6.そして少女は死を免れる
ヨウユウ辺境伯の屋敷はイハン中心部にあり、都市の執政官という立場を存分に利用した華美で過度な装飾がつけられていた。
(何度見ても趣味が悪い……。脂ぎった禿親父め……)
迎えの駕籠に揺られながら、少女は目の前の屋敷を恨めしそうに睨み付けた。
辺境伯は7年前、急死した父親から齢40にして執政官の立場を引き継ぎ、その後カミガワ討伐戦には現場指揮官として参加。とはいえ指揮はオグンヨチ中央司令部から派遣された者が行っていたはずだ。
(だが奴はカミガワ掃討の立役者として、評議会メンバーにも名前を連ねるようになった)
(奴はカミガワに興味があった。まあ主に好色的な意味でだが……。だからアージェンタムでの留学という名の保護がなくなり、身を寄せる拠点が必要になった時、祖国の情報を得るには一番の場所だと思った)
(だが、問題は『奴もカミガワがどこに行ってしまったのか、分からない』ということだ。どういうことだ。滅ぼした国の所在が分からぬ、などあり得る話ではない)
だからこそ時間を稼ぐ必要があった。自身とその仲間を守り、その間に消えた祖国を見つけるための時間が。
だが、これ以上の時間稼ぎには、誇りや矜持といった自身の根幹を賭ける必要があった。
(まあ身体一つで安全と調査ができるなら安いものだ)
そう言い聞かせる少女の身体は細かく震えていた。
(けっ、しけてやがるぜ。金も払えねえとは、何が「現在火急の件につき、要望ありし『オグンヨチ中央政府への出向願』については後日伺いたし」だよクソが)
夜、守備隊長は自身の計画のズレに苛立っていた。アージェンタム攻めはいつ始まってもおかしくない。それでなくてもこんなド田舎では出世の道がないのだから、一日でもここにいるのが無駄だと思っていた。
目障りなカミガワが死ななかったこと以外は、ほぼ完璧に作戦は成功した。
<転びたて>の捕獲は、最後に自分がとどめを刺したこともあり、報酬は自分に与えられる運びとなった。当然報奨金は部下に山分けとして、問題は士官の件である。
(こんな田舎の官位なんぞ部下どもにくれてやる。それより中央への足掛かりだ。今は最速で中央へ行くべきだってのに……)
近々大規模な戦場の匂いを感じ取った男は、焦っていた。その所為か、目の前の屯所での異変に気付くのがかなり遅れてしまった。
(んあ? なんで明かり消えてんだ。誰か屯所では詰めてる規則だろうが……)
異変に気付いたのはまさに屯所のドアを開ける直前であり
「てめぇら! ちょっと結果残したからってだらけやがっ……て?」
暗闇から漂う血の匂い。目を凝らすとうごめく影。
「う、うわああああああああ!!」
守備隊長が見たのは、自らの部下全員のバラバラになった死体と、それを貪り食らう『何か』であった。
その『何か』が守備隊長の存在に気付いた。
「お、お前……まさか……<転生者>なn―――」
言い終えないうちに、『何か』は守備隊長の喉笛を噛み切り、新鮮な肉にありついた。
次回投稿 8月22日 18:00