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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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23.ホワイト・クリスマス

 翌日。

 十二月二十五日、クリスマス当日だ。


 九時半ごろ、ぐっすりと幸せそうに眠っている葵をチャンスだとばかりに、僕は姉さんに車を回してもらってショッピングモールへと向かっていた。


「何をプレゼントするの?」


 ハンドルを握って前を見ながら、ふと姉さんが尋ねてきた。


「心を読まないでくれるかな」


「わざわざ葵ちゃんを起こさないで出てくるんだもの。それくらいしか思いつかないわ」


 まぁ、それはそうか。

 あからさま過ぎたかな。


「昨日は時間がなかったからさ。ありがとう、姉さん」


「問題なし! 好きな子への贈り物なんて、私はいくらでも協力してあげるわよ」


「――ほんと、どうして彼氏がいないの?」


「中身が女っぽくないからじゃないかなーって、最近思うようになった。まぁ面倒だから何を変える気もないんだけどね」


 願わくは自分で言わないで欲しかった。


 姉はとても頼りになるし、話を聞く姿勢も普段こそあぁだが真面目ではあるし、努力家で負けず嫌いだし、分け隔てなく誰とでも接することは出来る方だ。

 言い寄る男の十や二十、いてもおかしくないと思うのだけれど。

 誰か心優しい物好きな方、姉さんを貰ってやってください。

 切実に、何かに祈っておいた。




 ショッピングモールに辿り着いた。

 さて迷うべきは、葵に何を送るか、だ。


 車中で姉さんから色々と女の子が好きなものについては話されたけれど、それらはどうも葵には当てはまっていないように思えて仕方がなく、僕は半ば流すようにして相槌を打っていた。

 雑貨屋、文具屋、本屋――と色々回って、しかし”これだ”というものは見つからない。

 

 小一時間程歩いて小腹も空いて来ると、姉さんの提案でフードコートへ。

 僕はラーメン、姉さんはナポリタンと各々頼んで席に着くや、自然と深い溜息が漏れた。


「合格祝いと銘打ったパーティーに出す食べ物は、何とか葵の好きなものに合わせられそうなんだけど…」


「あら、良いわね、パーティー。行けないのが残念だわ」


「何言ってるの、今晩クリスマスパーティーでしょ」


 分かってるんだけどねぇ、とナポリタンをぱくり。

 予想外に美味しかったのか、頬をとろんとさせておっとり顔で幸せそうである。

 

 何を渡せば、葵は喜んでくれるのだろうか。

 葵のことだから、きっと”まことがくれるものなら――”と、本心だと分かっていても気を遣わせてしまう結果にはなろう。

 それは、何としても駄目だ。

 せっかくなんだ。身勝手でも偏見でも、確実に喜んでくれるものをプレゼントしたい。


 ――そう、意気込んでいた末に、姉さんからアドバイスを貰ったというのに。

 この体たらくとは情けないな。


「女の子と言うよりかは、姉さんなら何が欲しい?」


「私? うーん、そうねぇ……例えばだけど、何かを連想させるようなものなんかだと、ちょっとキュンくるかも」


「連想?」


「そ、連想。敢えて例は出さないし、あくまで私ならって意見だから」


 何だそれは。

 言いかけでCMに入る、続きの気になる番組じゃあるまいし。


 これが大きなヒントになるのか、あるいは姉さんの独り言に終わってしまうのか、どっちになるかは僕の心持ち次第だ。

 それに駆けて何か探すもよし、聞き流して結局自分の意見で探すもよし。

 もっとも後者は、それが出来ないからの結果であって。


「連想、か…」


 何か分かり易いものの一つでもあれば良いのだけれど。


 ――と、何かに希望を託した昼下がり。

 昼食を摂り終え、もう一度ぐるりと見て回ってから場所でも変えようかと話していた時だった。


 なるほど、連想か。これは良い。


 姉さんに一言断って、僕はとある一つの店へと入っていく。

 店員にプレゼント用の包みを準備して貰って勘定を済ませると、何々、と寄って来た姉さんに中身を教えてやった。

 すると、こちらも喜ばしいことに「あぁなるほど」と笑顔。どうやら、プレゼントとしては申し分ない、良い買い物が出来たらしい。


 




「ただいまー」


 夕刻。

 頼まれていたパーティー用のケーキまで受け取って、僕らは帰宅した。

 出迎えて来たのは家族ではなく葵。母さんから買い物に行った旨は聞いていたらしいが、遅くまで帰ってこないことに若干心配していたのだとか。


 事故もなければ、寧ろ葵の為の出掛けであったとも言えるのだけれど、それはそれで、また葵の優しく温かな一面が見られたと思っておこう。


 出迎えてくれた葵も引き連れてキッチンへと赴き、さっさとまずはケーキを保管しておく。暖房を利かせている室内に置いていては、せっかくのものが台無しだ。

 そんな作業も終えると、僕は姉さんにさりげなく退いて貰って、居間奧の縁側に設置していた椅子へと腰を降ろした。

 小さな机を挟んだ向かいに倣ってちょこんとに座る葵は、寒さからブランケットを巻いている。


 と、すぐ傍らに置いていた件の包みに触れた矢先、窓の外に小さな白い粒が舞うのを見つけた。


「ホワイトクリスマス……」


 空から際限なく降り注ぐそれらを愛おしそうに眺めながら、葵が小さく呟いた。

 そう言えば、ヴェネツィアでは、絶景アクア・アルタをついぞ見られなかった。

 綺麗な景色こそ色々と二人で見て来たけれど、これはまた年に一度、それもはっきりと”あるかないか”の二択しか存在しない特別な光景。

 見られて――今日ここに来ていて良かったと、心から思ってしまった。


「鳥取は、雪がよく降るし積もる。この季節、地元民の僕らからすればそれ程特別な感じはしなかったんだけど――何だろう。今年のこの日は、とっても特別な感じがするよ」


「向こうはまちまちだから。とっても綺麗…田舎の空気がそう感じさせるのかな?」


「かもしれないね。特にこの辺りは街灯も少ないし」


 夕闇迫る仄かな茜色の空は、降りしきる雪を一粒一粒照らし、染め上げる。

 誰にでも触れられる、珍しくはない絶景である。


「葵」


 それをじっと見つめて止まない葵の意識を向けさせ、僕は机上に”それ”を置いた。

 プレゼント、と言葉にしなくとも伝わったそれを手に取ると、葵は開けて良いかと尋ねて来た。


 無論とばかりに優しく頷いてやると、葵は恐る恐る中身の箱を取り出し、ふたを固定している小さなセロハンを剥がしていく。

 上面、下面、横面と外し終え、ゆっくりとふたを開けて中身を覗き見る。


「これ…」


 それを視線が通った瞬間、葵が息を呑んで呟いた。


「葵がそういうものを好むかどうかは分からないけれど――大学は私服だからね。うちは特にアクセサリー類の制限がないとは言え、あまり派手なのも嬉しくはないだろうと思って」


「綺麗…可愛いネックレスだね」


 控えめに掲げられたそれは、アクセントと言うにはとても見た目の派手さはない、小さな花形のネックレス。

 


「”葵”の花――気高く威厳に満ちた美、なんて花言葉がある。英名はHolly hock、つまり聖地の花って意味があって、それは十二世紀頃――って、そんな話はいいか」


「ううん、せっかくだから聞かせて」


「ごめんね、何だか最近はうるさくて鬱陶しい男っぽくないかな、僕――まぁ、葵がそう言うなら別に…」


 十二世紀頃、葵科の花々が十字軍によってシリアから運ばれて来たことに由来し、”葵”とはアオイ科の総称で、芙蓉やハイビスカスもこの仲間だ。

 属名として”Althaea"とも呼ばれ、これはaltheo、つまりはギリシア語で”なおす”という意味の言葉が語源とされている。その昔、葵の花々が薬草として使われていた歴史が、そのまま属名とされているのだ。 

 ちなみに、京都で有名な”葵祭”に、徳川家の家紋とされる葵は、これとは別のウマノスズクサ科に分類される葵の花である。


 葵の読みは”あおい”だが、これは古典的には”あおひ”と表記する。

 葵が、向日葵のように花ではなく、葉が太陽の方を常に向いていることから『陽を仰ぐ』という意味合いであてられた読み方だ。


「――とまぁ、持っている知識を勝手に披露したところで、だ」


 僕が葵にそれを贈ったのは、何も知識をちらつかせて自慢したかったからではない。


 葵は私服として、黒っぽかったり、それに近くも明るい色合いであれ大人びた服装を好む。

 それは葵の個性であり、僕もまたそれに魅せられている部分もあるため、それを変えろだなんて間違っても口にはしない。寧ろ貫いて欲しいところだ。

 であれば、あるいはワンポイントとして、あるいは普段のそれを更に助長させる物として、近目には煌びやか且つ遠目には主張しないデザインと控えめなサイズのネックレスが丁度良いと思ったのだ。


「色合いがピンクなのは?」


「他には紫やシルバー単色の物もあったんだけど、それだと流石にワンポイントにすらならないからね。一色で染めてしまえばピンクはうるさくて子どもっぽい印象を与えがちだけど、これだと寧ろ、大人の魅力を引き出しさえする程度だ」


「魅力…」


「まぁ、何も着けろって言ってる訳じゃないからね、そこは勘違いしないで。着けたくない、あるいは贈り物は大切に保管する主義だって言うなら、別に気なんか遣わないでそうしてくれて良いから」


「それは了解だけど…ううん、せっかくだから着けたいかな。大学デビュー、なんてかっこいいものでもないし、兄貴の前じゃ贅沢は言わないって決めてるけど、贈り物なら――それもまことから貰ったものなら、せっかくだから着けて通いたい」


 そう言って、葵は仄かに頬を染める。


「それは何より。良かったよ、気に入って貰えたようで」


「当然だよ、そんなの。何でも、貰い物で喜ばない人はいないって」


「だと良いけど」


 流石に、常識外の物を渡そうものなら嫌煙されがちだろうが。


 ともあれ喜んでくれたことは、贈った側としても大いに喜ばしいことで。

 女性への正当な贈り物なんて初めてのことだったけれど、少しは頭を回してみた甲斐はあった。


 そんな、胸を撫でおろすような心地と一段落に、


『ケーキ食べましょ、ケーキ』


 襖の向こうから聞こえて来た姉さんの快活な声が届く。


「ま、とりあえずは――」


「糖分補給。それと、もうちょっと勉強かな。気は抜けないよ」

 

 程よく肩の力が抜けた葵の笑みを残して、二人して立ち上がると姉さんの声に応えた。


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