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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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22.葵の決意

 ご馳走様でした。


 揃う五つと一つ客の、計六つの声。

 パン、と小気味いい柏手とともに響くと、大変美味な夕食だった為か、部屋な余韻を残して消えた。


 祖父母と母は後片付け、姉さんはデザートとして果物を切っている。ならばと僕は風呂掃除を済ませて手持ち無沙汰、居間で寛いでいる葵の隣へ腰を下ろした。


 炬燵の上に広がるみかんの皮は、葵の消費した分だ。

 手にした最後の一掴みを口へと放って、傍にあったティッシュを一枚取って落ち着いた。


「ねぇ、葵」


 ふと、気になったこと一つ。


「何?」


「いや、今更なんだけどね。どうしてうちに来たがったのかなって」


「あぁ、そのこと」


 いつか聞かれることだと予想していたことだったのか、葵は「何だ」と言わんばかりに嘆息を吐いて目を伏せた。


「前は偉そうなこと言ったけど、私は私で受験が不安。だから、ちょっと勇気と言うか、年最後にまことと過ごして、元気になりたかった」


「結果は?」


「貰いすぎた、かな。本当はまことと居られればって程度だったんだけど、やっぱりここの人たちは温かくて。ちょっと贅沢し過ぎたくらい」


「いいじゃん、贅沢。自ずからじゃなくて他人から善意で与えられるものなら、甘えたってバチは当たらないよ」


「ふふ、そうだね」


 甘やかしたい訳ではないが、そういう理由なら、ここにいる間はとことん甘えさせてやろう。

 真面目が過ぎる葵は、そう語りながらも参考書をチラと見やっているし……勉学の方も、取り立てて問題とする程でもないだろう。


 薄く笑うと、葵はもう一つとみかんの皮を剥き始めた。

 半分、また半分と割り、一つずつ手にとって口に運ぶ。


「まことは、優しいね」


 二つ目を喉へ送った後で、葵がそんなことを呟いた。

 ある種聞き慣れた言葉ではあるが、またどうして改まってそんなことを。

 聞き返す僕に、葵は食べかけのみかんを置いた。


「合格発表の日、ちゃんと番号があったら――私は、神前真に告白します」


 くすりとも笑わぬ、真剣な眼差し。

 まだ一年とも満たない付き合いではあるが、その中でこういった類の目は見たことがない気がする。


 心臓が跳ねる。

 鼓動が速くて五月蝿い。


 けれどもそれは不快な感覚ではなく、確かな熱を身体中に巡らせた。


「――ま、また突然だね。どうしたの?」


「改めて覚悟と、宣言。言った通り、私も流石にちょっと緊張があるから。それを乗り越えるための、それよりおっきな目標の表明」


「受験よりそっちのが大きいんだ。まぁ、嬉しくはあるけどさ」


 受験を乗り越えた先に待つ僕への告白がそれだと言うのなら、悪い話ではないどころか、寧ろ光栄なことである。


「なら僕は、葵が合格発表の日に告白をして来たら、全力で応えるよ。ちゃんと目を見て一緒になって喜んで、その上で応える」


「うん――やる気、出て来た」


「その意気だ。楽しみにしてるよ」


「勿論」


 自信満々。

 静かながら確かな闘士のあるその瞳は、宣言を十二分に叶えてくれそうな程、頼りになるものである。

 不安こそ確かにあろうが、多分大丈夫だ。

 少なくとも、そう思えるくらいには。


「さて。なら、家庭教師出張版といこうか。明日はささやかだけれどクリスマスパーティーもあるからね」


「うん。お願い、まこと先生」


「そんなガラじゃないんだけどね。まぁ良いけど」


 応じると、早速参考書を開き臨戦態勢の葵。

 すぐに僕も加わって、プチ勉強会と相成った。






 再び聞こえる、眠り姫の吐息。

 続けで二時間と半分もやれば、それは疲れよう。

 小休止にと姉さんが持って来たお茶も、勉強をしながらで飲んでいたし、事実上ノンストップであった。


 などと思っていた折、ふと控えめなノックの音が耳を打った。


「入っても大丈夫かしら?」


 ちらと顔を覗かせたのは姉さん。ひたすらに参考書と睨めっこする葵のことが、少し気にかかっていたらしい。


「ガス欠?」


「かな。あれだけ頑張れば、流石にね」


「受験生だから頑張り屋さんなのは大いに結構なんだけど、無理して倒れてしまわないか心配だわ」


「最悪そうなっても、僕か遥さんが診るから大丈夫だよ」


「言い切るのね。大好きじゃない、この子のこと」


 揶揄するような言葉には返さないでおいた。


 葵も葵で、炬燵で寝ると言うのもそれを促進しているようなもの。

 せっかく寝付いたところで悪くは思ったが、体調の良さには代え難いものだと、肩を軽く揺すって起こしてやった。

 むにゃむにゃとゆっくり起き上がる姿は、やはり愛らしい。


「隣の和室に布団敷いてあるから、そっちで寝な。風呂は遅くなっても構わないから」


「うん……ごめんね、また」


「炬燵だとあまり疲れも取れないし、どころか風邪もひきやすいからね」


「分かった…おやすみ」


 それだけ短く言ってふらと立ち上がると、葵は支持した和室の扉を開けて、倒れこむようにして眠りについた。


「まったく」


 布団をかぶっていないのでは、炬燵とさして変わらない。

 溜め息混じりにそちらへ歩み寄り、肩までしっかりかぶせてやる。


「恋人と言うよりかは、兄と妹よね」


「そうかな? まぁでも葵には、葵のことが大切過ぎて無茶をし過ぎる実の兄がいるからね。あの人には負けるよ」


「あら、あんたも相当なものよ?」


「うるさい。それより、姉さんはもう風呂に入ったの?」


「ううん、これから。疲れ切った葵ちゃんと一緒にって思ったんだけどーーこれじゃあね」


「一人で入りなさい」


 また葵が怯えてしまうではないか。


 バッサリ言い捨てると、姉さんはややしょんぼりしながらも炬燵に潜り込んだ。

 ふぅと癒しの声を上げ、それを機にぴたと動きを止める。


 まったく気楽な人だ。


「なら先に僕入るよ?」


「どうぞどうぞ。私はちょっとゆっくりしてるよ」


 振り返りもせずにひらと手を振ると、姉さんは再び動かなくなる。

 これは満足いくまでテコでも動かないな。



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