サイグの勇者
ゆうしゃたちはぜんめつした。
1
勇者は死んでも生き返る。神様の加護を持つ勇者たちは死ぬことすら許されない。それはいっそ呪いとすら言っていいのかもしれない。それを痛感する日がくるとは思ってはいなかったが……。
「はひゃひへひゅははひ」
頬を引っ張っているせいか、何を言っているのか聞き取れない。ただ、何を言おうとしているのかは分かる。分かってしまうのが腹立たしいところでもある。
「誰のせいで、こんなことになったと思っているんだ」
俺たちは全滅した。それを誰か1人のせいにしているわけではない。問題は全滅の後だった。復活する場所が魔王城の地下牢だったのだ。そしてその原因を作ったのがこいつ――仲間の僧侶だった。
「ひゃれほ……だれも思いませんよ。まさかここが復活地点になるなんて、あのときは誰も思ってなかったでしょう? それに、勇者様だって止めなかったですし、私は悪くありません」
「ゆうしゃ、そうりょせめるのよくない。そもそも、つかまったのがげんいん」
頬を離した途端、ぬっと割り込むように出てきたとんがり帽子がいた。
「いやいや魔女さん。そう思っていらっしゃるのなら、もう少し早く助けてもらえませんか?」
この黒いとんがり帽子のちみっこは、見た目のまんま魔女である。勇者一行の遠距離超火力担当だ。こいつの言う通り、俺たち勇者一行は、やんごとなき事情があり捕まってしまった。しかし、そこでめげる勇者一行ではない。機会をうかがい、どうにかこうにか逃げ出した末、ちょっくら魔王にご挨拶したら、全滅した。
「せっかくだから、魔王の間をのぞいていきませんか? という話にのった俺がバカだった」
「しんでもどるのもはやいとさんせい、だれのせいでもない」
「いやー、まさか急遽つくった祭壇が神殿の代わりになっちゃうなんて思いもしませんでしたね。やれやれです」
最近、シル様にお祈りしてないせいか、少し法術の効きが甘いのですよね。場所もあることですし、ここに祭壇を用意してお祈りしてもかまいませんか? 聖杯とお酒さえあれば問題ありません。シル様は寛大なのですよ。
俺は事に至った経緯を思い出しながら、再度頬をひっぱる。
「ひひゃい」
「シル様はさすがに寛大すぎるだろ」
「いやー。私の信心深さの為すべきところですかね」
信心深い僧侶なら、法術の効きが甘くなるとかないだろうが。
2
さて、俺たち勇者が置かれている現状における最大の問題は、復活地点が地下牢の中になってしまったことだ。幸いなことに、魔王城のこんなところに復活していることは、ばれてはいないみたいだ。しかし、ばれるのも時間の問題だろう。
「俺たちみたいな勇者の加護を持っている人間に対して、有効な手段ってなんだと思う?」
「死なないわけですからね。懐柔ですかね。お金を積まれると怪しいですね」
おい聖職者。
懐柔、確かにそれも有効な手段だろう。だが、勇者の加護を得るくらいの人間が、そう簡単に懐柔されることはないだろう。
「ゆうへい、しなないのならとじこめる。じょうきょうはさいあく」
「俺たちは強い。だが、この状況は最悪だ。逃げ出しても殺せば、ここに戻ってくるんだからな」
勇者ほどの力量となると、殺すより生かしたままつかまえる方が難しい。指名手配に生死は問わずという文言がある。それは、生かしたまま捕まえる方が危険だからだ。
「私、思いついちゃいました。ここに祭壇があるから問題なわけですよ。いやいや、作ってしまったものは仕方ないのです。やむにやまれぬ事情があったのです。水に流しましょう。そこにあるのが問題ならなくせばいいのですよ」
この祭壇がなくなれば、ここに戻ってくることもなくなるわけなのですから。と僧侶は続けた。実際、僧侶の言うとおりであろう。だが、僧侶の言うとおりにしてきた結果、僧侶の意見に考えもせずに同意した怠慢の結果が、この状況を引き起こしたのだ。こいつの意見に流されてもいいのだろうか?
「しんだらどうなる?」
「そうですね。うまくいったら、最終地点のこの祭壇が無くなるわけですからね。その前に立ち寄った神殿。つまり、私たちが戻ると思っていた神殿に戻るのではないかと思いますね」
「良さそうだな」
それでは善は急げです。早速やっちゃいましょう。といいながら、僧侶は祭壇に近づいて――。
「ばいんど」
間一髪で魔女の魔法が間に合い、僧侶の動きを止めることができた。
「おいこら、何しようとした、僧侶」
「なにってそりゃあ。壊そうとしたに決まっているじゃないですか」
何が『善』は急げだ。何が『信心深い』だ。仮にも神に認められた祭壇であるのだ。それを壊すなんていいのか?
「それは本当に問題ないのか?」
「そうですね。最悪の場合、加護を失いますかね」
あっけからんとそうのたまった。こいつは実は馬鹿なんじゃないだろうか。
「ひつようない。ここから、べつのしんでんにたどりつけばよい」
魔女はそういった。
3
目が覚めるとそこは牢屋であった。俺たちは2度目の牢屋復活を体験したのだった。
魔女の言葉は簡単で、明白だ。ここが最後に立ち寄った神殿(この場合は祭壇だが)であるのが問題であるわけだ。なら、その最後に立ち寄った神殿を更新すれば良いということだ。寄り道せずに町に戻りましょうという提案だ。そして俺たちはそれを受け、出発したのだったのだが……。
「まさか、周辺の魔物が多くなっているとは思いませんでしたね。いやはや、勇者様の普段の行いが悪いせいですかね」
それが理由なら普段の行いが悪いのはおまえだという言葉を、ぎりぎりのところで飲み込み、その代わりに言う。
「魔王を襲ったせいだろうな。それで警戒させてしまった」
「しかし、シル様様々ですね。死んだら連戦の疲れが吹き飛びました。全快の状態で生き返れるのはありがたいですね」
「まものおおい。だっしゅつきびしい」
かといって、警戒が解けるまで待つわけにもいかない。魔王城で見つかって復活地点がばれる可能性があがってしまう。
「仕方ありませんね。祭壇を壊しましょうか」
「思い切りがよすぎるだろ」
「たすけをまつ?」
「難しいですね。たとえシル様といえ、加護を与える人数には限度がありますからね。加護持ちはたかが数人といったところでしょう。私たちですら厳しい場所に加護を持たない人たちが助けにこられるとは思えません。そもそも伝えることもできないわけですしね。つまり祭壇を壊すしかないわけです。今すぐ壊しましょう」
こいつ実は邪心教の信者であって、シル教団の人間じゃないのではなかろうか。というか仲間にする人間を間違ったのではないかと思ってしまう。
「シル様がもっと多くの人に加護をつけることができたらいいのですけどね。すると数で押し切れるのですけどねぇ……」
黙っていたら、不敬なことを言い出し始める。待て、どこか引っかかる言葉がある。ん? 数で押し切る。数で押し切る、か……。
「おまえら、いいことおもいついたぞ」
4
結論から述べよう。俺たちは魔王を倒した。
魔王城の地下牢という魔王の間から近い復活地点を利用した。死んで復活を前提とした連戦戦法である。いくら力量差があるとはいえ、連戦は疲れる。少しずつ体力を削ることが出来る。しかし、復活する自分たちは疲れを知らない。それを利用――悪用した戦法である。精神が壊れるという可能性はあったが、神様の加護を得た俺たちにとって、そんなに精神は柔ではなかったということだ。
「名誉。お金持ち。これで出世街道まっしぐら」
俗っぽい声が聞こえるが無視だ。しかし実際に俺たちは偉業をなしとげた。人類初の偉業を。僧侶でなくとも未来を見据えた願望が頭に浮かぶのは仕方ないことだろう。
「もんだい、かわってない」
結局俺たちが魔王城から出られないままだということに気がついたのはだいぶ後のことだった。魔王を倒したことにより、制限時間はなくなった代わりに、組織の命令系統を破壊したことにより警戒が解かれることがなくなったということだ。ここから出られるのはいつになることやら。