30.知ってたよ
近くまで歩いて出てくると、葵は僕の隣の席に紗江さんと向かい合う形で腰を下ろした。
互いに視線が交錯すると、紗江さんは咄嗟に視線を逸らしたが、葵は——
「久しぶり、紗江お姉ちゃん」
そう言い放った。
言ったのだ、葵が。
笑顔で。
何を思ってか、何を思っていたのか、葵は笑って紗江さんに向かい合っている。
紗江さんの曇った表情を更に濃くさせるに至るほどに、優しい笑顔でだ。
「葵ちゃん…」
紗江さんは言葉が追いつかない。
感情とそれに伴う想像、そして現実とのギャップが生じているのだろう。
そうして詰まり、再び逸らされた視線だったが、間髪入れない葵の声掛けによって、それもすぐに戻されてしまう。
「何から話そうかな。うん、やっぱり本題からかな。勉強もあるから、そんなに時間も取れないから」
「え、えぇ…」
何を告げられるのかと恐れ、やはり目には力がない。
ただそれすらも、葵の言葉一つで変えさせられてしまう。
「まず一つ。私、京都に行ったことは覚えてるよ」
「え……?」
絶句。
声にならない声——ともすればただの音のような聞き返しで以って反応した。
ただそれでも。
それでも意を決して、紗江さんは葵に向き直った。
俯きかけていた視線を上げて、意識を正しく持って、長年抱き続けていた感情を、そのままに吐露していく。
しかし。
そんな言葉さえも。
「葵ちゃん…私……私は——!」
「分かってるよ」
たったの一言、それだけを葵が告げただけで、紗江さんは再び言葉を失った。
いや——続く葵の言葉が、あまりに衝撃的だったからだ。
「私が知ってたって言うのは、それを私がおじいちゃんに頼んだからだよ」
「え……?」
葵が何を言っているのか分からない様子。
それもそうだ。
当事者でない僕も、分からない。
紗江さんの話では、葵にバレないようにと——紗江さんと葵の双方を思っての行動だった筈なのだが、これは一体。
紗江さんが僕に語ったことは、恐らく本当だろう。いや、本当の筈だ。
それを偽って、作り話をでっち上げたところで、誰にも一つも益はない。
嘘を言っていない道理だ。
ならば。
葵の言っていることが嘘…?
紗江さんを気遣って——いや、それはないか。
人の心が分からない葵でもなければ、嘘を好むような葵でもない。
然らば。
「葵ちゃん、説明を」
「うん」
藍子さんも何かを知っているらしいな。
葵は藍子さんの言葉に頷くと、紗江さんの目を真っ直ぐに見据えた。
「お父さんとお母さんが亡くなった日——あの日私、紗江お姉ちゃんの電話を聞いてたの」
「電話を…!?」
「うん。会話と”事故”っていう流れで、紗江お姉ちゃんの性格なら、まず間違いなく自分を責めるんだろうなって、幼心に思ってね。それで、お姉ちゃんにはしばらく高宮家を離れて貰おうって。ごめんね、良い言い方が思い浮かばないからこんな言い方しか出来ないけど……時間が必要なんじゃないかって」
「そ、んな…」