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桐島記憶堂 〜お代はあなたの記憶から〜  作者: ぽた
第4章 一人だけの演奏会
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16.紗江のお誘い

 翌朝のこと。


 何となく早く目が覚めてしまって、時間を持て余しかけていたからと散歩に出てみた。

 するとどうしたことか、身体は自然記憶堂方面へ。路地を曲がりはしないまでも、なぜか足が向かってしまっていた。

 そこへやってきたのが紗江さんというわけだ。


「朝からお散歩なんて、男の子っぽくないですね」


「田舎者ですから。自然を見るのが好きなんですよ」


「ここいらは作られた空間ですけどね」


「違いありませんね」


 おかしくてつい小さく吹き出した。

 するとふと、紗江さんが立ち止まって、


「昨夜は、本当にありがとうございました」


 そう言って、深々と頭を下げた。

 言ってみれば――いや、正真正銘、僕は何もしていない。

 桐島さんが思考して、僕はそのヒントありきで気付けただけ。そして、横取りするようにしてそれをドヤ顔で披露しただけにすぎない。


 偉そうに言うつもりはないけれど、事実偉そうに出来ない身だ。

 最終、紗江さんもそれには気が付けたようだから、いよいよ以って僕は名実ともに何もしていない。


 ただ、そう言ってしまえば紗江さんはきっと「そんなことは――」と返してくる。

 だから敢えて僕は、


「――どういたしまして」


 一呼吸置きもしたが、そう返す。

 すると、ほら。満足気に優しく微笑んでくれた。

 こういうところも、桐島さんによく似ている。


「藍子さんとはお話出来ましたか?」


「えぇ、それはもう。身の上話は尽きること無くて、正直なところ、少し寝不足気味でもあります」


「それはそれは――随分と話し込めたようで何よりです」


「ふふ。久しぶりに楽しみ過ぎてしまいました。お酒も進んでしまって――」


 と、そこまで言いかけて紗江さんが口を噤んだ。

 続きで話しかけて止められたそれに振り返ると、紗江さんは仄かに顔を赤らめて俯いてしまっている様子。


「どうかなさいましたか?」


「え…!? い、いえ、何でも有りませんよ…!」


 ぶんぶんと両手と首を振ってその意を示す。

 

 女性が二人集まって話される題材と言えば、二人に関することか。

 独身の桐島さんに、分からないが指輪をしていないだけにそうだろうと思える紗江さんが居れば、恋路か何かの身の上話。

 加えて酒も進んで恥ずかしくなるような話となれば――なるほど、聞かない方が良さそうだ。


「少々ながら、エッ――」


「言わなくていいですから…!」


 人がせっかく空気を読んだと言うのに。

 わざわざ自分から”エッチな話を”なんていう女性がいようか。

 ましてこんなにも清楚で淑やかな女性が。


 滅多なことを口にするものじゃない。


「僕で良かったですよ、ほんと。他の誰かならどうなっていたことか」


「ほ、ほんとですね。どうなっていたのでしょう…」


「分かりませんが」


 更に恥ずかしくさせるか、それも行き過ぎれば事に及んでいたか。

 いや、それはないか。


「まぁともあれ、朝の話題でないことは確かですね」


「すいません」


 謝る必要はないのだけれど。


 不自然と流れる冷や汗。

 見知らぬ誰かがすれ違いざまに口を突いたくらいなら別段驚きもしないのだろうが、隣にいるのがこれだけの容姿で、且つ知り合ってしまった同じ方向へと歩く人だと、どうしてもこう、緊張して仕方がない。

 慣れたつもりだったのにな。


 通りを抜けると、往来する人と車の量が極端に増えた。

 休日に見せる世間賑わいは、まだ僕には眩しいくらい。


「皆さん、バッグにキャリーと大荷物ですね。旅行シーズンなのでしょうか?」


「さぁ、どうでしょうね。連休も重ならない、ただの休日ですし」


「シーズン外だからこそ、と旅立つ人が重なっているのかも」


「楽しそうなようで羨ましい限りです」


 若者に中年、皆一様に大きな荷物。

 スーツを着込んでいる人に限って言えば、出張なのだろうけれど。


 辺りをチラと見やって嘆息。

 同じようにして周囲に目を配っていた紗江さんが、唐突に「さて」と手を叩いた。


「駅裏の商店街奧に、静かでお洒落な小さい喫茶店があるんですよ。私は少しそこで休んでから帰ろうと思うのですが、宜しければ神前さんもご一緒されませんか?」


「商店街か。そう言えば行ったことはありませんが――僕でよろしいのですか?」


「その返答は”イエス”と受け取りますね。そして私は勿論、と返しておきましょう。実はですね、昨夜藍子から、神前さんと葵ちゃんとのことを色々と聞いてしまいまして。『とっても仲良しなお二人なんですよ』とあまりに絶賛するものですから、気になって気になって」


「えっと――」


「ふふ、もう断れはしませんよ。イエスと受け取ってしまいましたから。それに――」


 楽しそうに話していたかと思えば。


「葵ちゃん自身のことが、個人的に気になって仕方がなくて…」


 苦く笑った目元には、長い前髪が影を落としていた。


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