こり得ないのは、火を見るよりも明らかだ。

 僕の手柄ではない。


 それらを改めて考えてしまうと、この冬の依頼に対しては、どうも臆病になってしまう。

 この先、葵の受験を見送って、合格発表を一緒に見に行って、遥さん主催のパーティーに参加して、遥さんの依頼であるヴァイオリンの演奏を完遂して——そこに、僕の存在は意味を成すのだろうか。


 葵は僕に好意を寄せてくれている。同時に、逆も然りだ。

 しかし、それが——それだけが、そのパーティーに参加して良いという理由になるものかと、たまに思ってしまうのだ。

 冬の依頼の主役は、あくまで遥さん。

 葵に焦点を置かない此度、葵の心だけを優先して行動していいものやら怪しい。


 僕は、何か成長したのだろうか。


「また変なこと考えてる」


 ふと、そんな言葉が耳を打った。


「疑問形にしないなんて、意地が悪いよ、葵」


「分かる。分かるよ。もうすぐ一年になるんだもん。まことのことくらい、大体分かる」


「それは嬉しい話だ。それで、まさか語らせようなんて言わないよね。先に言っておくと、あまり人には聞かせられない弱い部分——流石に、葵にもう弱音なんて——」


「うん、分かってる」


 制して前に出た。


「でも、一つだけ」


「何かな?」


「まことがその顔してる時は、きっと優しい気持ちがあるから。その対象が自分であれ他人であれ、まことは気を遣って悩んで、そんな顔をしてるの」


「…っ!」


 見破られた。

 言い当てられた。


 軽く分かられてしまうと、またかと呆れられるのが目に見えていたから、僕は敢えて弱い部分だと言ったのに。

 わざとそれを前に押し出すことで、それ以外の何か可能性の一つでも模索させるような腹づもりだったのに。


 本当に、この子は——


「安心しなよ、まこと。少なくとも、まことの居場所はあるから。そんなことはないと思うけど、私だけでもまことは必要だよ。一緒にいたい」


「……そんなことの部分は?」


「当然、兄貴に岸家とか、あと藍子さんとか。まことが嫌なら、居場所がないと思っているのなら、きっと依頼なんかしない筈だもん」


 言われたことは至極当然のことだった。

 どこかで気付いていた筈の、自分でもそれが正しいと思っていた筈の、何でもないことだ。


「はぁ…」


 これでは秋と同じだ。

 ついこの間、紗江さんのことで切り替えていた筈なんだけどな。


「悪い癖だよ、まったく。どうしてこう、いつもいつも僕は」


「別に悪いことじゃないよ。慎重なのは、寧ろいいことだと思うし」


「それを年下の女の子に諭される情けなさったらないよ」


「良いの。人の為に頑張ってる時のまことは、とっても素敵だから」


「それは…ありがとう」


 何だかこそばゆい。


「考えすぎない方が良いよ。物事は、なるようにしかならないんだから。終わったことを考えて先のことを考えるのは、ちょっと勿体ないと思う」


「その通りだよ、まったく。ちょっとは何も考えないくらいが丁度良いのかもね」


「そうそう、その意気だよ」


 ふわりと笑う葵。

 そんな言葉をかけてくれるくらいの余裕があるとは驚きだ。


 何せ——もう間もなく、葵の勝負が始まるのだから。






「ハンカチ良し、昼食良し、飲み物良し、筆記具良し。あとは——」


「受験票ね。部屋に置きっぱだったよ」


 玄関にて靴を履きながら、指折り数えては一番重要なものを取りこぼす葵に指摘してやると、少し頬を染めてそっぽを向いた。


「これから……これからだよ。これから、ちゃんと取りに行く予定だった」


「忘れたんでしょ?」


「う、うるさい、意地悪なまことは嫌い…!」


「はいはいっと」


 軽く流して笑って見せる。


「頑張って来てね。一緒の大学に行けるの、楽しみにしてるから」


「そうだぞ葵。そん時やぜひ天文部にな」


 さらっと勧誘をする兄。

 それを更にさらりと流すと、葵は僕と遥さんを交互に見て言った。


「ありがと、二人とも。悪いけど私、合格の報せしか入れられないから」


「言ったね、その意気だ。いってらっしゃい」


「うん、行ってきます!」


 晴れやかな笑顔で踵を返す葵。

 本日二月の下旬は、大学受験当日。


 一世一代の大勝負。

 さて無事に合格出来ると良いのだけれど。


 それはそれとして——と言うのも何だか悪い気はするのだけれども、しかし考えなければいけないことはある。


「僕らも行きましょうか、遥さん」


「おう。紗江さん待たすのは、何か悪いけど」


「あの人ならふわっと許してくれそうですけどね」


「はは、違いない」


 笑い合うと、少し遅れて僕らも高宮家を後にした。

 それ程時間も残されていない中でどこまで仕上がっているか、是非僕に聞いて欲しいという遥さん紗江さん両名からの頼みを、遂行しにいく為だ。

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