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3.そして少女は大国の中で足掻き続ける

「<転生者>が現れた。総員戦闘態勢に入れ」


アーシラ大陸東に位置する大国、オグンヨチは、立憲君主制の体裁をとってはいるが、実のところ皇帝を統率者とした専制君主制の国家である。


政策の決定に関わる評議会への入会条件は、門閥貴族や封建諸侯の中でも子爵以上、または国家の勲功ある者に限られている。


そんな数少ない評議会メンバーであり、オグンヨチ最東部イハンを治めるヨウユウ辺境伯から直々に「イハン郊外に出現した箱状施設の調査、および内部に存在するであろう<転生者>の捕獲、不可能であればその脅威の排除」の号令を受けた守備隊長は、功名心を抑えきれずにいた。


だが、逸る気持ちを抑えながら、ヨウユウ辺境伯の屋敷を後にする。


(オグンヨチさまさまだぜ、この国はまだまだ殺し足りないんだろうが、お陰で俺も成り上がれる)


オグンヨチはその大国主義、覇権主義をここ十数年隠さなくなりつつあり、5年前には極東の島国カミガワを滅ぼし、現在はアーシラ大陸を分断するルスプ山脈を隔てた西の共和国、アージェンタムに食指を伸ばそうとしていた。


前回のカミガワは海を隔てた「ここ」が最前線だった。だが次のアージェンタムは真逆の方向だ、名を上げるにはここでは遠すぎる、と守備隊長は考えていた。


赤い煉瓦建ての住居が多く並ぶ大通りを駆け足で抜けていく。


(こんな辺鄙な都市の御守りで終わるわけにはいかねえんでな、ここは利用させてもらうぜ)


―――<転生者>。異なる世界の住民、一概にして狂暴であり、残虐。未知の言語を操る上、彼らの言語汚染により行動が制限されるというおまけ付き―――


(だが奴らの血肉には不老長寿の力があるともっぱらの評判だ。まあ現場の人間は信じちゃいないが、お偉いさんが信じている以上、そのデマには価値がある)


オグンヨチ中央では<転生者>が軍事利用されている、とも噂されており、古来より恐怖の対象であった<転生者>は、その神秘性を失いつつあった。


(場所はここから10里と離れていまい、これまで何もないところに突然現れて、迷宮<ラビリンス>もなければ罠<トラップ>も生成されてない。間違いない、今回のヤツは『転びたて』だ)


自身の部隊がいる駐屯地に戻ってきた守備隊長は、さっそく部隊全員に通達、その日のうちに装備を整えさせた。


「いいか! <転生者>は強えぇが無敵じゃあない。ただ『マナ』を色濃く吸っちまった俺たちの突然変異種にすぎねえ! しかも罠<トラップ>も迷宮<ラビリンス>も持たねぇ転びたての赤ん坊をブチのめすだけで、お前らには即金で100万ヤンと官位授与だ。こんな美味しい話はねえよな!?」


それぞれに盛り上がる部隊メンバーを見て、守備隊長はニヤリと口角を上げた。そして別の一角にいる一団に目線を向ける。


「カミガワの猿どもにも期待してるぜ、うまくいけば都市市民権くらいは得られるかもなあ?」


侮蔑と嘲笑に耐えかね、刃向かおうとした一人を、もう一人が手で制する。


「まあ精々死なねえようにするんだな。最前線で俺たちの盾になればそれでいいんだからよ!」


その後夕刻の金鐘が鳴る前に、イハン城門前に集合。いない場合は置いていく旨を伝え、守備隊長は姿を消した。他の部隊メンバーも思い思いに去っていった。


「……くそっ! オグンヨチめ! 俺たちを何だと思ってやがる……!」


残ったメンバーで開口一番憤ったのは、先ほど怒りを見せた者であった。


「仕方がなかろう。我々の国カミガワは彼らの長に蹂躙された。あの時の屈辱に比べれば、ここで堪えられぬことはあるまい」


制止した一人が兜を外す。兜の下から、古めかしい口調と対比するかのような美しい少女の顔が見えた。


歳は10代の後半。深く吸い込まれるような常闇の髪に対比する、色が抜けるように白い肌。薄い藍の瞳と、小柄な体躯ながら全体から醸し出される気品は、一般人のそれとは別の次元にあると言えた。


「しかし御屋形様。此度の配置、あまりに理不尽。彼奴ら、もとより我らを生かすつもりはないのでは?」


別の一人が問いかけた。『御屋形様』と言われた少女は


「だからと言ってこの好機を逃す手はない。我らの土地、仲間を取り戻すためにも、今は一刻も早く手柄を立てる必要があるのだ」


そう言ってふうと息を吐いた。


「だがまあそう気張るな。どうにもならなければ、私がヨウユウ辺境伯の元へ嫁げばよいだけのことさ」


「いけませんぞ御屋形様! それを許せば、我らカミガワの誇りは一生地に堕ちましょう」


「そうですとも! それが嫌で我々はこのような傭兵家業に身を窶しているのです! 後生ですから、どうかそのようなお言葉、言わないでいただきたい……」


「あーあー、もう皆して泣くな。わかった、わかったから! 私自身を使うのは、本当に最後の最後だ。それまでは皆に苦労を掛けるぞ。文句はなしだ」


少女は照れを隠すように笑顔を見せた。

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