7日目
神は言っている。
7日目は休むものだ。
『ほらほら働くよー』
「にゃ~!?」
弓張月に引っ張られ、面白姿勢で大気圏突入していくアテナであった。
神は言っている。
まだ休むべき運命にないと。(どっちだ)
神はこうも言っている。
貧乏暇なし。(いやそれ神じゃないよね?)
「というわけでふと疑問に思ったんだけど神って何?」
『アテナは女神さまだと思うよ』
求められてる回答は多分ちがう(
「そういうんじゃなってばぁ」
アテナの素朴な疑問に返す弓張月にさらに返すアテナ。
「よっと。そっち持ってー」
『はーい』
ヘヴリング=ウズの海面から飛翔。
ちっとも曇らない空を駆けながら、2人の戦乙女は雑談に興じる。
『神、ねえ。アテナは戦乙女級だよね?』
「そーなのよ。一番上が北欧神話の死神。で、姉妹全員破壊と殺戮と戦の女神」
ヴァルキリィ級は、1番艦ヴァルキリィを筆頭に12隻建造された、史上初の人間型宇宙戦艦である。
その命名基準は「何らかの神話における死・破壊・軍事に関係した女神の名」であり、全員が物騒な女神の名前を付けられている。
ちなみに弓張月は月級と呼ばれる級に属する。こちらは日本が国連宇宙軍に供出している艦で、漢字の月が含まれている単語、というのが命名基準となる。
なおカテゴリは重装巡航艦となっているが―――日本政府が宇宙戦艦と呼ぶと政治的に問題がある―――国によって機能的に同じものへ宇宙戦闘機や空間戦闘用人造人間など様々な名前がつけられており一定しない。
(ひどいのになると、武装メカ美少女なんてのまである。公文書で)
もっとも、現場の人間はたいていの場合、パイオニアであるヴァルキリィ級に倣って宇宙戦艦と呼ぶ。
何しろ分かりやすい。
「そりゃ辞書的な定義なら知ってるけどね」
彼女ら宇宙戦艦の血液である液体コンピューターは、人類が知識化する事に成功したほぼすべてのデータを記憶している。
「でもそれって架空の存在じゃない。けど信じてる人ってたくさんいるわ。うちの研究室にもイスラム教徒の人がいて、毎日礼拝してたし。その時神様って礼拝してる方向にいるの?って聞いたら、心の中におられるんだよ、って笑ってたけど」
宇宙時代、メッカの方向を向いて礼拝するのは不可能な場合も少なくはない。多くのイスラム教指導者の公式見解は『やりやすい方向でOK』である。
『ボクは、神ってアテナみたいなひとの事だと思うよ』
「どういう意味よ?」
『心の支えって事。それを示す記号、って言ってもいいかな。人間は物事を記号に落とし込んで認識するだろう?』
例えばミカンがあるとする。
我々は「ミカン」と言われれば黄色くて丸くて甘酸っぱく水っぽい果実を連想するが、わざわざ細かく特徴を言わなくてもミカンとだけ言えば伝える事に苦労はしない。
それは、ミカン、という記号が私たちの中でその特徴を表す様々な記憶と紐づけられているからだ。
神という語も、私たちの中で様々な情報と紐づけされていて、だからこそ一言で伝わるにも関わらず詳細を説明していくのにも苦労する。
ましてやミカンと違いこれだ、という実物がない。
「なぁーるほどね。その辺が無難な解釈かぁ」
『無難というかボクなりの理解だけど』
弓張月は苦笑。
会話を続けながらもレーザーで石材を加工。骨組みに据え付けて行く。
そうこうしているうちに本日の作業タイム終了である。
「神様探しに行こうか」
『神様?』
「散歩するの。連星の周りを一周して。バーラの大気圏も掠めてみたいな」
『そういえばあっちはまだ降りたこともないからね。いいな』
体力も十分に回復している。遠出するリスクも十分に小さくなったと言えるだろう。
二人はスラスターを噴かすとヘヴリング=ウズの重力に引かれて加速。その周囲を半周する。
そしてその勢いのまま、軌道調整を繰り返しつつバーラの重力に捕まるという曲芸飛行。
二つの星の真横を通過する際。
「綺麗だね……」
『うん』
未だに2つの惑星の大気圏は繋がり、間には濃い雲が漂っている。
恒星の光が差し込む様子は神々しさすらある。神がもし住んでいるとすれば、こんな場所だろう、と思わせる何かだ。
だが実際は見た目とは裏腹に生命が住む事の出来ない、死の世界。
あっという間にその横を通過。
今まで行ったことのないガスジャイアントの表面を掠める。
「ひゃあ!」
『あはは』
放熱板を翼のように操り大気抵抗を受ける。
凄まじい速度故、バーラ表面のごく薄い大気とぶつかっただけでも凄まじい断熱圧縮が生じた。おかげで熱い。
結果として減速。バーラの重力圏から飛び出さずに周回する軌道に乗る。
「……見て、あれ!?」
ちょうどバーラを挟んでヘヴリング=ウズの反対側。
『……氷……衛星?』
巨大すぎるガスジャイアントの陰に隠れて今まで見えなかった巨体が、2人の眼前にあった。
ヘヴリング=ウズよりずいぶんと小さく、そしてその表面は氷で覆われている。
恒星からの距離はほぼ同じであるというのに不思議な差異だ。
「あ―――」
そうしている間にも、慣性と重力でどんどん2人は流されていく。
観測をしているうちに氷の星は視界から消えた。
「……気づかなかった。あんなのがあったなんて」
『まいったな、最初に見つけておくべきだったよ、あれ』
つまりは、今までそれに気づかないほどテンパっていた、とも言える。
そして重要な点が一つ。
「あれ……ひょっとして住めるんじゃ?」
『だね……』
硬い表面があるように見えた。
それだけでも大分快適さは違う。
今までで一番有益な発見かもしれない。
『神様、見つかったね……』
「あれ神様でいいのかなぁ?」
『いいと思うよ。ボクらの救いの神になる事を祈ろう』
誰に?
宇宙戦艦には祈るべき神はいない。
となれば。
―――やっぱりボクの女神さまかな……
弓張月がそんなことを思っているとき。
―――見つかったのは私のお月様、だよね……
などと考えてるもう一人の宇宙戦艦。その視線の先にいるのは弓張月である。
例によって本格的な探索は明日だ。
2人はアンテナの陰に作った寝床に潜り込むと、弓張月の髪にくるまって眠った。
7日目終了