5.そして少女は覚悟を完了する
「ヨウユウ様、私の国のおとぎ話にこういうものがあります。
『ある時、一人の王を乗せた豪華な船が、自分の国から冒険の旅にでました。
様々な冒険を経て、次第に船は痛み、古く、壊れていきました。
そうした部分を取り換えながら航海を続け、最後に国に戻ってきたとき、初めの豪華な船の面影は何一つなく、取り替えながら進んだボロ船があるのみでした。
しかし王は言います、この船こそ万物に代えがたい最高の船である』と。
この意味がお分かりになりますかな」
「アージェンタムの禅問答に付き合う暇はないのである。我が聞きたいのは『こやつ』の改造はうまくいくのか、ということだけだが?」
「成功ですか? 聞くまでもないでしょう。『こやつ』は万物に代えがたい最高の船となりましたぞ。何しろ交換したのは現地の有り合わせではない。私の研究の最高傑作で御座いますゆえ」
「ヨウユウ辺境伯より、本日夜、身支度を整えて参上するように、とのことだ。今度の今度こそ年貢の納め時、かもしれんな……」
「お、御屋形様……」
<転生者>との闘いから1日。カミガワ部隊に与えられた、正規部隊とは異なる簡素な宿泊施設で、戦場での打ち身を癒しながら、御屋形様と呼ばれた少女は力なく笑った。
<転生者>との闘いは自身たちの復権のラストチャンスであった。だが半ば嫌がらせとはいえ、最前線に配置させられたうえ、何の結果も残せなかった。
―――婚姻の話、いましばらく待っていただきたい、我ら7人、カミガワの七本槍とそれなりに名の知れた武者。必ずや結果を残す故、御身の騎士団の末席に加えていただきたく―――
カミガワが滅ぼされて5年。ヨウユウ辺境伯から、自身とその供回りの身の安全を保証する条件に、自身との婚礼を要求された際、従者全員が同じ言葉で辺境伯に陳情したと聞いた。
自分の肉体に価値があるなら、それを使うことに躊躇いはなかったのだが―――
「あーもう! お前たち、今生の別れではないのだ! もしかしたらあまりの情けなさに婚礼の儀自体を取りやめにしたくなったのかもしれんし……」
後生だからもっとご自分を大切に―――と代わる代わるに泣かれてしまい、自らを粗末に扱うことすらできなくなった。
(5年前、アージェンタム留学の際に祖国滅亡の報を聞いたときは、祖国と運命を共にしようと思っていたのだがな……)
いい仲間を持った、と少女は思った。そして彼らを守るためなら、自分はどんな羞恥にも耐えられる、とも。
湿布を貼った上から晒しを巻き付け、守備隊支給の白いシャツとカーキ色のボトムに身を通した少女は気丈に声を出した。
「まあ行ってくる。……帰りは朝になるかもしれんから、食事は各自で取っておいてくれ。ではな」
次回投稿:8月21日 0:00