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9.そして悪人は少女を救う

「お、お主……どうして動ける……! 確かに今お主の血液は水銀だ。だが身体を動かすものでは……! ひぃっ!」


<転生者>が自分たちの言語を介さないというのも忘れて、ヨウユウ辺境伯はまくし立てた。


<転生者>の肉体、特に拳付近には凝縮された銀が装甲のように纏われていた。


銀に覆われた手をまじまじと見つめる。自分の目下で喚く豚は目に入っていないらしく、手をぐーぱーさせて、感触を確かめているようにアケノには見えた。その姿は―――


「銀狼……」


アケノが呟いた。アージェンタム留学中に読んだおとぎ話の一つ。銀の腕を持つ人狼が人々を眠りへ誘う月を切り裂く、そんな話だ。


「お、おおお! 流石は<転生者>殿だ! その姿、まさに神の化身、神の贄たる伝説にふさわしい! 色々あったが、是非とも怒りを鎮め、我とともに覇道を歩もうではないか!」


隣では、未だにヨウユウ辺境伯が命乞いを続けていた。それを無視するかのように、<転生者>はアケノを見やった。まるで「この後どうする?」と尋ねているようであった。


アケノは何も言わず、ただ上だけを見上げた。供回りの安否のために、一刻も早くこの地下牢から脱出しなければならなかった。解けた一枚絹布を乱暴に体に巻き付ける。


<転生者>はそれだけのジェスチャーで、状況を把握してくれたようだった。螺旋階段の中心に立ち、大きく息を吐くと、それまで腕に装着されていた銀が消え、代わりに両脚部に銀装甲が出現した。


「ど、どこへ行こうというのである……」


辺境伯が腰を抜かしたままオロオロと尋ねた。銀狼は答えることもなく、アケノを背中に負うと、咆哮とともに飛び跳ねた。


衝撃で地下牢の石畳が崩壊を始める。


「お、おい! 行くな! 助けてくれ! 腰が抜けて立てんのだ! こんなところで生き埋めになるなど―――!」


と叫ぶ声すら置き去りにして、銀狼と少女は高く跳んだ。




地下牢から大きな屋敷の屋根に上り、夜空に浮かぶ三日月を見上げて


(ああ……この世界にも月はあるんだな)


と<転生者>は少し感傷的な気分になっていた。


どうやら意識を失った後、自分は拷問まがいの何かをされていたらしい。


そして今、何故か自分を捕まえにきた少女と行動を共にしている。


少女は何も言わず、指で向かう方向を示した。話さないのは、話す必要がないからなのか、話すと互いに不都合が生じるからか。


(たぶん後者だろうな。でなければ助けを乞いはしない)


超人的な跳躍で屋根から屋根へと飛び渡る。真上から見るイハンの町並みは、煉瓦や石楼で作られた建築物により、華やかながら退廃的な印象を与えていた。


だが、その街並みに似合わない血の匂いに気付いた。進路方向からだ。


後ろで焦りの色を見せる少女。目的地に着いた瞬間


「ジャータ! ジャータ!」


と部屋の中に入ってしまった。血の匂いはこの部屋からもする。


<転生者>もゆっくりと部屋に向かう。


やはり、というべきか、室内は血の海と化していた。あたりには残骸が散らばっている。


泣き崩れる少女に<転生者>は声をかけるべきか否か躊躇いを見せたとき



「あーっ。まだ生きてるやついたんだ―。よかったー。仕事失敗したかと思ってたんだ。じゃあ殺そうか」



入口から聞こえた猫なで声は、とてつもなく物騒な一言だった。

次回投稿 8月25日 18:00

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