10.そして悪人は苦悩に頭を抱える
「お前……喋れるのか?」
入口からの声に、とっさに返答してしまう銀狼。相手を見やる。声や姿かたちから察するに妙齢の女性だ。タイトなスーツのようなものを着てはいるが、やはり自分と同様に尻尾が生えている。あれは……猫か、それとも豹か。
「え? ウッソ日本語分かるの? アンタ私のお仲間さん? 嬉しいなあこんなところで同郷と遭えるなんて!」
話しかけられたのがよっぽど嬉しかったのか、ピョンピョンと飛び跳ねて興奮を表現している。
「教えてくれ、この状況はなんだ。俺はいったいどうなってしまったんだ」
「あーん? 何アンタ<転びたて>? 面白い身体してるけどマナ操作もへったくれもないじゃない。むしろアンタのマナ、無色ってどういうこと?」
「いや、さっきからお前が何を言ってるのか分からない。そして、お前は今から、何をするつもりなんだ」
「……はぁ。アンタ間抜けね。この状況でいう質問がそれ? どう見ても、これから私は目撃者であるそこのガキンチョとアンタを殺すってタイミングじゃない―――」
言い終えた瞬間、光のように突進した猫のような女性は、泣き崩れる少女に向け手刀を放つ。
それを銀狼は手のひらに銀装甲を展開して防ぐ。
「―――へぇ。銀狼なの。<転びたて>にしてはやるじゃん。でもこっちも仕事だからさ。手出さないでくんない? おとなしくガキンチョ殺させてくれたら、アンタは連れて帰ってもいいのに」
「間抜けはお前だ。ここまでこの子を連れてきた俺が、はいそうですねと目の前で殺させるか。俺の質問に答えろ。さもなくば力づくだ!」
戦闘態勢を整える銀狼。しかし
「ふーん。ならいいや。もうここには誰もいない、ってことで」
先ほどまで膨れ上がった殺気が一瞬で消え去った。
「お、おい……!」
「逃げるなら早めに逃げたほうがいいよ。夜明けにもオグンヨチ中央軍が到着するから」
オグンヨチ、という単語に反応したのは血の海で座り込んでいた少女であった。
「あ、オグンヨチってのはこの国のことで、もうすぐこの街にその軍隊が到着するってこと。本当はあたし、ここの偉い人に頼まれごとされてたんだけど、今見たらお屋敷ぶっ壊れてるし、気分も乗らないし、もういいかなーって」
「ライランヤシーマ、オグンヨチ?」
少女が尋ねた。
「イドゥ! ……あ、これ『そうです』って意味。現地人と話したいなら覚えとくと便利よ」
「……いったい、お前は何者なんだ」
「あたし? あたしはただの悪人だよ? アンタと同じ」
「俺はただの新聞記者だ。少なくとも、生きていたときは、だけど」
「なんだ悪人じゃん。名前は葉月早子。気軽に『はづみん』でいいから! アンタの名前は?」
「俺……俺の名前は……」
「あ、思い出せない系? じゃああたしが直々に付けてあげるわ。……そうね、新聞記者だし、銀狼だし、『コーイチ』君でいいわね。でも『どーもと』を付けるのはさすがに烏滸がましいわね。なんてったって王子様だもの」
「……」
「でもアンタの顔は割と好みよ? あとレディを庇うその騎士道もね。あとガキンチョ、『コーイチ、シーズンミダタ』。いまアンタの名前伝えたから」
それじゃあばーい! と投げキッスをして、猫型不思議生物は去っていった。
(この世界で初めて会話出来た相手が、あれだとは思いたくない……)
銀狼改め、コーイチは頭を抱えた。得た情報が使えなさ過ぎて、これからどうしたらいいのかわからない。
「コーイチ」
背中をトントン、と小突かれコーイチは我に返った。
「……アケノ。ア、ケ、ノ」
少女が自分を指さして、単語をゆっくりと話している。
(あぁ、そうか。自分の名前を教えてくれてるのか)
コーイチは少女を指さして「アケノ」とオウム返しをした。
返事は「イドゥ!」だった。
次回投稿 8月26日 18:00




