7.そして少女は罠に陥る
赤色と金色で塗られた廟を駕籠で潜り抜け、入り口前で下される。
その後は白粉のにおいの強い女中に控室に案内され、そこでは持ってきたカミガワの伝統衣装に着替え、その後大広間まで通された。
大広間の一番奥には、脂ぎった禿親父、ヨウユウ辺境伯が舐め回すような目つきでこちらを見ていた。
「旧カミガワ領主、タツタ・シマダが第2嫡子、タツタ・アケノ。ここに参上いたしました」
その目線から逃れるかのように声量を上げ、首を垂れる。
「おおアケノ殿、よくぞ参られた。そのような遠くにおらず、ほれ、近こう寄れ」
タツタ・アケノ。カミガワ8人部隊の指揮官であり、今はその身を贄に祖国奪還を目指す少女は、その身体を仇敵の近くに寄せた。近くには従者の女性がいるだけで近衛兵の一人も見当たらなかった。
(何と不用心な。だがここで此奴を殺したところで祖国は帰ってこない……か)
「ほうほう、それがカミガワの伝統衣装か、なんとも色香に溢れておる。まるで天女よ。まこと素晴らしい。今夜はカミガワの話を是非伺いたいものだ」
今は希少価値の高いカミガワ産の長い一枚絹布を、特殊な技法により布を切らず織り込むことで生まれた礼服であるが、その美しい礼服に下種の手が伸び、腰付近を撫でまわした。
「……ありがとうございますヨウユウ卿。無知のうえ粗忽者故、至らぬ点もあるかと存じますが、今宵は何卒よろしくお願い申し上げます」
生理的嫌悪感を必死になって耐え、アケノは笑顔を見せた。
「そしてヨウユウ卿、我らカミガワの身元安堵に関してでございますが……」
「……おうおう忘れておりましたぞ、ほれ、こちらが証書である。『我が名において証明する。お主達は我の保護下に入っており、オグンヨチ国民による攻撃を一切認めない』。約束は守りますぞ」
アケノはほっと息を吐いた。これで一先ず目的は達成した。
「では早速……というところではあるが、その前にお主にはぜひ見てもらいたいものがあるのでな。この腰の肌触りは名残惜しいが、付いてきていただこう」
ヨウユウ辺境伯はアケノの腰から手を放し、そのまま手を掴み、奥の部屋へと強引に引っ張り始めた。
屋敷の大広間の奥には石畳で作られた螺旋階段があり、そこを果て無く降りていく。
「あの……ヨウユウ卿、これはいったいどちらに……」
「先日、お主が痛手を負わされた怨敵のところよ。ほれ、この奥である」
最下層に降り立ったアケノは周りを見回し、ここは牢獄か、と納得した。
とはいえ最下層には部屋は二つしかなく、一つは無人で木とボロ布が置いてあるだけのベッドがあり、もう一つの部屋、つまり石畳の最奥ではガチャリ、ガチャリと鎖の鳴る音とうめき声が聞こえた。
奥では、目の前で投げ飛ばされたあの<転生者>が、全身を鎖とチューブに繋がれて、血を抜かれていた。
「こ、これは……」
その凄惨な光景に言葉を失いかけたアケノが尋ねた。
「これか。なに、中央に<転生者>の血液を欲する物変わりな知り合いがおってな。奴への手土産にと思った次第よ。もちろん、<転生者>とはいえ、血を抜きすぎれば死ぬ。それは一度実験して確かめたことだ」
「だが、アージェンタムより、とある異端の科学者が我に良案を与えてくれた。要するに『血の代わり』になるものがあればよいのだ。こやつらには。だからこれを与えてやった」
ヨウユウ辺境伯は上の樽を指さした。
「あれの中身は液体銀属だ。アージェンタムはその名の通り銀の都であろう。銀には特色のマナがない、普通の人間では体内に入れるなどまず不可能だが、<転生者>ならばどうか、というわけだ。見事血液の代理として成功してくれたようだ」
「銀を……神聖な銀をこのようなことに……!」
「おう、そうか。アケノ殿はアージェンタム留学経験がござったな。それは申し訳ない。さぞショックであっただろう?」
(こいつ……、私の動揺を見るためだけに、わざわざここへ……!?)
だとしたら、最悪だし見事というしかない。こいつには嫌悪感しか感じない、アケノは憤りを隠せなかった。
その表情を見て、下卑た笑顔を上げたヨウユウ辺境伯は、更なる追い打ちをかけた。
「いやあ苦労したらしいしの。なんせこいつを捕まえるのに『アケノ殿、お主以外の守備隊が全滅』とは……」
「……は、いったい……それは、どういう……」
「いやあお主の供回りの、カミガワの七本槍、でしたかな。奮闘したそうであるが、いやはや残念。カミガワ部隊はお主一人になってしまったのであるな」
よよよ、とわざとらしく泣き真似をするヨウユウ辺境伯。
「きさま……まさか……」
目の前が暗くなる、動悸が激しくなる。こいつは、ただ『私を辱める』。それだけのために守備隊を捨てただというのか……!
「勘違いするなよ小娘ェ!」
ヨウユウ辺境伯は動けなくなっていたアケノを隣の牢獄の簡易ベッドに押し倒した。
次回投稿 8月23日 18:00